リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

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この恋に気づいて

恋ってどんな気持ち

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 見つめ合う彼らの視線はそれぞれに向ける熱量が異なっていた。
 熱い想いを爆発させそうなドロテアさんと、冷たい眼差しのルーカス。
 2人の間で一体なにがあったというのか。

 貴族だの平民だの言い合っているが、実は身分違いの恋をしているとかそういう事情なの?

「ドロテア、あまり僕を困らせないで欲しい。我が家は爵位なんて荷が重いと考えているからお断りしているんだ。僕もそれで納得している」

 ルーカスは冷たく突き放した。これまでにも何度か同じやりとりを繰り返してきたのだろうか。慣れている様子だ。
 それに対してドロテアさんは苦しそうな顔をしている。
 普段のルーカスは色恋に興味なさそうに見えるのに、意外や意外である。女の子に言い寄られるとは……え、私と同い年だよね? 進んでるね、色々と。

「そんな、あなたの意志はどうなりますの!?」
「もちろん、僕も家の方針に賛成だ」
「ルーク!」

 気まずい。
 私はこの場から立ち去った方がいいのだろうか。
 静かに立ち去ろうと右足を後ろに引くと、じゃりっと音を立ててしまった。その音に2人の目がこちらに向いてますます気まずい。更に後ろに後退しようと彼らから目を離さずに下がっていると、「リナリア、大丈夫だから」とルーカスに止められた。
 大丈夫と言われましても、私はとても居心地が悪いのですが。

「その子のせいですの? 最近その子とばかり一緒にいるって聞いていますわ」

 納得できない様子の彼女の視線が私に突き刺さる。勝手に黒だと思っていたドロテアさんの瞳は、ほんの少し茶色が混ざっている。その目は屈辱に耐えられないとばかりに潤んでいた。
 泣きそうに顔を歪めるが、意地でも泣かないみたいだ。そこは貴族様の矜持のようなものが邪魔しているのだろうか。

「リナリアを理由に君の誘いを断っているわけじゃないよ」

 泣く一歩手前の彼女を前にしてもルーカスの態度は変わらなかった。

「君は昔も今も僕の幼なじみで、大切なはとこだよ。だけどそれだけだ。僕が君と結婚することはない。これはクライネルト家が決めたことなんだ」
「わたくしはあなたのことを!」
「お父上にもそう伝えておいてくれ。それじゃあ」

 きっぱり、縁組みは有り得ないと言い切ると、ルーカスは私の手首を掴んですたすたと歩きはじめた。
 その場にドロテアさんを置いて実技場を出ると、ルーカスは「ごめん、個人的な事に巻き込む形になって」と私に謝罪してきた。
 確かに驚いたし、自主練が中途半端に終わったから不完全燃焼な部分もあるけど、それよりもルーカスは大丈夫なのだろうか。
 貴族様のお誘いを突っぱねて後から大変なことになったりしない?

「あれでいいの?」
「以前フロイデンタール家から婚約話が持ち掛けられたんだ。だけど僕と彼女は血縁上はとこの間柄だ。血が濃くなるのを避けたかったからその話は無かったことになったのだけどね」

 それは……血が濃くなると何か不味いのだろうか。貴族は血を尊ぶから、むしろいいことなんじゃ? うちの町でもいとこ同士で結婚している人とか見かけるし、血を重視する貴族は近親婚を推奨していそうだけど。はとこ同士、なにかまずいのかなぁ。

「貴族は上流階級間での婚姻を繰り返し血が濃くなっていた。そしてクライネルト家もより良い魔力を求めて貴族の子女と婚姻を重ねた。代を重ねるごとにどんどん血が濃くなっていき、その代償は子孫に降りかかってきた」

 私が疑問を抱いていると察知したのか、ルーカスが理由を教えてくれた。
 上流階級という狭い範囲内で繰り返されてきた婚姻によって濃くなった血は子孫に影響を及ぼしたのだという。

「お祖父様のご兄弟はみんな体が弱く、早いうちにみんな亡くなってしまった──近親婚の危険性にうすうす気づいていたお祖父様は市井出身で血縁関係のない、魔力持ちの女性と婚姻を結んで血を薄めることを選んだ」

 血が近いことで体や心に異常をきたして早世した親族がこれまでにも沢山いたのだという。お祖父さんのその上のご先祖様も同様に。

 どうやら、ルーカスが彼女からの好意を突っぱねたのには、クライネルト家にとっては不都合な理由からのようだ。

 そこで私は疑問を抱く。
 その理屈だと、血が濃くなった貴族様はみんな揃って体が弱くて全滅してしまいそうだが……と考えていると、今は新興貴族や市井出身の魔術師を貴族の養子にしてから婚姻を結び、血が濃くなりすぎないようにしているから存続していられていると教えられた。

 それでも、血にこだわる人たちはいるそうだけどね。フロイデンタール家はその一部なんだとか。どこにでも頭の固い人はいるってことなんだろう。

「彼女は親に言われて僕と特別親しくなろうとしているけど、これ以上はダメだ。お互いのためにならない」

 僕は彼女を幼なじみとしてしか見れない。別の、然るべき相手と縁組するべきだ。
 どこか遠くを眺めながら真面目につぶやくルーカスは、遠い世界の人みたいだった。

「好きとか、恋愛感情はないの?」

 家の決めたことに賛成だと彼は言っていたけど、そこに嘘偽りは無いのだろうか。
 ルーカスってそういうところ無駄に貴族っぽいからうまく隠している可能性もある。恐る恐る問うと、ルーカスは目を丸くして、驚いている様子だった。

「……そういう風に考えたことが一度もなかったな。親が決めた相手と結婚するものだと思ってきたから」

 そこに自分の感情は関係ないのだとルーカスが言う。
 彼は私から視線をそらすと、宙を見つめ、数秒考え込んでいた。

「……ないと思う。僕は誰かを好きになったことがない。ドロテアを見て心を乱されたことは一度もないから、それはないと思うな」
「そっか……」

 でも、彼女は多分そうじゃない。
 親に言われたから、ドロテアさんは自分に言い寄ってくるのだとルーカスが言っていたけど、果たしてそうなのだろうか。
 彼女は……ルーカスのことが好きだから接点を作ろうとしているのじゃないかな。

 でもルーカスはその気がない。彼女の愛の告白を皆まで聞かずに話を打ち切った。
 彼女に余計な期待をさせないように冷たく接するのは彼なりの思いやりなのだろうか。

 結婚は好きな人としたいものなんじゃないかなと思って、なんとなく問い掛けたけど……彼の返答になんだか、キュッと胸が苦しくなったのは気のせいかな。

 こんなに近くにいるのに、ルーカスが私の知らない人に見えた。
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