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この恋に気づいて

しっぺ返し

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 入学以来、魔法実技で大幅な遅れをとって、悪目立ちした私はいまだに落ちこぼれ扱いを受けていた。
 それに心痛めて諦めかけたりしたけど、今はその不名誉な称号を撤回させるために日々奮闘している。

 それでも、周りの人たちからしてみたら私はまだまだのようで、嫌みを飛ばされるのは日常茶飯事だった。

 イルゼが言っていた。魔力持ちがいない家庭にただひとり魔力を持って生まれた子は周りに理解者がおらず、ひねくれてしまうのだと。
 他とは違う能力を持った彼らはなにかしら差別を受けてきたんだと。
 だから誰かを虐げることでウサ晴らししているとか。……差別を受けてきたのは私もなのに、ひどくないか。

 彼らを見返すためには遅れを取り戻し、彼らよりも優秀な成績を修めることが重要だと理解しているので、なにか言われても気にせずただ努力するのみだと考えている。
 仲間に悪意を向けられるのは辛いし、心折れそうになるけど、耐え忍ぶのも修業のうちだと思って頑張るしかない。

 いつだって私はクラスの中で落ちこぼれ扱いだった。 
 普段であれば、私が標的になるはずだった。

 それなのに、その日は違ったのだ。
  

 イルゼと一緒に登校して教室に入ると、全身の毛が逆立つような嫌な空気を感じとった。
 またなにか言われるのかなと周りを警戒しながら自分の机に向かうと、その先で信じられないものを目にした。

 それぞれの机の上にはノートが乗っている。それは古代語学の先生が先日宿題のために回収したもので、今朝になって返却されたのだろう。
 ここからが問題だ。
 ──あるノートはページが開かれて、上から塗り潰すようにインクをぶちまけられていたのだ。

「なにこれ! どうしたのそれ!?」

 机の前でそれを見下ろしていた彼女に声をかけると、こちらを見た彼女は金色の瞳を呆れたように細めていた。

「さぁ……? どこかの誰かがドジやらかしてノートにインクを垂らしたんじゃない?」
「でも、」
「大丈夫、騒ぎにしないで」

 プロッツェさんは自分に向けられた悪意にも淡々としていた。それは彼女の生い立ちが関係しているのだろうか。
 周りでこちらを伺っていた一部のクラスメイト達がヒソヒソ内緒話をしながら、ニヤニヤこちらを見ている。

 最低……! なんて人たちなの!
 以前意地悪な男子から手紙を池に落とされた事を思い出した私は自分のことのように腹を立てた。
 でも、当事者のプロッツェさんが騒ぐなと言うんだ。ぐっと怒りを込めて拳を握り締めていると、行動が早いイルゼが雑巾と水の張ったバケツを持って来た。

「とりあえず机の周りをこれで」
「ありがとう、ヘルマンさん」

 雑巾で拭ってインクを落とすが、ノートにはしっかりインクが染み込んでしまっている。これを回復できる魔法があればいいけど、そんな高度なもの、私にはわからない。

「……親無しが…」
「調子に乗るから……」

 ボソリと囁かれた悪意に反応したのはイルゼだった。

「あんた達、今なんて言った!?」
「ヘルマンさん、いいから。本当のことだもの」
 
 悪口に噛み付いたイルゼを止めたのはプロッツェさんだ。イルゼが顔を真っ赤にして不満を表情で訴えると、プロッツェさんは口元を歪めた。

「そういうことでしか溜飲が下がらないんでしょ。自分を肯定するために自分より劣っていそうな人をいじめて、自分の心を満たしてるのよ。──程度が知れるわ」

 いつも感情が動かないプロッツェさんだが、その時は彼女が嫌がらせを働いた誰かを嘲っているのだとハッキリ感じ取れた。
 
「もっと頭を回転させて捻った悪意を投げかけてほしいわね。そしたら私もおもいっきり仕返しができるのに」

 ニヤリと笑った彼女はクラスの人たちを見渡してそう言った。
 うーん、あいかわらずの毒舌である。
 相手の悪意が大きければ大きいほど仕返しが楽しいと言っているように聞こえる。それは本音なのか、強がりなのか……

「プロッツェさん、そのノート」
「おはよう、クライネルト君。私宛てに挑戦状を受け取ったの。手出しは無用よ」
「だけど」
「先生に言ったところで直るはずがないもの。真っ正面からお相手して、ぶったたいてやるわ。私を見下して得た、謎の優越感を踏みにじってやる」

 その言葉にルーカスは完全に黙り込んでしまった。好戦的なプロッツェさんの気迫に言葉をなくしたみたいだ。

 過激派なのはイルゼだと思っていたけど、プロッツェさんも血の気が多かった。
 親御さんがいないことに負い目を感じているのか、ノートを真っ黒にされたのにぶちギレているのか、それとも両方なのか……わからないけど、彼女はとにかくお怒りなのだ。

 プロッツェさんは一人で戦う気満々の様だったが、その悪意は拡大して増幅して行った。


◇◆◇


 最初はノートに次ぐ、小さな嫌がらせだった。とはいえ、された方はたまったものじゃない嫌がらせ。
 羽根ペンの羽根を毟られたのだ。なんらかの方法で盗まれたそれは見るも無残な姿で教室の床に転がっていた。プロッツェさんはそれを見下ろして、ため息を吐いていた。
 恐らく意地悪に加担しているであろうクラスメイトの一部がニヤニヤと観察していたけど、プロッツェさんは泣きも怒りもしない。ただの棒になった羽根なしペンを使って授業を受けていた。

 その次の嫌がらせは、移動教室で間違った場所を指定されたことだ。プロッツェさんにだけ違う場所を告げられたのである。
 おかげで授業に遅刻した彼女は先生に注意されてしまった。
 基本一人行動するプロッツェさん。いつも誘う前に先に行っちゃうから今回も普段どおり別行動していたけど、それが悪い方向に働いた。

「一緒に行けばよかったね。ゴメンね、気づけずに」

 こんな状況だから気に掛けてあげるべきだったのだ。授業後に彼女に声を掛けて謝罪すると、プロッツェさんは首を横に振っていた。

「うぅん、いいの。これでひとり炙り出せたから」

 彼女の口元は笑っていた。
 そうなのだ。先生に注意を受けた時にプロッツェさんは、同じクラスのこの人に向こうの教室だと指示を受けたのだとクラス全員の前で名指ししたのだ。

『おかしいですね、私はターナーさんから、午後の授業は生物学に変更になったと口頭で連絡を受けたのですが』

 それによって先生の意識はプロッツェさんに意地悪をした人に向く。

 注目を受けた張本人はわかりやすく動揺していた。先生に「嘘の場所を教えたというのは、本当のことですか?」と問われたときもしどろもどろに返しており、嘘をつくのが下手だったため、プロッツェさんに嫌がらせを働いたのだと先生に認識されていた。
 誰も庇えないし、先生には失望されるしでとうとう泣いてしまった。
 だけど一番可哀相なのはプロッツェさんなので私はその子に冷めた目を向けてしまった。


 女子寮でも地味な嫌がらせは続いていた。所謂仲間はずれみたいなことをされたのだ。
 そこは私とイルゼが一緒にいるようにして、彼女が孤立しないように気をつけているし、他の学年の無関係な先輩たちは嫌がらせに加担していなかったのでまだ良かった。

 食堂で先輩たちに混じって3人固まって食事をしていると、食堂の出入り口で寮母さんが息を切らせて誰かを探している姿を見つけた。

「あぁいた、ニーナ・プロッツェさん! 小包とお手紙が届いておりますよ!」

 ……別に手紙や小包が届くのは珍しいことじゃないのだが、何故か寮母さんは慌てている。そんな様子なので、プロッツェさんは食堂にいる女子生徒達から注目を受けた。
 彼女は慌てることなく席を立つと、寮母さんから荷物と手紙を受け取る。宛先と差出人を確認して「確かに受け取りました」と淡々と返していた。

「誰から?」
「大巫女アレキサンドラ様よ」

 孤児院の誰かからかなと思って何も考えずに尋ねると、プロッツェさんは平然と返した。
 しかし、その人物の名前を聞いた周りの人はぴしりと固まる。

「大巫女様は私に必要なものはありませんか、不自由してませんかっていつも気にかけて下さっているの」

 彼女の孤児院は大巫女様の運営する場所だとは聞いていたけど、文通するほどの仲だったの? 私は衝撃で言葉が出てこなかった。
 国民が信仰する唯一神・女神フローラの娘であるその人はこの国の最高神職者だよ。簡単にお近づきになれない相手なのに、文通とか出来ちゃうの……。

「大巫女様からお手紙が来るなんてすごいわ!」

 回復が早いのはイルゼだった。頬を赤らめてどういう事なのと息巻くイルゼに、プロッツェさんは大したことはないと言わんばかりの反応を示した。

「魔法魔術学校に入学が決まったとき、私のために学用品一式を用意してくださったのは大巫女様なの。私は孤児院出身で他の子より圧倒的に不利だろうからって親身になってくださって……」

 そう言って彼女が小包を開くと、中には新品のノート数冊と羽根ペン数本、そしてインクが入っていた。

「どこかの誰かに汚されたり壊されたりしたから、そのことをお手紙で相談したら大巫女様がご自分の事のように心痛めて、新しいものを贈ってくれたのよ」

 誰に当てこすった発言なのかは私にはわかってる。同じクラスの数名が見るからに顔色を変えていたから。
 大巫女様が用意されたものを悪意持って汚損したんだもん。そりゃそんな反応になるわ。

 プロッツェさんに向ける周りの目が一気に変わった。いいな、すごいな、という羨望が向けられているのがわかる。
 プロッツェさん、なかなか策士である。
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