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この恋に気づいて

あなたがいたから私は頑張れた。

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「僕に捕まって。下まで誘導してあげるから」

 ルーカスが私に向かって手を差し述べてきたが、私は不安だった。私の方が彼よりも体が大きいので、重くて手を離したりしないかなって。

「重いからって途中で手を離さない?」
「離すもんか。大丈夫だよ」

 ルーカスは空を飛ぶのに何の躊躇いもないみたいだ。だけど私は下から吹き付ける風に恐怖を感じていた。ここで失敗したら私は地面に叩きつけられて即死だ。
 ルーカスの手を握って彼に身を委ねようとしたが、安定感のある枝からお尻を離した瞬間、恐怖がさらに増幅した。
 落ちる。絶対に落ちてしまう!

「いやぁ! 落ちるぅぅ!」
「!? ちょっリナリア!?」

 私は落下への恐怖に耐えかねて、がばぁっとルーカスの首に抱き着いた。
 落ちる落ちる、絶対に落ちる!

 ぎゅううと腕に力を込めてルーカスにしがみついていると彼がうろたえているのが伝わってきたが、今の私は気遣う余裕もない。
 目をつぶってルーカスにしがみついていると、「……地上に降りたよ」と彼の硬い声が耳に届いた。

 涙が滲んだ目でルーカスの顔を覗き込む。
 すると、彼の顔は熟れた真っ赤なトマトみたいになっていた。

「あ、ごめんなさい。首を絞めすぎたわ」

 勢いあまって彼の首を絞めていたみたいだ。
 私は彼から腕を離して地面に足を着いたのだが、思い出したように左足の激痛が蘇ってきた。

「いっ……つぅ…!」

 私は苦悶の表情でへなへなしゃがみ込む。そうだった、落とし穴に落下したときに痛めたんだった。

「怪我をしたのか?」

 ルーカスが膝を折って私の顔色を覗き込んできた。私は膝下丈のワンピースの裾をそっと持ち上げて患部を見せた。左足のすねとくるぶしの境界線辺りが紫色に変色して腫れ上がっているのが見えて、ルーカスが息をのんでいた。

「落とし穴に落ちたときに左足を……」
「動かないで。医務室に運ぶから」

 ルーカスが小さく呪文を唱えると、私の身体がふわりと浮いた。今度は浮遊術だ。短い間にものすごい冒険を繰り返した気分になった私はどっと疲れていた。
 そのまま医務室に運び込まれると、医務室の先生が「またあなたですか、ブルームさん」と言った。
 少し傷つく。私だって好きで怪我をしているわけじゃないのに。


「左足の骨にヒビが入ってるわね、それと痣や擦過傷もあちこちに」

 医療探索魔法でざっと調べてくれた先生が診断を下した。道理で痛いわけだ。そりゃあ歩けないよね。ヒビが入ってるんだもの。
 目隠しカーテンの中で服を脱がされた私は全身にべっとり傷薬を塗りたくられた。その後にヒビをくっつけるために骨接ぎ薬を飲ませられたが、これがまたしょっぱい。だけど水なしで飲み切れと言われたから我慢する。

「観察のために2日くらい入院ね」
「そんなぁ」

 薬飲んだし、治癒魔法もかけられてもう痛みも引いたのに入院しなきゃダメなの?
 医務室静かすぎて夜怖いし、入院嫌だなぁ。また授業遅れちゃうし……

「我慢だよ、リナリア」

 手渡された入院着を着用しながら不満タラタラな反応をしていると、カーテンの向こう側から声をかけられた。
 私が服を着用したのを確認した先生が目隠しカーテンを開いてルーカスと数十分ぶりの対面をする。
 ずっと医務室内にいたんだろうけど、存在を忘れかけていたよ。

 ルーカスは椅子に座っている私の手を握ると、私と視線を合わせるために中腰になっていた。

「授業内容は後で僕が補助するから、君はしっかり体を治すんだ」
「うん、いつもごめんね」

 本当いつもいつもなにかと巻き込んで申し訳ない。私が謝罪すると、彼は苦笑いを浮かべていた。

「ありがとうと言われたほうが僕は嬉しいけどね」

 その微笑みはなんだかくすぐったそうで、私の胸がどきりとざわめいた。

「……ありがと」
「どういたしまして」

 ありがとうの一言じゃ表現できないくらい彼には借りがある。ルーカスはいつも私を助けてくれる。義務感のようなものがあってそうしているのかもしれないけど、私は彼に深く感謝してるんだ。

 私も彼みたいに魔法を駆使できるようになれたらいいのになぁ。
 口には出さないけど、私は密かに彼に憧れの気持ちを抱いていたりする。
 私が尊敬を込めて見つめているとは気づいていないルーカスはムッと眉間にシワを寄せて少し怖い顔をした。

「あと怪しい呼び出しに応えないこと。今回の君の行動は不用意過ぎる」
「仰る通りで」

 ぐうの音も出ない。
 事の発端は私が警戒せずにホイホイ呼び出しに応じた事がはじまりである。私も呑気すぎた。今度は絶対に怪しい手紙の呼び出しに応じません。

 ルーカスは私に宛てられた例の手紙を回収すると、医務室の先生といくつかやり取りをして医務室から出て行った。
 私は完全安静のまま入院措置となったのであった。


 私が医務室に拘束されている間に、ルーカスはいろいろと動いてくれていた。
 彼はあの後まっすぐ職員室へ出向き、先生方に私が落とし穴に落とされて怪我をしたことを報告、現場に出向いて時間魔法を使用して私を罠にはめた人を確認、該当の生徒たちは先生に呼び出されて説教と罰則と謹慎を受けたのだとか。

 罰を受けると分かってるのに、なぜ彼らはそこまで私に嫌がらせをするのか。不思議でならない。
 先生のうちの1人は「1学年の中にこんなにも謹慎の生徒が出たのは稀です」と頭を抱えていたのだと言う。

 ちなみに落とし穴に生えた大きな木は薬学の先生が喜々として処分を買って出た。樹皮や葉が生薬になるとかなんとかで……
 大木は、素材を採取されて丸ハゲにされたあと、木材へと姿を変えていた。乾燥させて、冬の間の薪にするんだって。無駄にならずに良かったです。


◇◆◇


 私が学校に復帰すると、宣言通りルーカスが休んでいた間の授業を補助してくれた。ノートを貸すだけでなく、専用の問題集を作ってくれて、図書室で一緒に勉強した。勿論日課となっている魔法実技の自主練も監督してくれるし、苦手な薬学実技も指導してくれた。

 私のことばかり気にかけてもらってなんか悪いなぁ。
 彼の分の勉強は大丈夫なのかなと心配になって対面の席に座るルーカスの手元を見ると、明らかに1年生の内容ではない勉強をしていた。……うん。余裕ってことですね。

 そんな感じで勉強に集中する毎日を送り、訪れた試験日。
 薬学ではうまく課題の胃薬が作れたし、実技の基礎魔法、課題魔法もうまく操れた。筆記試験だってすべて合格点だった。
 前半期の結果とは大違いだ。私は配布された成績表を見て小躍りした。

「ルーカス見て! 今回は全教科合格点をいただけたわ!」

 小躍りする私が面白いのか、ルーカスは手で口元を隠しながら小さく笑っていた。

「君が毎日頑張ってるからさ」
「あなたがそばにいてくれるお陰よ。あなたがいてくれるから私は頑張れるの」

 ルーカスがいなければ、ここまで出来ていなかった。
 すべては献身的に私を支えてくれたあなたのお陰だと告げると、ルーカスはなんだか惚けた顔をしていた。

「どうしたの?」
「……なんでもない。今の君を落ちこぼれとは誰も言えないだろう」

 その言葉がうれしくて私はニカッと笑った。
 別に私もルーカスも、誰かに対する当て付けのつもりで言ったわけじゃないけど、敏感に反応してこちらを睨みつけてきた人たちがいた。
 落第点をとったクラスメイト達だ。
 
 私のことを散々落ちこぼれと言ってた人達は赤点を取ってしまって、補習と追試を受けることになっていたみたいだ。
 普段ならそこで私に対して罵倒の言葉が飛んで来るのだが、罰則や謹慎を喰らったことでちょっとおとなしくなった彼らは渋い顔をするだけだった。

 今の私はもう落ちこぼれではない。
 魔術師としての大切な基礎を身につけた、立派な魔術師の卵になれたのである。
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