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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

母のあたたかさ

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 ハルベリオンという国は奪い殺すしか能のない国だ。不毛の地ではそれ以上大きくなることも出来ずに、腐敗したハリボテ国家は既に弱体化していたのだ。
 ハルベリオンの王は謎の奇病に苦しみ、
それを誤魔化すために恐怖で支配していただけ。
 だけど恐怖で支配できるのも今日でおしまいだ。

 王の崩御がわかっても抵抗するものはいたが、こちらも本気でかかっていたので、ひとりまたひとりと捕縛された。敵陣営に関わっていた者共まとめて輸送して、日程を整えてから国際裁判が行われることとなる。
 国際裁判が行われる場所はエスメラルダ王国の裁判所だ。
 ハルベリオン軍勢はシュバルツ国民から本気で呪われるほど憎まれているので、公平な裁判官と裁判員の視点から裁くためとの理由だが、どっちにしても重い罰が与えられると思う。
 長距離移動用の馬に繋いだ、頑丈な檻にぎゅうぎゅう詰め込まれた彼らは見せしめのようにハルベリオンの町を移動した。何やら「裏切り者」とか「恩を忘れたか」と口汚くハルベリオンの国民を罵っていたが、疲弊しきった彼らは無感動にそれをぼんやりと見送るのみ。助けようとするものは一人もいなかった。

 王がいなくなった彼らはこれからどうするのだろう。この国の人の中では犯罪を犯しながら生きるのが常識となっているので、難民として迎え入れるわけにもいかない。拉致されてきた被害者ならともかく、ここは罪人の子孫が住まう国だもんな。本来ならいないモノ扱いなので、取り扱いが難しい。
 その辺はエスメラルダとシュバルツのお偉いさんが決めるのかな……。


「アステリア、苦しいか?」
「…大丈夫です。痛み止めが効いてますから」

 私の怪我を心配してきたディーデリヒさんに大丈夫だと告げる。
 ──嘘だ。ちょっと強がってる。本音はとても痛いです。
 治癒魔法をかけてもらったんだけど、後もうちょっとのところで治せていない気がする。皮膚はジリジリ夏の太陽に灼かれるように痛むし、ひび割れている肋骨が痛い。
 …仕方ない、わがままは言うまい。みんな魔力枯渇寸前まで戦っていたのだもの。帰国してから他の魔術師に治癒魔法をかけてもらおう…
 同じ現場にいたはずなのに、私のほうがボロボロってどういうことなんだろう…経験値? 年の功?

 私達は粉塵や泥汚れなどを身にまとっていた。少々格好つかないが、やりきった気持ちでいっぱいである。
 真夜中だったはずの空には朝日が昇り始めていた。私は朝焼けを見上げる。

 太陽の目、私の名前の花の由来。
 太陽が出ている時に花弁を開くことから太陽の目という名前で呼ばれるようになった花。真っ白な花。
 だけど今の私は血まみれだ。




「落ち着いたら帰国するように。父と母に元気な顔を見せてあげてくれ」
「わかりました」

 私はエスメラルダ王国の命令で派遣されて作戦に参加したので、エスメラルダにて報告する義務がある。
 シュバルツの領地に戻るというディーデリヒさんとは途中で別れ、私はルルの背中に乗ってエスメラルダの王都へ向かった。

「デイジー、ひどい格好だねぇ」
「ボコボコにされたからね」

 途中で別行動になってしまったマーシアさんは粉塵で汚れているが、大きな怪我はなさそうだ。
 それと比べたら私の状況はひどいであろう。鏡を見なくともわかるぞ。……ちょっと前から気づいていたけど、私は戦闘向きじゃないんだな…一応高等魔術師なのになぁ…凹む。
 来る時とは違って緊張が抜けた私は、空を見上げてはぁ…と重い溜息を吐き出したのである。


 エスメラルダ王都に到着した後は戦後処理のために奔走することが多くてそこそこ忙しかった。

 実の両親と養両親に自分は無事であるという手紙を送りつけた後は色々忙殺されていた。その間の宿泊先は王都にあるマーシアさんのアパートを間借りして、そこで彼女と寝食を共にした。一緒に生活していると寮生活のときのことを思い出して少し楽しかった。

 大怪我をして先に離脱したフレッカー卿は片足を失ったものの、義足でリハビリをはじめたそうだ。早速教職に戻ろうとして、縁切りしたはずの家族からもっと休めと引き止められているとか風のうわさで聞こえてきた。今は生家に戻されて献身的な介護を受けて静養中だとか。
 彼と家族は疎遠だと聞いていたが、なんだかんだで家族から心配されてんだなと少し安心したのはここだけの話である、

 そして、裁判のことであるが……捕まえたハルベリオン勢全員の怪我を治し、万全の体制を整えた頃には、戦後に現地入りした職員が集めた犯罪証拠の数々を揃えた上での国際裁判が開催された。
 しかし、ハルベリオン一味の死刑は間違いない。これは罪を公にするための裁判。減刑などはありえないだろう。

 法廷にはあの元貴族子息も現れた。直接対峙した私は裁判の証言人として出廷し、その顔をまた見なきゃならなくなった。奴は私の証言途中で声を荒げて妨害して、周りの警備兵に取り押さえられていた。
 悔しそうに、憎そうに文句を吐き出しているが、魔封じをされているため私を呪うことも出来ないであろう。

「…お前のせいだぞ! デイジー・マック! 何もかもお前のせいで僕の人生はめちゃくちゃだ!」

 キッカ達の協力のもと、私が逃げた後に彼はあの部屋に戻ってきたらしい。
 上の人に気に入ってもらうために女を用意したのに、当の私がいなくなっていたから『いないじゃないか!』と怒られた、殴られたんだとか文句を言われたが知らんよ。自分の責任だろうが。こっちだってあんたには恨みがあるんだぞ。よくも私にそんな真似をさせようとしたな。

「カミル! これ以上我が家に泥を塗るんじゃない!」

 血のつながった家族が傍聴席から叱責するように叫ぶと、子息はびくりと肩を揺らしていたが、振り返ることはなかった。

 彼は色んな犯罪に手を染めてしまった。ハルベリオンに加担していたので、間違いなく死罪は免れない。これは最後の足掻きだったのかもしれない。
 彼の生家は彼の処刑を見送った後に、責任とって貴族籍を返納する事になったそうである。

 たくさんの裁判に参加し、たくさんの資料証拠に目を通してきた。
 戦場でたくさん血を見た、被害者を見た、敵を殺した。助けられない人もいた。私が見ていないだけで他にも苦しんだ人がいたのだろう。

 私は後悔していない。国を守るためにしたことだ。…だけど私がしたのは正しいことなのか?
 ハルベリオンの住民はこれからどうするのだろう。

 人を守るための魔力。国を国民を守るために戦った私だが、それで敵を傷つけた。……自分の力とは何なのか。
 私という存在は何なのだろう。


■□■


 ごちゃごちゃした戦後処理を終えて落ち着いた頃にフォルクヴァルツに顔を出すと、一家、使用人総出で笑顔で出迎えられた。
 夫人からは愛情のあるハグを受け入れた私だが、少々思いつめていた。
 そんな私に異変を感じたのか、夫人が「どうしたの? 体調が良くない?」と優しく気遣うように問いかけてきた。
 今ならわかる。彼女の優しさに偽りはない。だけど私には未だ違和感が拭えなかった。

「…お話があります」

 一度は決心した。貴族として生きようと、デイジー・マックの名を捨てようと頑張ってみた。
 …だけどやっぱり違う。私が私ではなくなるのが恐ろしい。私は結局過去を捨てられない。
 私が生きたいのはこの地ではないのだ。守りたい、そばにいたいと思う人たちはあの地にいるのだ。

 戦場の中で私は様々な葛藤をした。
 自分の存在についても考えさせられた。
 そんな中で私の心を支えたのは、生まれ育った村にいる家族とあいつだったのだ。

「……ごめんなさい。私は村に流されたあの日に一度死んで、デイジーとして生まれ変わったんです」

 何を馬鹿なことをと笑われるかもしれない。
 周りの目は完全に貴族の娘を見る目で私を見ている。今更村に戻ったとしても、私を受けいれてくれないかもしれない。

 だけど私の生きる場所はここじゃないのだ。
 村に帰りたい。家族に会いたい。私を見守ってくれた元素たちの棲まうあの森へ還りたい。
 貴族のようにお上品に生きる人生は私には向いていないんだ。私が望んだのは高給取りの魔術師。自分の力で生き抜くこと。そのために必死で頑張ってきた。
 ……ガチガチの鎖を取り払って自由になりたい。贅沢な暮らしも、傅かれる高貴な身分も何もかもいらない。素朴で、なんの代わり映えのない退屈で穏やかな生活が私は恋しい。
 何よりもあいつに会いたいのだ。
 たとえ運命の番との人生を選んでいたとしても、遠くからでもいい。あいつの顔が見たい。

「私は貴族としての義務を果たしたと思います。お願いです、あなた方に肉親の情があるというならば、私のことは死んだと思ってください」

 駄目だって言われるだろう。
 一度は絶望して諦めた。だけど私はやっぱり諦めきれないのだ。
 辺境伯一家は私を暖かく出迎えてくれるが、やはりここは私の居場所ではないと感じる。何より自由に飛べなくて息苦しくて辛いのだ。
 貴族の名を背負って命を懸けて戦ってきた。だからどうか解放してくれないか。

「死んだなんて……そんなの無理、やっと会えたのに」

 私の訴えに夫人は涙声になっていた。
 そう変わらない背丈の彼女が腕を広げて私を抱きしめてくる。上品な香りのする彼女は私を生んでくれた人。本来なら彼女から愛情を与えられて貴族令嬢として育っていたはずなのに、あの日運命が狂ってしまった。
 この人は育ててくれたお母さんとは別の人である。それなのに私の頭をそっと撫でるその手がお母さんと同じ優しさだった。

「……あなたの幸せだけを願います。あなたが生きたいと思う道を応援するわ。周りの声は無視していい」

 その言葉に私はハッとした。
 私から離れた夫人は私と同じ紫の瞳に涙を浮かべて微笑んでいた。

「別々の世界で生きるとしても、あなたがわたくしの大切な娘であることには代わりありません。……たまには帰ってきてね」
「……母上」

 私が敬称で彼女を呼ぶと、彼女の瞳から涙が決壊した。もう一度ハグをされると、耳元で「なぁに? 可愛いアステリア」と囁かれた。
 ……あぁ、彼女は私のお母さんなのだなとその時はじめて実感した。
 ずっとずっと親に捨てられたんだって生みの親を憎む心があったけど、私は愛されていたのだな。
 私の目からボロボロと熱い涙が溢れ出す。

「…母上」
「ふふ、なぁに?」

 これまで素直に呼べなかった「お母さん」という呼称。私は何度も繰り返して呼んだ。

「ごめんなさい、母上」
「いいのよ、あなたが生きて幸せに笑っている。それだけでわたくしは満足です」

 シュバルツ王国側から専属魔術師や婚約などの打診を受けることになるでしょうが、全てわたくしが防波堤になってあげましょう。
 そう、彼女はとても心強い言葉を私に与えてくれた。

 その日以降、私は彼らとの心の距離が縮まっていった。
 今までは遠慮して、相手を信用できなくて、私達の間には高い壁があったけど、徐々に歩み寄るようになってから辺境伯一家に笑顔が増えた気がする。
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