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Day‘s Eye 花嫁になったデイジー

不器用なオオカミ少年

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 まだ私が初等学生の頃、ちょっとした騒動に首を突っ込んだことがある。それは学校の帰り道のことだった。
 何やら人だかりができてるなぁと思ったら、村の外からやってきた商人が化粧品を売っているのだという。

『今回は美白美容クリームのご紹介です!』

 普段なら素通りするところなのだが、気になる単語が耳に入ってきたので、私は奥様方の後ろに隠れて商人の話を盗み聞きしていた。

『これ1つで1万リラ! 少しお高いと感じられるかもしれませんが、その効果は折り紙付きです! 中には美白成分と天然の香料、そして保湿成分が含まれており…』

 小さな瓶を持って熱弁している商人。瓶を開けて中身を取り出すと、ひとすくい指にクリームを乗っける。そして手の甲に塗り込んで見せた。

『どうです! 艶が蘇ってきたでしょう!』

 ──確かに、白くなったように見えるが、それは……
 だが周りの奥様方はおぉ…と驚きに声を漏らしている。だめだ、完全にカモにされそうになっている。

『肌が若返ればきっと旦那様も惚れ直すに違いありません! 本日は限定で20個のご用意がございます!』

 限定。という言葉に奥様方はピクリと反応した。
 おいおい、マジか。買おうとしているのか。…やめたほうがいいと思うけどなぁ。

『尚、当商会の会員になっていただき、商品をお友達に紹介して頂くと、お客様方にも紹介料が入る仕組みとなっております!』

 ますます怪しい。
 そんなうまい話があるもんか。
 図書館の新聞に載ってたぞ。王都で怪しい商法で騙された女性が後をたたないって……これも同じようなやつなんじゃ。

『お母さん、だめだよ』

 私は奥様の群れの中にお母さんの姿を見つけたので、彼女の腕を掴んで引き止めた。
 目を輝かせていたお母さんは私に声を掛けられたことでハッとすると、正気に戻ったようだった。

 私は奥様方を掻き分けてその中央に近づくと、今まさに金銭の授受を行っている商人の前に立った。

『そういう紹介制って、末端は損するだけだと思うんですが。以前から王都でも問題視されてるんですよね』

 残念ながら現状違法ではない。
 故に泣き寝入りする被害者が多いのだと聞く。それで夫婦仲が悪くなったという家庭もあるそうだ。

『大体化粧品の成分はなんですか? その名前を上げてください。しっかり説明できてませんよ。有効成分は肌にどんな影響を与えるんですか』

 私が思うに、クリームに入っている有効成分というのは……体に害を与える物だと思うのだ。隣国の工業都市でそれに関する公害問題が浮上しているのも記憶に新しい。その重金属は肌を漂白する作用があるらしいが、神経毒性もあるのだ。
 そんなもの肌に塗ったら、寿命を縮めてしまうよ。

『お、お嬢ちゃんにはまだ化粧品は早いんじゃないかなぁ…?』

 一瞬、商人の顔が顰められたのを私は見逃さなかったぞ。

『町に売ってる化粧品は店先でちゃんと店員さんが説明してくれるのに、ちょっと端折り過ぎじゃないですかね』

 第一高すぎる。限定とか言って購買意欲刺激させてやろうとしているんだろうけど、こんな小さいクリームが1万リラって…上流階級向けもいいところであろう。

『旦那さんと話して決めたほうがいいです。返品したくてもできなくて困ったことになるかも』

 お金を渡そうとしている奥様にそう投げかけると、彼女はお金を払うのをためらうようにお財布を買い物バッグに戻していた。

『お、お嬢ちゃん、おままごとじゃないんだよ。困るんだよねぇ商売の邪魔されると』
『そのクリームに入っている美白の正体って、水銀ですよね』

 水銀入りの化粧品は肌が白くなると謳って販売されているが、隣国ではそれが原因で身体を壊す人が続出して問題になっているんだ。

『もしかして隣国の集団水銀中毒事件をご存じない?』

 水銀工場近くに住む住人が土壌汚染された食べ物や水を摂取して、身体に異常をきたしているという問題が表面化してるんだ。
 商人なら近隣諸国の情報に詳しいものだと思うんだけど。それともそんなのどうでもいい、金儲けのためだと思っているのかな?
 私はなにも訳もなくイチャモンを付けているわけじゃない。説明をしてほしいだけだ。

 なのだが、短気な男だったのだろう。商人は私の横っ面を張り飛ばそうと大きく腕を振り上げたのだ。
 ──ヒョッ
 私が危険を感じるよりも早く、横から風が吹いてきた。衝撃を受けて身体が傾き、どしゃり、と地面に叩きつけられたかと思えば、硬い地面の感触はなく…体温の高い身体が私を包み込んでいたのだ。

『あ、っぶねーな…』
『……』

 それは先程まで私にまとわりついていた幼馴染兼クラスメイトであった。そいつは叩かれそうになった私を身を挺して庇ったのである。
 テオは私を抱えたまま身体を起こすと、手を振りかぶった商人の男を睨みつけていた。喉の奥からグルグル警戒する唸り声が聞こえた。
 今の行動は奥様方の注目の的となり、奥様方はひとり、またひとりと何も買わずにその商人から離れていった。

『ほら立てよ!』

 少し乱暴な動作で立ち上がらされた私は憮然としていた。こんなやつにお礼とか言いたくない。余計な真似しやがってと意地が働いて私は唇を噛み締めていたのだ。
 テオは私の目の前でバカでかいため息を吐き出すと、私にこう言った。

『お前、とろくて弱いんだからしゃしゃり出るなよ』

 その言葉にムッとした私は、その後筋トレを始めたけど、それをテオに目撃されて馬鹿にされたので3日で諦めた。
 その後別の町で商人による化粧品詐欺と肌荒れなどの健康被害が続出したという情報が流れてきて、奥様方が私にお礼を言ってきたけど、私はテオに貶されたことを思い出してスッキリしない思いを引きずっていたのである。


■□■


「希少薬草採集しに還らずの森に行ってくるね」

 フォルクヴァルツにも顔出ししてくるから一週間ほど家を空ける、と告げると、目の前の旦那は渋い顔をしていた。
 仕方ないだろう、仕事に必要なことなんだ。

「俺も行く」
「え?」
「俺も還らずの森についていく」

 私は遊びに行くのではないのだぞ。
 なのにテオはついていくという。

「危ないんだよ? 危険生物もいるし、道も危ない」

 怪我をするかもしれない、と説得はしてみたが、テオは「自分の身は自分で守る」と梃子でも動かない感じであった。
 私のことを心配しているのだろうか。ルルとジーンとメイがいるから大丈夫なのに。……いや、こいつのことだ。私の側にいたいとかそういう単純な理由かもしれない。
 テオの仕事はどうするんだと思っていたが、他の日の仕事を多く負担することを条件として休みを取得していた。色々と融通のきく職場だな。蜜月とかで長期休暇を取れるだけある。


 そんなわけでテオとちょっとした旅行みたいな形で薬草集めに向かうことになった。ドラゴン姿に戻ったルルの背中に乗って還らずの森に降り立つ。

「我が眷属たちよ、我の声に応えよ」

 その場で眷属のジーンとメイを呼ぶ。目の前に現れた彼らはしっぽをゆるゆる振りながら私の手を受け入れていた。

「今回も薬草探し手伝ってね」

 残りの薬草を彼らの鼻に近づけると、彼らはすぐに匂いを辿って薬草捜索に携わってくれた。
 見つけてくれたほうを褒めて頭ワシャワシャしていると、テオが対抗意識を出し始めて、我先にと乗り込んでいった。その御蔭で普段よりも早く採集を終えることが出来た。

 ご褒美に捕まえた鹿を振る舞った後は森の中で一泊野宿した。
 森の側に住んでるとはいえ、初めて入る還らずの森にテオは終始警戒しっぱなしだった。寝るときも私を抱き込んで緊張している様子だったので、私はこっそり彼に眠りの呪文を掛けた。
 獣人は人間と違って五感が優れているから、こういう場所は落ち着かないだろうなと思っていたら案の定である。これが旅慣れした人ならいいけど、テオは武人でもなんでもない。危険に巻き込まれたら怪我をしてしまうかもしれない。
 テオは私が傷つくのを恐れるが、私だってそうだ。何度、あんたが身代わりになって傷ついた姿を見せられたと思っているのか。

 寝ている間は結界を張っているから、なにかあった時は私がまっさきに気がつく。今は安心して眠ってほしい。
 呪文が効いて安らかに眠り始めたテオの寝顔を見ながら、私もゆっくり眠りの世界へと旅立っていったのだ。
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