リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

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この恋に気づいて

温かくなる気持ち

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「何の話してるの?」

 お父さんの拘束から逃れてきたルーカスは少し疲れた表情だった。うちのお父さんがごめんなさい。お父さんは隅の方でお母さんに叱られている。
 ブレンさんはといえば、ルーカスを見てにんまりと笑った。

「ルーカスがリナリアさんの話ばかりしてるって話」
「また叔父さんは……」

 余計なことを言ったんだろうと疑いの目を向けられたブレンさんはとぼけて見せた。仲のいい叔父甥である。

「そういえばリナリア、交流パーティーのお知らせは見た?」
「交流パーティー?」

 ルーカスの問いに、そんなお知らせあったっけ? と首を傾げると、終了式の日に掲示板にお知らせが貼り出されていたのだと教えてもらった。
 知らなかった。誰と交流するんだろう。

「数年に一度に行われる特別塔の生徒との交流の場だよ。ダンスタイムもあるんだ」
「へぇ…」
「まぁ大変。今度王都のお店でドレスを仕立てましょ、リナリア」

 耳慣れない単語に惚けた私がポカーンと間抜け面を晒していると、お母さんが目を輝かせて話に入ってきた。
 平民には耳慣れないパーティーというイベント。私よりもお母さんのほうがワクワクしているようだ。
 所詮学校行事だ。貴族様に見劣りするのは間違いないし、ドレスなんていいよ、と言ってみたけど、お母さんは私が恥をかかないようにと息巻いている。

「お忙しいところお邪魔しました」
「じゃあ新学期にまた会おう、リナリア」

 ルーカス達は長居するつもりはなかったそうで、商会でお菓子とお茶を箱買いして帰っていった。わざわざ寄ってくれたのになんのお構いもできなくて申し訳ないことをしてしまった。



 憂鬱だった帰省だったが、思ったよりもなにもなかった。むしろ他人から避けられている気もする。
 何故だろうと思ったら、お母さんが訳を教えてくれた。
 
 私の魔力を利用しようとする人をブレンさんが注意・警告してくれたのだと。なんか周りが静かになった気がしたのはそういうことだったのか。

「ブレンさんは魔法庁のお役人様だから、魔法魔術学校の生徒を保護する義務があるとかで、ご丁寧に魔法庁の印鑑が押された警告文を警ら詰め所前や商店街など目につく場所に貼り付けてくださったわ」

 お母さんに教えられて例の警告文を見に行くと、警告文の下に未成年魔術師の保護規定の条文と罰則が書き足されていた。
 この警告文自体に魔法が施されているらしく、剥がそうとしたり汚そうとしたら術者に通知が行くのだという。

 ──ルーカスはまた私のために叔父さんへ頭を下げてくれたのかな。そう考えると、彼の優しさに胸がポカポカ暖かくなった。

「きっとリナリアを守るために、警告するよう叔父さんにお願いしたのね。優しい子ね、彼」
「……そうなの、本当に優しい人よ」

 いつだって私のことを助けてくれる、優しくて強い人なのだ。私も彼みたいになりたいと思っている。
 お母さんが微笑ましそうに私を見ている横では、お父さんが机に突っ伏して泣いていた。

「お父さん、どうしたの?」
「放って置きなさい」

 お母さんに言われたので、そっとしておく事にした。
 最近のお父さんは情緒不安定すぎる。


◆◇◆


 長期休暇が終わると学校が再開され、私は3年生に進級した。
 新学年に上がることでクラス替えが行われたけど、クラスのメンバーは去年とあまり代わり映えしなかった。

 成績順の振り分けのため、3年生以降はあまり入れ代わりが激しくないそうだ。1・2年の時の基本が身についているか、そうじゃないかで今後が決まると言っても過言ではない。
 あきらめずに頑張ってよかったと今では過去の自分を誇りに思える。

 3学年からは応用に入る。これまでよりも難易度の高いものを学ぶ機会も増えた。呪術学という新しい教科のはじめての授業ではこの授業で習う範囲について座学で学んだ。
 元素を操る魔法とは違って、呪術は魔術の範囲になる。それこそ魔方陣や代償の贄やらを使って大々的に行われる古術。その中にはたくさんの禁忌魔術があり、使用したものは厳罰を免れないのだと先生が説明していた。
 先生が黒板に【黒呪術】と書くと、くるりと振り返って私たち生徒を見渡した。

「この黒呪術についてなにか知っている人はいますか?」

 その質問に私は自信満々に手を挙げた。それこそ優等生のルーカスよりも反応速度が早かったに違いない。なんといっても私は実際に関わったことのある目撃者だからね!

「…では、ブルームさん」
「はい! 黒呪術を人間や獣人に使うのは禁忌であり、死罪になることもあります。有名なのは死の呪い、服従術、隷属術、魅了術、宣誓術です。それらを操るには、なんらかの贄が必要になり、術者にもなんらかの代償があります。とても危険なものです」

 私は胸を張って発表した。
 代表的なものがそれらなだけであって、他にも恐ろしい黒呪術は存在する。ちなみに黒呪術をかける術者は周りに気取られないようにかけることが多いそうだけど、魔術師の中には呪いに敏感な性質の人が少数だけどいるそうで、なんらかの形で罪が露見されるそうだ。

「黒呪術に対抗するには、白呪術で術者へ還す方法があります。しかしそれをするには多くの危険も伴い、上級魔術師以上が対応することが推奨されています。尚、黒呪術を還された術者に関しては、多くの者が自分が放った呪いによって命を落としています」

 黒呪術をかけられた人の呪いを引きはがして術者にお返しせずとも呪いは解けるけど、解呪する側の危険性と負担を考えると、呪い返しの方が安全でお手軽なんだとか。
 どっちにしろ、禁忌に手出しした術者は死罪だ。遅かれ早かれ死ぬ運命なので仕方ないことだ。

 私の説明にクラスメイト達は目を丸くして注目している。私は気分が良くなって饒舌になった。
 黒呪術に関しては去年の件でたくさん調べたから詳しいんだ。ドヤッと先生を見ると、先生はなぜか遠い目をしていた。

「ブルームさん、今度黒呪術を扱う人を見つけたらまず先生に報告してくださいね。決して自分ひとりでなんとかしようと思わないこと」

 なぜだろうか。私は完璧な発表をしたはずなのに、念押しされてしまった。

「禁忌の魔術は、訓練を受けた資格のある魔術師によって呪い返しと言う形で術者に還すことになります。それを白呪術といいます。この白呪術に関しては光の元素達に力を借りることになりますが、普段の魔法とは異なり、黒呪術に対抗するために大きな魔力を代償として引き抜かれることとなります。解呪する側の負担も決して少なくはありません──…」

 実際に黒呪術を解呪するとなれば上級魔術師以上の人間が複数人必要になるのだという。腕のいい魔術師じゃないと失敗して大変なことになることもあるとか。
 それを聞いた私は馬鹿な真似はしないでおこうと心に誓った。

 ちなみに黒呪術の中には危険ではあるものの、現状禁忌ではないものもあるのだという。
 傷が治らない切り裂き術というものがあり、それをかけられると文字通り傷が治らない。血が止まったとしても傷痕が一生残るという代物だ。
 それに対抗するにはドラゴンの妙薬の服用しかない。その切り裂き呪文に関しては治癒魔法や大巫女様の聖水は通用しないのだとか。
 それほど恐ろしいものなのに、ギリ合法扱いでそれほど重い罪にはならないんだって。なにそれ怖い。
 ドラゴンが絶滅危惧種で、お金を積んでも妙薬なんて手に入らないのに、その術をかけられたらおしまいじゃないか。それも禁忌扱いにして欲しい。

 危険であるとわかっていても、黒呪術に手を出す人間がいる。
 神に与えられた贈り物で人を傷つけ、欲求のために罪を重ねるのだ。
 人の心はどこまでも欲深くて、罪深いのかもしれないと感じた。
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