リナリアの幻想〜動物の心はわかるけど、君の心はわからない〜

スズキアカネ

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この恋に気づいて

動揺は失敗の元みたいです。

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 基礎魔法を成功させたことを先生達に報告すると、確認のためにもう一度目の前でやって見せてと言われた。なので安全を考慮して、先生方とともにルーカスを置き去りにしたままの実技場に引き返した。

「我に従う元素達よ、我に力を与え給え!」

 私が呪文を唱えれば、面白いくらいにポンポン生えてくれる謎の植物。先生達の前で基礎魔法をお披露目すると「おぉ」「やったわね」とルーカスと同じく喜んでくれた。
 なんだか誇らしい気持ちになったのはここだけの話である。

「よし、次からは新しい課題に移りなさい。早くみんなに追いつかなきゃな」

 先生から次の課題へ移っていいと言われた私は両拳を握った。やったやった! 苦節数ヶ月やっと前進できた!

「それにしてもブルームさん、珍しい植物を生やしたな」

 魔法薬学の先生から声をかけられて、くるりと自分が生やした植物達を見た。
 珍しいもなにも、はじめて見たよこんな凶悪そうな植物達。元素達はなにを思ってこれを生やしたんだろう。

「特にこの百合に擬態したアンチーク! 依頼してもなかなか入手できないもんなんだ。良かったらこれ融通してくれないか?」

 あ、その百合の亜種っぽいけど違う植物はアンチークって名前なんだ。どす黒くて赤い斑点が毒々しいけど、それって身体に取り入れてもいいやつなの?

「どうぞ」

 今のところ使う予定もないので快諾すると、隣にいたルーカスがぎょっとしていた。

「本気か? 売れば相当な金額になるぞ」

 そうなの? 薬草には詳しくないからよくわからないけど、こんな花でもお金になるんだね。

「もちろん無料でとは言わんさ。薬草問屋に仲介に入ってもらって正当な金額で買い取らせてもらう」

 薬学の先生が普段お世話になっている問屋さんに連絡すると、私が魔法で生やした植物を全部買い取りしてくれて、決して少なくない金額に変わった。魔力を使っているが、ある意味不労所得である。
 なかなか入手出来ない植物を生やしてお金を得る。なんだかズルをしている気分にさせられるのは何故なのか。

「ルーカス! これであなたへのお礼のプレゼント奮発できるわ!」

 それはそうと、思わぬ場所で収入があったので、影の功労者であるルーカスに欲しいものはないかと尋ねると、彼は首を横に振って困った顔をしていた。

「別に何かが欲しくてやった訳じゃないよ」
「ダメよ、労働には対価を払わなきゃ。なにがいい?」

 欲がないのは考え物だ。
 これは正当な対価なんだから変に遠慮しなくていいのに。それなのにルーカスは受け取るのを渋っている。

「欲しいものがないっていうなら、現金を直接渡すけどそれでもいいの?」

 最終手段を告げると、ルーカスはぐっと口をつぐんで少し考え込んでいた。

「……入手できるかはわからないけど……廃盤になった、古代魔法の本を……」
「うんうん、書籍名と作者名を詳しく教えて?」

 ルーカスが欲しがったのは本だった。私は早速手紙で実家にいるお父さんに代理購入をお願いした。


 廃盤の魔法書というだけあって商人であるお父さんも探すのに難航したみたいだけど、ツテを使って入手してくれた。
 本は長期休暇に入る直前に小包で私の元へ届いた。中古だけど状態はよかった。それにリボンを巻きつけてラッピングしてから教室で会ったルーカスに渡す。

「色々とありがとうね」

 ルーカスはそれを受け取るのに少し躊躇っていた。私がほら受け取ってとグイグイ押し出すと、恐る恐る手を伸ばして大切そうに抱きかかえていた。
 欲しかったという古代魔法書を見たルーカスは目を輝かせていた。その頬は紅潮し、それはそれは嬉しそうに笑っていた。
 プレゼントをもらえた幼子みたいな顔をする。良いところの坊ちゃまだから、物には飢えてなさそうなのに、意外である。

「こっちこそ、ありがとう」
「あなたはその魔法書に見合う事をしてくれたもの。大したことないわ」

 目的の物が見つかってよかった。長期休暇で帰ったらお父さんに直接お礼言わなきゃ

「すごいな、君のお父上は。僕は王都中の本屋を探し回ったけどついぞ見つけられななかったのに」
「ああ、それグラナーダで見つけたそうよ」

 シュバルツよりも南にある国・グラナーダの古本屋にあったと手紙に書いてあった。お父さんがこれまで広げてきた人脈を活用した成果が出たと言ってもいい。


◇◆◇


 ルーカスの指導のおかげで私は基礎魔法を扱えるようになった。遅れていた実技科目の課題もちまちまこなしていた。もちろん周りに比べて大幅に遅れているのは間違いないので、放課後の特訓は今も続いている。
 それでも、できなかったときに比べて気持ちが軽いし、魔法を操るのが楽しいって思えるようになった。

 早くみんなに追いつきたい。その一心で練習をしていた。

「出来た!」

 今日のノルマ課題を終えたので、ばっと後ろを振り返ってルーカスに「見てた!?」と聞こうとしたらそこには誰もいなかった。

 えっ……もしかして私を置いて先に帰っちゃった……?
 突然の裏切りに私が衝撃を受けていると、どこからか人の話し声が聞こえた。

 魔法の衝撃を吸収する素材が使われたドーム状の実技場の外からだろうか。私は小走りで広い実技場を横断して、出入口からひょこっと顔を出した。

 すると案の定そこにルーカスの背中があった。彼は女の子と一緒にいたのだ。
 ま、まさか告白の現場なの!? まだ1年生だっていうのになんてこと!
 私は口元を抑えて声が出ないようにしていたが、挙動不審な動きが相手に伝わったらしい。ルーカスとお話していた女の子がちらりとこちらを見た。つり目がちな瞳とぱっちり目が合ってしまう。

 この国の貴色であるツヤツヤな黒髪を持った彼女は、どこからどう見ても貴族のご令嬢にしかみえなかった。背格好からして私と同年代のはずなのにもうすでに化粧をしており、真っ赤な口紅が彼女を大人っぽく見せていた。

 貴族のお姫様?
 私が実技場にいるから、利用できないってルーカスに文句でもつけていたのだろうか。

「ルーク、後ろの方は誰ですの?」
「……あぁ、クラスメイトのリナリア・ブルームさんだよ。彼女の実技の補習を見てあげているんだ」

 ルーカスより少し背の高い彼女は彼の腕に触れてこちらをじろりと警戒するように眉をひそめていた。……ふたりの距離が近い。やけに親密そうだな……
 そうして並んでいると、やっぱりルーカスも貴族子息に見えちゃう。その立場でもおかしくない人なんだけどさ。そうであれば私は親しく出来ない人なんだろうなぁ。

「何かあった?」
「あ、うん、今日の課題出来たから見てもらおうと思ったらいなくなってたから」
「わかった。じゃ、ドロテア悪いけど僕はこれで」

 呼び捨て。
 貴族のお姫様呼び捨てにしちゃって大丈夫なの、罰せられない?
 私がぎょっとしているのに気付いたのか、ルーカスは大丈夫だと安心させるように微笑みかけてきた。

「彼女はドロテア。フロイデンタール侯爵家の令嬢だ。僕とは幼なじみというか、家同士の付き合いがあるんだ」

 公の場では敬称で呼んでいるから大丈夫さ、と言うルーカス。
 そうなのね。それなら大丈夫かとほっとしていると、少し離れた場所でぽつんと立っているドロテアさんがこちらを見ていた。
 彼女は目を細めていた。その視線には親しみはなく、貴族の人たちが私たち平民を見るときの侮蔑のようなものが含まれているような気がした。

「どうしたの?」

 私が固まっているのに違和感を持ったらしいルーカスがくるっと振り返ると、ドロテアさんは微笑みをたたえていた。
 あ、やっぱりさっきのは私に対する視線だったんですね。

 ……あれ、もしかして私お邪魔しました? だからお怒りを買った感じでしょうか。

 冷や汗をかいた私は動揺のせいか、先ほど成功したはずの魔法を失敗してルーカスの前で失態を晒したのであった。
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