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Day‘s Eye 花嫁になったデイジー

年に1度の愛の告白と手作りお菓子

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 テオは昔からよくモテた。

 見た目が良かったのも相まって、困っている女の子を助けてあげたとかで一方的に好意を抱かれたり、誕生日にはたくさんのプレゼントを貰ったり、村だけでなく隣町や別の獣人村の女の子からもラブレターを貰ったりしていて。
 たとえ、他の男子が同じように女の子に親切にしてもそんな現象は起きないのに、テオに限っては例外だった。それを見た周りの男子はみんな悔しがっていたけど、テオには勝てないとうなだれている姿もよく見受けられた。
 妬むにも相手が悪かったんだろう。テオはいつだって人の輪の中心にいる目立つ奴だったから。

 そんな奴なので、とあるイベントの日には手作りのお菓子を山程貰っていた。この国には女性から男性に愛を伝える日が年に1度あって、その日は女性たちが意中の相手に贈り物を渡す日なのだ。
 そういう訳で初等学校時代に女子のためにお菓子を作る授業なんて設けられた事もあった。その間男子は外で追いかけっこをしていたはずだ。

 ──しかし私はお菓子作りよりも勉強がしたくて不満だった。早く終わらせたくて、ラッピングがどうの、誰にあげるんだとはしゃぐ女子たちの輪から離れてひとりで適当にチョコチップ入りのクッキーを焼いた。
 それを家に帰ってからリック兄さんにあげると、彼は喜んで受け取ってくれた。──何故か、それを見ていたお父さんとカール兄さんが寂しそうな顔をしていたけど。
 分けて食べる…? と聞こうとしたが、ハーブティーと一緒にクッキーをニコニコ美味しそうに食べるリック兄さんを見ていたら取り上げるのもなんだかなぁと思って、彼らの切なそうな顔は見て見ぬ振りをした。


 奴が襲来したのはその直後である。
 あいつは玄関から来るのではなく、うちの庭をぐるりと回って私の部屋の窓越しに声を掛けてきたのだ。

『おい、俺に渡すもんないのか』

 なんの用かと思えばわざわざ家に来てカツアゲをはじめたではないか。
 なんで…? しかも部屋に直通って。
 勉強していた私が握っていた羽ペンインクがじわりとノートに滲んだ。まさか換気のために開けていた自室の窓からいじめっ子がニョッと顔を出してくるとは思わなんだ。びっくりするし、なんていうかやめて欲しい。
 そもそも渡すもんって…ないよ。

『なにもないよ』
『はぁ!? お前クッキー焼いたんだろ!?』

 私が作ったものをなんで知ってるの。誰にも言ってないのに……女子の誰かに聞いたとか?

『リック兄さんにあげたからもうないよ』
『はぁあ!? 兄貴だろ!?』

 それが何だというのだ。親愛なる兄さんにあげることの何が問題なのか。

『うわ、お前信じらんねぇ…』 

 奴はがっくりうなだれて、勝手にがっかりした様子であった。意味がわからない。

『あんた毎年のように腐るほどお菓子貰ってるでしょ?』
『お前がくれたものは入ってなかった!』

 そりゃあ…あげてないから入ってないだろうね。

『…村中の女子からお菓子をもらわなきゃ気が済まない質なの…?』

 面倒くさいガキ大将だな…どんだけ食いしん坊なんだ。
 面倒くさいなぁと思った私は、机の引き出しを開けた。適当になにかあげてお引取り願おうと思って。ゴソゴソ漁っていたら、この間買ったばかりのノートと羽ペンが出てきた。それを取り出すと、机の上にあったリボンを巻きつけて簡易なギフトに仕立て上げる。

『はい、これあげる』

 これ以上勉強の時間を邪魔されたくなった私はテオを追い払うために、嫌味も兼ねてまだ使っていない新品のノートと羽ペンをあげた。もっと勉強しろって意味である。

 こんなもんいらねーよって怒るかなと思ったが意外や意外。テオはそれを受け取るとまじまじ見つめ、ふふ、と口元を緩めたのだ。
 そして貰えたら用がないとばかりに大人しく帰って行った。

 どうせ宝の持ち腐れになるんだろうなぁと思っていたが、テオがその羽ペンを使い続ける姿を目にした時は、意外と貰ったものを大事にする質なんだなと感心したものである。
 ペン先が潰れても、ナイフで削って使い続ける……『いい加減に買い換えろよ』と周りに言われても使い続けていて……使い勝手がいいのかなってその時の私は思っていた。


■□■


 もうすでに結婚したというのに、テオのために初めてお菓子を作るってどうなんだろうと思いながらも本格的なケーキを作ってみた。このケーキはフォルクヴァルツに昔からあるケーキなのだ。

「初めてケーキ作ったから…口に合えばいいのだけど」

 年に一度の女性から男性に愛を伝える日。テラス席に飲み慣れたハーブティとホールケーキを乗せると、テオが目を輝かせていた。
 予想よりも大きくなってしまったが…どこからどう見ても立派なケーキだろう。見た目には自信があるぞ。味はまだ食べてないからわかんないけど。

「めちゃくちゃ凝ってる……器用だ器用だと思ってたけど、お前ケーキも作れるんだな」
「城の料理人にレシピ聞いて、作り方も見てもらったからだよ」

 フォルクヴァルツ城に帰って、イチから指導してもらったものだ。私一人の力じゃこんなしっかりは作れなかっただろう。

「ほら座って、いま切り分けてあげるから」

 ケーキナイフを持ってホールケーキを切り分けると、お皿に一切れ乗せてあげる。そこに別添えのホイップクリームを乗せてテオの前に出すと、パサパサパサと座っているテオが椅子の後ろでしっぽを振っている音が聞こえてきた。
 大きな図体しているのにその瞳は子供のようにワクワクしている。その姿が可愛く見えて私は笑ってしまった。

『なんだそれは』

 フッと視界が陰ったと思えば、すぐに太陽の光が戻ってきた。ぐるぐると喉奥で唸るような声とともに降ってきた声に私は顔を上げる。

「……ルル?」

 私は目の前にいるドラゴンの姿を見て目を丸くした。テオと私が結婚してから、3ヶ月ほど姿を見せなかったルルが帰ってきたのだ。彼女はドラゴンの姿からヒト化すると、てくてくとテラス席に近寄ってきた。

「もうそろそろ蜜月も終わっただろうと思って帰ってきたんだがな…主から犬っころの匂いが漂ってくる…」

 そう言ってルルは鼻を塞いでいた。
 そんなに匂う? 自分の腕の匂いを嗅いでみたが分からない。

「それで子どもはできたのか?」
「まだ早いよ」

 流石に早いだろう。

「それに…種族が違うからちゃんと出来るかもわかんない。獣人はなかなか子が授からない種族だからどうだろう…」

 種族の違う人間と獣人同士のカップルでの妊娠出産の前例はいくらでもあるけど、元々獣人は子どもができにくい種族だから、子どもが出来たら儲けものと考えるべきか。

「ふぅん、子どもが出来にくいのか。我らドラゴンと同じなんだな」

 絶滅危惧種であるドラゴンは過去にドラゴン狩りにあった影響で頭数が少ないのはもちろんのことだが、多産な種族ではないのだ。そこは獣人と同じである。

「お前との子どもは欲しいけど、焦ることねぇよ」

 私が不安に思っていると感じたのか、テオが横から口を挟んできた。

「俺の親だって5年目にようやく俺が授かった位だ。俺はまだデイジーとの2人きりの生活を楽しんでもいいんだぜ?」

 テオは腕を伸ばしてくると私の腰を抱き寄せて膝の上に私を乗せる。首元に顔をうずめるとグリグリ擦り付けてきた。

「くすぐったい」

 文句を言いつつも私はテオのすることを拒絶したりしない。彼の愛情表現だとわかっているから。

「独占欲の強い犬っころだ。子どもに主を取られたくないだけだろう」
「うるせぇな、悪いか?」

 テオらしい理由だ。私は思わず苦笑いしてしまう。
 私達を見ていたルルは肩をすくめると、興味を無くしたようにテーブルに視線を落とした。
 
「そういえば森の中でワンコロたちにも会ったぞ」

 メイとジーン達一家のことか。彼らは狼なんだけど、ルルにとっては犬も狼も同じに見えるらしい。彼らは元気そうにしているとのことで安心した。
 ルルは私達がいちゃつく姿を眉ひとつ動かさず一瞥すると、テーブルの上にあったケーキ一切れを手づかみして食べていた。

「おい、それ俺のケーキだぞ」

 そのケーキは今しがた切り分けたケーキ。テオの前に置いていたケーキである。しかしドラゴンであるルルには関係ないらしい。彼女はケーキを鷲掴みにして横取りする形でムシャムシャ食べている。
 テオに注意されても素知らぬ顔である。

「せめてフォーク使えよ…手ぇベタベタになるだろうが」

 テオも怒る気が失せて指摘してるが、ルルはそれをあざ笑うようにクリームまみれの手をペロペロと舐めていた。その動作には野性味を感じる。

「なんかムカつくな」

 ルルの態度にイラッときたらしいテオの気を反らすために、新たに切り分けたケーキをキレイなお皿に載せ直してテオの前に出すと、テオはぱぁっと機嫌を直した。ちょろいもんである。


「いい香りがすると思ったら美味しそうなもの食べてるじゃないか」
「こんにちは」

 そこにリック兄さんが奥さんと一緒にバスケットを掲げてやってきた。奥さんのお腹は少し膨らんでおり、中に赤ちゃんがいるのが見て取れた。
 ……兄さんたちの奥さんは揃って懐妊が早いとのもっぱらの噂だ。それが私の掛けた【祝福の呪文】が原因じゃないかと言われている。多分たまたまだとは思うんだけど。

「今日は1年に1度の日だからね。私、今までテオにお菓子を作ってあげたことないから特別に腕をふるったんだ」
「えっ? テオお前、デイジーから貰ったことねぇのか!?」

 ぎょっとするリック兄さんに対して、テオはジト目を向けていた。まさかこいつ遠い幼い日のチョコチップクッキーのことを恨んでいるんじゃないだろうな…

「器用ねぇ、王都のお店に売ってそうだわ」
「フォルクヴァルツに伝わる昔ながらのケーキなんです。よかったら召し上がりますか?」
「いいの? ありがとう」

 彼らは夫婦揃って甘党なので、お誘いすると喜んでテラス席に座っていた。
 テオが「俺のケーキ…」としょぼんとしていたが、こんな大きなケーキあんたひとりじゃ食べられないでしょう。

「全部は食べられないから別にいいでしょ。また来年も作ってあげるから」

 私がそっと声をかけると、テオのしっぽはわかりやすいくらいにパタパタとゆれた。機嫌が治ったらしい。

「主、もう一個くれ」
「はいはい」
「おいドラゴン、お前は遠慮しろよ」

 気にせずにむしゃむしゃするルルにとっては私達の国の風習なんてどうでもいいようで、遠慮なくテオのケーキを貪り尽くしていたのであった。
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