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Day‘s Eye デイジーの花が開くとき
行き違いと白紙撤回の可能性
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指を絡まれて繋がれるとくすぐったくて、なんだかすごく恥ずかしくなった。
一方のテオはそんなのお構いなしにブンブンしっぽを振って、私の手を引っ張っていく。
「お前は指も細いな」
「…そりゃああんたに比べたらね」
体格差もありますし。
こいつからは引っ倒され、追いかけ回され、囓られていた苦い思い出があるが、今のテオは私を傷つけないように力加減をしてくれているように感じる。
逆に力を抜きすぎて、簡単に解けそうな力加減が不安になる。私がその手をしっかり握ると、テオの尻尾がぺしぺしと私のスカートを叩いてくる。感情がわかりやすいのはいいが、私まで恥ずかしくなるのはどうなんだ。
「デイジー!」
先に帰り着いていたルルから私の帰省を知らされていたらしいお母さんが家の前で待ち伏せしていた。愛用のエプロン姿の彼女の姿を見ると、私は幼い頃のように駆け寄って抱きつきたくなった。
テオは私から手を離すと「ほら、行ってこいよ」と軽く背中を押して送り出す姿勢を見せた。
私は少しだけ怖かった。
次に帰った時、周りの目がまた変わってるんじゃないかって。だけど、そんなのとんだ思い過ごしだった。
「お母さんっ!」
私はスカートの裾を持ち上げて駆け出すと、お母さんに飛びついた。
「…おかえり…よく帰ってきたねぇ」
お母さんは私を抱き止めると、子守唄を歌うような優しい声音で私にささやきかけてきた。優しい手が私の頭を撫でる。
あの日過去を切り捨てるように旅立ったけれど、やっぱり私は故郷を捨てられない。
私の帰りたい場所はここだったのだ。
「ただいま…」
もうすっかり大人になったのに、私はいつまで経ってもお母さんに甘えてしまう。
だけどこの場にはそれを笑う人は一人もいなかった。
■□■
マック一家は皆、私の帰宅を喜んでくれた。
ハルベリオン討伐作戦期間中は毎日毎日、王都から流れてくる情報を町の掲示板へ確認しに行き、怪我人や死者が出たとの情報が出るたびにヒヤヒヤして生きた心地がしなかったのだと言われたときには申し訳ない気持ちになった。
皆と再会のハグをして、怪我はないか、また痩せたんじゃないかと心配された。
──皆の優しさや愛情を受け止め、私は幸せを実感する。当たり前だったことが当たり前じゃなく、それがとても愛おしいことなのだと実感した私はまた泣いてしまった。
「……それで、テオ、どういうことだ?」
家族との再会を邪魔せずに隅っこに待機していたテオに声を掛けたのはリック兄さんだ。……こころなしか、警戒しているようにも見える。過去のいじめっ子テオから私を庇うときとは違う、鋭い視線を向けていた。
テオはそれをわかっていたとばかりに真剣な表情を浮かべると、コクリとうなずいて言った。
「俺はデイジーを番にする」
ドきっぱりと宣言したテオに私だけでなく、マック家一同は息を呑んだ。
年頃の独身男女が結婚を決めたとの報告ではあるが、私達の場合はちょっと特殊である。
とはいえ、私は貴族籍を抜けて平民に戻ったので、身分問題はそこまで発生しない。この国では異種族の婚姻が禁止されているわけでもないし。後はお互いの家族が許すかどうかの問題だ。
「うん、家族への挨拶を先にしてから宣言しろよと言いたいところだが、それ以前にお前は運命の番の子をどうするんだ」
リック兄さんの言い方に私は首を傾げた。
運命の番の子をどうするんだって、なんかまだ保留になっているみたいな言い方だな。
「何度もレイラとは番えないってお断りしてるんだけど…。あっちの家族にも頭下げても毎回罵倒されて終わって話が進まない…」
テオの発言に私はすん…と真顔になった。
先程の熱烈な告白は何だったのか。あそこまで言うのだから私はてっきり、白黒はっきり付けたのだと誤解していた。
宙ぶらりんのまま番にしますって…えぇ…
「えぇ、あんた…まだけじめ付けてなかったの…」
私はがっかりした。リック兄さんの背中に半分隠れながら、ジト目で奴を見上げた。
これまでにどんくらい期間があったと思ってるの。私が戦争で死んだらそのまま運命の番と番おうとキープしてたんじゃないの? もしくは私が貴族として生きるとなっていたら、そのままレイラさんと結婚するつもりだったんじゃ…。
「私にもしものことがあったときのために話を保留にしていたんじゃないの…?」
「だから! その都度断ってんだって!」
私が指摘すると、心外だとばかりにテオは否定する。
しかし信用できる要素はない。まるで不倫相手に「妻とは別れるから」と嘘を吹き込む最低男のようではないか。
悪いが、私はそこまで甘い女ではないぞ。
「この件を長く引きずるようだったら、この話なかったことにするからね」
「へ…」
私の言葉にテオはぴしりと固まった。
意味がわからないようなのでもう一度言ってやる。
「私と番うって話は白紙撤回ね。私は都合のいい女になるつもりはないよ。ラウル殿下との婚約も白紙撤回の撤回の撤回してきたから撤回にはもう慣れてるよ」
「白紙撤回の撤回の撤回…?」
リック兄さんが意味わからんと首を傾げていたので、簡単に事の次第を説明してあげた。
「私はハルベリオン陥落作戦で武勲をあげたから、ラウル殿下との婚約話が進みかけていたの。私は辺境伯の娘。結婚相手にはピッタリの相手だもの。でも私がそれを断ったの。つまりラウル殿下からの求婚を拒んだってわけ」
王太子からの婚約打診を断る。
本当なら私のやってることは不敬罪に当たるだろう。だけど今回私は戦果を上げた。そのため、お咎め無しで引き下がってもらったのだ。
いやテオのことがなくても絶対にラウル殿下と結婚したくなかったけどね。絶対に不幸になる未来しか見えないから。
私の話を聞いて固まっていたテオの顔色はどんどん悪くなっていく。
「私は手に職があるし、別に結婚を焦ってるわけじゃない。早めに言ってくれたら身を引くから」
テオのことは好きだけど、ここではテオの心が一番だ。私には運命の番というものがどんなものか体感できない。
それによって彼が苦しむくらいなら、私は潔く身を引こう。
──今ならまだ引けるから。
じゃあそういうことで今日は解散、と話を終わらせようとしたら、テオが裏返った声で「すぐにけじめ付けます!」と叫んで家を飛び出していった。
呼び止めるにも、奴の動きが素早くてあっという間に姿が見えなくなった。
…けじめって。レイラさんの家にでも赴いて頭を下げに行くのかと思えば、村の最長老である婆様……そこそこ顔が広くて影の権力者である彼女に一筆お願いしていたらしい。
「図体のでかい男が家に飛び込んできたと思えば、半泣きで紙と羽ペンを差し出してくるから何事かと思ったよ、全く…」
「すみません、吹っ飛んでいってしまったので止められませんでした…」
再会の挨拶をしたかったのだが、テオの非礼を何故か私が謝っている。私は一体何をしているんだろうか。
テオは町の郵便局がもうすぐ閉局だからひとっ走り行ってくると村から飛び出した後である。インク瓶の蓋を締めている婆様に頭を下げていると、婆様はこちらを見上げて私の顔をまじまじと観察してきた。
「…よく無事で帰ってこれたね。怖いことはなかったね?」
「……まぁ…戦場でしたし…。その件では色々お騒がせしました…」
ほんと、ここ最近色んな訪問者が来て村を騒がしくさせていた自覚はある。その件は申し訳なかった。
だけど婆様は私を責めるつもりで言ったわけではないようだ。
「よくお聞き、デイジー、これは私の個人的な考えだ」
そう前置きした彼女は、ゆっくりした動作で椅子に腰掛けていた。
「私は運命の番の登場によって、引き離された夫婦を過去に見たことがあるんだ」
……残された片割れは長いこと苦しんでいたよ。相思相愛だったのにあっさり鞍替えされてね。と婆様は昔を思い出して苦い表情を浮かべていた。
「それと比べてあの子はかなり耐えてる方だよ。よほどあんたのことが好きなんだね」
…まぁ、そこは否定しない。
私もテオのその精神力は半端ないと思う。意志が強くなくては、本能に負けていたはずである。私が不在だった期間内にもう運命の番と結婚していたであろうから。
「もうちょっと自信持ちなさい」
婆様は私を元気づけようとしていたみたいだ。
私はこれでも平然としていたつもりだが、不安そうにしているように見えたのだろうか。
婆様の視線を受け止めていると、なんだか居心地悪くなってソワソワしてしまった。
一方のテオはそんなのお構いなしにブンブンしっぽを振って、私の手を引っ張っていく。
「お前は指も細いな」
「…そりゃああんたに比べたらね」
体格差もありますし。
こいつからは引っ倒され、追いかけ回され、囓られていた苦い思い出があるが、今のテオは私を傷つけないように力加減をしてくれているように感じる。
逆に力を抜きすぎて、簡単に解けそうな力加減が不安になる。私がその手をしっかり握ると、テオの尻尾がぺしぺしと私のスカートを叩いてくる。感情がわかりやすいのはいいが、私まで恥ずかしくなるのはどうなんだ。
「デイジー!」
先に帰り着いていたルルから私の帰省を知らされていたらしいお母さんが家の前で待ち伏せしていた。愛用のエプロン姿の彼女の姿を見ると、私は幼い頃のように駆け寄って抱きつきたくなった。
テオは私から手を離すと「ほら、行ってこいよ」と軽く背中を押して送り出す姿勢を見せた。
私は少しだけ怖かった。
次に帰った時、周りの目がまた変わってるんじゃないかって。だけど、そんなのとんだ思い過ごしだった。
「お母さんっ!」
私はスカートの裾を持ち上げて駆け出すと、お母さんに飛びついた。
「…おかえり…よく帰ってきたねぇ」
お母さんは私を抱き止めると、子守唄を歌うような優しい声音で私にささやきかけてきた。優しい手が私の頭を撫でる。
あの日過去を切り捨てるように旅立ったけれど、やっぱり私は故郷を捨てられない。
私の帰りたい場所はここだったのだ。
「ただいま…」
もうすっかり大人になったのに、私はいつまで経ってもお母さんに甘えてしまう。
だけどこの場にはそれを笑う人は一人もいなかった。
■□■
マック一家は皆、私の帰宅を喜んでくれた。
ハルベリオン討伐作戦期間中は毎日毎日、王都から流れてくる情報を町の掲示板へ確認しに行き、怪我人や死者が出たとの情報が出るたびにヒヤヒヤして生きた心地がしなかったのだと言われたときには申し訳ない気持ちになった。
皆と再会のハグをして、怪我はないか、また痩せたんじゃないかと心配された。
──皆の優しさや愛情を受け止め、私は幸せを実感する。当たり前だったことが当たり前じゃなく、それがとても愛おしいことなのだと実感した私はまた泣いてしまった。
「……それで、テオ、どういうことだ?」
家族との再会を邪魔せずに隅っこに待機していたテオに声を掛けたのはリック兄さんだ。……こころなしか、警戒しているようにも見える。過去のいじめっ子テオから私を庇うときとは違う、鋭い視線を向けていた。
テオはそれをわかっていたとばかりに真剣な表情を浮かべると、コクリとうなずいて言った。
「俺はデイジーを番にする」
ドきっぱりと宣言したテオに私だけでなく、マック家一同は息を呑んだ。
年頃の独身男女が結婚を決めたとの報告ではあるが、私達の場合はちょっと特殊である。
とはいえ、私は貴族籍を抜けて平民に戻ったので、身分問題はそこまで発生しない。この国では異種族の婚姻が禁止されているわけでもないし。後はお互いの家族が許すかどうかの問題だ。
「うん、家族への挨拶を先にしてから宣言しろよと言いたいところだが、それ以前にお前は運命の番の子をどうするんだ」
リック兄さんの言い方に私は首を傾げた。
運命の番の子をどうするんだって、なんかまだ保留になっているみたいな言い方だな。
「何度もレイラとは番えないってお断りしてるんだけど…。あっちの家族にも頭下げても毎回罵倒されて終わって話が進まない…」
テオの発言に私はすん…と真顔になった。
先程の熱烈な告白は何だったのか。あそこまで言うのだから私はてっきり、白黒はっきり付けたのだと誤解していた。
宙ぶらりんのまま番にしますって…えぇ…
「えぇ、あんた…まだけじめ付けてなかったの…」
私はがっかりした。リック兄さんの背中に半分隠れながら、ジト目で奴を見上げた。
これまでにどんくらい期間があったと思ってるの。私が戦争で死んだらそのまま運命の番と番おうとキープしてたんじゃないの? もしくは私が貴族として生きるとなっていたら、そのままレイラさんと結婚するつもりだったんじゃ…。
「私にもしものことがあったときのために話を保留にしていたんじゃないの…?」
「だから! その都度断ってんだって!」
私が指摘すると、心外だとばかりにテオは否定する。
しかし信用できる要素はない。まるで不倫相手に「妻とは別れるから」と嘘を吹き込む最低男のようではないか。
悪いが、私はそこまで甘い女ではないぞ。
「この件を長く引きずるようだったら、この話なかったことにするからね」
「へ…」
私の言葉にテオはぴしりと固まった。
意味がわからないようなのでもう一度言ってやる。
「私と番うって話は白紙撤回ね。私は都合のいい女になるつもりはないよ。ラウル殿下との婚約も白紙撤回の撤回の撤回してきたから撤回にはもう慣れてるよ」
「白紙撤回の撤回の撤回…?」
リック兄さんが意味わからんと首を傾げていたので、簡単に事の次第を説明してあげた。
「私はハルベリオン陥落作戦で武勲をあげたから、ラウル殿下との婚約話が進みかけていたの。私は辺境伯の娘。結婚相手にはピッタリの相手だもの。でも私がそれを断ったの。つまりラウル殿下からの求婚を拒んだってわけ」
王太子からの婚約打診を断る。
本当なら私のやってることは不敬罪に当たるだろう。だけど今回私は戦果を上げた。そのため、お咎め無しで引き下がってもらったのだ。
いやテオのことがなくても絶対にラウル殿下と結婚したくなかったけどね。絶対に不幸になる未来しか見えないから。
私の話を聞いて固まっていたテオの顔色はどんどん悪くなっていく。
「私は手に職があるし、別に結婚を焦ってるわけじゃない。早めに言ってくれたら身を引くから」
テオのことは好きだけど、ここではテオの心が一番だ。私には運命の番というものがどんなものか体感できない。
それによって彼が苦しむくらいなら、私は潔く身を引こう。
──今ならまだ引けるから。
じゃあそういうことで今日は解散、と話を終わらせようとしたら、テオが裏返った声で「すぐにけじめ付けます!」と叫んで家を飛び出していった。
呼び止めるにも、奴の動きが素早くてあっという間に姿が見えなくなった。
…けじめって。レイラさんの家にでも赴いて頭を下げに行くのかと思えば、村の最長老である婆様……そこそこ顔が広くて影の権力者である彼女に一筆お願いしていたらしい。
「図体のでかい男が家に飛び込んできたと思えば、半泣きで紙と羽ペンを差し出してくるから何事かと思ったよ、全く…」
「すみません、吹っ飛んでいってしまったので止められませんでした…」
再会の挨拶をしたかったのだが、テオの非礼を何故か私が謝っている。私は一体何をしているんだろうか。
テオは町の郵便局がもうすぐ閉局だからひとっ走り行ってくると村から飛び出した後である。インク瓶の蓋を締めている婆様に頭を下げていると、婆様はこちらを見上げて私の顔をまじまじと観察してきた。
「…よく無事で帰ってこれたね。怖いことはなかったね?」
「……まぁ…戦場でしたし…。その件では色々お騒がせしました…」
ほんと、ここ最近色んな訪問者が来て村を騒がしくさせていた自覚はある。その件は申し訳なかった。
だけど婆様は私を責めるつもりで言ったわけではないようだ。
「よくお聞き、デイジー、これは私の個人的な考えだ」
そう前置きした彼女は、ゆっくりした動作で椅子に腰掛けていた。
「私は運命の番の登場によって、引き離された夫婦を過去に見たことがあるんだ」
……残された片割れは長いこと苦しんでいたよ。相思相愛だったのにあっさり鞍替えされてね。と婆様は昔を思い出して苦い表情を浮かべていた。
「それと比べてあの子はかなり耐えてる方だよ。よほどあんたのことが好きなんだね」
…まぁ、そこは否定しない。
私もテオのその精神力は半端ないと思う。意志が強くなくては、本能に負けていたはずである。私が不在だった期間内にもう運命の番と結婚していたであろうから。
「もうちょっと自信持ちなさい」
婆様は私を元気づけようとしていたみたいだ。
私はこれでも平然としていたつもりだが、不安そうにしているように見えたのだろうか。
婆様の視線を受け止めていると、なんだか居心地悪くなってソワソワしてしまった。
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