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この恋に気づいて
諦めと失望
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いつもなら朝練のために誰よりも早起きして女子寮を出るのにその日はおもいっきり寝坊してやった。
もう、朝練をする理由がないからだ。
「ブルームさん、学校に遅れるわよ?」
「……いいの、いってらっしゃい」
学校に行く準備を整えたプロッツェさんが声をかけてくれたけど、私は布団から一歩も出なかった。
別に体調が悪いとかじゃない。池に入ってずぶ濡れにはなったけど、風邪を引いた訳じゃなかった。
ただ、心が重くて体を動かすのが億劫なだけである。
ドアの前でプロッツェさんが逡巡する気配があったけど、私は布団に包まったまま、そちらに目を向けなかった。
多分、昨日私が帰ってきた時の様子で何かがあったことは察しているだろう。なにも聞かないのは私が聞かれることを拒絶しているのを察しているんだと思う。
プロッツェさんに気を使わせて悪いけど、私はもうどうでもよかった。
学校には行きたくない。もう嫌なんだ。授業受けても無駄にしかならない。私は魔法が使えなくなったのだから。
退学ってどういう手順ですればいいんだろう。親のサインとかいるのかな……
「ブルームさんにお客さんよ。通してもいい?」
一日中ぼーっと布団の中でぐるぐる考えていた。それはプロッツェさんが学校を終えて帰寮した後もだ。食事をとらずにずっと布団に包まっていた私ではあったが、私に来客だと言われて渋々布団を出た。
「リナリアどうしたの? 休みだって聞いて心配したのよ」
やってきたのは1週間ぶりのイルゼだった。
奇しくも本日謹慎開けしたイルゼは久々に私と登校できるものだと思って女子寮前で待っていたのに、プロッツェさんから休みだと告げられて心配していたのだという。
「昨日帰ってきて様子がおかしかったんですって? ……なにかあった?」
神妙な顔をするイルゼを見ていると、感極まって喉奥が震えた。
きっとイルゼに話したら彼女は自分のことのように怒ってくれるだろう。──だけどそれでまた男子と激突して再び謹慎になったら……私だけならともかく、イルゼまで魔術師になる道を断たれてしまう。
私は薄く開いた唇をぎゅっと閉じると、首を横に振る。
「私、この学校を退学しようと思っているの」
「……え?」
「なんかもう疲れちゃったから辞める」
まだ退学手続きとかはしていないけど、すぐに許可が下りるだろう。
だって私、完全に魔法が使えなくなったのだもの。
今まで操っていた治癒魔法すら使えない私はこの学校にいる資格のない人間だ。
「いつまで経っても魔法が使えない私がこの学校にいても意味ないし、いい考えだと思うの」
自分で言って自分で泣きそうになったけど、私はなるべく明るい声で話した。
「学びたくなれば、中等学校に入学して学べばいいだけだもの。そしたら両親のお店のお手伝いもできるし」
「リナリア、やっぱりなにかあったんでしょ? 私がいない間に、誰かになにか言われた……?」
だけどイルゼにはそれが不自然に見えたようである。ベッドに座る私の手を掴んで真剣な目を向けて来るイルゼ。私は謎の罪悪感を覚えながら、すっと瞳を反らした。私はとてつもなく苦しくなった。
そんなこと聞かずとも分かってるでしょう。なんで確認して来るの? それをイルゼに言ったところで何の解決にもならないじゃない。
問題なく基礎魔法を扱えるイルゼに今の私の気持ちがわかるもんか。
イルゼが心配してくれているのはわかっているけど、今の私は限界を通り越していた。彼女の優しさを素直に受け取れなかったのだ。
握られていた彼女の手を振り払うと、私は腰かけていたベッドから立ち上がった。
「努力しても、勉強してもうまくいかないのに一体どうしたらいいのよ。もう嫌なの! 魔法なんて大嫌い、ここから出て、魔法のないところで暮らしたいの!」
魔法があるから私はこんなにも苦しめられている。
魔法さえなければいいのに。
いつまでも惨めな思いをしないといけないというなら、もう魔術師になんてなれなくていい。
「……」
「私は朝早くから、寮の門限ぎりぎりまで頑張ってきた。それでも出来ないの。得意だったはずの治癒魔法すら使えなくなったんだよ!」
それなのにこれ以上なにを頑張れっていうの?
私はもう限界なんだよ。
「だから明日にでも退学の手続きをしてもらおうと──……」
「──失望したわ! リナリアの馬鹿!」
イルゼから吐き捨てるように怒鳴られた私は言葉を噤んだ。
彼女は涙の滲んだ瞳で私を睨みつけると、くるっと踵を返して部屋から出て行った。
あぁ、初めてできた人間の友達にも見放されてしまったな。
ぐさりと心を刺されたみたいに痛い。イルゼ、もの凄く怒っていた。そりゃそうだよね。
──だけど、私ももう限界なんだよ。ゴメンねイルゼ。本当はこんな別れ方なんかしたくなかったけど……
じわりと視界が歪んだが、私はぐしぐしと目を擦る。そのまま自分のベッドの下へ手を突っ込んでトランクを取り出すと、荷造りを始めた。
自分の私物だけを詰め終えると、パジャマから私服に着替えた。
そんな私をプロッツェさんは静かに観察していた。イルゼと私の会話からこれから私がどういう行動を取るかはわかっているのだろう。彼女は私を引き止めるような言動や行動は一切しなかった。
トランクを持ち上げると、私は部屋の扉に手をかけた。
退学届は手紙でもなんとかなるだろう。とにかく私は一刻も早くこの学校から離れたかった。
「……短い間だったけど、ありがとうプロッツェさん」
最後に挨拶だけでも残しておこうと思って後ろにいるプロッツェさんに声をかけると、彼女は感情の見えない静かな瞳でじっとこちらを見ていた。
ドキッとした。まるで、私の本心を探ろうとしているかのような目。私はその目が怖くなってさっと目をそらした。
「ブルームさん、これで本当に後悔しない?」
彼女の口から飛び出してきたのは問いかけだった。
絶対に後悔しないと言い切れたら良かった。
だけど私は何も言えなかった。
ぐっと口ごもると逃げるように部屋を出て行った。
不思議と部屋の外では誰ともすれ違わず、私は女子寮を誰にも咎められることなく出て行けた。
夜の空には三日月。気温はそれほど寒くない。私は脇目も振らずに真っ暗な道を歩きはじめた。
この学校の敷地から出て行くために。
外へ出たらどこかで馬車を捕まえよう。馬車が見当たらなければどこかで宿を借りて一晩過ごせばいい。
モナートに帰って退学手続きをしたら、お父さんとお母さんとまた一緒に暮らすんだ。魔法から離れて……
だって私はもう治癒魔法が使えない。あんなに聞こえていた動物達の声も聞こえないのだもの。どうしようもないじゃない。
頬を涙がこぼれたが、私は立ち止まることなく前に進んだ。
大して思い入れのない校舎を一瞥することもなく、元の暮らしに戻るために。
もう、朝練をする理由がないからだ。
「ブルームさん、学校に遅れるわよ?」
「……いいの、いってらっしゃい」
学校に行く準備を整えたプロッツェさんが声をかけてくれたけど、私は布団から一歩も出なかった。
別に体調が悪いとかじゃない。池に入ってずぶ濡れにはなったけど、風邪を引いた訳じゃなかった。
ただ、心が重くて体を動かすのが億劫なだけである。
ドアの前でプロッツェさんが逡巡する気配があったけど、私は布団に包まったまま、そちらに目を向けなかった。
多分、昨日私が帰ってきた時の様子で何かがあったことは察しているだろう。なにも聞かないのは私が聞かれることを拒絶しているのを察しているんだと思う。
プロッツェさんに気を使わせて悪いけど、私はもうどうでもよかった。
学校には行きたくない。もう嫌なんだ。授業受けても無駄にしかならない。私は魔法が使えなくなったのだから。
退学ってどういう手順ですればいいんだろう。親のサインとかいるのかな……
「ブルームさんにお客さんよ。通してもいい?」
一日中ぼーっと布団の中でぐるぐる考えていた。それはプロッツェさんが学校を終えて帰寮した後もだ。食事をとらずにずっと布団に包まっていた私ではあったが、私に来客だと言われて渋々布団を出た。
「リナリアどうしたの? 休みだって聞いて心配したのよ」
やってきたのは1週間ぶりのイルゼだった。
奇しくも本日謹慎開けしたイルゼは久々に私と登校できるものだと思って女子寮前で待っていたのに、プロッツェさんから休みだと告げられて心配していたのだという。
「昨日帰ってきて様子がおかしかったんですって? ……なにかあった?」
神妙な顔をするイルゼを見ていると、感極まって喉奥が震えた。
きっとイルゼに話したら彼女は自分のことのように怒ってくれるだろう。──だけどそれでまた男子と激突して再び謹慎になったら……私だけならともかく、イルゼまで魔術師になる道を断たれてしまう。
私は薄く開いた唇をぎゅっと閉じると、首を横に振る。
「私、この学校を退学しようと思っているの」
「……え?」
「なんかもう疲れちゃったから辞める」
まだ退学手続きとかはしていないけど、すぐに許可が下りるだろう。
だって私、完全に魔法が使えなくなったのだもの。
今まで操っていた治癒魔法すら使えない私はこの学校にいる資格のない人間だ。
「いつまで経っても魔法が使えない私がこの学校にいても意味ないし、いい考えだと思うの」
自分で言って自分で泣きそうになったけど、私はなるべく明るい声で話した。
「学びたくなれば、中等学校に入学して学べばいいだけだもの。そしたら両親のお店のお手伝いもできるし」
「リナリア、やっぱりなにかあったんでしょ? 私がいない間に、誰かになにか言われた……?」
だけどイルゼにはそれが不自然に見えたようである。ベッドに座る私の手を掴んで真剣な目を向けて来るイルゼ。私は謎の罪悪感を覚えながら、すっと瞳を反らした。私はとてつもなく苦しくなった。
そんなこと聞かずとも分かってるでしょう。なんで確認して来るの? それをイルゼに言ったところで何の解決にもならないじゃない。
問題なく基礎魔法を扱えるイルゼに今の私の気持ちがわかるもんか。
イルゼが心配してくれているのはわかっているけど、今の私は限界を通り越していた。彼女の優しさを素直に受け取れなかったのだ。
握られていた彼女の手を振り払うと、私は腰かけていたベッドから立ち上がった。
「努力しても、勉強してもうまくいかないのに一体どうしたらいいのよ。もう嫌なの! 魔法なんて大嫌い、ここから出て、魔法のないところで暮らしたいの!」
魔法があるから私はこんなにも苦しめられている。
魔法さえなければいいのに。
いつまでも惨めな思いをしないといけないというなら、もう魔術師になんてなれなくていい。
「……」
「私は朝早くから、寮の門限ぎりぎりまで頑張ってきた。それでも出来ないの。得意だったはずの治癒魔法すら使えなくなったんだよ!」
それなのにこれ以上なにを頑張れっていうの?
私はもう限界なんだよ。
「だから明日にでも退学の手続きをしてもらおうと──……」
「──失望したわ! リナリアの馬鹿!」
イルゼから吐き捨てるように怒鳴られた私は言葉を噤んだ。
彼女は涙の滲んだ瞳で私を睨みつけると、くるっと踵を返して部屋から出て行った。
あぁ、初めてできた人間の友達にも見放されてしまったな。
ぐさりと心を刺されたみたいに痛い。イルゼ、もの凄く怒っていた。そりゃそうだよね。
──だけど、私ももう限界なんだよ。ゴメンねイルゼ。本当はこんな別れ方なんかしたくなかったけど……
じわりと視界が歪んだが、私はぐしぐしと目を擦る。そのまま自分のベッドの下へ手を突っ込んでトランクを取り出すと、荷造りを始めた。
自分の私物だけを詰め終えると、パジャマから私服に着替えた。
そんな私をプロッツェさんは静かに観察していた。イルゼと私の会話からこれから私がどういう行動を取るかはわかっているのだろう。彼女は私を引き止めるような言動や行動は一切しなかった。
トランクを持ち上げると、私は部屋の扉に手をかけた。
退学届は手紙でもなんとかなるだろう。とにかく私は一刻も早くこの学校から離れたかった。
「……短い間だったけど、ありがとうプロッツェさん」
最後に挨拶だけでも残しておこうと思って後ろにいるプロッツェさんに声をかけると、彼女は感情の見えない静かな瞳でじっとこちらを見ていた。
ドキッとした。まるで、私の本心を探ろうとしているかのような目。私はその目が怖くなってさっと目をそらした。
「ブルームさん、これで本当に後悔しない?」
彼女の口から飛び出してきたのは問いかけだった。
絶対に後悔しないと言い切れたら良かった。
だけど私は何も言えなかった。
ぐっと口ごもると逃げるように部屋を出て行った。
不思議と部屋の外では誰ともすれ違わず、私は女子寮を誰にも咎められることなく出て行けた。
夜の空には三日月。気温はそれほど寒くない。私は脇目も振らずに真っ暗な道を歩きはじめた。
この学校の敷地から出て行くために。
外へ出たらどこかで馬車を捕まえよう。馬車が見当たらなければどこかで宿を借りて一晩過ごせばいい。
モナートに帰って退学手続きをしたら、お父さんとお母さんとまた一緒に暮らすんだ。魔法から離れて……
だって私はもう治癒魔法が使えない。あんなに聞こえていた動物達の声も聞こえないのだもの。どうしようもないじゃない。
頬を涙がこぼれたが、私は立ち止まることなく前に進んだ。
大して思い入れのない校舎を一瞥することもなく、元の暮らしに戻るために。
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