太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

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外伝・変わり者のガリ勉キング

とまり木を見つけた男【三人称視点】

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 彼女と出会ったのは、運命か偶然か。
 その子は平民が集う一般塔の生徒として魔法魔術学校に在籍していた。
 男は彼女と出会った瞬間から何かを感じていた。黒髪に紫の瞳、その整った顔立ちは悲劇が起きた地を治める貴族の奥方にどこか似ていた。
 だけど当時の彼は「まさかね」と浮かんだ考えを頭から振り払った。そもそも“彼ら”は隣国の貴族。滅多に会わない相手だ。気のせいかもしれない。そうだと決めつけるのは考えすぎだろうと思ったのだ。

 その少女はとても努力家だった。口から飛び出す疑問の数々に彼は目を瞠る。まるで幼い頃の自分を思い出したからだ。知らないことを知りたくて勉強に没頭していたあの頃の自分を思い出した男は微笑ましくなり目を細めた。
 彼女はとても優秀だった。その才能を発揮して周りを圧倒させていた。彼女の評判は一般塔だけでなく、特別塔にまで広がった。ある事件に巻き込まれ、見事に呪い返しを披露してみせたのだ。彼女は特別呪いに対する感度が強いようで、その御蔭で王太子殿下と公爵令嬢は救われた。王家に声をかけられ、彼女はその将来を期待されていた。それほど素晴らしい才能に恵まれていた。
 もしかしたらどこからか養子の話が飛び込んでくるかもしれない、とも人々に語られていた。

 優秀な彼女が目的を達成できたらいい。彼が力を貸してあげていたのは、彼女が捨て子だったから同情心とかそういうものではない。ただ純粋に、一生懸命な彼女を応援したかった気持ちからだ。
 一般塔に足を運んでは彼女に勉強を教える。面白かった本について語る。魔法魔術について討論する。そのどれも面白く、柔軟な若者の考え方を受け止めた男は研究欲が一層刺激された。
 彼女にはもっと勉強できる環境が必要だ。そう思っておせっかいを焼いたが、その甲斐あって彼女は結果を出してくれた。とても素晴らしい生徒だった。

 彼女の周りではいろんな事が起きた。
 魔力暴発ずぶ濡れ事件
 カンニング疑惑
 黒呪術騒動
 リリス・グリーン事件
 貴族の子息子女との衝突
 魔法魔術戦闘大会での出来事…

 その他にも色々と彼女の行く道を阻む事件や事故が起きた。
 それでも彼女は歯を食いしばって前へ進んだ。倒れても再び立ち上がる強さを持つ彼女。

 成長していく彼女を見守ってきた男は、気のせいだと振り払っていた疑念が真実であると確信し始めていた。歳を重ねるごとに夫人にどんどん似ていくその容姿。優秀な魔術師を輩出し続けるあの一族に引けを取らないその魔力。
 彼女はおそらく、フォルクヴァルツの縁者。シュバルツ侵攻に巻き込まれて消えた姫君だ。
 フォルクヴァルツに連絡すれば彼女は生家に引き取られることとなり、今よりも格段と上の恵まれた生活を送れる。今の生活すべてを捨てて、血が繋がった本当の家族とともに彼女が受けるべきだった恩恵を与えられながら人々に傅かれる高貴な令嬢として暮らせる。

 ──連絡しようと思えばできたが、男にはできなかった。
 彼女には夢がある。それを邪魔する権利は自分にはない
 彼女を今でも探してるフォルクヴァルツ家には悪いが、貴族として生きることが彼女の幸せとは限らないから。
 男は自分の夢を追うために家族を、地位を捨てた人間だ。そんな人間が彼女の人生を動かすことなど出来ないのだ。彼は教師として、生徒が夢を追う姿を応援するだけ。…それに彼女なら自分の出自を自力で探し当てるはずだ。そう信じて。
 
 男は知っている真実を誰にも何も告げないまま、卒業していく彼女を見送った。
 6年制の学校を3年で卒業した彼女は独立という道を歩んだ。卒業後も不定期に届く手紙でもその活躍は聞かされていた。卒業から1年で高等魔術師になったという報告をされた時は「流石だ!」と手紙を持ったまま声を上げて喜んだ。
 魔獣は興味深いだの、ドラゴンを保護したやら、還らずの森で狼姉弟を眷属にしたなど、彼女の手紙の内容はまるで何かの冒険物語のように面白かった。
 きっとこれからも彼女の旅は続く。次はどんな旅物語を聞かされるのかと楽しみにしていた矢先、彼女は出会った。
 運命の糸に引き寄せられるかの様に、血の繋がった家族と再会したのだ。

 とうとう貴族の生まれと判明した彼女は貴族としてエスメラルダ王国王太子夫妻結婚式に参列した。彼女は会場でも毅然としていたがそれは身を守る仮面なだけで、実際には我慢して感情を押し殺しているように見えた。
 自由の羽根をもがれた痛々しいその姿を見ていると、男は気の利いた言葉を何も言えなかった。


□■□


 ハルベリオンがエスメラルダ王国の辺境に攻め入ってきたと速報が入ってきた。情報の送り主はシュバルツ王国の王太子ラウル・シュバルツから。
 すぐさま戦闘部隊を現地に転送させて侵入者を討伐させたが、かなり激しい戦闘になったそうだ。いち早く危機を察知して隣国から飛んできた辺境伯令嬢が奮闘し、矢傷によって一時瀕死になったという情報も飛び込んでくる。

 ──敵兵のその中に、自分が若い頃あの地で戦った魔術師が居るという情報が紛れ込んでいた。
 遠い過去に抱いた怒りと憎悪の感情が男の中に蘇る。

『──戦が始まりますよ、クリフォード殿下』

 かつての教え子である、この国の時期国王であるクリフォード・エスメラルダにそう告げると、クリフォードは一瞬怯むような弱った表情を浮かべていた。だがすぐに気を取り直すと、「わかっている」と頷いていた。
 侵攻されたからにはこのまま黙っているわけにもいかない。エスメラルダはシュバルツと同盟を結び、ハルベリオンに向けて宣戦布告をした。


 本来魔術師であるものは身分関係なく有事の際に出動するのが義務なのだが、何かと理由をつけて参加しない貴族たちがいた。重い病に罹っているなどの特段の理由もなく怖気づいて参加しないものもいる中、男は自らの使命を果たすために、陥落作戦に参加をした。
 かのハルベリオンについては曖昧な噂が多く、どんな国かと想像しながらたどり着いてみればそこは無法地帯だった。国の中枢だけでなく、国民も荒れており油断したら身ぐるみどころか命まで奪われかねない荒廃した国。

 だが男は一度地獄を見た経験があった。脇目もふらず、目的のために城の中へ突入した。相手を戦意喪失させるために武器庫へ駆けると、片っ端から武器を破壊して回った。
 なるべく血を流さぬよう、この戦いを終わらせる。それだけのために。今回の作戦では自分の教え子たちがたくさん参加していた。未来をこれから背負っていく若い人たちに傷を負わせたくない一心だった。
 壊すことに夢中になっていた彼は少しばかり油断していた。

 死角から飛び込んできた切り裂き呪文によって彼は足を失った。
 十数年前のシュバルツ侵攻時に左目の視力を奪われたのと同じく、同じ人間に、今度は足を奪われたのだ。
 
 このまま無様に殺されるくらいなら、最後の足掻きで相手を巻き込んでの自爆呪文でも唱えてやろうかと考えていると、見知った兄妹が武器庫に駆け込んできた。

『フレッカー卿!』

 教え子だった少女が血相を変えて男のもとに駆け寄ってくる。キレイなドレスに身を包んで、大切に扱われるはずの彼女はホコリや蜘蛛の糸まみれになって汚れていた。戦場には似合わないはずの女の子なのに、こんな場所で必死に戦っている。

 ──この巡り合わせも運命なのかもしれない。
 大切な領民たちを殺害し、領地をめちゃくちゃにした元凶を彼らフォルクヴァルツの兄妹が力を合わせて因果を断ち切ることでこの災禍は終わらせられるのだろう。
 彼らがやらねばならない。

 男は足を引っ張らぬよう早々に離脱した。すぐさま医療班に運ばれたが出血がひどく、一時は命の危機に瀕した。
 だけど男は満足だった。魔術師として死ねるならそれでいいと思っていたのだ。






 目を覚ますと、天井が見えた。
 動こうとすると、たくさんの管がつながっており、男はため息を吐く。

 生きているのか。生きて戻ってきたのかとなんだか不思議な感覚に襲われた。あれからどうなったのだろう。……ここはどこの病院なのだろう。見た感じでは貴賓室のような部屋だが……と男はぐるぐる考えていた。

「ぐふっ」

 喉の奥がカラカラのせいか、男はむせた。そばに水差しが置かれているが、水を飲もうにも身体が全身重くて無理だ。

「──目が覚めたのね!」

 ケホケホと咳をする音に反応したのだろう。部屋に飛び込んできたのは見覚えがある夫人だった。
 もっとも、勘当されて家を出てからは顔を合わせることもなく、自分の記憶よりもシワが増えて随分老けてしまっているが。……彼女はわたわたしながら「お医者様を呼んで頂戴!!」とどこかに指示を飛ばしていた。
 ──なぜここに母がいるんだろう。
 男はぼんやりと夫人が開けっ放しにした扉を見て考えていたが、ふと合致した。…ここは病院じゃない。自分が生まれ育った生家だ、と。

 男の意識が戻ったことに母親だけでなく、弟夫婦も泣いて喜んでいた。
 十数年ぶりに実家へ連れ帰られた彼は、医者と看護師付きで看病されていた。献身的な看護のおかげで男は順調に回復していた。

 兄の危篤連絡を受けて飛び込んできた弟が、陥落作戦で負傷した患者で溢れて戦場化している王立病院では十分な看護が期待できないからと専属医師と看護師を呼んで、生家の侯爵家にて治療させたとか。
 そこまでしなくとも…と男は思ったが、彼らがそうしたいと言うのでしばらくは面倒を見てもらっていたのだが、流石に毎日寝たきりなのはつまらない。

「そろそろ自分の家に帰りたいです。それに生徒が待ってるんで復職します」

 男は慣れない義足を付けて、杖をつきながら家を出ていこうとした。
 別に家を嫌っているわけでもない。色々気遣いいただいてありがたいとも思っているし、世話掛けて申し訳ないと思っている。
 ただ、この家にある本はすべて読み尽くした。彼は家に残した研究を進めたかった。実家にいるのは退屈なのだ。学校で以前のように教鞭をとりたくて仕方がなかったのである。

「あなた片足をなくして一人で暮らせるとでも思っているの!?」
「母上、私はこの家から勘当された身です。どうぞ私のことはこれまで通り捨て置きください」
「そんなのっ! 亡くなったお父様が決めたことです。お父様も鬼籍に入られた今はどうでもよろしいことでしょう!」
「そうはいきませんよ」

 男が否定すると、夫人はじわじわと浮かんだ涙をハンカチで拭っていた。

「わかっていますとも! あなたはわたくし達を恨んでいるのよね!」
「いえ、そのようなことは」
「わたくしにはわかります。母親ですもの!」

 生まれも育ちもお嬢様育ちの母親は斜め上に考えが飛んで嘆いていた。話が通じないと男は疲れたようにため息を吐いた。
 元々二度と敷地をまたがない覚悟で家を出たので、今ここにいることがおかしいのだ。それに当時の父親の選択はなにも間違っていない。だから恨んでもいない。
 泣いて縋ってくる老いた母親をレディースメイドに押し付け、呼んでいた馬車に乗り込む男に見送りに出てきた弟が声をかけた。

「兄さん、来年度に私の息子が魔法魔術学校に入学するんだ。学校に入ったら依怙贔屓無しでビシバシ頼む」

 弟がそう言って紹介したのは、12歳になったばかりの少年だ。弟とその妻であるメリンダから生まれた、血のつながった甥。
 彼が生まれたことは風のうわさで聞いていたが、直接会ったのは初めてかもしれない。

「はじめまして」
「は、はじめまして伯父上!」

 その目は過去の自分を見ているようだった。好奇心に満ちていて、知りたいことがたくさんあると言わんばかりの瞳。
 授業で教えるのが楽しみだ。
 男は…フレッカー卿はこれからの楽しみを見いだせたような気がした。


 その後彼は義足をつけて復職した。
 片足をなくしてしまったため椅子に座っての講義が増えたが、魔法という便利な能力があったのでそれを活用して今までとはちょっと違った授業を行った。彼の講義は物珍しくユニークで生徒たちの評判になった。
 長男としての責務を放棄して失ったものは多かったが、彼にとって教師という職業は天職。これで良かったのだと彼は改めて思えた。


「…やっぱり自分の城は落ち着くねぇ…」

 フレッカーは自分の家という城で本を読むのが大好きだ。王立図書館から借りた本を開いて、紅茶を飲みながら穏やかな時間を過ごす。それが何よりも幸せ。
 母と弟は『身体が不自由になって不便だろうから、家に帰ってきてもいいんだ』とは言ってくれたが、生活が出来上がっている彼としてはやっぱりこのほうが落ち着くのだ。
 簡易な台所とバス・トイレ付きの少し広めな部屋。大学校時代から住み慣れたアパートメントの一室。たくさんの本棚と机、書類たちに囲まれた雑多とした部屋。ひとり静かに過ごすことに落ち着きを見いだせた彼にはもうこの生活を手放せない。

 ここが、彼にとってのとまり木なのである。
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