121 / 209
Day‘s Eye 魔術師になったデイジー
番の誓いとくちづけ
しおりを挟む
「マックさんたちによろしくと伝えて頂戴ね」
「いつでも帰ってきていいんだぞ、アステリア」
「あまり無茶しないように、身体に気をつけて」
私がフォルクヴァルツを旅立つ日、一家・使用人総出でお見送りをされた。
母上からはたくさんのお土産もたされ、父上は最後まで心配そうにオロオロしていた。兄上は私の無事を祈ってくれた。
「なんだかお嫁に出したみたいで寂しいわ」
「また帰ってきますから」
ぐすんと鼻をすすってハンカチで目元を拭った母上に最後にもう一度ハグをすると、私は待機していたルルの背中へ騎乗した。
ルルの翼が大きく羽ばたくと、辺り一帯に強い風が吹いて下にいた人たちはみんな目を瞑っていた。
私は上から吹き付ける風を全身で感じながら、空へと上昇していく。
「あっ、姫様のドラゴンだ!」
地上で子どもの声が聞こえてきた。
振り返ると幼い子どもたちがいた。わぁわぁ騒ぎながら空を飛ぶ私達を追いかけてきた。
私は空中からフォルクヴァルツを見下ろす。──豊かな領地だ。今日も青空市場は活気で満ちており、人で賑わっている。田舎の方では農作物が青々と実っている。…とてもきれいな場所だ。
フェアラートから投影術で見せられた過去の地獄はもうない。時間は動き始め、皆未来に向けて歩き始めているのだ。
──私も、前に進んでいかなくては。
「さぁ、ルル行こう!」
目的地は生まれ育った村。
戦後処理が終わった後は、静養も兼ねてしばらくフォルクヴァルツで過ごしていたのだが、村の家族から「手紙だけじゃ心配だから帰ってきて欲しい」とお願いされたのだ。
どっちにせよ、自分の生活基盤を整える前に顔を出そうとは考えていたので、一旦里帰りすることに決めた。
久々の空の旅はワクワクする。
時折空を自由に飛ぶ鳥とすれ違う。風に負けずに飛ぶ彼らを目で追って楽しみながらの旅はあっという間。
目下に広がる故郷の変わらない風景を見て私は安心する。
フェアラート一団に破壊された森の一部は時が経って緑が蘇っていた。のどかでなにもない田舎の獣人の村。ここは私の育った村。いつの間にか私の還りたい場所になっていた大切な村だ。
『グルル…』
あともうちょっとで到着というところで、空を飛ぶルルが喉を鳴らした。
「どうしたの?」
『…犬っころが追いかけてきている』
「え…」
ルルは何を思ったのか方向転換を図った。実家の前ではなく、以前私がよく薬を作っていた村外れの丘の上に着陸した。
何故、ルルがここに着陸したのかはすぐにわかった。息を切らせたテオが泣きそうな顔で追いかけてきたのだ。テオと引き合わせるためにここに下ろしたというわけだ。
…よく私が戻って来たってわかったな、私の匂いは健在というわけですか。
『じゃあ、私は先に帰ってるぞ』
「う、うん…」
ルルは変なところで気を使うな。普段は放任主義な部分もあるのに。
ルルが飛び去ったのを見送ると、私は奴と向き合う。
「……ねぇ、なんか悪い病気にかかったんじゃないの?」
私は目を疑った。目の前にいるテオはやつれてげっそりしていたのだ。…変な感染病とかにかかったんじゃないかと疑ってもおかしくないくらい、病的に痩せていた。
「…デイジー!」
しかし奴は私の問いかけに答えるわけでもなく、力いっぱいハグしてきた。その力強さに私は目を白黒させてもがいたのだが、テオの腕の力は緩みそうにない。
「て、テオッ」
「本物だよな? …夢じゃないよな?」
そう言って私の両頬を手で包み、愛おしそうに、泣きそうな顔をして見つめてくるテオ。
とけそうなほど甘い瞳で見つめてくるもんだから、ムズムズして恥ずかしくなってきた。なんか落ち着かない。だけど嬉しくてその瞳にもっと映りたくなった。
「会いたかった。お前に会えなくて、心配で、食事が喉を通らなかった」
…嘘でしょ……会えなかったからってそんなに病的に痩せる? 私も戦の影響で精神的に落ち着かなくて食欲減退してるけど、テオほどは痩せてないよ?
「…ひどい顔。私のほうが大変だったんだからね」
どう考えても、戦に向かっていた私のほうが大変だったはずだ。私に会えなかったからって……普通逆じゃない?
だけどテオの嬉しそうに笑う顔を見ていたら小言を言う気が失せた。
この顔に会いたかったんだ。
私はテオに会いたかった。昔から私に意地悪してばかりだった憎たらしい幼馴染。それなのに家族とは別の違う意味で会いたくて仕方なかったんだ。
テオに会えて嬉しい。……知らなかった。自分はテオのことが好きなのか。ずっといじめっ子としか思ってなかったのにな。
自分の想いを自覚した私は小さく笑ってしまった。テオは私の顔を見て、心配そうに頬を指で撫でてきた。オロオロとした様子で頬を触るからどうしたのかと思えば、今度はシャツを持ち上げて頬を拭われた。
……どうやら私は泣きながら笑っていたようなのだ。
「泣き虫デイジー、もう泣くな」
ギュッギュッとハグをされて背中を撫でられると、テオの熱い体温が近くなって私にもその熱が移った。暑苦しいくらいなのに、テオの胸の鼓動が心地よくて、私は幸せな気分で目を閉じる。
「…なぁデイジー、あの日の祭りの晩のやり直ししてもいいか?」
やり直し。その単語に私は閉ざしていた瞳を開く。テオはそっと身体を離すと、私の手を掴み、真剣な眼差しで見つめてきた。
「デイジー、お前が好きだ。俺の番になってほしい」
私は番という単語に戸惑った。
恋人ではなく、番。
「…私、人間だよ? 番になれるものなの? そもそもあんたには運命の番がいるじゃないのよ…」
いろんな疑問が振って湧いてきてときめくどころじゃなかったのだ。
人間相手でも番になるの? そもそも運命の番はどうなっているんだ。運命との出会いは奇跡なんでしょう?
「レイラには悪いけど、お前がいいんだ」
テオも悩んだという。運命の存在に追い詰められたという。喉から手が出るほど欲しくなる本能に苦しんだ……それでも、私がいいのだと、私のことが好きなのだと言った。
だけど私は気が引けてしまっていた。
私は人間だ。魔術師だ。元貴族で、いろんな事情を抱えた面倒くさい人間であることは間違いない。……それに運命の番に勝てるとは思っていない。
今の時点で素直に彼の気持ちを受け入れることは出来なかった。
それに、私はもう以前の私ではない。
「……私は敵国で人を殺したの。国を守るためという大義名分があったとしても、この手で、魔法で…私から血の匂いが香ってくるでしょう?」
テオが知っている私は過去の私。今の私の手は血で汚れている。私はきれいな存在ではない。それを知ったらきっと、テオは失望するはずだ。
それなのにテオは私の手を掴んですぅ、と吸い込むと首を横に振った。
「しねぇ。お前の甘い匂いしかしない。」
「に、匂い嗅がないでよ」
恥ずかしいんだけど…
だけどテオは至って真面目に匂いを嗅いだらしく、真顔であった。
「お前は俺たちを守るために血を被ったんだろ。…守らせてゴメンな。怖かっただろうに」
テオの言葉に私は口を不満で歪めた。
「…怖くない」
「ウソつけ。泣き虫デイジーが強がってんじゃねーよ」
ぎゅうぎゅうとハグされてなんかごまかされた気がする。
テオの腕に包まれてそのぬくもりに安心すると同時に、ジワリと瞼が熱を持った。どくどく聞こえるテオの心臓の音を聞きながら、脳裏に蘇ったのはハルベリオンで過ごした短い期間起きた出来事。
彼は私を戦いに行かせたことを気に病んでるみたいだけど、テオは戦場で私を守ってくれたんだよ。
「……敵に捕まったとき、男に乱暴されるくらいならと私は毒を含もうとしたの」
テオに聞こえる程度の声量でつぶやくと、ピクリとテオの腕が震えた。
「だけどね、あんたの乳歯が思い留まらせたのよ。あんたが押し付けた乳歯が私を奮い立たせてくれたの。その後すぐに助けが来て窮地を抜け出せた」
最初に抜けた歯を貰った時は訳がわからなさすぎて腹を立てたけど……魔除けのジンクスは伊達じゃないのかもしれない。
「…言ったろ? 男避けだって」
そう言って私の首元に顔を埋めるテオはスンスンと鼻を鳴らして私の匂いを楽しんでいる。
もう何も言うまい。今は好きにさせておこう。恥ずかしいけどね!
いつまで匂いを嗅がれるのか、長期戦を覚悟していたのだが、テオはあっさり身を離す。
以前私があげた上級魔術師のペンダントを持ち上げたテオはそれを撫でた。…あれ、翠石が割れてる。それどうしたの。
「俺は魔法使えねぇし、お前みたいに頭は良くない。だけど体は丈夫だ。たくさん働くし、食うに困らせない。お前を生涯大切にすると誓う」
だからお願いだ、と私に乞うテオ。
私は何も言えずに、ただただ頬に熱が集まるのを感じていた。
「お前言ったよな?『運命の番と沢山子ども作って、孫に囲まれてせいぜい大往生しろ』って」
「…い、言ったけど?」
それはあんたが私に未練を持たないように投げかけた言葉なんだけど……それを抜きにしても、テオにはそういう人生が似合っていると思う。
運命の番と出会えることは獣人にとって何よりも幸せだと聞く。きっと私への好意はかき消されて、番に夢中になると思ったから。
「俺の運命の番はお前なんだ。だからその夢、お前が叶えてくれよ」
その告白に私は呆然と固まっていた。
私が、テオの夢を叶える…?
そんな私の唇をテオは奪ってきた。はじめてしたキスは熱くてふわふわして不思議な感覚がした。
テオの唇って柔らかい。見た目は薄めの唇なのに。何度も唇を重ねていると、口の中まで貪られた。肉厚の舌が私の舌を巻き込んで吸い付いてくる。ザラザラしたそれが口腔内をくすぐられるとむず痒い。私は鼻にかかった声を漏らして震えた。
それに気を良くしたテオが更に唇を食べそうな勢いで吸い付いてきても、私は拒まなかった。テオから与えられる口づけをすべて受け止めていた。
チュッと音を立てて離れた唇。私は名残惜しい気持ちでテオの唇を見つめていた。お互いの唾液に濡れた唇をテオは舌なめずりしていた。その仕草に私はドキッとした。
ぺろ、ともう一口味見するように私の唇を舐めてきたので、その辺犬っぽいなと感想を抱いてしまう。
ようやく口を解放されたと思ったら、テオはそのまま私の首元に顔をずらし……
「んっ…イタッ」
じくりと項に鋭い歯が刺さる痛みに私は顔をしかめた。
「お前しかいらない」
「──!!」
私は今日一番体温が上がった。
キッと睨みあげると、気障なテオの獣耳を引っ張って叱りつけた。
「返事を聞かずに勝手に番の誓いをするんじゃない!!」
私は何も答えてないだろうが! これ2回目だぞ!
私は叱っているのに、テオが幸せそうにだらしない顔で笑うもんだから、だんだん怒るのがアホらしくなってしまった。
「いつでも帰ってきていいんだぞ、アステリア」
「あまり無茶しないように、身体に気をつけて」
私がフォルクヴァルツを旅立つ日、一家・使用人総出でお見送りをされた。
母上からはたくさんのお土産もたされ、父上は最後まで心配そうにオロオロしていた。兄上は私の無事を祈ってくれた。
「なんだかお嫁に出したみたいで寂しいわ」
「また帰ってきますから」
ぐすんと鼻をすすってハンカチで目元を拭った母上に最後にもう一度ハグをすると、私は待機していたルルの背中へ騎乗した。
ルルの翼が大きく羽ばたくと、辺り一帯に強い風が吹いて下にいた人たちはみんな目を瞑っていた。
私は上から吹き付ける風を全身で感じながら、空へと上昇していく。
「あっ、姫様のドラゴンだ!」
地上で子どもの声が聞こえてきた。
振り返ると幼い子どもたちがいた。わぁわぁ騒ぎながら空を飛ぶ私達を追いかけてきた。
私は空中からフォルクヴァルツを見下ろす。──豊かな領地だ。今日も青空市場は活気で満ちており、人で賑わっている。田舎の方では農作物が青々と実っている。…とてもきれいな場所だ。
フェアラートから投影術で見せられた過去の地獄はもうない。時間は動き始め、皆未来に向けて歩き始めているのだ。
──私も、前に進んでいかなくては。
「さぁ、ルル行こう!」
目的地は生まれ育った村。
戦後処理が終わった後は、静養も兼ねてしばらくフォルクヴァルツで過ごしていたのだが、村の家族から「手紙だけじゃ心配だから帰ってきて欲しい」とお願いされたのだ。
どっちにせよ、自分の生活基盤を整える前に顔を出そうとは考えていたので、一旦里帰りすることに決めた。
久々の空の旅はワクワクする。
時折空を自由に飛ぶ鳥とすれ違う。風に負けずに飛ぶ彼らを目で追って楽しみながらの旅はあっという間。
目下に広がる故郷の変わらない風景を見て私は安心する。
フェアラート一団に破壊された森の一部は時が経って緑が蘇っていた。のどかでなにもない田舎の獣人の村。ここは私の育った村。いつの間にか私の還りたい場所になっていた大切な村だ。
『グルル…』
あともうちょっとで到着というところで、空を飛ぶルルが喉を鳴らした。
「どうしたの?」
『…犬っころが追いかけてきている』
「え…」
ルルは何を思ったのか方向転換を図った。実家の前ではなく、以前私がよく薬を作っていた村外れの丘の上に着陸した。
何故、ルルがここに着陸したのかはすぐにわかった。息を切らせたテオが泣きそうな顔で追いかけてきたのだ。テオと引き合わせるためにここに下ろしたというわけだ。
…よく私が戻って来たってわかったな、私の匂いは健在というわけですか。
『じゃあ、私は先に帰ってるぞ』
「う、うん…」
ルルは変なところで気を使うな。普段は放任主義な部分もあるのに。
ルルが飛び去ったのを見送ると、私は奴と向き合う。
「……ねぇ、なんか悪い病気にかかったんじゃないの?」
私は目を疑った。目の前にいるテオはやつれてげっそりしていたのだ。…変な感染病とかにかかったんじゃないかと疑ってもおかしくないくらい、病的に痩せていた。
「…デイジー!」
しかし奴は私の問いかけに答えるわけでもなく、力いっぱいハグしてきた。その力強さに私は目を白黒させてもがいたのだが、テオの腕の力は緩みそうにない。
「て、テオッ」
「本物だよな? …夢じゃないよな?」
そう言って私の両頬を手で包み、愛おしそうに、泣きそうな顔をして見つめてくるテオ。
とけそうなほど甘い瞳で見つめてくるもんだから、ムズムズして恥ずかしくなってきた。なんか落ち着かない。だけど嬉しくてその瞳にもっと映りたくなった。
「会いたかった。お前に会えなくて、心配で、食事が喉を通らなかった」
…嘘でしょ……会えなかったからってそんなに病的に痩せる? 私も戦の影響で精神的に落ち着かなくて食欲減退してるけど、テオほどは痩せてないよ?
「…ひどい顔。私のほうが大変だったんだからね」
どう考えても、戦に向かっていた私のほうが大変だったはずだ。私に会えなかったからって……普通逆じゃない?
だけどテオの嬉しそうに笑う顔を見ていたら小言を言う気が失せた。
この顔に会いたかったんだ。
私はテオに会いたかった。昔から私に意地悪してばかりだった憎たらしい幼馴染。それなのに家族とは別の違う意味で会いたくて仕方なかったんだ。
テオに会えて嬉しい。……知らなかった。自分はテオのことが好きなのか。ずっといじめっ子としか思ってなかったのにな。
自分の想いを自覚した私は小さく笑ってしまった。テオは私の顔を見て、心配そうに頬を指で撫でてきた。オロオロとした様子で頬を触るからどうしたのかと思えば、今度はシャツを持ち上げて頬を拭われた。
……どうやら私は泣きながら笑っていたようなのだ。
「泣き虫デイジー、もう泣くな」
ギュッギュッとハグをされて背中を撫でられると、テオの熱い体温が近くなって私にもその熱が移った。暑苦しいくらいなのに、テオの胸の鼓動が心地よくて、私は幸せな気分で目を閉じる。
「…なぁデイジー、あの日の祭りの晩のやり直ししてもいいか?」
やり直し。その単語に私は閉ざしていた瞳を開く。テオはそっと身体を離すと、私の手を掴み、真剣な眼差しで見つめてきた。
「デイジー、お前が好きだ。俺の番になってほしい」
私は番という単語に戸惑った。
恋人ではなく、番。
「…私、人間だよ? 番になれるものなの? そもそもあんたには運命の番がいるじゃないのよ…」
いろんな疑問が振って湧いてきてときめくどころじゃなかったのだ。
人間相手でも番になるの? そもそも運命の番はどうなっているんだ。運命との出会いは奇跡なんでしょう?
「レイラには悪いけど、お前がいいんだ」
テオも悩んだという。運命の存在に追い詰められたという。喉から手が出るほど欲しくなる本能に苦しんだ……それでも、私がいいのだと、私のことが好きなのだと言った。
だけど私は気が引けてしまっていた。
私は人間だ。魔術師だ。元貴族で、いろんな事情を抱えた面倒くさい人間であることは間違いない。……それに運命の番に勝てるとは思っていない。
今の時点で素直に彼の気持ちを受け入れることは出来なかった。
それに、私はもう以前の私ではない。
「……私は敵国で人を殺したの。国を守るためという大義名分があったとしても、この手で、魔法で…私から血の匂いが香ってくるでしょう?」
テオが知っている私は過去の私。今の私の手は血で汚れている。私はきれいな存在ではない。それを知ったらきっと、テオは失望するはずだ。
それなのにテオは私の手を掴んですぅ、と吸い込むと首を横に振った。
「しねぇ。お前の甘い匂いしかしない。」
「に、匂い嗅がないでよ」
恥ずかしいんだけど…
だけどテオは至って真面目に匂いを嗅いだらしく、真顔であった。
「お前は俺たちを守るために血を被ったんだろ。…守らせてゴメンな。怖かっただろうに」
テオの言葉に私は口を不満で歪めた。
「…怖くない」
「ウソつけ。泣き虫デイジーが強がってんじゃねーよ」
ぎゅうぎゅうとハグされてなんかごまかされた気がする。
テオの腕に包まれてそのぬくもりに安心すると同時に、ジワリと瞼が熱を持った。どくどく聞こえるテオの心臓の音を聞きながら、脳裏に蘇ったのはハルベリオンで過ごした短い期間起きた出来事。
彼は私を戦いに行かせたことを気に病んでるみたいだけど、テオは戦場で私を守ってくれたんだよ。
「……敵に捕まったとき、男に乱暴されるくらいならと私は毒を含もうとしたの」
テオに聞こえる程度の声量でつぶやくと、ピクリとテオの腕が震えた。
「だけどね、あんたの乳歯が思い留まらせたのよ。あんたが押し付けた乳歯が私を奮い立たせてくれたの。その後すぐに助けが来て窮地を抜け出せた」
最初に抜けた歯を貰った時は訳がわからなさすぎて腹を立てたけど……魔除けのジンクスは伊達じゃないのかもしれない。
「…言ったろ? 男避けだって」
そう言って私の首元に顔を埋めるテオはスンスンと鼻を鳴らして私の匂いを楽しんでいる。
もう何も言うまい。今は好きにさせておこう。恥ずかしいけどね!
いつまで匂いを嗅がれるのか、長期戦を覚悟していたのだが、テオはあっさり身を離す。
以前私があげた上級魔術師のペンダントを持ち上げたテオはそれを撫でた。…あれ、翠石が割れてる。それどうしたの。
「俺は魔法使えねぇし、お前みたいに頭は良くない。だけど体は丈夫だ。たくさん働くし、食うに困らせない。お前を生涯大切にすると誓う」
だからお願いだ、と私に乞うテオ。
私は何も言えずに、ただただ頬に熱が集まるのを感じていた。
「お前言ったよな?『運命の番と沢山子ども作って、孫に囲まれてせいぜい大往生しろ』って」
「…い、言ったけど?」
それはあんたが私に未練を持たないように投げかけた言葉なんだけど……それを抜きにしても、テオにはそういう人生が似合っていると思う。
運命の番と出会えることは獣人にとって何よりも幸せだと聞く。きっと私への好意はかき消されて、番に夢中になると思ったから。
「俺の運命の番はお前なんだ。だからその夢、お前が叶えてくれよ」
その告白に私は呆然と固まっていた。
私が、テオの夢を叶える…?
そんな私の唇をテオは奪ってきた。はじめてしたキスは熱くてふわふわして不思議な感覚がした。
テオの唇って柔らかい。見た目は薄めの唇なのに。何度も唇を重ねていると、口の中まで貪られた。肉厚の舌が私の舌を巻き込んで吸い付いてくる。ザラザラしたそれが口腔内をくすぐられるとむず痒い。私は鼻にかかった声を漏らして震えた。
それに気を良くしたテオが更に唇を食べそうな勢いで吸い付いてきても、私は拒まなかった。テオから与えられる口づけをすべて受け止めていた。
チュッと音を立てて離れた唇。私は名残惜しい気持ちでテオの唇を見つめていた。お互いの唾液に濡れた唇をテオは舌なめずりしていた。その仕草に私はドキッとした。
ぺろ、ともう一口味見するように私の唇を舐めてきたので、その辺犬っぽいなと感想を抱いてしまう。
ようやく口を解放されたと思ったら、テオはそのまま私の首元に顔をずらし……
「んっ…イタッ」
じくりと項に鋭い歯が刺さる痛みに私は顔をしかめた。
「お前しかいらない」
「──!!」
私は今日一番体温が上がった。
キッと睨みあげると、気障なテオの獣耳を引っ張って叱りつけた。
「返事を聞かずに勝手に番の誓いをするんじゃない!!」
私は何も答えてないだろうが! これ2回目だぞ!
私は叱っているのに、テオが幸せそうにだらしない顔で笑うもんだから、だんだん怒るのがアホらしくなってしまった。
10
お気に入りに追加
149
あなたにおすすめの小説
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
従妹と親密な婚約者に、私は厳しく対処します。
みみぢあん
恋愛
ミレイユの婚約者、オルドリッジ子爵家の長男クレマンは、子供の頃から仲の良い妹のような従妹パトリシアを優先する。 婚約者のミレイユよりもクレマンが従妹を優先するため、学園内でクレマンと従妹の浮気疑惑がうわさになる。
――だが、クレマンが従妹を優先するのは、人には言えない複雑な事情があるからだ。
それを知ったミレイユは婚約破棄するべきか?、婚約を継続するべきか?、悩み続けてミレイユが出した結論は……
※ざまぁ系のお話ではありません。ご注意を😓 まぎらわしくてすみません。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
どうして私にこだわるんですか!?
風見ゆうみ
恋愛
「手柄をたてて君に似合う男になって帰ってくる」そう言って旅立って行った婚約者は三年後、伯爵の爵位をいただくのですが、それと同時に旅先で出会った令嬢との結婚が決まったそうです。
それを知った伯爵令嬢である私、リノア・ブルーミングは悲しい気持ちなんて全くわいてきませんでした。だって、そんな事になるだろうなってわかってましたから!
婚約破棄されて捨てられたという噂が広まり、もう結婚は無理かな、と諦めていたら、なんと辺境伯から結婚の申し出が! その方は冷酷、無口で有名な方。おっとりした私なんて、すぐに捨てられてしまう、そう思ったので、うまーくお断りして田舎でゆっくり過ごそうと思ったら、なぜか結婚のお断りを断られてしまう。
え!? そんな事ってあるんですか? しかもなぜか、元婚約者とその彼女が田舎に引っ越した私を追いかけてきて!?
おっとりマイペースなヒロインとヒロインに恋をしている辺境伯とのラブコメです。ざまぁは後半です。
※独自の世界観ですので、設定はゆるめ、ご都合主義です。
俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?
イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」
私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。
最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。
全6話、完結済。
リクエストにお応えした作品です。
単体でも読めると思いますが、
①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】
母主人公
※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。
②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】
娘主人公
を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる