太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

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Day‘s Eye 芽吹いたデイジー

木製のドラゴン【テオ視点】

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 最近デイジーの体調が悪い。気分が悪いと休むこともしばしば。
 親父が言っていた。女には体調を崩しやすい期間があってそれが定期的に巡ってくるから、その時は気遣ってやれと。

 デイジーがぐったり寝込んでいる間に家事をささっと片付けて、その後2人でベッドでくっついてまどろむ時間も幸せだ。彼女を抱き込むと、甘い匂いを間近に感じ取れた。俺はスンと鼻を鳴らす。
 ……この間指摘したらデイジーは気分を害していたのでそれ以上は何も言わなかったが、やっぱりデイジーの匂いには変化が出た。不快な匂いとかそういうものじゃなく、とにかく以前の匂いとは違う香りが彼女から放たれているのだ。
 精神的負荷がかかっているのかもしれない。ただでさえ華奢でひ弱な人族であるデイジーはかよわいのだ。本人は弱音を吐き出さない性格だから気づけなかっただけで、きっと疲れているのだ。

 俺はデイジーの面倒を見るのが結構好きだ。大切な嫁さんのためだ。家事も世話も全然苦じゃない。ここは俺の腕の見せ所だ。
 デイジーは俺が支える!
 やる気に満ちた俺は鼻を鳴らした。



 一日休んだら体調が少し良くなったというデイジー。
 ずっと家の中にいても気分が滅入るだけだろう。疲れたら俺が連れて帰ると提案して、気分転換も兼ねて町へ買い物へ出かけた。
 日曜日なので人出が多い。はぐれないように手をつないで散策していると、デイジーが本屋の前で立ち止まった。

「ちょっと見てきてもいい?」
「おう」

 紙とインクの匂いが充満した狭苦しい本屋。俺の背よりも高い本棚がぎっちり詰まった本屋は狭い。デイジーは人とすれ違いながら奥の方へと消えていった。
 …他の客の迷惑になるので、本に興味ない俺は入らないほうがいいだろう。

 邪魔にならぬよう店の前で待っていると、俺の目の前を小さな子どもが駆けていった。彼はドラゴンらしき木の人形を持ち上げて遊んでいた。2・3歳くらいの男児だろうか。
 ……その子どもは一人だった。近くに親がいるのかと辺りを見渡すも、周りを歩く人々は男児に全く目をくれず通り過ぎていく。

「おい坊主、父ちゃんと母ちゃんと一緒じゃないのか?」

 気になって声をかけると、男児は俺を見上げてキョトンとした顔をしていた。

「かあちゃん、こっちで静かに待ってなさいって」
「そっか、買い物か何かか?」
「んーん。知らないおじさんと用事だって」

 男児の話す言葉に俺は不穏なものを感じ取ったが、所詮よその家庭のことだ。何も突っ込むまい。

「にいちゃんは犬?」
「残念。俺は狼の獣人だ」

 デイジーが買い物している間だけだ。俺は見張りも兼ねて男児と話していた。
 ある程度大きくなった子どもならまだしも、赤子からようやく卒業したくらいの年齢の子どもを放置しておくなんて親は何を考えているんだ。町は自分の家の庭じゃないんだぞ。

「僕にんげん」
「うん、見たらわかる」

 知らない男児の親に少しばかり憤慨しつつも、無邪気な男児を見ていると微笑ましくなった。自分もいつかデイジーとの子とこうして接したいなぁ、って。
 もちろん生まれたらこんな風に子ども一人でほっぽっておく真似なんかしない。自分の命よりも大切に育てるつもりだ。

「これ、どらごん。おじさんがくれたんだ」

 男児は手に持っていた木彫りのドラゴンを俺に見せてきた。自慢しているらしい。

「…母ちゃんの知り合いの?」
「うぅん、たまにおうちに来て、かあちゃんとケンカしてる人」

 ……なんか複雑そうな家だなぁ。
 これ以上聞いたら自分の心まで痛くなりそうである。

「なにしているの、ノア!」

 男児の目線と合わせるためにしゃがみこんでいた俺の頭上からきんきん響き渡る怒鳴り声が降り注いできた。
 あまりの大声に俺の耳が防衛のために前に倒れた。…うるせぇなぁといった感情を隠さずに顔を上げると、そこには20代半ばくらいの女が立っていた。

「かあちゃん」

 ケバケバしい化粧をしたその女を男児がそう呼んだ。
 なるほど、これが“知らないおじさんと用事がある”と言って子どもを放置していた母親か。

「あ、あんたは…?」

 おっそろしい形相をしていた女だったが、俺を見るなり態度が変わった。嫌な予感がした俺は相手の問いかけに何も答えず、男児の頭を撫でてやった。

「じゃあな、気をつけて帰れよ」
「うん! 狼のにいちゃんもね!」

 別れを告げて、男児を見送ろうとした。だけどその母親はこちらを凝視したまま動かない。男児に「かぁちゃん?」とスカートを引っ張られているのにそれに応えようともしない。
 俺は少しばかり嫌な予感がしていた。

「あの、うちの子の相手してくださっていたんですよね? ありがとうございます」
「たまたま目についただけなので…」
「お礼と言ってはなんですが、我が家にお越しください。お茶でも…」

 いやいやいや…そこまでされることはしていないから。
 それにこの女、真っ昼間からどっかの男の精の匂いがする。職業差別をするわけじゃないが、そういう生業の女なのだろう。悪いがそういう人間とは親密になる気はないのだ。

「いえ、連れがいますから結構です」
「…お連れ様はお友達かなにか?」

 愛想良く笑う女がずいっと近づいてくるが、他の男の匂いに加えて質の悪い香水の匂いが俺の嗅覚を攻撃してくる。
 く、くさい…
 なんだこの匂いの暴力。香水振りかければいいってもんじゃないぞ。悪臭になってんじゃねぇか。悪臭から逃げたいがために俺の足は無意識に後ずさりしていた。

「おい兄ちゃん、お連れさんが体調悪そうにしてるよ」

 横から口を出してきたのは本屋の店主だった。助かった、と思ったのも束の間。その言葉は単なる助け舟じゃなく真実だった。
 狭い本棚の隙間を通っていくと、店の奥の分厚い書物の並ぶ場所前でデイジーがしゃがみこんでいる。薄暗い本屋の中なので尚更彼女の顔色が青白く見えた。

「どうした、また気分が悪くなったのか」
「…なんか、クラクラする…」
「欲しい本はそれか? 買ったら今日はもう帰ろう」

 デイジーが手にしていた本を持ち上げて店主に会計を頼む。包んでもらったそれを布かばんに収めると、俺はデイジーを抱き上げた。
 普段なら人前で抱き上げられると恥ずかしがるデイジーだが、今は本当に気分が悪いのだろう。おとなしくされるがままになっている。

「ごめん…」
「気にすんな。誰にだって調子の悪い時はある。キツかったら寝てても大丈夫だぞ。俺が家まで連れ帰ってやる」

 デイジーから甘くて美味しそうな香りがいっぱいに広がる。さっきひどい匂いを嗅がされたから尚更極上の香りに感じる。
 なんでだろうな。香水の類を使ってないのにデイジーはいつもいい匂いがする。たとえ以前とは質の変わった匂いだとしても、いい匂いなのは変わりない。デイジーの首元に顔を突っ込んですんすん吸っていると、刺さるような視線を感じた。
 ビビッと小さな電撃を受けたかのように俺は耳と尻尾を警戒で立てる。

 そこにいたのはさっきの女だった。
 男児が「帰らないの?」と女に問いかけながら手を握るも、それを雑に振り払っているのを俺は目にしてしまった。傷ついている様子の男児のことが気になるが、この女はちょっと面倒そうな匂いがする。
 なんといっても、俺に抱き上げられてぐったりしているデイジーを睨んでるのが気になる。…デイジーの知り合い、なわけないよな。娼婦の知人の話なんか聞いたことないし。

「テオ…?」
「あぁ、ごめん。帰ろうな」

 しんどそうに呼びかけてきたデイジーに安心させるために彼女の黒髪をそっと撫でると、デイジーが甘えるように首に腕を回してきた。甘えてきた嫁さんが可愛くて可愛くてその真っ白な頬にキスを落としていると、女の視線は更に鋭くなった。
 ……なんなんだよ、嫁さんにキスしちゃ悪いのか。

 なんだか嫌な予感しかしないので、俺は何も見なかったふりをして町を後にしたのである。
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