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Day‘s Eye デイジーの花が開くとき

お腹が痛い人がもうひとり

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「殿下、困りますよぉ」
「アステリアは我が国の貴族出身だ。そのまま放置していたら我が国が舐められることになるのだぞ」
「そうだとしても殿下が直々に対応なさることは無いでしょう…」

 ラウル殿下お付きの侍従は今日も相変わらずお腹が痛そうな顔をしている。この人いつも振り回されてるんだろうなぁ。大巫女の棲まう神殿前でもお腹を擦って突っ立っている姿をよく見かけたし。
 王太子付きなのだから優秀なのだろうが、年齢よりも大分老けて見えるのは苦労の証拠なのだろう。

 ドラ息子が逃げ去って危機は通り過ぎたのに、私は未だに地上に降りられなかった。言わなくても分かるだろう。嫉妬焼きの恋人が私を手放さないからだ。
 テオはラウル殿下を警戒して、グルグル唸っていた。テオの中では彼を敵認定してしまっているらしい。ラウル殿下はそれを見て器用に眉を動かすと肩をすくめていた。

「すごいね君の恋人は。視線で殺されそうだ」
「躾はしてるんですが、嫉妬屋で」

 テオは見るなとばかりに私の視界まで遮ろうとする。いい加減にしろ。私がテオの頬をペチッと叩くと、その手をテオにそっと握られて頬ずりされた。
 違う、構えと言っているわけじゃない。

「…安心していいよ、私は別にアステリアを奪いに来たわけじゃない。彼女には色々協力してもらっていてね」

 私達へ少しばかり羨望の色が籠もった視線を投げかけてきたラウル殿下は敵意がないことを口にした。
 だが、聞き捨てならない発言があったぞ今。

「…協力すると言った覚えはありませんけど。殿下が勝手にそのつもりでいるだけでしょう」

 何勝手に好解釈してるのか。
 私は一度たりとも協力した覚えがないぞ。お茶会に何度も乱入されて心底迷惑だったんだからな。

「アレキサンドラが心開いている同年代のレディは君くらいなんだよ、頼むよ」

 私はぷいっと顔を背けた。
 面倒くさい。聞きたくない。私は何も聞いていない。私には何も出来ない。だから帰ってくれないか。
 しかしラウル殿下は私の拒絶を物ともしない。

「君がいたからお茶会にお邪魔できたけど、あの件から警備が厳しくなって。アレキサンドラもつれないし」
「だからなんですか、知りませんよ」

 私を口実にして、お茶会でサンドラ様とお話したいと情けない顔で言われたが、今や私は他国の庶民だぞ。そうホイホイ面会許可が下りるとは思えない。
 そこを王太子権限でなんとかするからと言われるが、権力はそんなことに使うものではないと思う。

 ラウル殿下が他の女に夢中であり、私に協力を求めている姿を見て、テオはようやく威嚇をやめたけど、それでもラウル殿下の印象はあまり良くないらしい。
 なぜかとテオに聞いたら、前にお忍びで会いに来られて、一方的に煽るだけ煽って言い逃げされたと教えられた。
 …何してるのラウル殿下。何がしたいのこの人本当に。私もラウル殿下との初対面の印象悪かったけど……この人どんな人間にもそういう態度取るのかな……

 そういう所が協力したいとは思えない原因なんだけど、この人気づかないだろうなぁ。


■□■


 ラウル殿下は軽い感じで「エスメラルダの王太子クリフォードを呼び出そう」と言い出した。なんだその、ピクニックに行こうみたいなノリ。
 私が怪訝な顔をしているのに気づいているはずなのに、彼はさっさと伝書鳩を送りつけていた。

 そんな、あんたじゃあるまいし、多忙を極めるエスメラルダ王太子殿下がこんな辺境に来るわけ無いだろう…
 そう思っていたけど、小一時間位でクリフォード殿下は転送術でやって来た。数ヶ月ぶりに会った彼はなんだか顔色が悪くなっていた。こころなしか痩せてしまったような……
 エスメラルダ王国クリフォード王太子殿下…未来の国王は、幼児姿の私を見つけると目線を合わせるようにしゃがみ込み、そして頭を深々と下げた。

「アステリア・デイジー・フォルクヴァルツ嬢、此度の件、誠に申し訳なかった。代わってお詫びする」
「そんな殿下…膝が汚れますのでお立ちください」

 私が慌てて彼を立たせようとしたら、背後で「アステリア、なんだか私との態度に差が無いかな?」とラウル殿下が問いかけてきた。私は聞こえないふりをした。

「君のお父上から抗議文を貰って、それから調査して裏を取っていたところに、ここの領地の子息が君に……本当に…申し訳ない…」

 彼はしおしおと干からびた植物のように深く頭を下げていた。
 下の者の不始末はすべて上の者の責任だ、父上はそんな事を言っていたが、真面目なクリフォード殿下には重すぎる気がする。今回のことは彼がしたことじゃないし、彼の目がほうぼうに届くわけでもない。いくら彼が次期王でも、貴族全員が彼に付き従うわけでもない。
 改善してくれさえすればそれでいい。とりあえず自営業許可継続の手続き不備を取り消して申請を通してほしいな。

「大丈夫だ、クリフォード」

 そこにラウル殿下がそっと肩を叩きながら優しく声を掛けてきた。同じ国を背負う立場であり、友でもあるクリフォード殿下を労っている。しかしその優しい声が曲者なんだ、この人の場合。

「心配せずとも、いつでもアステリアをこちらの魔術師として迎える。その準備はできているぞ。元々我が国の貴族令嬢であるし、それが正しい形なんだ」

 勝手に決めるな。
 私は縛られたくないから、直属にはならんぞ。

「ラウル、それはちょっと…」

 何故かクリフォード殿下は焦っていた。
 私は別にエスメラルダ直属というわけではなく、エスメラルダに籍をおいているだけの自由業の魔術師。それは国から給料や支援金を頂いて完全に付き従っている魔術師か、自由な代わりに何の保証もない魔術師かの違いがある。使い勝手がいいのは前者に間違いない。

 私は高等魔術師なので地位や信頼度が高く、そこそこ稼いで高額な税金を国に納めているし、先のハルベリオンとの戦いで戦果をあげたけども、今や辺境の小さな村で細々とした依頼を受ける一魔術師なだけなのだ。
 それでも彼にとっては、私が利用価値、存在価値のある魔術師なのであろうか。

「…ですが現に、わたくしのかわいい娘は被害に遭いました。彼女は貴族籍を抜けましたが、わたくし共と縁を切ったわけではありませんのよ?」

 どこからか出した新しい扇子で口元を隠していた母上が物申した。彼女も父上と同じく、この国の王太子の監督不行き届きに腹を立てているのであろう。ピリピリしていて、また扇子を破壊してしまいそうである。

「彼女が自由にのびのびと暮らすことを望んだからそうさせているだけのことであって、そちらの権力争いに巻き込むためではありませんの。…娘を、優秀な魔術師を排出する道具のように思われているのかもしれませんが…わたくしはそれを見過ごしませんし、許しませんわよ」

 ピシピシと母上の扇子が悲鳴を上げている。2つ目の扇子がサヨナラしそうである。いやむしろ、物にあたることで魔力の暴発を防いでるのかな?

「この領地の子息には罰を与える。魔法庁の役人らにも懲戒処分を下した。その事によって逆恨みなどされないように厳重に監視もする」
「当然です、次同じことがあればシュバルツ籍へ戻させます。そうすれば少なからずとも我が家で庇護できますもの。あぁ大丈夫よ、アステリア、あなたの望む自由はこの母が守ってあげますからね」

 あ、それならそれでいいかも。
 お世話になったエスメラルダに恩返しがしたくて、エスメラルダに籍を戻したが、こんな風に面倒くさい目に遭うならそれでいいかも。シュバルツへ籍を移しても大切な人を守れるし、恩返しは出来るだろう。

「本当はハルベリオン陥落作戦の功績を讃えて、アステリア嬢へ爵位を与えようとしたけど断られてしまって…爵位があればあ少しばかりは牽制になると思うのだが」
「面倒なのでいりません」
「君ならそういうと思ったよ」

 だって義務が付き纏ってくるじゃない。それならいらない。素気ない私の返答にクリフォード殿下は疲れたように苦笑いを浮かべていた。

 その後クリフォード殿下によって一度却下された自営業許可証の継続申請を改めて許可して頂いた。
 それと圧力がかかっていた薬問屋の問題も解決して、国内でも薬の材料が買えるようになったけど、今後もフォルクヴァルツで材料を手配してもらえることになったので、国内の問屋の利用はやめた。
 迷惑じゃないかなとは思ったが、実両親いわく、私がその都度帰省してくれるようになるから歓迎だと言われたのだ。
 確かに用がない限り私は帰らないからな……。まぁそんなわけでエスメラルダ魔法庁からの嫌がらせは、こうしてシュバルツ勢の虎の威を借りて無事解決した。

 魔法庁の嫌がらせしてきた職員らはすべて洗い出し、度合いによって懲戒処分、降格処分、閑職へ飛ばされるなどの罰を与えたとか。
 それとこの領地の後継ぎの件は、遠縁の親戚から優秀な男子を見繕って、王家が用意した教師直々に教育する事になったとかなんとか、そんな噂が後日領内で話題になったのである。
 嵐は吉報へと変わって何事もなかったかのように鎮静したのである。
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