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この恋に気づいて

操られた野うさぎ

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 ルーカスとドロテアさんの修羅場的なものを目撃した日から、私はなんとなくルーカスと距離を取るようになった。

 あの光景を見てしまってからとても気まずいのだ。
 いくら私とルーカスが仲間として接していても、周りからしてみたら男女の仲に見えてしまうものらしい。それによって傷つく人が出てきたり、ルーカスに迷惑がかかるなら、付き合い方を考えた方がいいのかもしれないという考えに至ったのだ。
 ただでさえルーカスは良いところの坊ちゃんだ。私の面倒ばかり見て、彼の縁談とか女性関係に影をさすことになれば私はお詫びしようがない。

 そんなわけで、いつもルーカスに助けてもらってばかりの私は、彼に頼らずになんとかすることを決意した。

 私だって魔術師の卵。いつまでも彼に甘えてばかりじゃ良くない。
 親離れならぬ、ルーカス離れをするの!

 それに今では、意地悪ないじめっ子たちともクラスが異なるので、何かが起きることもそんなにないだろう。大丈夫、余裕だ。


『リナリア! 助けて!』
『怪我してるの!』

 それは鳥達の救援要請がはじまりだった。
 怪我をしていると言うから、また敵対している動物と諍いごとでも起こしたのだろうか。
 彼らの案内で学校敷地から外れて隣の森に入る。普段は入り込まない深い場所まで足を踏み込むと、人の手がかかっていない自然が広がっていた。転倒しないよう道無き道を注意して進むと、私を誘導した鳥が高く鳴いた。

『ここだよ!』

 草の覆い繁った地面に倒れ込んだ2羽の野うさぎ。
 血だらけで双方共に虫の息だった。ケンカでもしたのかなと想像しながら治癒魔法をかけていると、周りを飛んでいた鳥たちは口々にこう言った。

『リナリア、あのね、急に人間がやってきて魔法を使ったの』
『でも見たことのない魔法だった』
『ものすごく嫌な感じがしたの!』
「えっ……」

 彼ら曰く、魔術師によって野うさぎたちが怪我をしたのだという。森の奥深くに侵入してきた不審な人物が野うさぎたちに魔法をかけると、彼らの様子ががらりと変わり、突然お互いを傷つけ合いはじめたのだという。
 聞いたことのない鳴き声、お互いを喰らいつくそうと屠るその勢い、それらは通常の争いとは全く違ったというのが鳥たちの証言だ。

 それはつまり、何者かが恣意的に野うさぎ同士を争わせたというわけだろうか。
 なんのために? 魔法の練習? それに動物を利用したってこと?

 私の治癒魔法で回復した野うさぎ達にも何があったのか尋ねてみたが、彼らの記憶は曖昧だった。もしかしたら一緒に記憶操作されているのかもしれない。
 彼らの話を聞いていた私は首をひねる。これは事件の臭いがするぞと。


◇◆◇


「今日からしばらく自主練お休みしたいの。せっかく時間空けてくれたのにごめんなさい!」

 その日一日の授業が終わると、私は彼にそう謝罪した。
 不審な魔法事件を目の当たりにした私は、放課後に巡回しようと考えついたのだ。動物達に新たな魔の手がかかる前に対処できたら良いけど、犯人がどこの誰だかわからないので、今は動物達の安全確保を優先することにしたのだ。

「どうして? なにかあった?」
「うん、ちょっと個人的な用事が……」

 ルーカスに問われた私はぎくっとした。
 用事があるのは本当だ。だが今回からは私は人に甘えるのはやめたのである。言ったら絶対にルーカスが一人で解決してしまうし、本末転倒になってしまう。
 これは私の自立への第一歩。ルーカスに事情を知られるわけにはいかない。

 ルーカスが私を見て変な顔をしている。
 私は作り笑いで誤魔化していたが、目の端に先生を発見したのでそっちに意識を向けた。

「あっ先生! 質問があるんですけど!」

 実技担当の先生を見つけた私はルーカスをその場に置いて、先生のもとへ駆け寄った。

「おやブルームさん。さっきの授業の質問ですか?」
「あ、いえそうじゃなくて……」

 ちらりと視線を戻すとルーカスがこちらを見ていた。
 聞かれたら絶対に不審に思われるから、先生を人のいないとこに誘導して、周りに人がいないかを確認した上で質問した。
 生き物を意のままに操って、お互いを戦わせる魔法は存在しますか、と。

「どうしてそんなことを聞くんですか?」
「えぇとあはは、ほんの好奇心で」

 ごもっともなお言葉が返ってきたので、私はヘラヘラ笑って誤魔化した。先生は私の顔をマジマジ見て探っているようだ。だけど私に悪意がないと判断したのか、私の疑問に答えてくれた。

「──黒呪術の一種ですね。3年生になったら呪術学で習うと思います」

 耳慣れない単語に私は目を丸くした。
 なんか禍々しい呼び名だな。

「おそらくブルームさんの言っているそれは禁忌となった呪いの一つです」
「禁忌、呪い……」
「隷属の呪い、もしくは服従術かと。……間違っても使用してはいけない、禁じられた魔術です」

 そう返された私は全身の血が引いて行くのを感じていた。
 先生曰く、禁忌の魔術を人間や獣人相手に使用した場合、よくて罰金や苦役、最悪の場合死罪と言われた。その際、魔術師としての資格も剥奪されるらしい。
 そんな恐ろしい術を使ったかもしれない人間がこの学校の敷地内にいるのだと考えると恐ろしくなった。

「ブルームさん?」

 怪訝な顔をした先生に呼び掛けられた私ははっとする。

「あ、いえ、勉強になりました。ありがとうございます!」

 私はペコーッと頭を深く下げると、脱兎の如く逃げ出す。その足で校内の図書館に駆け込んで司書さんに尋ねた。3年生用の教科書って置いてますかと。

 図書室で去年の3年生の教科書を借りた私は、部屋でそれを読んだ。同室のニーナから不審に思われぬよう、机で勉強しているふりをして、黒呪術の記述があるページを読み込んだ。
 禁忌扱いの黒呪術は死の呪いから、人の心を惑わす術まで多岐にわたる。どれも人の意思を無視して歪めてしまう。それを使って獣人を隷属させた歴史もあった。
 現在ではどんな理由があったとしても黒呪術を使うのは厳禁とされている。人間や獣人に使用したと発覚すれば厳罰は免れない。

 ──だけど、野生動物に至ってはその限りじゃない。
 
 人よりも命を軽視される動物たち。
 故郷でもただそこに居ただけで虐待を受けてた生き物がいるのだ。
 生きるために食べるためとか、害獣だから追い払う、駆除するとかそんな理由ではなく、憂さ晴らしに痛めつける人たちが一定数いるのは知ってる。

 与えなくても良い苦痛を与えて殺そうとするのだ。
 ただ自分の快感の為に虐待する、身勝手な行い。
 私はそういう人たちを許せないのだ。

「私が、なんとかしなきゃ」

 動物の声が聞こえる私が動物達を守らなきゃ。
 証拠がない今の状況で周りに訴えたとしても信じてもらえないかも。下手したら犯人のしっぽが掴めなくなるかもしれない。
 だから現行犯で取っ捕まえて、突き出してやるんだ。

「リナリア? イルゼが呼んでるわよ」

 黒呪術を使用しているであろう犯人への怒りを燃え上がらせていると、横からニーナに声をかけられて私はビクッと大袈裟に驚いてしまった。

「リナリア、クライネルト君が心配してたよ? 様子がおかしいって」

 どうやら私の動きが怪し過ぎてルーカスが私の友人に聞き込みをしたらしい。
 
「なんでもないよ、たまには一人で過ごしたくなることもあるの」

 私が否定すると、イルゼは「そう?」と困った顔をして首を傾げていた。言い訳にしては苦しく聞こえたかな。
 校内に黒呪術を使って動物虐待する生徒がいることを言えばきっと、ルーカスは率先して解決に導いてくれるだろう。イルゼやニーナもそうだ。

 だけどそれじゃダメなのだ。

 これは自分がなんとかしてあげたい。
 決して、ドロテアさんの件でなんか気まずいとかそういう理由ではない。
 
 ……いつもルーカスに助けてもらってばかりで、自分が何もできない人間みたいで嫌なんだ。イルゼやニーナも巻き込んでたくさん迷惑をかけてきた私は、そんな情けない自分が嫌なのだ。
 私だって大切な存在を守る力があるんだと証明して見せたいのだ。
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