191 / 209
Day‘s Eye 芽吹いたデイジー
元同級生と、元いじめっ子。
しおりを挟む
「結婚は遅めなのに、俺らより先にガキができんのかよー」
「抜け駆けめ」
元悪ガキトリオの獅子獣人と栗鼠獣人から、文句みたいな祝福を受けたテオは顔面が溶けそうなほどだらしない笑顔を浮かべていた。
彼らは私達よりも先に家庭を持ったのだが、まだ子どもはいない。遅れて結婚した私達に子どもができたということを祝福しつつも羨ましそうな様子であった。
ニコニコしているテオの首に腕を回して絞め技をしてじゃれている彼らを眺めていると、比較的静かな反応を示していた象獣人が「医者には安静と言われたんじゃないのか。外に出てもいいのか?」と心配してきた。
…そういえば、こいつは何やら意味深な発言をしていたな。酒を飲むなとか鼻が利くとかなんやら…テオよりも先に私の妊娠を気づいていたのではなかろうか。
「私の匂い、あんたにも区別つくの? 妊娠したのも匂いで気づいていたの?」
私が問いかけると、象獣人はしたり顔をした。
「言ったろ? 俺は鼻がいいんだ」
大きな鼻を指差して得意げに笑う象獣人。
匂いで人を判断しやがって、と言いたくなるが、さりげなく気遣ってくれたのだとわかるから文句は言えない。
妊娠が判明してしばらくは重い悪阻で地獄を見ていた私ではあるが、ここ最近それも落ち着いてきたのでこうして外に出るようになった。
以前にもまして身内が過保護になっているが、ずっと家にいるのも退屈だし、そろそろ仕事を再開したいなと考えていたのだ。お医者さんいわく、安定期に入れば仕事をしても大丈夫と言われたのでそのつもりでいたのだが、私の旦那様はそうは行かなかった。
『出張のある仕事は絶対に駄目! 危ない!』
『町へ売りに行くなら俺が持っていくから!』
『依頼? 客がここに来ればいいだろ!』
これらはテオの口から飛び出してきた文言である。束縛にも似た言葉だが、これらは母子の安全を考えての発言だと私も理解している。無理をして流産とかなってしまったらいろんな人に申し訳ない。なのでテオの意見を少しだけ取り入れつつ、徐々にお仕事再開することにした。
出張は受け付けない。依頼があるなら村にまで出向いてもらうことにする。薬の販売は村と隣の町限定にすること。町へ販売・配達に行く際はテオを同行させること。
いろんなところへ自由に飛んでいた私にしては範囲が狭まってしまったが、お腹の子どものためでもある。この際なので、眷属である狼姉弟・メイとジーンに薬草採取の指示を飛ばして、還らずの森から採ってきてもらうことを覚えてもらおうかなと考えているのだ。
□■□
ヤボ用があったのでテオと一緒に町へ出向くと、テオが雑貨屋に買い物があると言ってそこの店主と何やら話をし始めた。
待っている間、店の商品を眺めていると、背後で「あっ!」と何かを見つけたような声音の男の声が聞こえた。
何だ、うるさいな…と思って私は振り返る。そこには同年代の男が立っていた。男が身にまとうのは魔術師のマント。
……誰?
「お前! デイジー・マックだろ!」
「……色々あって名前が変わりましたけど、以前はその名前でした……あなたは?」
見知らぬ男に人差し指をさされて旧姓で呼ばれた私は怪訝な顔で相手を警戒する。何なのだこいつ。
「エイモス・カーターだよ! 魔法魔術学校で同じクラスだっただろ!」
「……飛び級したので同級生のことはあまり憶えてません」
誰だっけ? と思って首をかしげていた私だったが、ひねくれた性格をしてそうな相手の顔を見ていると、ぱっと一人の人物を思い出して「あ」と声を漏らす。
「カンニング濡れ衣着せてきた、スペルミスのカーター…」
1年生の時に起きた嫌がらせの数々を思い出して私はしょっぱい気持ちになった。村の悪ガキ共とは違う、質の悪い悪質な嫌がらせを仕向けてきた嫌なやつじゃないか……なんでこんな場所にいるのだ……
私がげんなりとした態度を隠さずにいたので、相手にもそれが伝わったのか、カーターはムッとした顔をしていた。
「お、お前、貴族の娘だったらしいな! なのに、あっちに馴染めずに放逐されたって噂だぞ!」
「放逐はされてない。私が望んで貴族籍を抜けただけ」
「同じことじゃねーか!」
同じではないが、それは今更どうでもいいことである。
なぜこいつと再会せねばならんのか。おしゃべりするほど親しいわけでもないし、早くどっかに行ってほしい。
「お前、行き場所がないんじゃないのか? 獣人の親の家にも帰れずにフラフラしてるんじゃねーの?」
ニヤニヤ笑う意地悪な顔はあの頃から全く変わらない。
こいつ、1年生の頃からまったく成長してないんじゃ…嘘でしょ、あれから何年経過したと思っているのか。相変わらず性格がひん曲がっている。
「結婚してるんだから、実家を出たに決まってるじゃない」
実家に帰ると必ず旦那が迎えに来るから、お泊りもできないよ。
私が淡々と言いかえすと、目の前のカーターがピシリっと固まったように見えた。
「……は? けっこん…?」
「うん、村の幼馴染とちょっと前に結婚したの。あ…、貴族籍抜けたのは旦那のためじゃなく自分のためだから」
そこのところは重要だ。
村に帰ってくる前までは住居兼店舗を借りて自営業で生きていく覚悟だったからな。
「──そこは、俺のためって言ってくれても良くないか?」
後ろから伸びてきた長くてたくましい腕が優しく私を包み込んだ。その腕の持ち主が誰かわかっていたので私は抵抗しなかった。
「在庫あった?」
「いや、取り寄せになるって言われたから、注文しておいた」
私の視線はカーターから、探しものの在庫がなかったらしいテオに向かった。テオは私の顔中に幾多ものキスを落とすと、ジロリとカーターを睨みつけていた。
狼獣人の鋭い睨みにカーターは目に見えてビビっていた。だが私はカーターを庇うほど奴のことが好きではないので、そのままにしておく。
「誰、こいつ」
男と話しているのに嫉妬したテオが不機嫌そうに問いかけてきた。
「魔法魔術学校1年の時の同級生。言っとくけど、この人は私に嫌がらせしてきた人だから、テオが想像しているような変なことはないからね」
「…嫌がらせ?」
テオの睨みが更に鋭く、重いものに変わった。
「元いじめっ子のテオが言えたことじゃないよ。これは私の過去の問題だからテオは口を挟まないで」
「……」
私が制止をかけると、テオは不満そうに黙り込んでぐるぐる唸っていた。なに唸ってるんだ。私は何も間違ったこと言ってないだろう。
まぁ、あんたは人を殺すような、人を陥れるような嫌がらせをしたことないから、カーターと同類ってわけじゃないけどさ。とりあえず話がややこしくなるから余計なこと言わないでほしい。
「怖いお父さんだって、赤ちゃん怖がっちゃうよぉ、テオ君」
呑気な声に私はまばたきを一つ。そしてテオの獣耳がピクリと動いた。
「やっほーお祝いお届けに来たよぉ」
大きな箱を抱えたくるくる赤毛の丸眼鏡の彼女と、花束を抱えたアプリコットブラウンの髪を持つ彼女が歩いて来ていた。
彼女たちが午後からお祝いに来てくれるって約束だったから、午前中のうちに町でお茶菓子を買うつもりだったが、彼女たちの到着のほうが早かったようである。
「…なに入ってるんすか、これ」
「開けてからのお楽しみだよぉ」
重そうにしていたからか、マーシアさんの腕に乗っかっている箱をテオが代わりに持ってあげていた。箱の中でゴトゴト音がするんだけど、何が入っているんだろう…
「カーター君、私達とテオ君が落ち着いている間に立ち去ってくれないかな?」
カンナが私を守るように前に立つと、元同級生と対峙していた。
「デイジーにカンニングの濡れ衣着せたこと、デイジーに火の魔法を掛けて火だるまにしかけたこと……デイジーが許しても、私はまだ許してないんだよ?」
性格の悪いこの男相手にしてカンナは大丈夫だろうかと心配になったけど、カンナは平気そうだった。カーターとは6年間同じクラスだったから慣れてしまったのだろうか。
カンナの圧に負けたのか、怯んだカーターは足を縺れさせながら逃げていった。久々に再会しても動きが小物だな、あいつ。
普段ヘラヘラしているカンナが怒ると怖いから気持ちは少しわかるけど。
いつまでも立ち話はなんなので、彼女たちを連れて町のお菓子屋さんで好きなお菓子を選んでもらうとそれを購入した。そして2人を連れて村に戻ったのである。
□■□
「じゃーん!」
「私とカンナ連名の贈り物は乳母車だよぉ」
大きな箱の正体は乳母車の部品だったらしい。一から組み立てないといけない奴だが、こういうのはテオが得意なので彼におまかせしよう。
「ありがとう。何から買えばいいのか迷っていたから助かるよ」
「みんなから色々贈られそうなのに意外だね」
カンナが首を傾げる。
あー、うん。周りの人はみんななにか贈ってくれようとはしているんだけど、お腹の子が人間寄りか獣人寄りかがわからないから買い揃えられないと言うか。獣人寄りであればベビー服とか靴は必要ない。人間寄りなら動き回る獣人の赤子逃亡防止柵は必要ない。
どっちがどっちかわからない状況なので、今の時点での贈り物は辞退しているのだ。現在私達が用意してるのは、オムツ布とかベビーベッドとかおもちゃとか最低限のものだけである。
だが乳母車ならどっちの場合でも必要になるだろうから、とてもありがたい。
「ねぇねぇデイジーお腹なでてもいい?」
目を輝かせたカンナにおねだりされたが、私はまだそこまで膨らんでいないお腹を見て首を傾げた。
「いいけど、全然動いたりしないよ?」
「いいのいいの」
果たして、ぺったんこのお腹を触って楽しいのだろうか。カンナは私のお腹に向けて「聞こえますかー?」と話しかけている。カンナが楽しそうで何よりだ。
「ほんとデイジーは忙しいねぇ。この間まで貴族令嬢していたのに、流れるように平民に戻って結婚して、今じゃお母さんだもん」
頬杖をついたマーシアさんがおかしそうに笑う。そんなこと言われても、なるようになっただけなので仕方ないと思う。
「うーん、私も最初に思い描いた未来は魔術師としていろんな場所を旅していたはずなんだよ。結婚なんて後回しでさ」
貴族令嬢と判明しなければ、ハルベリオンとの戦いがなければ、今の私はいなかったのかもしれない。
それを言ってしまえば、シュバルツ侵攻の晩に私は他の領民ともども死んでいたかもしれない。
「本当こればかりは巡り合わせだよね」
いろんなことを思い出していた私はフッと笑った。
「表情が柔らかくなったよねぇ。安心できる居場所ができたからかなぁ?」
「いいなぁデイジー。私も自分だけを愛してくれる旦那様候補早く見つけなきゃ」
冷やかすように言われた言葉に私は少し気恥ずかしくなったが、否定はしない。
「…約束したからね。たくさんテオの子どもを産んで、毎日にぎやかな家庭にするって」
テオとの約束を口に出すと、カンナとマーシアさんが目をまんまるにしてこっちを凝視していた。
……はて、私は変な発言をしたであろうか。
「抜け駆けめ」
元悪ガキトリオの獅子獣人と栗鼠獣人から、文句みたいな祝福を受けたテオは顔面が溶けそうなほどだらしない笑顔を浮かべていた。
彼らは私達よりも先に家庭を持ったのだが、まだ子どもはいない。遅れて結婚した私達に子どもができたということを祝福しつつも羨ましそうな様子であった。
ニコニコしているテオの首に腕を回して絞め技をしてじゃれている彼らを眺めていると、比較的静かな反応を示していた象獣人が「医者には安静と言われたんじゃないのか。外に出てもいいのか?」と心配してきた。
…そういえば、こいつは何やら意味深な発言をしていたな。酒を飲むなとか鼻が利くとかなんやら…テオよりも先に私の妊娠を気づいていたのではなかろうか。
「私の匂い、あんたにも区別つくの? 妊娠したのも匂いで気づいていたの?」
私が問いかけると、象獣人はしたり顔をした。
「言ったろ? 俺は鼻がいいんだ」
大きな鼻を指差して得意げに笑う象獣人。
匂いで人を判断しやがって、と言いたくなるが、さりげなく気遣ってくれたのだとわかるから文句は言えない。
妊娠が判明してしばらくは重い悪阻で地獄を見ていた私ではあるが、ここ最近それも落ち着いてきたのでこうして外に出るようになった。
以前にもまして身内が過保護になっているが、ずっと家にいるのも退屈だし、そろそろ仕事を再開したいなと考えていたのだ。お医者さんいわく、安定期に入れば仕事をしても大丈夫と言われたのでそのつもりでいたのだが、私の旦那様はそうは行かなかった。
『出張のある仕事は絶対に駄目! 危ない!』
『町へ売りに行くなら俺が持っていくから!』
『依頼? 客がここに来ればいいだろ!』
これらはテオの口から飛び出してきた文言である。束縛にも似た言葉だが、これらは母子の安全を考えての発言だと私も理解している。無理をして流産とかなってしまったらいろんな人に申し訳ない。なのでテオの意見を少しだけ取り入れつつ、徐々にお仕事再開することにした。
出張は受け付けない。依頼があるなら村にまで出向いてもらうことにする。薬の販売は村と隣の町限定にすること。町へ販売・配達に行く際はテオを同行させること。
いろんなところへ自由に飛んでいた私にしては範囲が狭まってしまったが、お腹の子どものためでもある。この際なので、眷属である狼姉弟・メイとジーンに薬草採取の指示を飛ばして、還らずの森から採ってきてもらうことを覚えてもらおうかなと考えているのだ。
□■□
ヤボ用があったのでテオと一緒に町へ出向くと、テオが雑貨屋に買い物があると言ってそこの店主と何やら話をし始めた。
待っている間、店の商品を眺めていると、背後で「あっ!」と何かを見つけたような声音の男の声が聞こえた。
何だ、うるさいな…と思って私は振り返る。そこには同年代の男が立っていた。男が身にまとうのは魔術師のマント。
……誰?
「お前! デイジー・マックだろ!」
「……色々あって名前が変わりましたけど、以前はその名前でした……あなたは?」
見知らぬ男に人差し指をさされて旧姓で呼ばれた私は怪訝な顔で相手を警戒する。何なのだこいつ。
「エイモス・カーターだよ! 魔法魔術学校で同じクラスだっただろ!」
「……飛び級したので同級生のことはあまり憶えてません」
誰だっけ? と思って首をかしげていた私だったが、ひねくれた性格をしてそうな相手の顔を見ていると、ぱっと一人の人物を思い出して「あ」と声を漏らす。
「カンニング濡れ衣着せてきた、スペルミスのカーター…」
1年生の時に起きた嫌がらせの数々を思い出して私はしょっぱい気持ちになった。村の悪ガキ共とは違う、質の悪い悪質な嫌がらせを仕向けてきた嫌なやつじゃないか……なんでこんな場所にいるのだ……
私がげんなりとした態度を隠さずにいたので、相手にもそれが伝わったのか、カーターはムッとした顔をしていた。
「お、お前、貴族の娘だったらしいな! なのに、あっちに馴染めずに放逐されたって噂だぞ!」
「放逐はされてない。私が望んで貴族籍を抜けただけ」
「同じことじゃねーか!」
同じではないが、それは今更どうでもいいことである。
なぜこいつと再会せねばならんのか。おしゃべりするほど親しいわけでもないし、早くどっかに行ってほしい。
「お前、行き場所がないんじゃないのか? 獣人の親の家にも帰れずにフラフラしてるんじゃねーの?」
ニヤニヤ笑う意地悪な顔はあの頃から全く変わらない。
こいつ、1年生の頃からまったく成長してないんじゃ…嘘でしょ、あれから何年経過したと思っているのか。相変わらず性格がひん曲がっている。
「結婚してるんだから、実家を出たに決まってるじゃない」
実家に帰ると必ず旦那が迎えに来るから、お泊りもできないよ。
私が淡々と言いかえすと、目の前のカーターがピシリっと固まったように見えた。
「……は? けっこん…?」
「うん、村の幼馴染とちょっと前に結婚したの。あ…、貴族籍抜けたのは旦那のためじゃなく自分のためだから」
そこのところは重要だ。
村に帰ってくる前までは住居兼店舗を借りて自営業で生きていく覚悟だったからな。
「──そこは、俺のためって言ってくれても良くないか?」
後ろから伸びてきた長くてたくましい腕が優しく私を包み込んだ。その腕の持ち主が誰かわかっていたので私は抵抗しなかった。
「在庫あった?」
「いや、取り寄せになるって言われたから、注文しておいた」
私の視線はカーターから、探しものの在庫がなかったらしいテオに向かった。テオは私の顔中に幾多ものキスを落とすと、ジロリとカーターを睨みつけていた。
狼獣人の鋭い睨みにカーターは目に見えてビビっていた。だが私はカーターを庇うほど奴のことが好きではないので、そのままにしておく。
「誰、こいつ」
男と話しているのに嫉妬したテオが不機嫌そうに問いかけてきた。
「魔法魔術学校1年の時の同級生。言っとくけど、この人は私に嫌がらせしてきた人だから、テオが想像しているような変なことはないからね」
「…嫌がらせ?」
テオの睨みが更に鋭く、重いものに変わった。
「元いじめっ子のテオが言えたことじゃないよ。これは私の過去の問題だからテオは口を挟まないで」
「……」
私が制止をかけると、テオは不満そうに黙り込んでぐるぐる唸っていた。なに唸ってるんだ。私は何も間違ったこと言ってないだろう。
まぁ、あんたは人を殺すような、人を陥れるような嫌がらせをしたことないから、カーターと同類ってわけじゃないけどさ。とりあえず話がややこしくなるから余計なこと言わないでほしい。
「怖いお父さんだって、赤ちゃん怖がっちゃうよぉ、テオ君」
呑気な声に私はまばたきを一つ。そしてテオの獣耳がピクリと動いた。
「やっほーお祝いお届けに来たよぉ」
大きな箱を抱えたくるくる赤毛の丸眼鏡の彼女と、花束を抱えたアプリコットブラウンの髪を持つ彼女が歩いて来ていた。
彼女たちが午後からお祝いに来てくれるって約束だったから、午前中のうちに町でお茶菓子を買うつもりだったが、彼女たちの到着のほうが早かったようである。
「…なに入ってるんすか、これ」
「開けてからのお楽しみだよぉ」
重そうにしていたからか、マーシアさんの腕に乗っかっている箱をテオが代わりに持ってあげていた。箱の中でゴトゴト音がするんだけど、何が入っているんだろう…
「カーター君、私達とテオ君が落ち着いている間に立ち去ってくれないかな?」
カンナが私を守るように前に立つと、元同級生と対峙していた。
「デイジーにカンニングの濡れ衣着せたこと、デイジーに火の魔法を掛けて火だるまにしかけたこと……デイジーが許しても、私はまだ許してないんだよ?」
性格の悪いこの男相手にしてカンナは大丈夫だろうかと心配になったけど、カンナは平気そうだった。カーターとは6年間同じクラスだったから慣れてしまったのだろうか。
カンナの圧に負けたのか、怯んだカーターは足を縺れさせながら逃げていった。久々に再会しても動きが小物だな、あいつ。
普段ヘラヘラしているカンナが怒ると怖いから気持ちは少しわかるけど。
いつまでも立ち話はなんなので、彼女たちを連れて町のお菓子屋さんで好きなお菓子を選んでもらうとそれを購入した。そして2人を連れて村に戻ったのである。
□■□
「じゃーん!」
「私とカンナ連名の贈り物は乳母車だよぉ」
大きな箱の正体は乳母車の部品だったらしい。一から組み立てないといけない奴だが、こういうのはテオが得意なので彼におまかせしよう。
「ありがとう。何から買えばいいのか迷っていたから助かるよ」
「みんなから色々贈られそうなのに意外だね」
カンナが首を傾げる。
あー、うん。周りの人はみんななにか贈ってくれようとはしているんだけど、お腹の子が人間寄りか獣人寄りかがわからないから買い揃えられないと言うか。獣人寄りであればベビー服とか靴は必要ない。人間寄りなら動き回る獣人の赤子逃亡防止柵は必要ない。
どっちがどっちかわからない状況なので、今の時点での贈り物は辞退しているのだ。現在私達が用意してるのは、オムツ布とかベビーベッドとかおもちゃとか最低限のものだけである。
だが乳母車ならどっちの場合でも必要になるだろうから、とてもありがたい。
「ねぇねぇデイジーお腹なでてもいい?」
目を輝かせたカンナにおねだりされたが、私はまだそこまで膨らんでいないお腹を見て首を傾げた。
「いいけど、全然動いたりしないよ?」
「いいのいいの」
果たして、ぺったんこのお腹を触って楽しいのだろうか。カンナは私のお腹に向けて「聞こえますかー?」と話しかけている。カンナが楽しそうで何よりだ。
「ほんとデイジーは忙しいねぇ。この間まで貴族令嬢していたのに、流れるように平民に戻って結婚して、今じゃお母さんだもん」
頬杖をついたマーシアさんがおかしそうに笑う。そんなこと言われても、なるようになっただけなので仕方ないと思う。
「うーん、私も最初に思い描いた未来は魔術師としていろんな場所を旅していたはずなんだよ。結婚なんて後回しでさ」
貴族令嬢と判明しなければ、ハルベリオンとの戦いがなければ、今の私はいなかったのかもしれない。
それを言ってしまえば、シュバルツ侵攻の晩に私は他の領民ともども死んでいたかもしれない。
「本当こればかりは巡り合わせだよね」
いろんなことを思い出していた私はフッと笑った。
「表情が柔らかくなったよねぇ。安心できる居場所ができたからかなぁ?」
「いいなぁデイジー。私も自分だけを愛してくれる旦那様候補早く見つけなきゃ」
冷やかすように言われた言葉に私は少し気恥ずかしくなったが、否定はしない。
「…約束したからね。たくさんテオの子どもを産んで、毎日にぎやかな家庭にするって」
テオとの約束を口に出すと、カンナとマーシアさんが目をまんまるにしてこっちを凝視していた。
……はて、私は変な発言をしたであろうか。
10
お気に入りに追加
154
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
私が蛙にされた悪役令嬢になるなんて、何かの冗談ですよね?
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【嘘っ!私が呪いに掛けられた悪役令嬢になるなんて!】
私は最近ある恋愛ファンタジー小説に夢中になっていた。そして迎えた突然の小説の結末。それはヒロインに数々の嫌がらせをしていた悪役令嬢が呪いの罰を受けて蛙にされてしまう結末だった。この悪役令嬢が気に入っていた私は、その夜不機嫌な気分でベッドに入った。そして目覚めてみればそこは自分の知らない世界で私は蛙にされた悪役令嬢に憑依していた。
この呪いを解く方法はただ一つ。それは人から感謝される行いをして徳を積むこと。
意思疎通が出来ない身体を抱えて、私の奮闘が始まった――。
※ 他サイトでも投稿中
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない
かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」
婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。
もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。
ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。
想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。
記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…?
不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。
12/11追記
書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。
たくさんお読みいただきありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる