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Day‘s Eye デイジーの花が開くとき
熱に浮かされて
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意識を失う前に血管修復までは自分で治癒魔法を施したが、その先の治療に移る前に極度の貧血と痛みで意識を失ってしまった私はしばらく意識を混濁させていた。
私が寝込んでいる間に事態はどんどん動いていった。
この件、当然ながら私の家族は激怒した。どういうわけかフォルクヴァルツ家にもこの情報が伝わったようで、彼らは使者を通じてレイラさんの生家であるバーンズ家に猛抗議したそうだ。
仲裁役に入った相手方の村の長は私がフォルクヴァルツの娘で、ハルベリオン陥落作戦で活躍した高等魔術師だと知ると青ざめて平伏していたとか。
本当のところはわからないけど。
テオに関しては言うまでもない。
私を守るべく、運命の番に牙を剥いて殺そうとしたのだ。完全に運命を跳ね除けたと言ってもいい。
私がレイラさんに殺されかけたという話は一気に村中に広まり、何故か村のお年寄りたちが怒って相手方の村に直訴すると言って聞かず、冷静になれと止めようとする若者たちに八つ当たりをしていたとか。
私が寝込んでいる間にあちこち大騒ぎになったそうだ。
運命の番が別の女に夢中であったとしても人殺しはいけないこと。正当化できないことであると前置きをした上で。村長がレイラさんの村への立ち入りを禁止した。
それすなわち、テオの運命の番だったとしても村人全員が認めない、という通告であった。
私のことを、命がけで国を守り村を守ろうとした勇敢な娘であると、うちの村人を守らない理由はないと頭の固いご老人衆が皆で怒ってくれたのだそうだ。
目覚めた後にその話を聞かされた時、私は自分の存在を認めてもらえてたんだ…とひとりで感動していた。
連絡を受けてレイラさんを迎えに来たバーンズ家は、錯乱状態の娘を見て複雑な心境だったようだが、こちらも無傷というわけじゃない。
状況説明の場にテオも参加したそうだが、テオはレイラさんと顔を合わせても、声を聞いても、2度と衝動に襲われることはなかったという。
一方で、レイラさんは激しい衝動に襲われて半狂乱状態だったそうだが、そんな彼女を見てもテオは眉ひとつ動かさなかったらしい。
私は彼女に殺されかけた。それなのにレイラさんは後悔のひとつも漏らさなかったのだそうだ。その件では色々思うところはあるが、本能的な呪いに囚われて凶行を犯した彼女のことは哀れだなとも思ってしまった。
相手の恋人を殺してでも手に入れたい運命とはなんなのだろうか、と。
レイラさんはこれからどうするんだろうか。彼女もおそらく運命の番という呪いに狂わされてしまった被害者でもあるのだ。
獣人にとっての奇跡の存在のはずの運命の番に対して、テオに手をくださせる羽目になってしまった。
私が止めたからテオは彼女を殺さなかった。何も言わなかったらきっとテオはレイラさんを殺してしまっていたに違いない。
彼には手を汚してほしくない。同族殺しの咎を背負ってほしくない。テオにはそんな血なまぐさいことは似合わないのに。
運命の番に殺意を抱いた彼は今、後悔していないだろうか。縁が切れたことに傷ついていないだろうか。
──ルルの言う通り、まるで呪いのようだ。“運命の番”というものは。
その呪いが発動すれば必ず、誰かをひどく傷つけてしまう。
□■□
大怪我を負った私はしばらく寝たきりになっていた。その間、毎日毎朝毎昼毎晩、テオがお見舞いに来ては眠る私の手を握って語りかけてくれていたらしい。
それに加えて、私宛のお見舞い品がマック家へ殺到したのは言うまでもない。
フォルクヴァルツ家からも、わざわざ侍医派遣や、体への負担が少ない柔らかいベッドマットなどを差し入れてくれた。出来ることなら村に飛んで行きたかったらしいが、領内に来賓があってその接待のために離れられないとのことだった。それでも、心配して気遣ってくれただけで十分ありがたいと思う。
今の私に必要なのは療養。それはわかっている。だけど寝たきりもつまらない。
「…仕事がしたい」
「馬鹿いうんじゃないよ。あんた昨日まで昏睡していたのよ? 安静にしてなさい、いいね?」
私が独り言のように呟くと、看病してくれているお母さんに念押しのように注意された。
うん、そうなんだけどね。
途中までしか治していない患部を治癒魔法を使って一気に治そうと思ったけど、貧血がひどくてくらくらするため現在造血剤投与中だ。まだ肩の噛み跡はくっきり残っているのでものすごく治したい気持ちはあるんだが、熱も下がりきらず頭がボーッとする。鎮痛薬も飲んでるが、痛みは残ったままだ。
仕事どころじゃないのは自分でもわかってるんだ。
「やっと目ぇ覚ましたのかデイジー!」
ばぁーんと扉を開け放ち、騒々しく登場したテオはお母さんから「やかましいよ!」と叱り飛ばされていたが、本人には聞こえていないようである。
私のベッド脇にささっと近づくと、テオは身をかがめて私の唇に口付けを落とした。
「テオ、デイジーは怪我人なんだからね」
「わかってるよ」
チュッチュと私にキスを送るテオを見て「全くもう」と呆れたようにため息を吐いたお母さんは私が先程まで使用していた食器を片付けるために部屋を出ていく。
パタンと閉じられた部屋には、私とテオの2人きりになる。私は未だ熱でぼんやりする頭のまま、テオを見上げた。
レイラさんをはっきり拒絶したテオ。私を守るために獣化して、彼女を殺そうとまでした。私はそれが申し訳なくて仕方なかった。
「……テオ、ごめんね」
私が謝罪すると、テオは怪訝な表情になっていた。私の頭を優しく手のひらで撫でながら、首を傾げている。
「私のために運命の人を殺しかける羽目になった。…だから、ごめん」
「なんでデイジーが謝るんだ。お前は悪くない」
再び、キスが落とされる。宥めるように顔中にキスが降ってきた。私はくすぐったくて反射的に目を閉じた。
「俺の方こそごめん。いつもお前を傷つけてばかりで」
そんなことない。
私は気の利いた言葉を言おうとしたのだが、熱のせいで頭が働かない。むしろ目頭がじわじわ熱くなって視界が歪んでくる始末だ。テオは泣き出しそうな私の目元に口づけを落とす。
「だからもう謝らなくていい。俺の不甲斐なさのせいなんだ。痛かっただろう、怖かっただろう。…ごめんな」
違う、違うそんな事ない。テオは守ってくれたじゃないか。そんな事言うなんてテオらしくない。止めてよそんな弱気なこと言うの。
なのに私の口からはくぐもったうめき声しか漏れてこない。テオは私の頭を抱えるようにして抱き込んできた。私はテオの肩口に顔を埋める形で嗚咽を押し殺した。
しばらく涙を流していたら少し気持ちが落ち着いた。
落ち着いたついでに私はとあることを思い出してしまった。
「ご、ごめんテオ、私数日お風呂に入れてないから間違いなく臭い……」
鼻がいいテオには苦行もいいところだろう。もう離れてくれて結構だと胸板を押し返すと、テオは何を思ったのか私の首元に顔を埋めた。
スンスンと匂いを嗅がれる音が間近で聞こえてきて私は恥ずかしくなった。
「やっやめてよ!」
「お前の匂いが濃くなっていい感じ。すっげぇいい匂い…」
そう言ってテオは私の首筋に舌を這わせた。べろん、とザラザラとして濡れた感触がした。
カッと体温が上がったのは、怪我のせいかそれともテオのせいか。
「んっ…!」
くすぐったいのとゾワゾワするのと、体の中心がしびれるような不思議な感覚に襲われた私は変な声を出してしまった。
テオの動きがピタリと止まる。
「なにその可愛い声。変な気分になってきた」
あ、止めてくれたとホッとしたのもつかの間のことだった。彼は私に覆い被さってきたではないか。その瞳の鋭さに私は息を呑む。喰われてしまう、そんな恐怖を抱いたのだ。
テオは私の首元から、鎖骨、そして胸元に舌を這わせた。
「テオ…! や、やめて…」
やめろという私の声も震えてしまう。
熱い。テオに触れられた場所が火傷したかのように熱い。ぼうっと顔に熱が集まり、クラクラする。
「テオ、お前は怪我人に盛るつもりか?」
身体の上にのしかかっていた重さがなくなったと思ったら、テオは怖い顔をしたリック兄さんに首根っこを掴まれていた。
テオよりも体格のいいリック兄さんに捕獲されたテオをみていると、なんだか昔の悪ガキ時代を思い出してしまった。
「だってデイジーが可愛いから」
「そうかそうか。とりあえず水かぶってこい」
テオは兄さんによって部屋から追い出されようとしていた。だがテオも負けじと抵抗してみせる。
「キスくらい良いだろ!」
「そんなこと言いながらお前絶対に手ぇ出すだろ。デイジーは怪我人なんだぞ! お前はデイジーの体調を悪化させたいのか!」
……喧嘩なら、部屋の外でしてほしい。2人の怒鳴り声が頭にガンガン響くから…
「デイジー、包帯交換前に身体拭いてあげる」
お湯を張った洗面器とタオルを持ってきたお母さんが声を掛けてきた。
汗かいているからありがたい。服を脱ぐために起き上がろうとしたが、なんか身体が重くて起き上がれない……
「それは俺がやる」
看護魂に目覚めたのかテオが清拭の手伝いをすると名乗りを上げる。しかしそれをさせまいとリック兄さんの上腕二頭筋が火を吹く。
「お前は何度同じこと言わせるつもりだ? デイジーの裸見て何もしない自信があるのか?」
「ない!」
テオの清々しい返事に数秒の静寂が場を支配した。
「正直でよろしい。このバカタレ、帰れ!」
今度という今度は絶対に追い出すと言わんばかりにリック兄さんは渾身の力でテオを持ち上げていた。
…兄さん、追い出す作業に慣れてるなぁ。以前にもお見舞いに来たテオを追い出すのに苦慮したって話を聞いていたけど、毎回私が寝てる横でこんなやり取りしていたのかな……。
ぎゃーぎゃーと騒ぐ声が聞こえる。
こんなにもやかましいってのに、それが子守唄のように聞こえた。私の意識はどんどん遠ざかっていく……
「デイジー…あれっこの子また熱あげちゃったじゃないの!」
お母さんの声かけに大丈夫だって返事がしたかったけど、身体が限界を迎えてしまったみたいだ。
やっと熱から回復しかけたのに、テオのせいで私は更に熱を出して寝込んでしまった。
私が寝込んでいる間に事態はどんどん動いていった。
この件、当然ながら私の家族は激怒した。どういうわけかフォルクヴァルツ家にもこの情報が伝わったようで、彼らは使者を通じてレイラさんの生家であるバーンズ家に猛抗議したそうだ。
仲裁役に入った相手方の村の長は私がフォルクヴァルツの娘で、ハルベリオン陥落作戦で活躍した高等魔術師だと知ると青ざめて平伏していたとか。
本当のところはわからないけど。
テオに関しては言うまでもない。
私を守るべく、運命の番に牙を剥いて殺そうとしたのだ。完全に運命を跳ね除けたと言ってもいい。
私がレイラさんに殺されかけたという話は一気に村中に広まり、何故か村のお年寄りたちが怒って相手方の村に直訴すると言って聞かず、冷静になれと止めようとする若者たちに八つ当たりをしていたとか。
私が寝込んでいる間にあちこち大騒ぎになったそうだ。
運命の番が別の女に夢中であったとしても人殺しはいけないこと。正当化できないことであると前置きをした上で。村長がレイラさんの村への立ち入りを禁止した。
それすなわち、テオの運命の番だったとしても村人全員が認めない、という通告であった。
私のことを、命がけで国を守り村を守ろうとした勇敢な娘であると、うちの村人を守らない理由はないと頭の固いご老人衆が皆で怒ってくれたのだそうだ。
目覚めた後にその話を聞かされた時、私は自分の存在を認めてもらえてたんだ…とひとりで感動していた。
連絡を受けてレイラさんを迎えに来たバーンズ家は、錯乱状態の娘を見て複雑な心境だったようだが、こちらも無傷というわけじゃない。
状況説明の場にテオも参加したそうだが、テオはレイラさんと顔を合わせても、声を聞いても、2度と衝動に襲われることはなかったという。
一方で、レイラさんは激しい衝動に襲われて半狂乱状態だったそうだが、そんな彼女を見てもテオは眉ひとつ動かさなかったらしい。
私は彼女に殺されかけた。それなのにレイラさんは後悔のひとつも漏らさなかったのだそうだ。その件では色々思うところはあるが、本能的な呪いに囚われて凶行を犯した彼女のことは哀れだなとも思ってしまった。
相手の恋人を殺してでも手に入れたい運命とはなんなのだろうか、と。
レイラさんはこれからどうするんだろうか。彼女もおそらく運命の番という呪いに狂わされてしまった被害者でもあるのだ。
獣人にとっての奇跡の存在のはずの運命の番に対して、テオに手をくださせる羽目になってしまった。
私が止めたからテオは彼女を殺さなかった。何も言わなかったらきっとテオはレイラさんを殺してしまっていたに違いない。
彼には手を汚してほしくない。同族殺しの咎を背負ってほしくない。テオにはそんな血なまぐさいことは似合わないのに。
運命の番に殺意を抱いた彼は今、後悔していないだろうか。縁が切れたことに傷ついていないだろうか。
──ルルの言う通り、まるで呪いのようだ。“運命の番”というものは。
その呪いが発動すれば必ず、誰かをひどく傷つけてしまう。
□■□
大怪我を負った私はしばらく寝たきりになっていた。その間、毎日毎朝毎昼毎晩、テオがお見舞いに来ては眠る私の手を握って語りかけてくれていたらしい。
それに加えて、私宛のお見舞い品がマック家へ殺到したのは言うまでもない。
フォルクヴァルツ家からも、わざわざ侍医派遣や、体への負担が少ない柔らかいベッドマットなどを差し入れてくれた。出来ることなら村に飛んで行きたかったらしいが、領内に来賓があってその接待のために離れられないとのことだった。それでも、心配して気遣ってくれただけで十分ありがたいと思う。
今の私に必要なのは療養。それはわかっている。だけど寝たきりもつまらない。
「…仕事がしたい」
「馬鹿いうんじゃないよ。あんた昨日まで昏睡していたのよ? 安静にしてなさい、いいね?」
私が独り言のように呟くと、看病してくれているお母さんに念押しのように注意された。
うん、そうなんだけどね。
途中までしか治していない患部を治癒魔法を使って一気に治そうと思ったけど、貧血がひどくてくらくらするため現在造血剤投与中だ。まだ肩の噛み跡はくっきり残っているのでものすごく治したい気持ちはあるんだが、熱も下がりきらず頭がボーッとする。鎮痛薬も飲んでるが、痛みは残ったままだ。
仕事どころじゃないのは自分でもわかってるんだ。
「やっと目ぇ覚ましたのかデイジー!」
ばぁーんと扉を開け放ち、騒々しく登場したテオはお母さんから「やかましいよ!」と叱り飛ばされていたが、本人には聞こえていないようである。
私のベッド脇にささっと近づくと、テオは身をかがめて私の唇に口付けを落とした。
「テオ、デイジーは怪我人なんだからね」
「わかってるよ」
チュッチュと私にキスを送るテオを見て「全くもう」と呆れたようにため息を吐いたお母さんは私が先程まで使用していた食器を片付けるために部屋を出ていく。
パタンと閉じられた部屋には、私とテオの2人きりになる。私は未だ熱でぼんやりする頭のまま、テオを見上げた。
レイラさんをはっきり拒絶したテオ。私を守るために獣化して、彼女を殺そうとまでした。私はそれが申し訳なくて仕方なかった。
「……テオ、ごめんね」
私が謝罪すると、テオは怪訝な表情になっていた。私の頭を優しく手のひらで撫でながら、首を傾げている。
「私のために運命の人を殺しかける羽目になった。…だから、ごめん」
「なんでデイジーが謝るんだ。お前は悪くない」
再び、キスが落とされる。宥めるように顔中にキスが降ってきた。私はくすぐったくて反射的に目を閉じた。
「俺の方こそごめん。いつもお前を傷つけてばかりで」
そんなことない。
私は気の利いた言葉を言おうとしたのだが、熱のせいで頭が働かない。むしろ目頭がじわじわ熱くなって視界が歪んでくる始末だ。テオは泣き出しそうな私の目元に口づけを落とす。
「だからもう謝らなくていい。俺の不甲斐なさのせいなんだ。痛かっただろう、怖かっただろう。…ごめんな」
違う、違うそんな事ない。テオは守ってくれたじゃないか。そんな事言うなんてテオらしくない。止めてよそんな弱気なこと言うの。
なのに私の口からはくぐもったうめき声しか漏れてこない。テオは私の頭を抱えるようにして抱き込んできた。私はテオの肩口に顔を埋める形で嗚咽を押し殺した。
しばらく涙を流していたら少し気持ちが落ち着いた。
落ち着いたついでに私はとあることを思い出してしまった。
「ご、ごめんテオ、私数日お風呂に入れてないから間違いなく臭い……」
鼻がいいテオには苦行もいいところだろう。もう離れてくれて結構だと胸板を押し返すと、テオは何を思ったのか私の首元に顔を埋めた。
スンスンと匂いを嗅がれる音が間近で聞こえてきて私は恥ずかしくなった。
「やっやめてよ!」
「お前の匂いが濃くなっていい感じ。すっげぇいい匂い…」
そう言ってテオは私の首筋に舌を這わせた。べろん、とザラザラとして濡れた感触がした。
カッと体温が上がったのは、怪我のせいかそれともテオのせいか。
「んっ…!」
くすぐったいのとゾワゾワするのと、体の中心がしびれるような不思議な感覚に襲われた私は変な声を出してしまった。
テオの動きがピタリと止まる。
「なにその可愛い声。変な気分になってきた」
あ、止めてくれたとホッとしたのもつかの間のことだった。彼は私に覆い被さってきたではないか。その瞳の鋭さに私は息を呑む。喰われてしまう、そんな恐怖を抱いたのだ。
テオは私の首元から、鎖骨、そして胸元に舌を這わせた。
「テオ…! や、やめて…」
やめろという私の声も震えてしまう。
熱い。テオに触れられた場所が火傷したかのように熱い。ぼうっと顔に熱が集まり、クラクラする。
「テオ、お前は怪我人に盛るつもりか?」
身体の上にのしかかっていた重さがなくなったと思ったら、テオは怖い顔をしたリック兄さんに首根っこを掴まれていた。
テオよりも体格のいいリック兄さんに捕獲されたテオをみていると、なんだか昔の悪ガキ時代を思い出してしまった。
「だってデイジーが可愛いから」
「そうかそうか。とりあえず水かぶってこい」
テオは兄さんによって部屋から追い出されようとしていた。だがテオも負けじと抵抗してみせる。
「キスくらい良いだろ!」
「そんなこと言いながらお前絶対に手ぇ出すだろ。デイジーは怪我人なんだぞ! お前はデイジーの体調を悪化させたいのか!」
……喧嘩なら、部屋の外でしてほしい。2人の怒鳴り声が頭にガンガン響くから…
「デイジー、包帯交換前に身体拭いてあげる」
お湯を張った洗面器とタオルを持ってきたお母さんが声を掛けてきた。
汗かいているからありがたい。服を脱ぐために起き上がろうとしたが、なんか身体が重くて起き上がれない……
「それは俺がやる」
看護魂に目覚めたのかテオが清拭の手伝いをすると名乗りを上げる。しかしそれをさせまいとリック兄さんの上腕二頭筋が火を吹く。
「お前は何度同じこと言わせるつもりだ? デイジーの裸見て何もしない自信があるのか?」
「ない!」
テオの清々しい返事に数秒の静寂が場を支配した。
「正直でよろしい。このバカタレ、帰れ!」
今度という今度は絶対に追い出すと言わんばかりにリック兄さんは渾身の力でテオを持ち上げていた。
…兄さん、追い出す作業に慣れてるなぁ。以前にもお見舞いに来たテオを追い出すのに苦慮したって話を聞いていたけど、毎回私が寝てる横でこんなやり取りしていたのかな……。
ぎゃーぎゃーと騒ぐ声が聞こえる。
こんなにもやかましいってのに、それが子守唄のように聞こえた。私の意識はどんどん遠ざかっていく……
「デイジー…あれっこの子また熱あげちゃったじゃないの!」
お母さんの声かけに大丈夫だって返事がしたかったけど、身体が限界を迎えてしまったみたいだ。
やっと熱から回復しかけたのに、テオのせいで私は更に熱を出して寝込んでしまった。
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