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Day‘s Eye デイジーの花が開くとき

それとこれとは別

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「例のお方の胸元に雷撃の痕が残ったのですって」

 彼女の言葉に反応した私はカチャリ、と食器の音を立ててしまった。
 あの時は深く考えずに身を守るためだけに反撃した。それで相手から文句が来たというのか……加害者側のくせに面の皮の厚い男である。
 怒られるかなと思ってちらりと母上の顔を覗き見たのだが、彼女は口元をナプキンで拭いながら鼻で笑っていた。

「何様のつもりなのでしょう。傷薬と称して女性に嫌われる臭いを発する薬を送りつけてやったわ」

 女性にしかわからない悪臭が漂う特殊なものらしく、『新たな被害者が生まれないようにしつこい臭いにして差し上げました』と仄暗い笑みを浮かべている。
 なんと母は謝罪をする体で嫌がらせを働いたらしい。…それバレたら信用問題に関わらない? 大丈夫なの?

「傷痕?…自業自得じゃないか、なにか問題でも?」
「アステリア、あの憎たらしい顔に傷を残してやっても良かったんだよ?」

 だめだ。父上も兄上も好戦的になっていらっしゃる。私に向けるのは笑顔なのにピリピリしている。
 流石に内戦までは行かないだろうが、相手方との関係悪化は避けられないであろうな。あの男の家は大巫女アレキサンドラ様の生家でもあるのでちょっと複雑ではあるが、サンドラ様はお好きに対応なさってくださいと言っていた。
 サンドラ様の生家が没落したら、彼女に弊害とかあるのかな……そうなると少し困るが、大巫女という地位は彼女が純潔な限り不動だから多分大丈夫かな。

「申し訳ないのですが、いつどこであの殿方と遭遇するかわからず怖いので、村に帰らせていただきます」

 それらしい理由をつけて村に戻りますと宣言すると、彼らは残念そうにしていた。

「かわいそうに、怖かっただろう」
「今度君が帰ってくる頃までにはあの男を仕留めておくよ」
「任せて、わたくしにはつてがありますのよ。二度と表を歩けないようにして差し上げてよ」

 怖い。完全にあの男を社会的に抹殺する気満々である。
 フォルクヴァルツ一家は「落ち着いたらまた帰ってきてね」と軽い感じで見送ってくれた。たくさんのお土産を持たされて。

 
■□■


『私に言ってくれたらその男を食ってやったのに』
「ルルが手を汚す価値のない男だからいいの」

 お腹を壊されても困るので、別に食べなくていい。思ったけども、ルルは人間も食べるのだろうか。人を食べている姿を見たことないが。
 空路での旅は馬車と比べて格段と速い。あっという間に目的地まで到着してしまった。ルルが高度を下げて着陸態勢になったので、振り落とされないように私も前傾姿勢をとる。

「デイジー!」

 私の帰宅に反応したのか、忠犬よろしくテオがしっぽを振りながら駆け寄ってきた。

「ただい、まっ!?」

 ルルから降りようとしていたら、伸びてきた腕によって身体を抱き上げられた。
 テオが私を軽々と持ち上げたのだ。

「て、テオッ恥ずかしいから下ろして!」

 私は抱っこされるほど幼い子どもではないのだ。恥ずかしいからやめてとテオに言うが、テオは腕を回してスリスリして喜びを体現していた。尻尾が動きすぎて千切れそうになっている。…そんなに寂しかったのか。
 仕方ないな…とさせたいようにしておくと、その尻尾がブワッと毛羽立つ瞬間を目にしてしまった。

「男の匂いがする…嫌な匂いだ」

 その言葉に私は怪訝な顔をした。
 男? 嫌な匂い……

「…護衛騎士の匂いかな」

 まさか、昨日の件…? 腕を掴まれたけど、他には直接接触していないはずなのに…ドレスを脱いでお風呂にも入ったのに匂いが分かるのか…?

 だけどテオに本当のことを打ち明けてもどうしようもないし面倒だ。すべてフォルクヴァルツ一家に任せたことだし、ここは黙っておこう。
 誤魔化すように抱きつき返すと、テオはすぐに機嫌を治した。

「…かわいいな」

 テオは私のことが愛しいという態度を隠さず、ちゅっちゅとキスをしてきた。……少々単純すぎないか。扱いやすくて結構だが。
 
『付き合ってられん。私は森に行くからな』

 呆れたルルがどこかへと飛んでいくとテオのキス攻撃はますます激しくなる。
 彼の舌が口の中を犯す。息も絶え絶えになりながらそのキスを受け入れていた。テオの体温は私よりも高い。口の中がどろどろに溶けてしまうくらい熱く感じた。
 抱っこされたままの私はテオの首にしがみついてキスに溺れる。苦しいけど、離れたくない。求められるのが嬉しいから。体が熱くて仕方なくて、テオから離れたくない。


「おーい、道のど真ん中でいちゃつくなー」
「発情の匂いにあてられるだろ」
「目も当てられねぇよ」

 元悪ガキトリオにからかうように声を掛けられ、ギクッとした私は素早くテオから顔を離すと、地面に降りようとジタバタした。
 周りに人が居るとは思わなかった! 私としたことがなんという失態を…!

「あぶねぇから暴れんな」

 しかしテオは私が落ちないようにしっかり拘束している。暴れるなと言われるが、私は知人の前で平然といちゃつけるほど神経図太くないのだ。
 なのだが、テオはそうではないらしい。

「うらやましーだろ」

 にやにやと勝ち誇った顔で私を見せびらかして自慢してみせたのだ。

「うるせぇ」
「ムカつくなその顔」
「ついこの前まで死にそうな顔してたくせに…」

 彼らから反感を買っても、テオはご機嫌だった。
 私はそのまま見世物の如く抱っこされて家まで送り届けられた。私は恥ずかしいと言っているのに何なのだこのアホは。私に恥をかかせて楽しんでいるのか。あまりの恥ずかしさに道中手のひらで自分の顔を隠していたが、そんなことをしても無駄だってことは知ってた。

「テオ、またお前デイジーを見せびらかしてんのか」
「そんな牽制せんでも、この村の男はデイジーに手を出さないよ」

 すれ違う住民に声をかけられるたびに私はいたたまれなくなる。
 黒髪の女ってこの村で私一人だけですもんね!


■□■


「私一人暮らししようかなって思ってるんだよね」

 その日の晩、両親とルルとおまけのテオと夕飯を囲んでいるときにそう打ち明けてみた。実家にいつまでも世話になるわけにはいかない。私は一人暮らし計画を着々と計画していた。

「だから保証人になってほしいんだ」
「駄目だ」

 賃貸を借りるための保証人をお願いしようとしたら、即反対された。

「若い娘が一人暮らしなんて何が起きてもおかしくないんだよ?」
「そうだぞ、村の暮らしに慣れているからわからないだろうが、町は人の出入りが多いから犯罪も見過ごされやすいんだ」

 お父さんもお母さんも口を揃えていった。
 町は村のように閉鎖的じゃない代わりに、監視の目が減って危険も増えるのだ。そう両親から言い聞かせられるように説得された。

「ビルケンシュトックでは特に問題なかったけど…」
「たまたまだろ」

 横からテオが突っ込んできた。
 反対派が増えた。

「そのドラゴンがいると言っても、よく畑の世話とかで遠出するじゃん。その間お前はひとりだろ? それは危なすぎるから俺も反対だ」
「そんな心配せずとも」

 仕事するにあたって町で部屋を借りようと思ってたが、危険だと言われた。
 だけどねぇ散々迷惑かけていて、更に実家に迷惑かけるのは心苦しいと言うか…

「結婚すれば嫌でも家を出なきゃなんねぇんだから今のうちに甘えておけよ」

 テオの発言で食卓に静けさが訪れた。私は両親の顔を見比べた。そしてテオに視線を戻す。
 結婚すれば…。
 確かに結婚した兄さんたちはお嫁さんと新しいお家に住むために出ていった。私も結婚することになればそうなるのであろう……
 しかし、それ以前に疑問があった。

「…結婚するの? 私とテオが?」

 確かに番の誓いをされたけども、テオと結婚する想像ができなかった。
 私の反応が気に入らなかったのか、テオがムッとした顔をしていたが、私は悪くないと思うのだ。

「嫌とか言わせないぜ?」
「…運命の番の件はどうなったのかなって思って」

 嫌とかそういう問題じゃないでしょ?
 あんたにはその問題がまだ残っているのだ。

「言ったよね、その件が解決しない限りは白紙撤回にするって」

 テオは命を懸けるほど誓っているけど、いつ本能に負けるかもわからない状況じゃ私も頷けないのだ。運命の番というものがどれほどのものかが私はわからないから、申し訳ないがテオの覚悟だけじゃ信じられない。
 私の冷静な返しにテオは目を泳がせた。

「…手紙は送った」
「うん、でも相手から返事来てないよね、まだ不安定な状況だから信用できないの」

 話はまだ解決していない。先方から音沙汰ないんでしょ。
 私がそれで納得するとでも思ったら大違いだぞ。今のこの状況で結婚に踏み切るのは無理。そんな気分になれないし、プロポーズされても断るよ。

 私の言葉を受けたテオは涙目になって獣耳をへにょんとさせていた。
 悔しかったら早く決着つけてくれ。それまで結婚の話は一切ないと思え。
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