リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

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この恋に気づいて

あなたは命の恩人

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「キルヒナー先生! 急患です!」
「これはひどい、なにがあったんですか?」

 ひどい火傷を負って医務室送りになった私を出迎えた医務室の先生は息を呑んで驚いた様子だったが、すぐさま治療に取り掛かってくれた。

「他の生徒が嫌がらせで火の魔法を放ったのです」
「なんてことを……! 魔法をなんだと思っているのかしら!」

 先生たちが何かを話しているが、私はそろそろ意識を保つのが厳しい。ぬかるみにはまった身体がじわじわと泥の中に沈み込んで行くような感覚だった。

「あぁ、そこの君、職員室へ出向いて手の空いている職員を呼んで来てください。治癒魔法を掛けるのに人手がいります」
「わかりました!」

 イルゼが元気良く返事をして医務室を飛び出す音が聞こえた。それを聞いたのを最後に私の意識はとぷんと頭の先まで沈み込んでしまった。

 熱くて痛くて苦しい身体に変化が訪れた。温かく柔らかい力が四方から降り注いできたのだ。
 あぁ、これは治癒魔法を掛けられているんだ。呼吸が楽になり、全身を苛んでいた痛みが和らぐ。
 体力を消耗していた私は今度こそぐっすり眠りについたのである。


 次に目覚めたときにはだいぶ楽になっていた。
 起きぬけに苦い薬をいくつか飲まされたので、不調に感じていた部分も改善した。
 外見は先生方総出で行った治癒魔法で何とか跡形もなく綺麗に治ったが、私は昨晩まで外傷による発熱で寝込んでいた。そのため念には念を入れて、医務室のベッドでの完全看護は解かれないままだった。

 こんな風に寝ている間にまた授業に遅れてしまうな。
 窓から外の風景をぼんやり眺めていると、自分の姿が窓ガラスに映った。腰までの長さだった髪の毛は今や肩口で切り揃えられていた。
 怪我は治癒魔法でキレイに治ってくれたけど、焼け焦げてしまった髪は元には戻らなかった。傷一つ残らず治っただけでも運が良かったけど、お母さんとお揃いの長い金色の髪はお気に入りだったのに。
 それが今では男の子みたいに短くなってしまっている。今の自分の姿を見た私は悲しい気持ちになった。

「リナリア、もう起きても大丈夫なの?」

 ベッドに腰掛けて落ち込んでいた私に声を掛けたのは薬瓶を持ったルーカスだった。
 私は今の自分の髪を見られたくなくて慌てて布団の中に潜って頭を隠した。

「お、お見舞いに来てくれたの!?」
「うん、元気そうで良かった。先生が作ってくれた薬がよく効いたみたいだね。じゃあ、次は髪の毛を元に戻そうか」
「……え?」

 布団の中に潜っていた私は耳を疑った。今、髪の毛を元に戻すと言ったか?

「ほら、布団から出て、こっちの椅子に座って」

 がばぁと布団を剥がされた私はルーカスに誘導されるがまま、ベッド脇に備え付けられている丸椅子に腰掛けた。私の首周りに大きな布を巻き付けたかと思えば、ルーカスは何故か皮の手袋を装着していた。
 彼は持ってきた薬瓶を開けてごっそり中身を取り出すと、それを私の短くなった髪にべっとりつけていた。

 なに、これ。なにをつけられたの? ……海の近くで嗅いだことのある海藻の香りがするのは気のせいだろうか。
 ぺたぺたと満遍なく髪全体に塗りたくった後は、どこからか取り出したコームで綺麗に梳いた。塗り残しがないように髪の隅々まで薬剤を浸透させていく。

「これでよし。しばらくそのままでいてね」

 なにやら一仕事やってのけたと満足そうにしている彼。動くなと言われた私は何をされたのか理解できず、後ろで片付け作業をしている彼に恐る恐る問い掛けた。

「る、ルーカス、私の頭になにを塗り付けたの……?」
「髪が早く伸びる促進剤を作ったんだ。髪が伸びるのにしばらく頭皮がむずむずするだろうけど、一晩で元の長さ近くまで伸びると思うよ」
「……わざわざ、用意してくれたの?」
「短くなったことを君は悲しむと思って」

 この国で女性が髪を短くするのは神殿に入る時くらい。もっともここ近年は短くせずとも神殿入りできるようになったそうだけど。
 私が短くなった髪を気にすると思ってわざわざ……彼の心遣いが嬉しくて、くすぐったくてなんだか胸がきゅっとした。

「でも用意するの大変だったんじゃない? 薬の材料費はいくらだったの?」

 とはいえ、タダで受け取るわけには行かない。代価は支払わねばと思って彼に聞くと。ルーカスは首を横に振った。

「うぅん、それはいいよ。先生から分けてもらった海藻と君に与えられた加護で入手した材料で作ったから」
「……どういう意味?」

 私への加護だって?
 ルーカスの言っていることが理解できなくて聞き返すと、ルーカスは私が火傷を起こして運ばれた直後の話をしてくれた。

 ──大怪我で意識朦朧とした私が先生に付き添われて実技場を出たとき、ルーカスは不思議な光景を目にしたというのだ。
 誰も呪文を唱えていないにも関わらず、先程まで私が寝転がっていた場所に火傷に効く薬草や、滋養強壮に強い効果を発揮する希少薬草、髪を育てる薬に使われる植物類が一気に育ったのだという。

 それらは私に従う土の元素たちが私の怪我を心配して用意してくれたんだろうと彼は言った。
 炎から守ろうとしたけど守れなかったお詫びのようなものなのだろうか。元素たちは悪くないのに意外と律儀なところがある。

 その中には例の希少価値のあるアンチークという不気味な植物も加わっていたようで、私が目覚めた直後、あの不気味な植物を煎じて飲まされたそうだ。
 飲め飲めと促されるがままいろんな薬を飲んでいたのでなにがなんだかわからなかったけど、飲んでいる薬の中には土の元素たちが生やした生薬や薬草類が豊富に含まれていたそうだ。

 アンチークは不気味な見た目に反して強い薬効を持っており、強力な滋養強壮効果があるそうだ。貴重な素材のため、普通は他の材料と合わせて薄めて服用するものらしいけど、今回は特別に丸々飲まされた。私が生やしたようなものだから贅沢に使えたが、普通はお金を出してもなかなか入手できない希少な薬草。
 とてももったいないことをしてしまった気分である。

「今日は頭を洗わないでね。気持ち悪いかもしれないけど、明日には元に戻っているからそれまでの辛抱だ」

 身の回りが薬で汚れないように布を頭を巻きつけた私は座ったままくるっと後ろに方向転換した。

「……ありがとうルーカス」

 お礼を言えていなかったので改めてお礼を告げると、「いいよ、大したことしてないから」と謙遜された。
 もちろん薬のこともだが、もっと大切なことがある。

「薬もだけど、私が火に撒かれたとき、水を掛けて助けてくれたでしょう」

 彼がとっさに水を掛けてくれなかったら私の命はなかったかもしれない。魔法や薬で、怪我をした状態を治すことはできても、一度なくした命が戻って来ることはない。彼の判断が私の命を救った。
 助けてもらった直後は喉がダメになっていてなにも伝えられなかったからお礼を言いたかったのだ。

「……でも君は大怪我を負ってしまった」

 私はお礼を言ったのにルーカスは沈んでしまった。
 私は自分の火傷の状態を目にしていないからわからないけど、ルーカスが落ち込むほどひどい惨状だったのかも。ルーカスは真面目だからもっと早く助けられたらと自分の力不足だと嘆いているのかな。
 そんなことないのに。

「でも私は命が助かったし、怪我も大方治った。短くなってしまった髪の毛は元に戻るとわかったわ。これを幸福と言わずしてなんと言うの?」

 もちろん、火に撒かれた恐怖は残っているし、あのクラスメイトを許そうとは微塵も思っていない。
 できれば火だるまになった時も自分で解決できたら良かった。それなのに私は混乱するばかりで、水の元素を操って消すことも思いつかなかった。

「あなたは私の命の恩人よ、ルーカス」

 これはルーカスの責任じゃない。気にする必要はないの。
 それを伝えたくて彼の手をそっと握ると、青い瞳が私をまっすぐ見つめてきた。深い海の底を映したような青が外から差し込む太陽の光と混じって明るく見えた。私の故郷の海のような色だ。

 私がにこっと笑って見せると、ルーカスはなんだか居心地悪そうに目を逸らしてしまった。
 残念。彼の瞳をもう少し眺めていたかったのに。
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