上 下
47 / 86
この恋に気づいて

雫型のネックレス

しおりを挟む
 ルーカスに大きな被害を与えた性転換薬を学会に発表しようと思うと先生に言われた私は困惑した。発見者として私の名前を論文の隅っこに載せることになるけどいい? と聞かれて、思わず口に出してしまった。

「性転換薬って役に立つんですか?」

 生きる上では必要ないと思うんですけど、と口をついて出た言葉に、薬学の先生は苦笑いしていた。

「世の中には自身の性別に疑問を持つ人がいるんだよ。むろん薬の悪用は良くないけどね」

 そこには私の知らない世界があるみたいだ。
 性別に疑問か。難しいことなのでよくわからないけど、それが困っている人のためになるのならそれでいいのかもな。
 性転換薬が体にどのくらい影響を与えるのか、諸々の研究を行ったうえで発表するそうだ。

「クライネルト君はひと月以上性別が変わったままだった。製造の仕方を変えたら効果も変わるかもしれない」

 ルーカスはといえば実際の被験者なので、いろいろと聞かれて嫌そうだったけど、渋々答えていた。
 自分を苦しめた性転換薬を世の中に広めようとする大人たちを見たルーカスは決意していた。「性別を元に戻す薬を僕が開発してやる」と。加害者である私はなにも言えずに、申し訳なさに縮こまっていた。


 それはそうと、以前からお知らせがあった【交流パーティ】なるものが開催されることとなった。普段は交わることのない王侯貴族と平民の魔術師の卵達が交流を深める場なのだそうだ。
 そのパーティにはお母さんが仕立ててくれたドレスを着用することに。学校行事なのに大袈裟だと思ったけど、お母さんとしては私に恥をかかせたくないのだろう。せっかくなのでおめかしを頑張ってみたんだけど、変じゃないだろうか。

 流行を意識した薄桃色のドレスは軽い素材を採用している為、くるりと回ると花が開花したように裾が広がる。まさにお姫様ドレスだ。
 お母さんとお揃いの金色の髪はニーナに手伝ってもらってゆるふわに巻いた。普段はしないお化粧をした自分を鏡に映す。鏡に映る私はいつもよりキレイで、なんだか心が弾んだ。

 準備を終えて女子寮を出ると、他の人は皆、私物の中で一番綺麗な服を身につけて精一杯のオシャレをしていた。
 ……私、ドレスなんか着て浮かれ過ぎかな。
 自分が一人浮かれてバカみたいに感じていると、すっと横で誰かが動いた。

「リナリア、結婚しよう」

 イルゼである。
 彼女は膝をついて私に手を差し出してプロポーズしてきたのだ。

「なに言ってるのイルゼ」
「とても綺麗よ、リナリア。私が男だったらきっと放っておかないわ」

 突拍子もない彼女の冗談に私は小さく笑った。

「お手をどうぞ、お姫様」
「ありがとう」

 ドレスを着用する私が転倒しないように手を貸してくれるというイルゼ、それにニーナにエスコートしてもらって、パーティ会場である講堂に向かう。
 そこは特別塔の敷地内にあり、普段であれば立ち入りできない場所である。一歩踏み出せばまるで別世界。学校のはずなのに、どこかのお城の内部のように見えた。
 今日のために整えられた会場にはすでに多くの人で賑わっていた。交流パーティなので当然、王侯貴族の姿もある。洗練された彼らは私たちとは別の生き物のように見えた。平民出身の生徒たちが圧倒されている姿が散見される。

「リナリア、私たち飲み物もらってくるね」
「すぐに戻るからここで待っていて」

 イルゼとニーナがなにか飲み物を持ってきてくれるというのでお言葉に甘えて壁際で待機する。
 交流パーティなのだけど、貴族は貴族で、平民は平民で固まっており、交流の気配がない。壁に背を預けて帰りたそうにしている一般塔の生徒たちもちらほらいた。ちなみに特別塔と縁のある編入生のレーヴェ君は欠席扱いになっている。会場中にレーヴェ君をイジメていた貴族達がいるから、変に絡まれてまた魔力暴走を起こしたら危ないとの特別処置らしい。

 会場では早くもダンスタイムが始まったようで、フロアで男女ペアになって踊っている人たちがちらほら。そのすべてが貴族だけだ。 

 すごい、やっぱり違う世界の人たちなんだなぁとちらちら見ていると、貴族の人と目が合う。私よりも年上の男の人だ。
 まずい、嫌な目を向けられちゃうかなと思ってさっと目線を下げる。

「ねぇ君、一般塔の子だよね?」

 それなのに向こうはこちらに近づいてきて話しかけてきた。
 一言文句を言われるのだろうかとぞっとしながら、私は下手くそなカーテシーをして頭を下げる。それが大袈裟に見えたのか、相手が小さく笑う声が聞こえた。

「今日は交流の場だからそんな萎縮しなくてもいいさ。君の名前を聞いても?」

 あっ、それって……名前と顔を覚えておくからなっていう脅し文句?
 さぁぁと顔の血の気が引く。ちょっと見ていただけなのに、そんな怒る? 私は恐怖に震えながら声を出そうとするが喉が萎縮して声が出ない。

「彼女に何か?」

 崖に追い詰められた獲物みたいな気分で震えていると、私と男性の間に割り込む人物がいた。

「おや、君のいい人だったかい?」
「……彼女は僕のクラスメイトなので。遊びで近づくのは感心しません」

 面白いものを見たような反応をする男性に対して、彼はつっけんどんな態度で返していた。
 怖いもの知らずだな。相手、貴族だぞ。

「遊びだなんて人聞きが悪い。……てっきり君はフロイデンタール嬢とくっつくものかと思っていたのに意外だな」
「ドロテア様は親戚の間柄なだけです。そもそも身分が違いますのであり得ませんよ」

 貴族子息と堂々とやり取りをしている彼…ルーカスにあしらわれる形で男性がその場を離れる。その際、私に向けてにこやかに手を振っていたのでつられて振り返すと、ルーカスに微妙な顔で見下ろされた。

 いつもと彼の雰囲気が違うと思ったら納得した。
 ルーカスもドレスアップしているのだ。服装もだけど、髪型もセットしていつもより大人っぽく見える。──まるで貴族子息みたいだ。
 彼がそこに立っているだけで目立っており、会場内の女性陣がちらちらとルーカスに注目しているのが伝わって来る。
 他にも盛装している男性はたくさんいるのに、彼が特別な存在に映るのはきっと私だけの気のせいじゃない。

「た、助けてくれてありがと」

 そんな彼を前にして私は緊張してしどろもどろにお礼を言った。するとルーカスは真顔で私を見下ろし、黙り込む。
 え……? なに?
 私を凝視する彼の瞳が怖くて私が一歩後ずさると、ルーカスははっと我に返っていた。
 ……いつものルーカスだよね? 今の何だったんだろう。私の目の錯覚だったのかな。

 もしかして私の格好が変だったかなとドレスの裾周りを確認していると、前にいるルーカスが何かを差し出してきた。深紅のフロッキング素材のケース。

「リナリア、これを君に」

 長方形のケースに入ったそれは、青い雫型のネックレスだった。これ、宝石よね。
 高価そうなアクセサリーを見せびらかされて私はきょとんとする。

 え? なに? 宝石自慢かなにか?
 私がネックレスとルーカスの顔を目で往復していると、ルーカスは宝石ケースからネックレスのチェーンを持ち上げていた。

「着けてあげるよ」
「……えっ?」

 着けてあげる、だって?

「高そうな宝石じゃない。どうして私に?」

 背後に回ってネックレスを着けようとする彼を止めるといろいろ気になることを突っ込んだ。
 よもや、私がみすぼらしいからアクセサリーで少しくらいめかし込めばという遠回しな気遣いなの?

「そんな高価なものじゃないよ」
「そうだとしても私はそれを受けとる理由がないわ」

 なぜここに来て私にアクセサリーを贈ろうとするのか。彼は高価じゃないと言っているけど、友達同士で送るプレゼントにしては高価に見える。むしろプレゼントなら常日頃から迷惑をかけている私から贈るのが筋じゃないだろうか。
 私の反応がおもしろくないのか、ルーカスはムッとしていた。彼の瞳は気に入らなそうに私の左胸元に着いている黒曜石のブローチに向かう。

「そのブローチはドレスに合わないよ」
「これはオシャレでつけてるものじゃないって言ってるでしょ……あ、ちょっと」

 私は受けとると言っていないのに、ルーカスは素早く私の首周りにネックレスを装着してしまった。
 普段は露出しないデコルテに雫型の宝石が光る。いつにないルーカスの行動に戸惑いを隠せなかった。
 それを正面からまじまじと眺めたルーカスはやけに満足そうだ。

「似合うよ」

 笑顔で言われた言葉にドクンと強く心臓が脈打つ。
 ルーカスはそんな顔で笑う人だったっけ。今夜の彼はいつもと違う気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】笑花に芽吹く 〜心を閉ざした無気力イケメンと、おっぱい大好き少女が出会ったら〜

暁 緒々
恋愛
「俺が?あの子を好き……?」「ええっ?私って……彼のことが好きなの?」──初恋は、運命でした。 どう見ても交わることの無い二人の縁が少しずつ絡み、変化し、成長する、青春時代の純粋な恋。  けれど、ただの恋では終わらない。苦難に抗い成長する愛の物語。 ◇ 「一度したら二度と関わらないって約束で和泉とヤれる。凄すぎてやめられなくなるらしいよ、和泉のセックス」  衝撃的な話に亜姫はカフェオレを噴き出した。  大好きなプルプルおっぱいのことばかり考えている亜姫は偶然和泉の行為を見てしまい、最低だと軽蔑する。なのに彼の噂を聞くたび、何故つまらなそうな顔をしているのか気になり……。    感情が欠落した無表情の和泉は、名前も知らない時々遠目に見かけるだけの「黒髪で笑顔のあの子」がなぜか頭にチラつくようになっていく……。      カクヨム様に掲載中。ムーンライト(R18版)にも掲載中です。

【完結】やさしい嘘のその先に

鷹槻れん
恋愛
妊娠初期でつわり真っ只中の永田美千花(ながたみちか・24歳)は、街で偶然夫の律顕(りつあき・28歳)が、会社の元先輩で律顕の同期の女性・西園稀更(にしぞのきさら・28歳)と仲睦まじくデートしている姿を見かけてしまい。 妊娠してから律顕に冷たくあたっていた自覚があった美千花は、自分に優しく接してくれる律顕に真相を問う事ができなくて、一人悶々と悩みを抱えてしまう。 ※30,000字程度で完結します。 (執筆期間:2022/05/03〜05/24) ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2022/05/30、エタニティブックスにて一位、本当に有難うございます! ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ --------------------- ○表紙絵は市瀬雪さまに依頼しました。  (作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○雪さま (Twitter)https://twitter.com/yukiyukisnow7?s=21 (pixiv)https://www.pixiv.net/users/2362274 ---------------------

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

青の記憶を瓶に詰めて

ROSE
恋愛
「つまらない」そんな理由で婚約解消された伯爵令嬢、セシリアは自死した。はずだった。目を覚ますと過去に戻り、理不尽な婚約者・アルジャンに振り回される日々に戻っていたが、彼の無理難題は更に強化されているようで……。

『捨てられダイヤは輝かない』貧相を理由に婚約破棄されたので、綺麗な靴もドレスも捨てて神都で自由に暮らします

三崎こはく
恋愛
 婚約者クロシュラに突如として婚約破棄を告げられたダイナ。悲しみに暮れるダイナは手持ちの靴とドレスを全て焼き払い、単身国家の中心地である神都を目指す。どうにか手にしたカフェ店員としての職、小さな住まい。慎ましやかな生活を送るダイナの元に、ある日一風変わった客人が現れる。  紫紺の髪の、無表情で偉そうな客。それがその客人の第一印象。  さくっと読める異世界ラブストーリー☆★ ※ネタバレありの感想を一部そのまま公開してしまったため、本文未読の方は閲覧ご注意ください ※2022.5.7完結♪同日HOT女性向け1位、恋愛2位ありがとうございます♪ ※表紙画像は岡保佐優様に描いていただきました♪

処理中です...