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もしも彼と同じ年なら【12】

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「田端のチキン南蛮美味そうだな。トマトと交換してくれよ」
「やだ。…和真、私のおかずを盗むんじゃないよ」
「お前たちは本当に仲がいいな」
「そう? 最近こいつ生意気で…こら!」

 食堂でイケメン3人とご飯食べてるなう。
 なんでこんな流れになったのかな…あぁそうそう弟が腹をすかせて「財布忘れた。早弁した。金を貸してくれ」と教室に来たんだよ。
 それを見た橘君と大久保君と一緒に食堂に向かう流れに…。何故だ……?

 女子たちからの嫉妬の目が刺さって来るよ。
 特に木場さんと巻野さんな。あの二人お弁当なのにわざわざ食堂で食べてるんだぜ。私を監視するためにわざわざ移動してきたのかい?
 火傷しそうだからそんなに熱く見つめないでおくれ。

 私のチキン南蛮を狙う弟の手をバシバシ叩き落とすが、奴は一向に諦める気配がない。…落ち着いて食事ができんわ!
 鬱陶しいから和真にトマトをあげたけどそれじゃ不満のようで、虎視眈々と私のチキン南蛮をロックオンしてやがる。
 お姉ちゃんはそんな意地汚い子に育てた覚えはありませんよ。

 センター入試前、三年のクラスはピリピリモードなんだが、目の前の二人はそんな雰囲気がない。その憂いさえ感じさせない。
 二人共学部は違うけど私の志望大学と同じなんだが、必死こいてる私とは大違い。
 羨ましいなその余裕。

 


「…あれ?」
「どうした田端」
「…私のローファーがない」

 その日の帰り、私は下駄箱で途方に暮れていた。
 なぜなら自分の靴が消えてなくなっていたからだ。
 ベタだが、近くのゴミ箱を捜索したが靴は見つからず。
 …誰かが間違って履いて帰った? いやいや……そんな馬鹿な。

 私が困っているのを見かけた橘君も一緒に探してくれるが、私の靴が見つかることはなく。
 だがこのままでは帰れないので、体育館シューズで帰ろうかなと思って私は踵を返した。

「職員室に行くのか?」
「ううん。教室に体育館シューズがあるからひとまずそれで帰るよ」
「念の為先生に言ったほうが良いだろう」
「いやいやセンター直前だし、皆を集めての学級会とか申し訳ないよ」

 階段を登って教室へ向かう私についてくる橘君。
 私は平然を装っているが、実は激しくショックを受けていることに気づいているのだろうか。

 ……なんでこんな時期にこんな古典的な嫌がらせを受けるんだ……疑いたくないけど犯人はあの2人…?

 皆一斉に帰宅して人気のなくなった三年のフロアは静まり返っていた。

 ガッターン!
 C組の教室前に辿り着いたそのタイミングで教室の中から大きな物音が響いた。
 なんの音!? なにかを床に倒した音だろうか…一体何を……?
 私がその音の原因を探ろうと教室の扉に手を掛けたら、それを橘君に止められた。
 目でなんで止めるのかと訴えると、彼に『静かに』とジェスチャーをされたので、私達はそぉっと音を立てないように扉のガラス越しに教室の中の様子を伺った。

 そこには机を蹴飛ばして、足蹴りにする女子生徒二人の姿があった。
 机の横に掛けていた体育館シューズの入った袋をぶん投げて教室の床に叩きつけて、踏みつけていた。
 まるで受験の憂さ晴らしをしているかのようである。

「……なんで」

 私は呆然とした。
 足蹴にされているそれは私の机。そして私の私物である体育館シューズを乱暴に扱われていたから。
 しかもその片割れが見覚えのあるローファーを手に持っていて、それを教室のゴミ箱に投入している瞬間を目撃してしまった。
 二人の表情は愉快そうであるが、おぞましく歪んだ笑顔である。思わずゾッとした。
 …彼女たちの顔がとても醜く見えたから。

 ここまで来ると…何ていうか……泣きたくなるよね……
 私が何したよ。
 沙織さんに言われたからしてるの? 私は彼女にそこまで恨まれるようなことした覚えないんだけど…
 
 目頭がじわりと熱を持ち、鼻がツンとしてきて私は口元を手で覆っていた。
 負けたような気分になるからここで泣きたくなんてない。なのに涙がこみ上げてきそうだった。
 
 
 
「お前達! 何をしている!!」
「!?」
「た、橘君!? なんでここに」

 ガラリッと勢いよく扉が開かれると、教室に橘君の怒声が響き渡った。その声はこの階全体に響いているんじゃないかという位大きな声。
 その声に驚いたのは二人組だけじゃなくて私も。
 思わず出てきそうだった私の涙が引っ込んでしまった。

「それは田端の机だろう? …それに今見ていたぞ。彼女の靴をゴミ箱に捨てたな? もしかしてとは思っていたが、お前たちが彼女に嫌がらせをしてきたんだな」
「ちがっこれは違うの!」

 橘君が登場するとは思ってなかったらしい二人はさっと顔色を変えていたが、反省の色はないらしい。
 だが、決定的証拠を掴んだ橘君は二人の見苦しい言い訳には耳を貸すこともなく、二人を断罪し始めた。 

「現行犯だ。俺は自分の目でしっかり見たぞ。…沙織になにか言われたのか知らないが、沙織とはやり直さない。お前たちがなんと言おうとな。……何故田端にこんな酷いことをする」
「…なんでよ、何でそんな子なの?! 私は沙織だから諦めたのに! 私のほうが橘君のことを想っているのに…!」

 二人組の片割れ木場さんが私をギッとキツく睨みつけてきたかと思えば、悲痛な声で橘君にそう訴えていた。
 ……え、木場さん、橘君のこと好きだったの?
 え、えぇ? 沙織さんだから諦めたって…え?

 私は今まで彼女たちの嫌がらせは沙織さんのためにしてるのだと思っていた。
 だけど、違ったらしい。
 自分が橘君を好きだから、私が親しくしてることを許せなかったと。
 歪な形をした女の友情というものに私は衝撃を受けていた。
 えぇぇナニソレ……

「…何を言いたいのかよくわからんが……田端が何したっていうんだ。何故田端に嫌がらせなんて真似を。…お前たちのことを見損なった」

 こんなにも怒りを露わにした橘君を見たのは初めてだ。彼のその軽蔑の視線に二人もさすがに言い訳をやめて、恐れ慄いていた。
 橘君のそれは私に対して向けたものじゃないのに、彼の凍てつくようなその瞳を見てしまった私までギクッとしてしまった。

「た、橘く…」
「…またこんなふざけた真似をしてみろ。俺はお前たちに手を上げてしまうかも知れないからな…この事は先生に報告させてもらう」

 そう言って橘君は私の背中を押すと、そのまま職員室に誘導していく。
 ねぇ橘君、今さり気なく告白されてましたけどスルーして良いんですかね?
 まさか気づいてないパターンなんてないよね?

 後ろで巻野さんが「そんな事されたら受験に影響が!」と叫んでいるのが聞こえた。
 ……木場さんは顔を両手で覆って泣いているけど全然同情できない。
 自分勝手すぎるよ…

 
 その後担任や学年主任交えての事情聴取の後、二人組は先生たちからこってり説教と加害者の家への厳重注意がされた。
 もう受験の日は迫っているので通常通りに受験をすることにはなるみたい。この辺は大人の都合みたいな感じで片付けられてしまった。
 巻野さんは憔悴した表情で謝罪をしてきたが、木場さんは未だ私に悪意を持っている様子だ。
 だけど、橘君に睨まれて渋々謝罪してきた。

 私も謝罪を受け入れたけど、渋々である。
 橘君が睨みを効かせてくれていること、受験があるから大目に見てやったのだ。
 …この事を許すことはできないし、できれば私に関わらないでください。
 ほんと受験が迫ってるから止めて欲しい。


「…なんか悪かったな」
「…え?」
「あの2人は沙織と俺と同じ中学だったんだ。…多分沙織が余計なことを言ったんだと思う」
「…橘君は悪くないよ」

 事情聴取で帰るのが遅くなってしまったので橘君が家まで送ってくれた。
 その帰り道、橘君が私に謝罪してきた。

 最初意味がわからなくて聞き返したが、嫌がらせのことが自分が原因だと知って気にしているようだ。
 フォローしたが、彼の表情は浮かないまま。
 …私は、庇ってくれたその行為が嬉しかったから橘君を責めようだなんて思ってないのに。

「…庇ってくれてありがとう。あんなことされたのは悲しかったけど、橘君のお陰でなんかちょっとスッキリしたよ私」

 明るく振る舞おうと思って元気よく返した。
 大丈夫大丈夫。まだ笑える。
 人前で泣くの嫌いなんだよ。顔面不細工になるから。

「…強がるな」
「……強がってなんかない」

 だけど私の涙腺が壊れ始めているのが橘くんにはバレバレだったようだ。
 声まで震え始めてきたじゃないか。

 唇をかみしめて漏れ出しそうな嗚咽を堪えていたのだが、次の瞬間私の視界は真っ暗になった。
 逞しい腕に抱きしめられていることに気づいたのは、彼の手が私の頭を撫でる感触があったから。
 
 …もう、こういうの止めなって……

「もぅ! 橘君! 好きじゃない女の子にこんな事するの駄目だって!」
「…わかってる」

 全然わかってないじゃん!
 もうなんなのこの無意識たらし!

 そうは思っていても私の涙腺は完全に決壊してしまった。
 橘君のばかぁ。優しく撫でないでよ…。
 彼の腕の中の安心感に私の張り詰めていた心が緩み、気の済むまで彼の胸で泣いた。
 私が泣きじゃくり始めると橘君の腕の力が増して少し苦しくなったけど、その苦しさが心地よくて私は彼にしがみついた。
 
 
 そして私が落ち着いた頃に家まで送り届けてもらった。
 思いっきり泣いてしまって、泣き顔とすっぴん姿を見られて恥ずかしかったので俯きがちに歩いていたが、橘君が私の手を引いて歩いてくれたから無事家に到着した。

 言葉少なに別れを告げた後、私はしばらく彼の後ろ姿を見送っていた。
 ……橘君が関わると自分の心臓がギュウと苦しくなる理由にとうとう私は気づいてしまった。
 なんで今まで気づかなかったんだろうか。
 この泣いてしまいそうなほど苦しい気持ちは…切なさだ。

 …もうやだ。気づきたく無かったのに。
 …私、橘くんのこと好きになってんじゃん。

 どうしろっていうのよ。
 わかんないよ。

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