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この恋に気づいて
息のかかる距離
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泥に滑って転落というマヌケな事故を起こした私は常連になりつつある医務室でたくさんの薬を飲まされ、数日の入院を命じられた。
この学校のどこがいいって、治癒魔法と薬使い放題が許されるところだよね。通常ならもっと長い期間の入院を命じられるし、怪我だって簡単に治らない。本来であれば高額な治療費を請求されるところなのに、そんなもの一度も請求されなかった。つまり、魔力ありの子どもを保護する法律のおかげで手厚い看護が受けられるようになっているのだ。
入院は嫌だけど、魔法の存在のお陰で入院期間が短縮されていることには感謝せねば。
一番は自分がドジしないことなんだけど、そうなるまでは果てしない道のりのような気がする。
「リナリアには防衛魔法の強化をしてもらおうと思う」
退院してから再開された自主練の場でルーカスに言われた。
どっちかといえば、今度行われる2学年まとめの試験……この2年間で学んできた基礎の総復習である大事な試験が行われるので、今まで習ったことの振り返りがしたいのだが、ルーカスはその先の応用を教えるという。
「でも、それは3年生になったら本格的に習うでしょ?」
簡単な防衛ならもうすでに授業で習ったし、扱えるんだけど、それじゃダメだと彼は言う。
「それじゃあ遅い。君には防衛術に加えて転送術を使えるようになってもらう」
「えぇ……」
それ、次の学年に移ってからじゃダメなの?
私の困惑をよそに、ルーカスは転送術について説明しはじめてしまった。そうしているとルーカスは教師みたいだな。
今、放課後の実技場には私とルーカスしかいない。以前まで一緒に自主練していたレーヴェ君は魔力抑制状態を解消したので、来なくなったのだ。彼曰く「なんか、邪魔かなと思って」らしいけど、別に邪魔じゃないのにね。
今のクラスは比較的穏やかというか、物事の良し悪しを理解している人たちが集まっているので、去年度のような目に見えて意地悪な人達はいない。そのおかげでレーヴェ君も精神的に安定したのかも。
「君は一度、無意識に転送術を使ったことがあるだろう」
「え? あったっけ?」
「……黒呪術を使う上級生から虐待されていた狐を助けたとき」
「あぁ!」
思い出した私が握った拳を手の平にポンと叩いて納得すると、ルーカスに軽く睨まれた。何故睨む。
「座標指定に失敗すると変な場所に飛んでしまう可能性があるんだ。リナリアは無意識に魔法を使うところがあるから……」
私の呑気さに怒ったのか、ルーカスによるお説教が開始された。
なにも言い返せない私はしょんぼりして聞き入れる。彼が心配して注意しているとわかっているから黙って聞き入れるしかないのだ。
「時空を司る元素達よ、我の望む場所へ転送させよ」
私は彼に言われた通りに呪文を唱えた。だけど不発に終わる。さっきルーカスがお手本を見せた通りに唱えたのに、一歩も移動していない。やっぱり私にはまだ早いんじゃ、と言った目でルーカスを見上げると、彼は首を横に振った。
「リナリア、呪文をただ唱えるだけじゃダメだ。頭の中でたどり着きたい場所を想像してごらん」
たどり着きたい場所。
うーん。実技場の外……見慣れすぎた実技場の出入口を想像して、私は目を閉じた。
「大丈夫、君ならできる」
ルーカスの後押しに押されて私は集中した。
私が躓いたとき必ず彼が言うおまじないの言葉。私はその言葉をもらうとなんでもできる気がするんだ。ルーカスはその言葉になにか魔法でもかけているのだろうか。
「時空を司る元素達よ、我の望む場所へ転送させよ」
一言一句違わない呪文を声に出す。
するとさっきとは様子が異なり、身体が浮いた感覚に襲われた。
あ、これあの時と同じだ。
ふわりと風にのって私は飛んでいく。
数秒置いてスタッと地面に着地したので私は閉じていた目を開いた。視界に美しい青が見えた。私の故郷の海の底のような色合い。長い睫毛に彩られたその瞳はいつまでも見ていたくなる。
「!?」
ぎょっとして相手が飛びのいたことで、私がルーカスの目と鼻の先に着地したのだと理解した。
彼は口元を抑えながら顔を真っ赤にしてこちらを見ている。確かに息が当たる距離だったかもしれないけど、唇はぶつかっていないのでその反応は過剰な気がする。
「まるで私が唇を奪ったみたいな反応しないでよ」
「き、君ね……! 何をしているんだ一体!」
「想像して飛んだらこうなったのよ」
最初からうまくいくわけがないんだからそんなカッカしないでよ。
私は肩を竦めて見せたけど、彼の気はおさまらなかったようで、レディがどうの、慎みがどうのと説教してきた。
ルーカスのそういうところ、寮母さんが女子生徒達の生活の乱れを注意しているときにそっくりだな。聞き流していたらルーカスの説教はさらに長くなった。
そんな感じでなんとなく私も転送術が扱えるようになった。
授業を受けたり自主練したりして時は流れ、時期はあっという間に2学年末になった。
1年・2年で学んできた基礎総まとめの試験が行われ、私並びに友人達は揃って合格点を頂けた。今回も試験前までルーカスにいろいろ面倒見てもらって合格したので、申し訳ないやらありがたいやら複雑な心境だ。
私が成績表を見せると、ルーカスは自分のことみたいに喜んでいた。
◇◆◇
2学年を無事修了して迎えた長期休暇。
正直私は帰省するのが憂鬱だった。家が、じゃなくて地元の人がって意味で。
戻ればまた治癒魔法使ってくれと言って来る人がいそうで、いっそ学校に残ろうかと思ったけど、両親は私の帰りを待ち望んでいる。なので微妙な気分を抱えながら帰省したその数日後、ブルーム商店に意外なお客様がやってきた。
「リナリア、お客様がいらしているわよ」
商店と隣接した自宅内で勉強していると部屋の外からお母さんが呼びかけてきた。お客さん? 今日は誰とも約束はしていないはずだけど、と首を傾げながら、商会の店内に足を運ぶと意外な人物がそこにいた。
「ルーカス……? それにブレンさんまで」
「やぁリナリアさん。急な訪問で申し訳ないね」
なんとルーカスと彼の叔父さんのブレンさんが商談用のソファに座っていたのだ。
なんで? なんでここに?
表情一つで私の疑問が伝わって来たのか、ルーカスは「近くを通ったから」と言った。あ、そうなんだ。
「リナリア、この男の子は一体なんなのかな?」
「お父さんやめて。顔が近い。ルーカスが怖がっているでしょ」
じりじりと横から顔を近づけて迫るお父さんはルーカスを威嚇していた。あからさまな圧力にルーカスは居心地が悪そうである。
「ねぇ君さぁ、正直なところうちの娘とどうなの?」
「どう、と言われましても……」
やめてと言ってもお父さんは引く気がないらしい。柄の悪い人間みたいにルーカスに絡んでいる。
「やめなさい。ここは私とリナリアが対応するからあなたはお仕事をしてきてちょうだい」
「だめだ、リナリアに悪い虫が」
「虫なんかいません!」
お母さんがお父さんを追いやろうとしているが、それで一悶着起きている。
恥ずかしい。なぜ両親のこんなところを友人に見られなきゃならないんだろう……と両手で顔を覆った。
「うちの甥っ子が君のことをよく話してるよ。兄夫妻も父も君に興味津々だ」
お父さんの大人気ない態度に対していたたまれなさに襲われてると横からブレンさんが話しかけてきた。
その言葉に私は隠していた顔を晒してブレンさんを見上げる。
ちょっと、クライネルト家で私が話題になってるの?
バッとルーカスの方をみると、お父さんに肩を捕まれてなんか尋問を受けていた。ブレンさんの話は聞こえていないようである。
「落ちこぼれとか悪口言ってません?」
これまでに身の回りに起きたことを考えると、いい話をされていない気がして、冗談交じりに聞くとブレンさんは真顔になった
先程まで親しみやすい柔らかな笑顔を浮かべていたのでその表情の変化に驚いた。
「ルーカスの名誉に誓って、悪いことはなにひとつ言ってないよ」
甥の名誉を守るため、彼は真面目に言った。
……でも、私はやっと魔術師の卵らしくなっただけで、特別秀でているわけじゃないし、秀才ルーカスと比べて褒められる部分があまりないのだ。そう言われても安心できないのが実情である。
「君のことを頑張り屋な優しい子だって褒めていた。たまに向こう見ずな行動を取るから放って置けないんだってさ」
うん、さりげなく貶されているね。
そして否定できないという。つらい。
この学校のどこがいいって、治癒魔法と薬使い放題が許されるところだよね。通常ならもっと長い期間の入院を命じられるし、怪我だって簡単に治らない。本来であれば高額な治療費を請求されるところなのに、そんなもの一度も請求されなかった。つまり、魔力ありの子どもを保護する法律のおかげで手厚い看護が受けられるようになっているのだ。
入院は嫌だけど、魔法の存在のお陰で入院期間が短縮されていることには感謝せねば。
一番は自分がドジしないことなんだけど、そうなるまでは果てしない道のりのような気がする。
「リナリアには防衛魔法の強化をしてもらおうと思う」
退院してから再開された自主練の場でルーカスに言われた。
どっちかといえば、今度行われる2学年まとめの試験……この2年間で学んできた基礎の総復習である大事な試験が行われるので、今まで習ったことの振り返りがしたいのだが、ルーカスはその先の応用を教えるという。
「でも、それは3年生になったら本格的に習うでしょ?」
簡単な防衛ならもうすでに授業で習ったし、扱えるんだけど、それじゃダメだと彼は言う。
「それじゃあ遅い。君には防衛術に加えて転送術を使えるようになってもらう」
「えぇ……」
それ、次の学年に移ってからじゃダメなの?
私の困惑をよそに、ルーカスは転送術について説明しはじめてしまった。そうしているとルーカスは教師みたいだな。
今、放課後の実技場には私とルーカスしかいない。以前まで一緒に自主練していたレーヴェ君は魔力抑制状態を解消したので、来なくなったのだ。彼曰く「なんか、邪魔かなと思って」らしいけど、別に邪魔じゃないのにね。
今のクラスは比較的穏やかというか、物事の良し悪しを理解している人たちが集まっているので、去年度のような目に見えて意地悪な人達はいない。そのおかげでレーヴェ君も精神的に安定したのかも。
「君は一度、無意識に転送術を使ったことがあるだろう」
「え? あったっけ?」
「……黒呪術を使う上級生から虐待されていた狐を助けたとき」
「あぁ!」
思い出した私が握った拳を手の平にポンと叩いて納得すると、ルーカスに軽く睨まれた。何故睨む。
「座標指定に失敗すると変な場所に飛んでしまう可能性があるんだ。リナリアは無意識に魔法を使うところがあるから……」
私の呑気さに怒ったのか、ルーカスによるお説教が開始された。
なにも言い返せない私はしょんぼりして聞き入れる。彼が心配して注意しているとわかっているから黙って聞き入れるしかないのだ。
「時空を司る元素達よ、我の望む場所へ転送させよ」
私は彼に言われた通りに呪文を唱えた。だけど不発に終わる。さっきルーカスがお手本を見せた通りに唱えたのに、一歩も移動していない。やっぱり私にはまだ早いんじゃ、と言った目でルーカスを見上げると、彼は首を横に振った。
「リナリア、呪文をただ唱えるだけじゃダメだ。頭の中でたどり着きたい場所を想像してごらん」
たどり着きたい場所。
うーん。実技場の外……見慣れすぎた実技場の出入口を想像して、私は目を閉じた。
「大丈夫、君ならできる」
ルーカスの後押しに押されて私は集中した。
私が躓いたとき必ず彼が言うおまじないの言葉。私はその言葉をもらうとなんでもできる気がするんだ。ルーカスはその言葉になにか魔法でもかけているのだろうか。
「時空を司る元素達よ、我の望む場所へ転送させよ」
一言一句違わない呪文を声に出す。
するとさっきとは様子が異なり、身体が浮いた感覚に襲われた。
あ、これあの時と同じだ。
ふわりと風にのって私は飛んでいく。
数秒置いてスタッと地面に着地したので私は閉じていた目を開いた。視界に美しい青が見えた。私の故郷の海の底のような色合い。長い睫毛に彩られたその瞳はいつまでも見ていたくなる。
「!?」
ぎょっとして相手が飛びのいたことで、私がルーカスの目と鼻の先に着地したのだと理解した。
彼は口元を抑えながら顔を真っ赤にしてこちらを見ている。確かに息が当たる距離だったかもしれないけど、唇はぶつかっていないのでその反応は過剰な気がする。
「まるで私が唇を奪ったみたいな反応しないでよ」
「き、君ね……! 何をしているんだ一体!」
「想像して飛んだらこうなったのよ」
最初からうまくいくわけがないんだからそんなカッカしないでよ。
私は肩を竦めて見せたけど、彼の気はおさまらなかったようで、レディがどうの、慎みがどうのと説教してきた。
ルーカスのそういうところ、寮母さんが女子生徒達の生活の乱れを注意しているときにそっくりだな。聞き流していたらルーカスの説教はさらに長くなった。
そんな感じでなんとなく私も転送術が扱えるようになった。
授業を受けたり自主練したりして時は流れ、時期はあっという間に2学年末になった。
1年・2年で学んできた基礎総まとめの試験が行われ、私並びに友人達は揃って合格点を頂けた。今回も試験前までルーカスにいろいろ面倒見てもらって合格したので、申し訳ないやらありがたいやら複雑な心境だ。
私が成績表を見せると、ルーカスは自分のことみたいに喜んでいた。
◇◆◇
2学年を無事修了して迎えた長期休暇。
正直私は帰省するのが憂鬱だった。家が、じゃなくて地元の人がって意味で。
戻ればまた治癒魔法使ってくれと言って来る人がいそうで、いっそ学校に残ろうかと思ったけど、両親は私の帰りを待ち望んでいる。なので微妙な気分を抱えながら帰省したその数日後、ブルーム商店に意外なお客様がやってきた。
「リナリア、お客様がいらしているわよ」
商店と隣接した自宅内で勉強していると部屋の外からお母さんが呼びかけてきた。お客さん? 今日は誰とも約束はしていないはずだけど、と首を傾げながら、商会の店内に足を運ぶと意外な人物がそこにいた。
「ルーカス……? それにブレンさんまで」
「やぁリナリアさん。急な訪問で申し訳ないね」
なんとルーカスと彼の叔父さんのブレンさんが商談用のソファに座っていたのだ。
なんで? なんでここに?
表情一つで私の疑問が伝わって来たのか、ルーカスは「近くを通ったから」と言った。あ、そうなんだ。
「リナリア、この男の子は一体なんなのかな?」
「お父さんやめて。顔が近い。ルーカスが怖がっているでしょ」
じりじりと横から顔を近づけて迫るお父さんはルーカスを威嚇していた。あからさまな圧力にルーカスは居心地が悪そうである。
「ねぇ君さぁ、正直なところうちの娘とどうなの?」
「どう、と言われましても……」
やめてと言ってもお父さんは引く気がないらしい。柄の悪い人間みたいにルーカスに絡んでいる。
「やめなさい。ここは私とリナリアが対応するからあなたはお仕事をしてきてちょうだい」
「だめだ、リナリアに悪い虫が」
「虫なんかいません!」
お母さんがお父さんを追いやろうとしているが、それで一悶着起きている。
恥ずかしい。なぜ両親のこんなところを友人に見られなきゃならないんだろう……と両手で顔を覆った。
「うちの甥っ子が君のことをよく話してるよ。兄夫妻も父も君に興味津々だ」
お父さんの大人気ない態度に対していたたまれなさに襲われてると横からブレンさんが話しかけてきた。
その言葉に私は隠していた顔を晒してブレンさんを見上げる。
ちょっと、クライネルト家で私が話題になってるの?
バッとルーカスの方をみると、お父さんに肩を捕まれてなんか尋問を受けていた。ブレンさんの話は聞こえていないようである。
「落ちこぼれとか悪口言ってません?」
これまでに身の回りに起きたことを考えると、いい話をされていない気がして、冗談交じりに聞くとブレンさんは真顔になった
先程まで親しみやすい柔らかな笑顔を浮かべていたのでその表情の変化に驚いた。
「ルーカスの名誉に誓って、悪いことはなにひとつ言ってないよ」
甥の名誉を守るため、彼は真面目に言った。
……でも、私はやっと魔術師の卵らしくなっただけで、特別秀でているわけじゃないし、秀才ルーカスと比べて褒められる部分があまりないのだ。そう言われても安心できないのが実情である。
「君のことを頑張り屋な優しい子だって褒めていた。たまに向こう見ずな行動を取るから放って置けないんだってさ」
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