太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

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Day‘s Eye デイジーの花が開くとき

あいつの愛が重い件

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 町の郵便局へ手紙を出しに行くために村を飛び出したテオは、その後我が実家へとんぼ返りしてきた。父さんと兄さんたちはテオを出迎えると、家の中に引きずり込み、囲い込んで圧を掛けていた。
 未だ宙ぶらりんのままの、テオの運命の番問題。それが解決しないまま、私を番にすると宣言したテオに最終確認しているのだ。

「いいか、デイジーはウチの娘でもあり、フォルクヴァルツ様の大切なお嬢さんでもある。……彼らには獣人の事情なんか関係ないんだぞ…」

 ──相手は貴族だ。…下手したらお前、殺されるかもしれないぞ。
 …低くつぶやかれた言葉に私はゾッとした。父さんとリック兄さんは恐ろしい形相でテオに圧を掛けていた。私が説教されているときですらそんな怖い顔されたことないのに、テオはよくも平気だな。

「…もちろん、俺らもデイジーを守るために牙を剥くぞ。その時はいくらお前でも容赦しない」

 今の状況だと父さんも兄さんも私達の交際に反対のようである。
 それは私が傷つかないように反対の体をとっているのだろう。だから私も反発できない。私のために言ってくれているのだもの。

 テオは黙ってその言葉を受け止めていた。
 私はテオの運命の番のことを思い浮かべる。あの祭りの晩、初めて会ったレイラさんと目を合った瞬間のテオの様子を思い出した。
 出会った彼らはまるで磁石のように引き寄せられ、一瞬で執着を向けていた。そこにあるのは感情ではない。身体の奥深くに眠った動物的な本能。

 本能に流されるのってどんな感じなのだろう。
 今私がテオに恋をしているようなふわふわしたり、苦しくなったりするのとは程度が違うのであろう。耐えきれない飢餓感のようなものだろうか。
 ルルの父親は妻と子どもをあっさり捨てて運命の番の元へ去ったという。運命の番を前にしたら、何もかもどうでも良くなるのだろうか。

「運命の番を拒むと言うが、衝動的に運命の番を求めて、デイジーを裏切ったその時、お前はどうする」

 ずっと沈黙を守っていたカール兄さんが静かに、しかし重々しい口調でテオに問いかける。
 まぁ…裏切ったら私が傷ついて終わるだけだよね。多分獣人の運命の番だから仕方ないって話で終わらされるだけ。すごい理不尽だけど、それは人間同士でも起こりうる話なので……
 兄さんの問いにテオは真剣な顔ではっきりと答えた。

「わかってる。…その時は覚悟決めて、自ら命を絶つ」

 私はぎょっとした。
 覚悟決めて…テオは今なんと言った?

「い、いや何もそこまでせずとも」

 重い。あんたの想いは少々重すぎるよ。なに、その私にももれなく与えられる衝撃。
 命まではいらん。そこまでしなくて結構です。

「お前は黙ってろ」
「なんだと」

 テオに黙ってろと言われた。
 当事者に向かって黙ってろとはどういうことだ。

「絶対にデイジーを裏切らない。俺は誇り高き狼獣人だ。番と認めた雌以外に興味持たねぇ!」
「そうか。なら、お前の覚悟見せてもらおう。あと、相手には非礼を詫びろよ」

 私を置いてけぼりにしてテオと父さん兄さんたちは話をまとめてしまった。
 私の意見は聞かないのか。

「さぁて、夕飯の準備するかね」

 ずっと黙って観察していたお母さんはどっこいしょと立ち上がって夕飯の準備に台所へ引っ込んでしまった。お母さんもそれで賛成なの?
 ここには私の理解者はいないのか。
 いや、テオの真剣な気持ちは十分わかったけど、命は差し出さなくていいかなぁ…
 気持ちは嬉しいんだよ? でも命はねぇ…重い、重すぎる。


■□■


 私はしばらく実家に厄介になることになった。お母さんたちはそのつもりですでに準備を整えてくれていたのだ。なのでありがたく居候させていただいている。
 その間、ちゃんと働いて家にお金入れるからタダ飯喰らいではないぞ。

 そんな訳で翌日から私は仕事を始めた。森の奥へ薬の材料の採集に向かい、一段落終わったので家に戻ると、なぜか実家の玄関前にお供え物の山が出来ていた。
 着飾った私の似顔絵が額縁に入れられて飾られてるし……なにこの祭壇……こわい。
 瓶に入ったオレンジがかった黄金色の液体は恐らく高級品の蜂蜜だ。そしてその隣には村では手に入らない高級海産物の干物。日持ちする焼き菓子に手作りの壁掛け、瓶詰めのナッツ、刺繍された可愛らしい女性用の履物……

「…アステリア様」

 名前を呼ばれて私が振り返ると、そこには見知らぬ人間達が突っ立っていた。
 …誰だ? と固まっていると、彼らは一斉に膝をついた。

「…あの」
「ここでお会いできるとは…! 城下町では中々お近づきになれなかったので、お話するのは初めてです!」

 嬉しそうに笑うその人達は…シュバルツの人のようだ。

「私はあの侵略で父母を失いました。今は親類の元へ身を寄せていますが、元はフォルクヴァルツ出身なのです」
「若様と姫様が力を合わせて、憎きフェアラートを捕まえたと聞きました。本当に、本当にありがとうございます…!」

 涙ながらにお礼を言われ、手を握られた。フォルクヴァルツの城下町でも同じようなことがあったので慣れてしまったけど、通りすがりの村人から遠巻きに見られて居心地が悪くなった。

「…膝が汚れますので、立ってください」

 私が立つように促すと、彼らはゆっくり立ち上がった。
 彼らはわざわざここまでやってきたのか…この村とフォルクヴァルツの間には険しい道があるのに、よくもまぁここまで……
 過去から未来へと進んでいるとはいえ、受けた悲しみを忘れることは難しい。大切な人を奪われたのなら、その憎しみは心に残り続けるだろう。

「女神様のお膝元におわします我が両親もきっと安心していることでしょう」

 だけど彼らの表情が晴れ晴れとしており、私が戦で受けた傷や葛藤が少しだけ薄れた気がした。


「…なんだこの祭壇は」

 巡礼者(?)が帰るのを見送っていると、横から声を掛けられた。不機嫌な声に私が顔を上げると、そこには村の気難しい竜人で有名なギデオンさんがいた。…言葉を交わすのは、地下壕に放りこんで以来だな。
 彼は偉そうに鼻を鳴らすと、私に向かって何かを差し出してきた。

「お前にこれをやろう」

 なんか上から目線で進呈された。
 なんだろう? 彼に手渡されたのは古ぼけた時代を感じる本であった。

「亡くなった父の蔵書だが、古代語で私には読めないんだ。お前なら読めるだろう。だからやる」

 ギデオンさんなりの礼の品らしい。

「ありがとうございます」

 とりあえず貰っておく。
 …森に自生する薬草の本かな。ギデオンさんのお父さんも薬学に興味があったのだろうか。


「うわぁ、なんだこれ」
「蜂蜜がある! なんだこれやべぇ!」
「あ、うまそ。これくれよデイジー」

 今日はやけに客が来るな。
 珍しく幼馴染の元悪ガキトリオがやって来たと思えば、栗鼠獣人はナッツの詰め合わせを手にとって欲しがっていた。
 声を掛けてくるとか本当に珍しいな。私が貴族の娘と判明する前から遠巻きにして、近寄りもしなかったくせに。

「くれよと言われても」
「だってこれお前への貢ぎ物だろ?」

 貢ぎ物って…言い方。やるとは言ってないのに瓶詰めの蓋を開けてポリポリ食べ始めてるし…別にいいけどさ。

「テオの匂い付けすげぇな」
「え?」

 象獣人が鼻の下を擦りながら告げた言葉に私は訝しんだ。匂い付けって…?

「今日テオと会わなかったか? その時付けられたんだろ」

 その言葉に今日一日の始まりを思い出す。確かに今日森に行く前にテオの職場前を通過していたら呼び止められてハグされたけど…それか?
 ただの愛情表現だと思ってたら匂いをつけられたのか。私にはその匂いが全くわからないが。

「俺さ、あいつは間違いなくお前を選ぶと思ったぞ」

 その言葉に私は怪訝な顔をした。
 それは…運命の番がいるとわかった上での発言か?

「わかる。昔からあちこちの雄に牽制しまくって、お前の周りから排除してさ」

 他のメンツも同様らしい。
 いつからだ。いつから私の周りから男を遠ざける活動をしていたんだあいつは。恥ずかしい奴だな全く。

「あいつの執着心すげーもん。デイジーがいないとき、番を失った獣人みたいに萎れて、見てるほうがキツかったし」

 未だに私のどこが好きなのかイマイチよくわからない。そんなに好きなのかと引くことすらある。
 運命に身を任せたほうが楽だろうに。アイツはアホだ。昔から変わらず。…そんなアホを好きになった私も同類なのかもしれないけれど。

「本当にアホだね、アイツって」

 私はテオを貶したつもりなんだけど、元悪ガキトリオには別の意味に聞こえたみたいだ。ナッツを摘んでいた獅子獣人が半笑いで言う。

「お前、顔ゆるんでるぞ」

 その指摘を受け、私の表情がへにょへにょに緩んでいることが判明したのである。
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