太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

文字の大きさ
上 下
162 / 209
Day‘s Eye 花嫁になったデイジー

実家に帰らせていただきます。

しおりを挟む
 ──もう疲れた。
 私の口から漏れ出た言葉は、誰もいない新居内に虚しく響き渡った。

 追い詰められた結果、私は家を出る事にした。手紙に【3日間くらい実家に泊まります、探さないでください】と書き残すと身一つで徒歩25分ほどの実家に出戻った。
 手紙ではテオが心配しないように行き先を伝えておいた。探すなとも書いておいた。これで安心だ。

 実家に帰ると、「新婚早々どうしたの」とお母さんに聞かれたが、言えない。
 ──旦那の愛が重すぎて身体が保たないとか。
 獣人社会を甘く見ていた私が馬鹿だった。まさかこんなに気力体力削られるとは思わなかったんだよ…。仕事がしたいのと日常生活に戻りたいので蜜月を切り上げてもらったのに、夜の時間がより濃密になっただけであまり変わらない気がする。 

 私はとにかく安心して眠りたかった。
 新居では疲れが取れないのだ。私の隣にはいつもお腹をすかせた獣がいるので、毎晩発情して襲われるの繰り返し。睡眠時間を削られ、身体がバキバキになった私は日中寝る羽目となり、不自由な生活を送らざるを得なかった。
 自室のベッドに寝転ぶと私はため息を吐き出す。あぁ、べたべたのどろどろにならずに横になれるなんて幸せ過ぎる……
 怠いし、行為のし過ぎであちこち痛い…過ぎる快感は拷問にも近いのだ。私は疲弊していた。……念のために言っておくが、酷いことはされていない。だが限度ってものがあると思うんだ。

 私の意識はどんどん沈むこんでいく。夢も見ずに眠りについた。





「……!」
「こらっ待ちなさいってば!」

 言い争う声によって、私の安楽の眠りは突如妨害された。
 ガチャリとやや乱暴に開かれた扉、その先にいたオオカミの姿を見て、私の自由時間が半日で終わった事を悟った。
 窓の外を見上げれば、外はすっかり真っ暗になっている。さては仕事が終わって家に帰った後にすぐに吹っ飛んできたな。一応、今日の分の夕飯は作り置きしておいたのだが、駄目だったか。

「迎えに来た、ほら帰るぞ」

 ベッドに横になってる私を抱き上げようと手を伸ばしてきたテオ。
 しかし私はその手を振り払った。

「私は家出宣言をしたはずだよ。3日は実家に住む」

 空を切ったテオの手は手持ち無沙汰に浮かんでいる。私から拒絶された奴は呆然としていた。
 
「なんでだよ、なにか不満があるのか?」

 その問いかけに私はぐむっと吐き出しそうになった言葉を飲み込んだ。
 不満ていうかさ……あんた、毎日毎日人のこと襲って加減のかの字も知らない行為働いておいてよくも白々しく……

「なぁ、帰ろう?」

 テオの不安そうな、縋るような目。
 しかし今の私にはそれに絆されるほど心に余裕がなかった。睡眠不足、関節痛、喉の痛み、その他諸々……いい加減に頭がおかしくなりそうなんだ!
 私はベッドに座ったまま、テオを真顔で見上げた。これが新居なら問答無用で襲われていたが、私の実家なので奴も流石にそんなことはしない。
 私の安楽の地はここなのだ。私は安心して眠りたい!

「私のこと愛してる?」
「もちろん!」

 言葉にして聞かなくてもわかっているけど、言質のために確認した。予想通りテオは迷いなく肯定してきた。
 因みにこれは可愛らしい理由で尋ねたわけじゃない。

「なら3日位我慢できるでしょ? 私のこと愛してるんだものね。私のお願い聞いてくれるよね?」
「それは無理!」

 清々しいほどの拒絶である。
 愛する妻のおねだりを聞かないとはどういうことなのだろうか。

「──なら帰らない」

 私はすん、と冷めた表情を浮かべると布団の中に逆戻りしてテオに背中を向けた。
 今日は一人の部屋でゆっくり過ごすんだ。そして明日は薬作って、また夜はゆっくり眠るんだ。

「デイジー…わがまま言うなって」

 わがままだと?
 私の体と心は悲鳴を上げてるんだよ!

「じゃあ寝る時はお父さんを間に挟むけどいい?」

 間にお父さんを挟んで眠ればテオも手を出してこないだろう。その条件を飲み込むなら帰ってもいい。

「やだよ! 何が悲しくて新婚時代に嫁さんの親父と同衾しなきゃなんねぇの?」

 目が覚めて隣にいるのが髭面のおっさんってどういう状況だよ! と喚くテオ。それには部屋の外でお母さんと共に様子を伺っていたお父さんが微妙な顔をしていた。
 テオ、あんたは全く私の気持ちがわかっていない。ずっとそばにいるのに、結婚してからほぼ毎日気絶しっぱなしの私が疲弊していることに気づかないのか!

「じゃなきゃあんた私の寝込み襲うでしょうが!」

 私が怒鳴ると、テオは一瞬呆けた顔をした後に『何いってんの?』と言いたげな顔をして首を傾げた。

「隣に嫁が寝てたら襲うに決まってんだろ」
「限度ってものがあるでしょ!?」

 ふざけんなよ! いくら獣人とはいえ、理性というものがあるんだからなんとかしろよ! あんたは嫁を殺す気なのか!

「体格差とか体力考えて!? 私は物理的に身体が壊れそうなんだよ!」

 もう駄目、無理、と訴えてもこいつは調子に乗って更におかわりをしてくるんだ……。本気で無理と言ってるのに別の意味で受け取って発情しやがって…!
 私がどれだけ悲鳴を上げているか見ているくせに、こいつは、こいつという奴は…! 絶倫エロ男め!!

「痴話喧嘩は家でやれ…」

 遠い目をしたお父さんの疲れた声がやけに大きく響き渡った。


 結局テオの泣き落としと両親の説得で私はテオと共に家に帰ることとなった。身体がきついなら、と私はテオに抱っこされてお持ち帰りされたのである。

 帰ると、台所に作り置きしていた夕飯を温めてから食べた。そしてお風呂から上がるなり、テオが痛い部分をマッサージしてやると言って私をベッドの上でうつ伏せにさせた。

「痛いか?」
「ん、もうちょっと強くてもいい」

 職場の人とかテオのお父さんにもよくしてあげているとかで慣れた手付きだった。テオからは何度も痛くないかと確認されるが、加減されすぎて逆にくすぐったい。
 テオの手のひらの温度が高いので、押されている部分がじんわりと温熱効果を生み出している。とても心地良い。

「きもちいい…」

 昼寝したけど、今までの睡眠負債を取り戻しただけで、まだまだ寝足りない。マッサージを受けながらこのまま眠れそうである。

「デイジー?」
「ぅん…」

 テオに呼びかけられたが、私はすやすやと夢の世界へと旅立っていった。
 夢も見ずに、深い深い夢の世界へと旅立っていったのである…


■□■


 ちゅんちゅん、と外で鳥のさえずる音で目を覚ました。いつもよりスッキリ目覚めたような気がする。完全復帰とは行かないが、大分身体が楽になったように思える。
 私は横向きになっていた身体を仰向けにして両腕を頭の天辺に伸ばすと、背伸びをした。するとバキボキっと腰辺りが音を立てる。あー腰が軽い。
 ご飯を作ろうと起き上がると、ふと横から強い視線を感じ取った。

「…うわっ!?」

 テオである。
 奴は目を真っ赤にさせてこちらを見ていた。

「な、なに…起きてたの…」

 驚いて引いていたら、テオはこちらに腕を伸ばしてきて私をベッドに引き戻した。

「…一晩中お前の寝顔見て我慢してた」

 私を腕の中に閉じ込めてぎゅうと抱きしめると、覇気のなさそうな声で言った。
 ……私は男でも獣人でもないから、その衝動を理解できないが……その言い方だと私の訴えを聞き入れて一晩中我慢してくれていたのか…。一睡もしなかったのかまさか。

「…好きな女と結婚できただけでも俺は幸せもんなんだ。…3日は我慢する…」

 萎れてしまいそうな声で宣言された言葉に私は思わず吹き出してしまった。
 テオが可愛く感じたので、その広い背中に腕を回して抱きしめ返した。

「頑張ってね、旦那さん。できれば加減も覚えてほしいけど」
「う…頑張る」

 スンスンスンと私の首元の匂いを嗅いで我慢しているテオはどうにも危うかったが、宣言通り3日我慢した。
 4日目で私がどうなったか……
 家から一歩も出られなかったことだけはここに記しておこうと思う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...