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この恋に気づいて

ニーナ・プロッツェは毒舌である

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 自分が魔術師だとわかって嬉しかった。動物の声が聞こえることが幻聴ではなく、才能だと知って誇らしかった。
 故郷の同級生らからは変人だと言われて孤立して来たから、やっと同じ仲間ができるんだってわくわくしていた。
 私の力で、いつか動物達を救う仕事ができるかもしれないと希望を持っていた。

 だけどそんな希望は早くも潰えようとしていた。

 ──パタン
「……ん」

 扉の閉まる音が聞こえて、私は夢から目覚めた。
 いけない、小鳥達とお話した後、寮に戻ってそのまま寝てしまったんだ。相変わらず基礎呪文は発動しなかったけど、魔力の消耗が激しくて疲れてそのまま気絶するように眠っていた。
 そうだ。また発動出来なかったのだ。
 折れかけた心を奮い立たせてもうちょっと頑張ろうと思ったけど、結局出来なかった。

 怠さの残る体を起こすと、お風呂上がりらしいプロッツェさんと目が合う。ほこほこと湯気を立てた彼女はいつもの青白い顔ではなく、ほんのり頬が赤くなっていた。
 窓の外を見たらとっぷり真っ暗。そしてお風呂が開放される時間というと、食堂はもう閉まっている。今日の夕飯は諦めた方がよさそうである。
 お風呂に入ってすっきりしてこようかなとベッドから下りて収納棚に手を掛けると、「サンドイッチ」と背後からプロッツェさんが発言してきた。

「……え?」

 サンドイッチ? ……食べたいの? 夕飯食べてないの?
 怪訝な顔で振り返ると、プロッツェさんはこっちをじっと見ていた。彼女の視線は私から、勉強机に向かう。その視線につられて私も視線をそちらへ向けると、私が使っている勉強机の上に、紙ナプキンに包まれた何かとミルク瓶がトレイに載せられてあった。

「あなた、ぐっすり寝入ってたから……食堂でサンドイッチ包んでもらって、そこに置いてるわ」
「……私に?」
「声をかけたけど起きなかったのだもの。夜中お腹すくと思って」

 ぐっすり寝入っていた私を気遣かって、夜食を準備してくれていたらしい。

「あ、ありがとう」

 まさかそっけないプロッツェさんがそんな気遣いしてくれるとは思っていなかった私は困惑しながらお礼を言った。
 いつも無表情な彼女は珍しく心配そうに私の顔色を伺っていた。疲れが私の表情に表れているのかもしれない。

「……身体が辛いなら寮母さんに言った方がいいんじゃないかしら」
「居残りで疲れただけだから。大丈夫」

 同じクラスの彼女は知っているだろう。私がいまだに基礎魔法を取得できていないって。自嘲するように返すと、プロッツェさんは顎に手をやって首を傾げた。

「──実技の先生って、教えるのがあまり上手じゃないわよね」
「……え?」

 彼女の言葉に私は目を点にした。

「しかも、指導を生徒に任せるんだもの。困るわよね、魔法は実技が一番大事なのに適当にされちゃ」

 プロッツェさんは冷たい人だと思っていたけど、もともと淡々とした性格の人なのかも知れない。

「卒業した初等学校でも、計算問題が出来なくて居残りする子がいたわ。でもそんな時は、先生が一緒に残って根気よく教えていたの。……だけどあの先生はそれをしないで最初から見捨ててるじゃない。みんなの前で突き放すようなことを言って、教育熱心とは言えない。あなたが萎縮して出来なくなるのは仕方のないことだと思うわ」

 口数少ない人だと思ったけど、結構言う子である。
 でも言われてみたらそうかもしれない。あの先生にはなんとなく指導を求めにくい。面倒臭いなぁ、なんでこんな簡単なことも出来ないの? という圧を感じて私は何も聞けなくなるんだ。

「あれだったら、他の先生に相談してみる? 魔法基礎学のバルト先生とか教え方上手だと思うのよね」

 彼女は真面目な顔をしてこちらを見ていた。プロッツェさんは表情に乏しいが、彼女の表情からは私を馬鹿にするような感情は伝わって来ない。

「魔力に恵まれた私たちは国から定められた義務として学んでいるのよ。それなのに教える側の教師が指導を放棄するのは許されることではないわ」

 だけど……大袈裟にして目立つのは嫌だし、それによってまた冷たいことを言われたら私は今度こそ心が折れてしまいそうだ。
 結局はできない私が悪いんだ。治癒魔法を使うときだけ元素達は力を貸してくれる。私には元素達がなにを考えているのかわからなくなってしまった。私はうなだれる。

 そんな私を見たプロッツェさんが肩を竦める気配がした。今度こそ失望されたかもしれない。彼女の顔を見れずに私は沈黙した。 

「先生には国からお給料が支払われている。仕事はちゃんとしてもらわなきゃ、でしょ?」

 『自分が後悔しないようにしたほうがいいわよ』
 彼女はそう言ってこの話はそこで終わりになった。
 用意してくれたサンドイッチは鳥ハムとレタスのサンドだった。新鮮さを保つ魔法でもかかっていたのか、時間が経ってもパンはしっとり、レタスがしゃきしゃきしていた。

 変な時間に寝たせいか、その晩なかなか寝付けなかった。
 隣のベッドでプロッツェさんの静かな寝息が聞こえる。私も早く寝なきゃ明日の授業でもたない。目を閉じるけどもまんじりともしない。

 ──クライネルト君に謝らなきゃ。
 八つ当たりのような真似をしたことを謝罪しようと思ったけど、彼の失望したような眼差しを思い出すと怖くなった。


◆◇◆


「お前、魔なしなんじゃない?」

 翌朝、早朝練を終えた後に教室に出向くと、固まって話していたクラスの男子がこちらを見てニヤニヤしていた。嫌な視線だなと思ったら、こんなことを言われた。
 私はなにも返せずに黙り込む。
 違うと否定してやりたかったけど、負い目を感じている現状ではどんなことを言っても私が不利になるだけだと分かってたからだ。

「ちょっとあんたたち何言ってんのよ!」

 そこに噛み付いたのは、教室内で女子とお喋りしていたイルゼだ。男子達の発言を聞き付けて飛んで来るなり、私を庇おうとした。
 だけど男子達は顔を見合わせて意地悪そうに、にやにやしている。

「入学前の検査で何かの手違いがあって入学したんじゃないかって実技の先生が言ってたぞ」
「ブルームは魔なしとして追い出されるって皆思ってるよ」
「だって基礎魔法もできないんだぜ? 学校にいる意味なくね?」
 
 情け容赦のない言葉が突き刺さる。
 じわっと目頭が熱くなったけど、着ていたスカートをギュッと握って耐えた。
 ここで泣くな。泣いたら弱みをさらにさらけ出すことになる。唇を噛み締めて気を紛らわせるけど、喉奥が震えてしまう。気を抜けば嗚咽を漏らしてしまいそうだった。

「あんたたちねぇ、言わせておけば…!」
「──魔なしというのは魔術師家系から生まれた魔力なしのことをいうのよ。ブルームさんは違うわ」

 カッとなったイルゼが吠えかけたのを制止するように口を挟んだのは、プロッツェさんだった。
 彼女は図書室で借りた本をパタンと閉じると、胡乱な目を男子らに向けていた。温度を感じさせない彼女の冷たい瞳が細まる。

「知らないのは仕方ないけど、知ったかぶりは恥をかくだけだからよしたほうがいいわ」

 ちくりと指摘した彼女は「あとそれ、本物の魔なしの前では言わないようにね」と重ねて注意していた。

「なんだよ、お前は孤児院育ちらしいじゃん! 親いないくせに偉そうな口聞くんじゃねぇよ!」

 しかし男子達はプロッツェさんからの指摘に腹を立てたようで、今度は彼女を馬鹿にする発言をした。
 孤児院。そうだったんだ。入学してから全然身の上話をしてこなかったから彼女の境遇とか全く知らなかった……

「俺たちの税金で生きていられるのに偉そうなこと言うなよ!」

 孤児院育ちというなら、普通よりも苦労してきたに違いない。それなのに男子はとんでもなく最低な発言をしていた。
 さっきまでは自分が標的となって泣く寸前だったけど、今は違う。私は彼女に対してひどい発言を重ねる男子に腹を立てていた。拳の一つくらい入れてやろうと歩を進める。

「……おかしいわね、あなたはまだ税金を納めなくてはいけない立場ではないのに。法律が変わったのかしら?」

 だが、彼女が鼻で笑って一蹴したもんだから、私は動かしていた足を止める。
 確かに、私たちの年齢ではまだ税金らしい税金を課せられることはない。そもそも学生なので仕事もしてないし、親の庇護に置かれている状況で支払うのはきつい。

「はぁ!? 当たり前だろ、払ってるのは親だよ!」

 お前馬鹿じゃねぇの! と返されたプロッツェさんはふふふ、と冷たく笑った。

「──…親に養われている立場で何を偉そうに。なぜそんなに偉そうにできるのか不思議だわ」

 私は思った。
 プロッツェさんは自分が標的になることで私を庇ってくれたんじゃないかって。
 きつい雰囲気はあるし、決して愛想は良くない人だけど、私のために軽食を用意してくれたり、授業についてアドバイスしてくれたりと実は優しい女の子なのかも知れない。
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