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Day‘s Eye デイジーの花が開くとき
風の便り
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収穫祭の求婚騒ぎがようやく落ち着いたある日のことだ。テオが「どこに新居建てる?」と私に尋ねてきた。
そう聞かれても、この広い村の中のどこかに建てるんでしょう。別にどこでもいい。
「新居はテオの好きなところに作ればいいよ。ちなみに私は薬の匂い対策で集落から離れた場所に作業小屋を作ろうと考えてる」
薬の材料の中には激臭を放つものや温度調節をしなきゃいけないものもある。前々から人里離れた場所に作業小屋が欲しいと思っていたところだ。この機会に小屋を作ってもいいんじゃないだろうか。屋外だといろいろと面倒くさいんだ。
「匂いか……お前がいつも薬づくりしている丘の上に建てるか? それとも、森の中にしたほうがいいか?」
するとテオは例の丘の上の空いた土地に作業小屋を隣接させた家を建てるか、森の中に建てるかの二択を提示してきたではないか。
家と作業小屋はセットらしい。離れた場所に作業小屋を作ってしまったら、私が泊まり込みで帰ってこなさそうだから嫌だと言われてしまった。薬の匂いは我慢するからいいとまで言う。あんなに薬草の匂いを臭そうにしていたくせに…
「…そんなに、私の側にいたいの?」
私が問うと、テオは真顔で「当然だろ。朝昼晩お前の匂いが嗅ぎたい」と言ってきた。
──変態だ。
やっぱりこいつは変態である。真顔で言うことではないと思うんだが。そんなに私の匂いは依存性があるの? そんな事言われた私はどういう反応をすればいいのだ。
結婚には前準備が必要だ。
獣人の男はお嫁さんを迎えるために、求婚成功したらすぐに家を準備しなくてはならない。その後に家具とか細々した小物を取り揃えていくのだ。
それが求婚した女性への「一生不自由させません、だから身一つで来てください」という誠意になるそうだ。
一世一代の求婚。獣人男性はそれに命をかける勢いで力を注ぎ込むのだという。
テオは楽しそうにしながら、大工を呼び寄せて新居の相談をしていた。地盤がどうたら、森の環境がどうのと専門的な話をしつつも、テオの尻尾は楽しそうに揺れている。そこにうちの父さんや兄さん、テオのお父さんが割って入ってきて、新居の草案は形となってきた。
場所は丘の上に決まった。
森の中は野生の獣が出てくるんじゃと心配の声があったのだ。彼らの生態区域には入らないし、結界を張っておけばすぐに察知できると思ったのだが、雨になったときに土砂崩れの恐れもあるからと大工さんたちに反対されたのだ。
竣工は来年の春頃の予定。
テオはこの日のために貯めてきたという貯金を前金としてすべて支払い、残金はおじさんが前祝いで出してくれたそうだ。一生の一度の買い物。テオは新居の出来上がりの日を心待ちにしている様子であった。
私の作業場という付属品もついてるせいでその分金額が膨らんでいたので、私もお金出そうか? と問うてみたが、テオから「は…?」と信じられないものを見るような目で見られ、後でリック兄さんに注意された。何故なのか。
「一世一代のことに嫁がお金を出すなんて言ったら雄の面子が丸潰れだ。もうそんな事言うんじゃないぞ」
良かれと思って言ったんだが、駄目だったらしい。
■□■
「レイラが嫁いでいった」
前触れもなくやって来た大猩猩獣人ブルーノが言った。
テオの運命の番だったレイラさんに片思いし、私とテオに説得のような事を繰り返してきた彼だが、今日はどうやら報告に来ただけらしい。
「なんで私に言うの?」
だが今までのことがあったので私は警戒していた。仮にも女である私に手をあげようとしたからねこの人。
しかしブルーノは静かだった。感情に飲み込まれて爆発するでもなく、力なく首を横に振っていた。
「……告白したけど、駄目だった。そういう対象に見たこと無いって。まぁ、彼女の親から求婚の許しさえ得られなかったから結果はわかってたけどな」
そうだったんだ。
……ブルーノは求婚すら出来ない立場、どっちにせよレイラさんとは結婚できなかったのか。だからあんなに話が通じなかったのかな。
「…成長したじゃない。裏でコソコソするんじゃなくて、堂々と気持ちを伝えられるようになったあんたは立派だよ」
それでも、こいつはあの騒動で1つ成長できたみたいだ。前に見たときよりもいい顔をしている気がする。スッキリして憑き物が落ちたような…
「てめぇ! この期に及んで何しに来やがった!」
──ドッ、とブルーノが影とともに地面へ倒れ込んだ。
影の正体はテオである。怒りの形相でブルーノを引き倒すと、今にも食いつかんばかりに警戒していた。一方のブルーノも突然攻撃されて頭に血が上りかけているようだ。
テオもだけど、ブルーノもあまり冷静な性格ではない。このままだと殴り合いに発展しそうだったので、私はテオの肩を掴む。
「喧嘩しないで。あんたたちは言葉で話し合えないのか」
わかり合わなくてもいい。ただ、暴力で解決するのはやめよう。ブルーノも今回はただ話に来ただけで、私は暴力振られそうになっていないから。
「報告に来てくれたんだよこの人。別に喧嘩してたわけじゃないの」
渋々ブルーノから離れた説明すると、テオは疑わしそうな表情でブルーノをちろりと睨んでいた。それに対し、ブルーノは背中についた砂をはたきながら不機嫌そうに顔を歪めてテオを睨み返していた。
「よく聞け、テオ・タルコット。レイラは西側に住んでいる狼獣人の求婚を受けて嫁いでいった」
その言葉にピクッとテオの獣耳が揺れた。だけどその目は冷静そのもの。運命の番への衝動の荒れた色はしていない。私はそれにこっそりホッとしていた。
ブルーノは目を細めてテオの様子を観察していた。そしてため息を吐き出して自分を落ち着けていた。
「…お前との縁が途切れた後、レイラは一時廃人のようだったが、旦那となった男から激しく求愛されて……お互い愛し合うようになった……男の求婚を受けて、レイラは村を出ていったよ」
ブルーノの淡々とした報告に私達は言葉が出せなかった。私はそれに安心してもいいのか、運命の番の呪縛に縛られ傷つけあったことを思い出してもやもやすればいいのか…
だけど多分、もう二度と彼女と会うことはない。──お互いのためにそのほうがいいのだろう。
「お前らも結婚するんだろ、レイラから言伝を頼まれてるんだ。《私も幸せになるから、そっちも負けないくらい幸せになってね》だと」
ブルーノはフン、と鼻を大きく鳴らすと、ズボンのポケットから一通の封筒を取り出した。
「手紙も預かってる」
テオ宛にかと思ったら、私に手紙が手渡された。宛名を確認するとデイジー宛になっていた。私はブルーノとテオの顔を見比べて、もう一度手紙を見下ろす。
私に、手紙で何を伝えようとしているのだろう。恨み言でも書かれているんじゃと一瞬頭をよぎったが、意を決して一度も開けられてない手紙の封蝋を外すと、中身を確認した。
──彼女からの手紙には私への謝罪の言葉が連なっていた。それと、今は旦那さんに愛され、新たにやって来た西の港町で幸せに暮らしていると。──最後に私とテオには幸せになってほしいという言葉で締めくくられていた。
私はホッとした。ああいう別れ方で、わだかまりを残しての終わり方だったから…
運命の番に縛られたレイラさんも苦しんだのだろう。だけど彼女もその呪縛から解き放たれて幸せの道へと歩き始めた…。
私は手紙のお返事と一緒に、結婚のお祝いにお試し薬と美容クリームセットを小包にして送り返した。レイラさんからはその御礼の手紙を更にいただき、流れで何度か手紙のやり取りをした。
私の記憶に残るレイラさんは私を憎悪の視線で睨むか、テオへ執着する姿しか印象に残っていなかった。だけど、手紙で触れる彼女の人柄は明るくさっぱりとした人の印象に変わった。
出会い方が違えば、運命の番というものがなければ……私達は仲良くなれたのだろうか。
手紙のやり取りをしていくうちに自然な流れで私と彼女は生涯に渡る文通友だちになったのである。
そう聞かれても、この広い村の中のどこかに建てるんでしょう。別にどこでもいい。
「新居はテオの好きなところに作ればいいよ。ちなみに私は薬の匂い対策で集落から離れた場所に作業小屋を作ろうと考えてる」
薬の材料の中には激臭を放つものや温度調節をしなきゃいけないものもある。前々から人里離れた場所に作業小屋が欲しいと思っていたところだ。この機会に小屋を作ってもいいんじゃないだろうか。屋外だといろいろと面倒くさいんだ。
「匂いか……お前がいつも薬づくりしている丘の上に建てるか? それとも、森の中にしたほうがいいか?」
するとテオは例の丘の上の空いた土地に作業小屋を隣接させた家を建てるか、森の中に建てるかの二択を提示してきたではないか。
家と作業小屋はセットらしい。離れた場所に作業小屋を作ってしまったら、私が泊まり込みで帰ってこなさそうだから嫌だと言われてしまった。薬の匂いは我慢するからいいとまで言う。あんなに薬草の匂いを臭そうにしていたくせに…
「…そんなに、私の側にいたいの?」
私が問うと、テオは真顔で「当然だろ。朝昼晩お前の匂いが嗅ぎたい」と言ってきた。
──変態だ。
やっぱりこいつは変態である。真顔で言うことではないと思うんだが。そんなに私の匂いは依存性があるの? そんな事言われた私はどういう反応をすればいいのだ。
結婚には前準備が必要だ。
獣人の男はお嫁さんを迎えるために、求婚成功したらすぐに家を準備しなくてはならない。その後に家具とか細々した小物を取り揃えていくのだ。
それが求婚した女性への「一生不自由させません、だから身一つで来てください」という誠意になるそうだ。
一世一代の求婚。獣人男性はそれに命をかける勢いで力を注ぎ込むのだという。
テオは楽しそうにしながら、大工を呼び寄せて新居の相談をしていた。地盤がどうたら、森の環境がどうのと専門的な話をしつつも、テオの尻尾は楽しそうに揺れている。そこにうちの父さんや兄さん、テオのお父さんが割って入ってきて、新居の草案は形となってきた。
場所は丘の上に決まった。
森の中は野生の獣が出てくるんじゃと心配の声があったのだ。彼らの生態区域には入らないし、結界を張っておけばすぐに察知できると思ったのだが、雨になったときに土砂崩れの恐れもあるからと大工さんたちに反対されたのだ。
竣工は来年の春頃の予定。
テオはこの日のために貯めてきたという貯金を前金としてすべて支払い、残金はおじさんが前祝いで出してくれたそうだ。一生の一度の買い物。テオは新居の出来上がりの日を心待ちにしている様子であった。
私の作業場という付属品もついてるせいでその分金額が膨らんでいたので、私もお金出そうか? と問うてみたが、テオから「は…?」と信じられないものを見るような目で見られ、後でリック兄さんに注意された。何故なのか。
「一世一代のことに嫁がお金を出すなんて言ったら雄の面子が丸潰れだ。もうそんな事言うんじゃないぞ」
良かれと思って言ったんだが、駄目だったらしい。
■□■
「レイラが嫁いでいった」
前触れもなくやって来た大猩猩獣人ブルーノが言った。
テオの運命の番だったレイラさんに片思いし、私とテオに説得のような事を繰り返してきた彼だが、今日はどうやら報告に来ただけらしい。
「なんで私に言うの?」
だが今までのことがあったので私は警戒していた。仮にも女である私に手をあげようとしたからねこの人。
しかしブルーノは静かだった。感情に飲み込まれて爆発するでもなく、力なく首を横に振っていた。
「……告白したけど、駄目だった。そういう対象に見たこと無いって。まぁ、彼女の親から求婚の許しさえ得られなかったから結果はわかってたけどな」
そうだったんだ。
……ブルーノは求婚すら出来ない立場、どっちにせよレイラさんとは結婚できなかったのか。だからあんなに話が通じなかったのかな。
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それでも、こいつはあの騒動で1つ成長できたみたいだ。前に見たときよりもいい顔をしている気がする。スッキリして憑き物が落ちたような…
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影の正体はテオである。怒りの形相でブルーノを引き倒すと、今にも食いつかんばかりに警戒していた。一方のブルーノも突然攻撃されて頭に血が上りかけているようだ。
テオもだけど、ブルーノもあまり冷静な性格ではない。このままだと殴り合いに発展しそうだったので、私はテオの肩を掴む。
「喧嘩しないで。あんたたちは言葉で話し合えないのか」
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「よく聞け、テオ・タルコット。レイラは西側に住んでいる狼獣人の求婚を受けて嫁いでいった」
その言葉にピクッとテオの獣耳が揺れた。だけどその目は冷静そのもの。運命の番への衝動の荒れた色はしていない。私はそれにこっそりホッとしていた。
ブルーノは目を細めてテオの様子を観察していた。そしてため息を吐き出して自分を落ち着けていた。
「…お前との縁が途切れた後、レイラは一時廃人のようだったが、旦那となった男から激しく求愛されて……お互い愛し合うようになった……男の求婚を受けて、レイラは村を出ていったよ」
ブルーノの淡々とした報告に私達は言葉が出せなかった。私はそれに安心してもいいのか、運命の番の呪縛に縛られ傷つけあったことを思い出してもやもやすればいいのか…
だけど多分、もう二度と彼女と会うことはない。──お互いのためにそのほうがいいのだろう。
「お前らも結婚するんだろ、レイラから言伝を頼まれてるんだ。《私も幸せになるから、そっちも負けないくらい幸せになってね》だと」
ブルーノはフン、と鼻を大きく鳴らすと、ズボンのポケットから一通の封筒を取り出した。
「手紙も預かってる」
テオ宛にかと思ったら、私に手紙が手渡された。宛名を確認するとデイジー宛になっていた。私はブルーノとテオの顔を見比べて、もう一度手紙を見下ろす。
私に、手紙で何を伝えようとしているのだろう。恨み言でも書かれているんじゃと一瞬頭をよぎったが、意を決して一度も開けられてない手紙の封蝋を外すと、中身を確認した。
──彼女からの手紙には私への謝罪の言葉が連なっていた。それと、今は旦那さんに愛され、新たにやって来た西の港町で幸せに暮らしていると。──最後に私とテオには幸せになってほしいという言葉で締めくくられていた。
私はホッとした。ああいう別れ方で、わだかまりを残しての終わり方だったから…
運命の番に縛られたレイラさんも苦しんだのだろう。だけど彼女もその呪縛から解き放たれて幸せの道へと歩き始めた…。
私は手紙のお返事と一緒に、結婚のお祝いにお試し薬と美容クリームセットを小包にして送り返した。レイラさんからはその御礼の手紙を更にいただき、流れで何度か手紙のやり取りをした。
私の記憶に残るレイラさんは私を憎悪の視線で睨むか、テオへ執着する姿しか印象に残っていなかった。だけど、手紙で触れる彼女の人柄は明るくさっぱりとした人の印象に変わった。
出会い方が違えば、運命の番というものがなければ……私達は仲良くなれたのだろうか。
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