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この恋に気づいて
魔眼と灰暗い隠し事【三人称視点】
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「──今年の新入生の1人が学校を飛び出そうとして魔力暴走を起こしたという報告を受けました。なにもその女子生徒はクラスでただ一人、基礎魔法が扱えずに授業が遅れているとか」
眼鏡をかけた男性は書き物をしながら、前の席に座る男性教師に問い掛けた。
短く刈り込んだダークブロンドの髪を持つその男性は魔法庁からやってきた役人だ。この学校は魔法を使える子ども達を育成するための魔法魔術学校ということで、魔法に関する事故や事件が起きた場合、直ちに国王が管轄する魔法庁へ報告する義務がある。
そして派遣された役人達はただ事後処理をするだけでなく、学校の監視をする役目もある。問題が起きた原因を追及・改善するためだ。
役人の名はブレン・クライネルト。
一般塔所属のルーカス・クライネルトの叔父に当たる男だ。彼は目の前に座る実技担当教師に柔らかく問い掛ける振りをしているが、その目は疑いに満ちていた。
「まぁ……彼女はなにをやっても基礎が身につかなくて。出来ない子が現れるのは毎年のことですよ」
クライネルト氏の視線には気づいていない教師は肩を竦めて苦笑いを浮かべていた。
「まともに指導せず、挙げ句の果てに他の生徒がいる前でその子の努力を否定する言葉を投げかけたとか」
「……え」
「それに悪のりした他の生徒が例の生徒に退学を促す言葉を発したときも咎めることなかったとか。それに友人が怒って乱闘騒ぎになったそうで。……自分のしたことが不用意な行動だったと思いませんか?」
どうしてそんなことまで知っているのか。とでも言いたそうなマヌケ面を晒していた教師は、ようやく自分が指摘を受けているのだと気づいた。
「子どもは繊細なんです。ちょっとしたことで魔法が使えなくなりますし、大人の真似をして面白がって残酷なことをする」
クライネルト氏は眉間にしわを寄せると、手元の書類に何かを書き込んでいた。教師は蛇に睨まれた蛙の如く青ざめていた。この学校は生徒たちを守るために閉鎖されている箱庭だ。学校内部のことは関係者しかわからないはずなのに、まさかそこを突かれるとは思わなかったのだろう。
「私はただ、生徒のためを想って」
教師が何かを言い募ろうとしたが、クライネルト氏は手の平を向けて相手の発言を遮った。言い訳なんか聞きたくないと言わんばかりに。
「未来を担う子どもたちですよ。出来ないなら最後までついて教えるのがあなたの役目なのに、生徒を追い詰めてどうするんですか」
「しかし、できない生徒に合わせていたら他の子たちの指導が」
「手の空いている教師に助手として入ってもらうか、特別補講するなりしたら良かったんです。それでも手に余ると言うならば臨時職員を雇うよう願い出ればいいだけの事だ」
国にとって魔術師の卵は特別な宝だ。彼らを育成するためなら教師一人の人件費が増えようと、国は進んで裁可することであろう。それが回りまわって子供達のため、国のためになるのなら。
子供達が将来立派な魔術師となって国に還元してくれることはわかりきっていることだから。
「魔力に目覚めたばかりの子どもは魔力が安定しないというのはわかっていたことでしょう。それを補助してあげるのが教師の役目。……それなのに、あなたは役目を放棄したんだ」
他にも方法はあったのにそれをしなかったのはただの怠慢。そして自分の評価が気になるからだろう。この教師にとって教育より保身の方が大事だったというわけだ。
ちなみにこの教師にはこれまでにも、他の生徒にも同じことをしてきた疑惑もあった。指導に手間のかかる生徒を他の生徒に丸投げして、監督せずに放置するのが常だったようである。
「役目を全うできないと言うなら、この職をお辞めになった方がいい。あなたは教師が向いていないのだろう」
ちなみに役人達に教師を罷免させる権限はない。が、国王に直接報告書を提出するので、そこから第三者機関の監査が入ったのちに国王命令で教師の任が解かれることはあったりする。
クライネルト氏ががりがりと書き物をする書類のことが気になった教師は視線をキョドキョドさせながら落ち着かなさそうにしていた。間違いなく報告書にこの事を書かれているからだ。
「あぁそれと……あなたにはちょっと別件で聞きたいことがあって」
「はい!?」
この息苦しい時間よ早く終わってくれと教師が願っていると、クライネルト氏の口から新たな質問が飛び込んできた。それに裏返った声を出して反応した教師は次に掛けられた問いに固まることになる。
「過去にこの一般塔から卒業した女子生徒たちの失踪についてなにかご存知ですか? どの娘もあなたの教え子であったはず」
「……!」
「どの女性も優秀な成績を修めていた生徒ばかりで、あなたもよく気にかけていたと色んな人から証言を受けています」
質問の体をしているが、クライネルト氏は完全に疑ってかかっている。男の背筋に冷や汗が流れた。「あの、それは」と言い訳をしようとしているが、視線をさまよわせて明らかに何かを知っている反応をしていた。
もともと嘘を吐くのが得意じゃないのだろう。隠し事をしているのは明らかだった。それを見逃すクライネルト氏ではない。
「あぁ、そのままで結構です。私、実は魔眼の使い手なので、真実を見抜くことが得意なのですよ」
クライネルト氏は掛けていた眼鏡をずらすと、教師の目を直視した。
彼の瞳は特殊で、相手の真実を見抜く天賦の力が宿っているのだ。覗き込んだ相手の過去の出来事を覗き見ることができるといえばわかりやすいであろうか。
「……ふむ、巧妙に隠されていますね。なるほど、黒幕まではわからないと」
一通り見終わった後に眼鏡をかけ直すと、クライネルト氏は興味をなくしたように視線を反らした。
「あ、もう退室してくださって結構ですよ」
退室を促された教師はふらふらと個室を出てひとりになると、一気に顔を青ざめさせた。
見られた。知られた。
彼の灰暗い隠し事。知られたらただじゃ済まないその事。
不都合な真実を魔法庁の役人に知られてしまったと焦った男は駆け出した。
そして簡単な書き置きを残すとそのまま魔法魔術学校から忽然と姿を消したのである。自らの保身のために。
眼鏡をかけた男性は書き物をしながら、前の席に座る男性教師に問い掛けた。
短く刈り込んだダークブロンドの髪を持つその男性は魔法庁からやってきた役人だ。この学校は魔法を使える子ども達を育成するための魔法魔術学校ということで、魔法に関する事故や事件が起きた場合、直ちに国王が管轄する魔法庁へ報告する義務がある。
そして派遣された役人達はただ事後処理をするだけでなく、学校の監視をする役目もある。問題が起きた原因を追及・改善するためだ。
役人の名はブレン・クライネルト。
一般塔所属のルーカス・クライネルトの叔父に当たる男だ。彼は目の前に座る実技担当教師に柔らかく問い掛ける振りをしているが、その目は疑いに満ちていた。
「まぁ……彼女はなにをやっても基礎が身につかなくて。出来ない子が現れるのは毎年のことですよ」
クライネルト氏の視線には気づいていない教師は肩を竦めて苦笑いを浮かべていた。
「まともに指導せず、挙げ句の果てに他の生徒がいる前でその子の努力を否定する言葉を投げかけたとか」
「……え」
「それに悪のりした他の生徒が例の生徒に退学を促す言葉を発したときも咎めることなかったとか。それに友人が怒って乱闘騒ぎになったそうで。……自分のしたことが不用意な行動だったと思いませんか?」
どうしてそんなことまで知っているのか。とでも言いたそうなマヌケ面を晒していた教師は、ようやく自分が指摘を受けているのだと気づいた。
「子どもは繊細なんです。ちょっとしたことで魔法が使えなくなりますし、大人の真似をして面白がって残酷なことをする」
クライネルト氏は眉間にしわを寄せると、手元の書類に何かを書き込んでいた。教師は蛇に睨まれた蛙の如く青ざめていた。この学校は生徒たちを守るために閉鎖されている箱庭だ。学校内部のことは関係者しかわからないはずなのに、まさかそこを突かれるとは思わなかったのだろう。
「私はただ、生徒のためを想って」
教師が何かを言い募ろうとしたが、クライネルト氏は手の平を向けて相手の発言を遮った。言い訳なんか聞きたくないと言わんばかりに。
「未来を担う子どもたちですよ。出来ないなら最後までついて教えるのがあなたの役目なのに、生徒を追い詰めてどうするんですか」
「しかし、できない生徒に合わせていたら他の子たちの指導が」
「手の空いている教師に助手として入ってもらうか、特別補講するなりしたら良かったんです。それでも手に余ると言うならば臨時職員を雇うよう願い出ればいいだけの事だ」
国にとって魔術師の卵は特別な宝だ。彼らを育成するためなら教師一人の人件費が増えようと、国は進んで裁可することであろう。それが回りまわって子供達のため、国のためになるのなら。
子供達が将来立派な魔術師となって国に還元してくれることはわかりきっていることだから。
「魔力に目覚めたばかりの子どもは魔力が安定しないというのはわかっていたことでしょう。それを補助してあげるのが教師の役目。……それなのに、あなたは役目を放棄したんだ」
他にも方法はあったのにそれをしなかったのはただの怠慢。そして自分の評価が気になるからだろう。この教師にとって教育より保身の方が大事だったというわけだ。
ちなみにこの教師にはこれまでにも、他の生徒にも同じことをしてきた疑惑もあった。指導に手間のかかる生徒を他の生徒に丸投げして、監督せずに放置するのが常だったようである。
「役目を全うできないと言うなら、この職をお辞めになった方がいい。あなたは教師が向いていないのだろう」
ちなみに役人達に教師を罷免させる権限はない。が、国王に直接報告書を提出するので、そこから第三者機関の監査が入ったのちに国王命令で教師の任が解かれることはあったりする。
クライネルト氏ががりがりと書き物をする書類のことが気になった教師は視線をキョドキョドさせながら落ち着かなさそうにしていた。間違いなく報告書にこの事を書かれているからだ。
「あぁそれと……あなたにはちょっと別件で聞きたいことがあって」
「はい!?」
この息苦しい時間よ早く終わってくれと教師が願っていると、クライネルト氏の口から新たな質問が飛び込んできた。それに裏返った声を出して反応した教師は次に掛けられた問いに固まることになる。
「過去にこの一般塔から卒業した女子生徒たちの失踪についてなにかご存知ですか? どの娘もあなたの教え子であったはず」
「……!」
「どの女性も優秀な成績を修めていた生徒ばかりで、あなたもよく気にかけていたと色んな人から証言を受けています」
質問の体をしているが、クライネルト氏は完全に疑ってかかっている。男の背筋に冷や汗が流れた。「あの、それは」と言い訳をしようとしているが、視線をさまよわせて明らかに何かを知っている反応をしていた。
もともと嘘を吐くのが得意じゃないのだろう。隠し事をしているのは明らかだった。それを見逃すクライネルト氏ではない。
「あぁ、そのままで結構です。私、実は魔眼の使い手なので、真実を見抜くことが得意なのですよ」
クライネルト氏は掛けていた眼鏡をずらすと、教師の目を直視した。
彼の瞳は特殊で、相手の真実を見抜く天賦の力が宿っているのだ。覗き込んだ相手の過去の出来事を覗き見ることができるといえばわかりやすいであろうか。
「……ふむ、巧妙に隠されていますね。なるほど、黒幕まではわからないと」
一通り見終わった後に眼鏡をかけ直すと、クライネルト氏は興味をなくしたように視線を反らした。
「あ、もう退室してくださって結構ですよ」
退室を促された教師はふらふらと個室を出てひとりになると、一気に顔を青ざめさせた。
見られた。知られた。
彼の灰暗い隠し事。知られたらただじゃ済まないその事。
不都合な真実を魔法庁の役人に知られてしまったと焦った男は駆け出した。
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