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Day‘s Eye 咲き誇るデイジー
虫人避けのポプリ
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あの蝶人、シモン・サンタクルスに手を翳されたときから頭の中が靄がかかったみたいだった。
自分の意志で身体を動かせない。自分が今何をしているかわからない感覚だった。目に見えないなにかに操られているようだった。周りの声をかき消すかのように彼の声が頭の中で響き渡る。こっちにおいで、と呼びかけてくるのだ。
抵抗しようにも、どんどん私の意識は飲み込まれていった──…
──自分の意識をやっと取り戻せたとき、私はフォルクヴァルツ城の自分の部屋にある天蓋付きベッドに寝かされていた。手足にずしりと重い枷をつけられて拘束されていた。解こうにも魔法が使えない。どうやら魔封じもされているようだ。
首を動かすと、椅子に腰掛けたテオがベッドに突っ伏して眠っていた。私に寄り添うように眠る子どもたちがいたので、彼らを起こさぬようテオに声をかける。
「テオ、ねぇテオ起きて」
「ん…」
怠そうな唸り声を漏らしながらテオが顔を持ち上げる。なんだか彼は疲れ切った顔をしていた。3日くらい寝てません的な顔をして……
テオはなぜそんな場所で眠ってるのだろう。それ以前になぜ私は拘束されているのか。
彼は私をぼんやりと寝ぼけまなこで見ていた。眠いところ申し訳ないが現状説明してほしい。
「…ねぇ、私はなんで拘束されてるの?」
私が問うと、テオの耳がピンと立つ。そして灰銀色の瞳にじわじわと涙が浮かび上がり、そして彼は私に飛びついてきた。
「デイジー!」
「うぐ」
ぎしんぎしんとベッドのスプリングが悲鳴を上げているがテオはお構いなしにベッドに乗り上がって私に抱きついてきた。
彼の身体の重さにうめき声をあげる私にお構いなく、テオはキスをしてきた。ちゅっちゅちゅっちゅと顔面に降りてくるキスの雨。もう訳がわからないよ。
「デイジー、良かった。お前元に戻ったんだな」
「……どういう意味?」
テオのせいで目を覚ましてしまった子どもたちにまでぷえぷえと泣きつかれてしまった私は彼らに囲まれた。
この状況と彼らの反応からして、私の意識がない間に何かが起きたらしいってことはわかる。
「どうしたの? なにがあったの? …サンタクルス様とやり取りしたあとから記憶が曖昧なんだけど」
テオに問うと、彼はぐっと眉間にシワを寄せて険しい表情を浮かべた。そして誤魔化すかのように私に抱きつくと、怒りを抑えた低い声で言った。
「知らないほうがいい。俺も忘れたい」
グルグルと喉を鳴らしたテオは不機嫌になってしまった。……テオの様子も子どもたちの様子もおかしい。なにがあったのかめちゃくちゃ気になるんだけど、テオが言いたくないなら無理に聞かないほうがいいのだろうか。
テオにはぐりぐりと頬ずりされ、子どもたちには顔面をペロペロされた。余程寂しかったのだろう。……私は今まで一体何をしていたんだろう。
「まだ早いからもう少し寝たほうがいい」
拘束具を外されたあとは家族4人で並んでもう一眠りした。テオは私の身体をガッチリ抱き込み、守るようにしてすやすやと眠りについていた。テオの熱い身体に抱き込まれた私も彼の体温に安心してウトウトする。
いつの間にか、私を苛んでいたもやもやは綺麗に消え去っていったのである。
□■□
遅めに起きた朝、フォルクヴァルツ城の住人に挨拶をすると、会う人会う人に喜ばれた。口々に「お戻りになられてよかった」「いつものアステリア様ですね」と使用人たちに喜ばれるもので、意識がなかった時自分は何をしていたのだろうと恐ろしくなった。
それは食堂でフォルクヴァルツ一家に挨拶をしたときも同様だ。みんなあからさまにホッとした顔をしていたのだ。しかも何故か兄上たちが新婚旅行の予定を延期するとかそういう話になりかけていたらしく、ますます恐ろしい。だけど箝口令が敷かれているのかみんな何も教えてくれなかった。
あのフレッカー卿でさえ、心の内を見せない笑顔を浮かべるだけで教えてくれないのだ。…気になる。だけど皆は知らないでいてほしいようだ。
……私がお酒飲んで暴れて醜態晒したとかだったらどうしよう。でも私そんなにお酒弱いわけじゃないんだけど……
「アステリア様、こちら虫人避けのポプリです」
「え…?」
新婚旅行に旅立つ兄夫妻を見送りしようとしたら、クラウディア様が虫人避けのポプリとやらを差し出してきた。…彼女はこれから新婚旅行に旅立つ結婚したてほやほやの新婦とは思えないくらいに目元にクマを拵えていた。
まさか兄上が昨晩寝かせてくれなかったとかそういう…と思ったが、そんな色気めいた雰囲気は一切ない。その目は真剣そのもの。手書きのメモをさっと突き出したかと思えば、それはテオに差し出されていた。
私はポプリを持ったままぽかんとする。
「虫人は日々進化しており、私達の把握する以上の能力を持ってると言われています」
彼女の言葉にテオの表情が少し険しくなった。
虫人? 把握する以上の能力って…
「彼らにとって獣人が天敵と言われてますから、そちらの村では何事もないと信じたいですが念の為です。この紙には基本的な虫人の生態が書かれています、こちらは虫人が忌避する成分の入ったポプリの作り方を書き出しています」
クラウディア様はなぜかテオにそれらを伝授するというのだ。あれ、2人はいつの間にそんなに親しくなったの…?
「善良な虫人まで避ける恐れもありますが、生活に支障は出ないでしょう。村の外に出るときは持ち歩かせたほうがいいかもしれません」
「…わかりました。ありがとうございます」
その言葉にテオは深々と頭を下げていた。
私は驚いていた。勉強嫌いのテオが真剣な表情でメモの数々に目を通していたからだ。初等学生時代ですらこんな姿見たことないぞ。
なんでテオ?
だけど私の疑問に答えてくれる人はここにはいない。
ぽつんと取り残された気分に陥っていたが、同じくぽつんと突っ立っている兄上の姿を見つけたので私は彼に声をかけた。
「なんかせっかくの新婚に水を差してしまってすみません」
なんだか新婚とは思えないくらい兄上は元気がなさそうに見えたのでとりあえず謝っておいたのだが、兄上は私の顔を見て、苦笑いして首を横に振るだけだった。
……私は一体どんな醜態を晒したのであろう。貴族様が口を閉ざしてしまうくらい、テオが思い出したくないというくらいの何かをしでかしてしまったのだろうか……
「もう、ディーデリヒ様ったら可愛い妹さんに気を遣わせてはなりませんよ!」
その小柄な身体のどこから力が湧いてくるのか、クラウディア様が兄上をどついていた。構えていなかった兄上は足元をふらつかせている。
彼女は私と兄上の間に割って入ってくると、私の手をポプリごと握って、キラキラの笑顔を向けてきた。
「いいのですよ、私達は姉妹なのですから」
「あ、はい…」
「私はアステリア様のお姉さまですもの! 当然ですわ」
なんか念押しされるように姉妹を強調された。クラウディア様はそんなに姉妹が欲しかったのか…
兄上はクラウディア様にどつかれながら馬車に乗り込んでいた。新婚早々尻に敷かれているようであった。新婚旅行楽しんできてください。
「そろそろ俺らも帰ろう」
「うん、そうだね」
新婚の甘い雰囲気はあまりない2人が馬車に乗って旅立ったのを見送ると、私も家族と一緒に村に帰るべく支度を始めた。
準備を終えて外に出ると、庭ではルルが口の中がボソボソすると言って、畑に実った食べごろの瑞々しい野菜を生でバリボリ食べていたのが印象的だった。
どこかで悪いものでも食べたのだろうか?
自分の意志で身体を動かせない。自分が今何をしているかわからない感覚だった。目に見えないなにかに操られているようだった。周りの声をかき消すかのように彼の声が頭の中で響き渡る。こっちにおいで、と呼びかけてくるのだ。
抵抗しようにも、どんどん私の意識は飲み込まれていった──…
──自分の意識をやっと取り戻せたとき、私はフォルクヴァルツ城の自分の部屋にある天蓋付きベッドに寝かされていた。手足にずしりと重い枷をつけられて拘束されていた。解こうにも魔法が使えない。どうやら魔封じもされているようだ。
首を動かすと、椅子に腰掛けたテオがベッドに突っ伏して眠っていた。私に寄り添うように眠る子どもたちがいたので、彼らを起こさぬようテオに声をかける。
「テオ、ねぇテオ起きて」
「ん…」
怠そうな唸り声を漏らしながらテオが顔を持ち上げる。なんだか彼は疲れ切った顔をしていた。3日くらい寝てません的な顔をして……
テオはなぜそんな場所で眠ってるのだろう。それ以前になぜ私は拘束されているのか。
彼は私をぼんやりと寝ぼけまなこで見ていた。眠いところ申し訳ないが現状説明してほしい。
「…ねぇ、私はなんで拘束されてるの?」
私が問うと、テオの耳がピンと立つ。そして灰銀色の瞳にじわじわと涙が浮かび上がり、そして彼は私に飛びついてきた。
「デイジー!」
「うぐ」
ぎしんぎしんとベッドのスプリングが悲鳴を上げているがテオはお構いなしにベッドに乗り上がって私に抱きついてきた。
彼の身体の重さにうめき声をあげる私にお構いなく、テオはキスをしてきた。ちゅっちゅちゅっちゅと顔面に降りてくるキスの雨。もう訳がわからないよ。
「デイジー、良かった。お前元に戻ったんだな」
「……どういう意味?」
テオのせいで目を覚ましてしまった子どもたちにまでぷえぷえと泣きつかれてしまった私は彼らに囲まれた。
この状況と彼らの反応からして、私の意識がない間に何かが起きたらしいってことはわかる。
「どうしたの? なにがあったの? …サンタクルス様とやり取りしたあとから記憶が曖昧なんだけど」
テオに問うと、彼はぐっと眉間にシワを寄せて険しい表情を浮かべた。そして誤魔化すかのように私に抱きつくと、怒りを抑えた低い声で言った。
「知らないほうがいい。俺も忘れたい」
グルグルと喉を鳴らしたテオは不機嫌になってしまった。……テオの様子も子どもたちの様子もおかしい。なにがあったのかめちゃくちゃ気になるんだけど、テオが言いたくないなら無理に聞かないほうがいいのだろうか。
テオにはぐりぐりと頬ずりされ、子どもたちには顔面をペロペロされた。余程寂しかったのだろう。……私は今まで一体何をしていたんだろう。
「まだ早いからもう少し寝たほうがいい」
拘束具を外されたあとは家族4人で並んでもう一眠りした。テオは私の身体をガッチリ抱き込み、守るようにしてすやすやと眠りについていた。テオの熱い身体に抱き込まれた私も彼の体温に安心してウトウトする。
いつの間にか、私を苛んでいたもやもやは綺麗に消え去っていったのである。
□■□
遅めに起きた朝、フォルクヴァルツ城の住人に挨拶をすると、会う人会う人に喜ばれた。口々に「お戻りになられてよかった」「いつものアステリア様ですね」と使用人たちに喜ばれるもので、意識がなかった時自分は何をしていたのだろうと恐ろしくなった。
それは食堂でフォルクヴァルツ一家に挨拶をしたときも同様だ。みんなあからさまにホッとした顔をしていたのだ。しかも何故か兄上たちが新婚旅行の予定を延期するとかそういう話になりかけていたらしく、ますます恐ろしい。だけど箝口令が敷かれているのかみんな何も教えてくれなかった。
あのフレッカー卿でさえ、心の内を見せない笑顔を浮かべるだけで教えてくれないのだ。…気になる。だけど皆は知らないでいてほしいようだ。
……私がお酒飲んで暴れて醜態晒したとかだったらどうしよう。でも私そんなにお酒弱いわけじゃないんだけど……
「アステリア様、こちら虫人避けのポプリです」
「え…?」
新婚旅行に旅立つ兄夫妻を見送りしようとしたら、クラウディア様が虫人避けのポプリとやらを差し出してきた。…彼女はこれから新婚旅行に旅立つ結婚したてほやほやの新婦とは思えないくらいに目元にクマを拵えていた。
まさか兄上が昨晩寝かせてくれなかったとかそういう…と思ったが、そんな色気めいた雰囲気は一切ない。その目は真剣そのもの。手書きのメモをさっと突き出したかと思えば、それはテオに差し出されていた。
私はポプリを持ったままぽかんとする。
「虫人は日々進化しており、私達の把握する以上の能力を持ってると言われています」
彼女の言葉にテオの表情が少し険しくなった。
虫人? 把握する以上の能力って…
「彼らにとって獣人が天敵と言われてますから、そちらの村では何事もないと信じたいですが念の為です。この紙には基本的な虫人の生態が書かれています、こちらは虫人が忌避する成分の入ったポプリの作り方を書き出しています」
クラウディア様はなぜかテオにそれらを伝授するというのだ。あれ、2人はいつの間にそんなに親しくなったの…?
「善良な虫人まで避ける恐れもありますが、生活に支障は出ないでしょう。村の外に出るときは持ち歩かせたほうがいいかもしれません」
「…わかりました。ありがとうございます」
その言葉にテオは深々と頭を下げていた。
私は驚いていた。勉強嫌いのテオが真剣な表情でメモの数々に目を通していたからだ。初等学生時代ですらこんな姿見たことないぞ。
なんでテオ?
だけど私の疑問に答えてくれる人はここにはいない。
ぽつんと取り残された気分に陥っていたが、同じくぽつんと突っ立っている兄上の姿を見つけたので私は彼に声をかけた。
「なんかせっかくの新婚に水を差してしまってすみません」
なんだか新婚とは思えないくらい兄上は元気がなさそうに見えたのでとりあえず謝っておいたのだが、兄上は私の顔を見て、苦笑いして首を横に振るだけだった。
……私は一体どんな醜態を晒したのであろう。貴族様が口を閉ざしてしまうくらい、テオが思い出したくないというくらいの何かをしでかしてしまったのだろうか……
「もう、ディーデリヒ様ったら可愛い妹さんに気を遣わせてはなりませんよ!」
その小柄な身体のどこから力が湧いてくるのか、クラウディア様が兄上をどついていた。構えていなかった兄上は足元をふらつかせている。
彼女は私と兄上の間に割って入ってくると、私の手をポプリごと握って、キラキラの笑顔を向けてきた。
「いいのですよ、私達は姉妹なのですから」
「あ、はい…」
「私はアステリア様のお姉さまですもの! 当然ですわ」
なんか念押しされるように姉妹を強調された。クラウディア様はそんなに姉妹が欲しかったのか…
兄上はクラウディア様にどつかれながら馬車に乗り込んでいた。新婚早々尻に敷かれているようであった。新婚旅行楽しんできてください。
「そろそろ俺らも帰ろう」
「うん、そうだね」
新婚の甘い雰囲気はあまりない2人が馬車に乗って旅立ったのを見送ると、私も家族と一緒に村に帰るべく支度を始めた。
準備を終えて外に出ると、庭ではルルが口の中がボソボソすると言って、畑に実った食べごろの瑞々しい野菜を生でバリボリ食べていたのが印象的だった。
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