太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

ハルベリオンへ潜入せよ

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 辺境伯夫妻は領地に残るが、ディーデリヒさんは私と同じく出陣する。もしかしたら戦場で彼と遭遇するかもしれない。ディーデリヒさんもあの惨劇で生き残ったひとり。彼も私と同じ気持ちなのではないかと思う。
 エスメラルダとシュバルツは同盟を結び、連合軍としてハルベリオンへこれから攻め入る。

 エスメラルダに残った私は、国所属の他の魔術師たちと共に戦場へ入る事になっている。私はマーシアさんのような戦闘能力の高い魔術師たちと陥落作戦に向かう。
 私はルルに協力してもらって空からハルベリオンに潜入するつもりだ。ルルは少し渋ったけど、一緒の部隊の人も乗せてもらえる事になった。
 
「こんな状況じゃなければ、ドラゴンの背に乗って飛行するって夢のようなんだけどねぇ…」

 修羅場なれしているマーシアさんも流石に戦争となると気が弱くなるのだろうか。珍しく弱気な発言をしていた。
 ルルの背中から見えるハルベリオンは荒廃していた。乾いた大地に、申し訳程度の掘っ立て小屋。それだけで生活レベルが最悪だと窺えた。

「女性陣は男たちから離れるな。理由は言わなくても分かるだろうが…」

 私が配属された部隊の部隊長が言いにくそうにモゴモゴしていたが、皆まで言わずとも女性陣は理解していた。
 今まで行動に移せなかったが、今回のエスメラルダ侵攻によってやっと動く理由ができた。私達の目的はハルベリオン陥落。王とその配下を倒すのが目的なのだが、この国では国民すら油断ならない相手だ。
 女と見ればたちまち襲われるだろう。男だって油断できない。金目のものはないかと身ぐるみ剥がされた上で殺される恐れだってある。

 ルルが地面に足をつけると、さっと全員が地面に降りた。

「…ひどい匂い」

 部隊の女性がオエッと嘔吐反応を起こしてこらえていた。…しかし気持ちはわかる。私は首元に巻いていた襟巻きを鼻まで持ち上げた。
 腐敗臭なのか、排泄物の匂いなのか判断つかないくらいの悪臭。……衛生状態は劣悪だ。
 この辺の住民は着の身着のまま生活しているようでその服はボロ雑巾そのもの。──それを見ていると、私が旅をしていたときに出会った少女・キッカを思い出した。彼女は今も無事に生きているだろうか……。

 私達の侵入はすぐにハルベリオン軍に知られることだろう。こんな場所でボケっとしている暇はない。すぐさま行動に移そうとしたが、それを邪魔するかのように、上半身裸の男たちがヌッと道を塞いだ。

「きれいなねーちゃん連れてんじゃねーか」
「怪我したくなきゃその女、置いていきな」

 早速である。
 私達は防御でそれを交わし、抜け出すと更に中心地に進んだ。しかし略奪や暴力が当たり前の国だ。何度も何度も同じように襲われかけ、防御するを繰り返した。
 男性陣もスリらしき子どもに特攻仕掛けられて、魔術師のペンダントを盗まれそうになったりとまぁ足止めを食らう。体力と魔力の無駄遣いをしたくないのに、なかなかうまく行かないものである。

 ──女目的で襲ってくる男たちは細いのは細いがまだ肉がついている。しかし、路上で力なく座り込んでいる女子供はガリガリの皮だけ状態で気力体力ともに尽きかけているように思えた。

「…女の人が…」

 先へ進んでいると、道のど真ん中で女性が倒れていた。服が乱されており、暴行を受けた後のようである。
 流石に放置していられないと思った私は傍に駆け寄って助け起こしたが、その体は躯に変わって冷たくなっていた。

「お願いします。食べ物を、食べ物をください」
「なにかお恵みを…」

 遺体を抱えて呆然としている私を標的にした物乞いが寄ってくる。
 ガリガリに痩せ細った身体は骨の形がはっきり分かる。頬骨はもちろん、目も落ち窪んでまるで死神のように見えた。

「ヒッ」

 同じ人間なのにそれが恐ろしくなった私は引きつった声を上げて固まっていたのだが、マーシアさんに腕を引っ張られてその場から離された。

「見ちゃ駄目。構っちゃ駄目。私達の目的はハルベリオン陥落だけ」

 マーシアさんに言い聞かされるように言われた言葉に私はズキリと胸が痛む。
 そうだ、私は人助けに来たんじゃない。敵を討ちに来たんだ。…縁もゆかりもない可哀想なハルベリオン国民たちを救いに来たのではない……
 可哀想って同情するのは傲慢なことなのかもしれない。だけど彼らの現状を間近で見てしまった私は心が痛くて仕方なかった。

 あぁ、キッカの言うとおりだ。
 まるでこの国は、地獄みたいな世界だ。


■□■


 夜が一番危険。とキッカに言われたとおり、何度も酷い目にあいそうになった。部隊全員が身を隠すようにして息を潜めて、交代で休んで休養をとったが、あまり寝た気がしなくてスッキリしない。

 休憩をはさみつつ、私達は目的地にじわじわと近づいて行った。おそらく他の部隊も同じように隠れながら目的地に進んでいるのではないかと思う。
 城下町と言われるであろう場所のはずだが、荒廃そのもの。軍という名の兵士たちはいるが、皆腐り果てていた。
 女性に乱暴して楽しんでいる輩を見かけた時はついつい攻撃魔法でぶっ飛ばしてしまったけど、それは不幸な事故である。

 その兵士たちはこれまた粗末な建物を守る兵士だったようだ。背後から回って囲い込んでから魔法で脅しをかけて中に入ると、そこには牢屋がたくさんあった。
 そこでも排泄物と腐敗臭と死臭が漂っている。
 檻の中には森の中で見かけたことのある魔獣など、野生で生きる獣たちがギュウギュウに詰められており……彼らはお互いを食い合っていた。目がらんらんと輝き、正気を失っているように見えた。
 彼らは通常であれば、還らずの森の中心にある活火山の麓で静かに過ごすような個体である。人間とは距離を置いて暮らしているはずだ。なのに。

「…答えろ。ここで魔獣を捕まえて何をしている」

 部隊長が声を低くして兵士に問いかけると、相手は「ぐ、軍事用に使うために研究を…」と答えた。
 奥の方に研究用道具が散らかっており、怪しげな薬剤と餌らしき…なにかの肉が転がっている。薬を使って彼らの正気を奪ったのか。

 ふと、私は思い出した。
 私の眷属となっている姉狼のメイは以前、魔獣に突然襲われたと言っていた。もしかしたらこういう人間の手にかかって気が触れた魔獣が、たまたま側を通り過ぎた狼一家に襲いかかったのかもしれないなと。
 …野生の生き物たちのテリトリーでコイツらは何をしでかしてるのか。

 ハルベリオンでは、他の国の常識が通用しない。人を人と思わないし、魔獣すら利用しようとする。
 ……檻の中でお互いの肉を食い合う彼らを見ていたルルはぐるぐると唸っていた。魔獣を主食にしているルルではあるが、目の前の光景は胸糞悪いものに映ったようだ。
 彼らを魔術で寝かせることはできるが、この状態では身体と心の治癒には時間がかかる。今の私達にはその余裕がない。

「魔獣保護施設に連絡をする。彼らを強制的に眠らせてくれ」

 通常であれば魔獣には手出し無用だ。
 こうなってしまったら彼らには死ぬまで食い合うか、私達が一思いに殺すかの二択しかないと思ったのだが、部隊長の判断は違った。
 彼は魔獣たちに眠りを与えるように指示すると、ここを守っていた兵士を魔法で拘束した上で身ぐるみを剥いで、部隊の男性陣に奪った兵士服を身につけるように指示した。
 魔法で眠りについた魔獣達のことが気になったが、きっと連絡を受け取った施設の人がどうにかしてくれると信じるしかない。
 先へ急ぐためにそこから背を向けた。


■□■


 私達はペンダントの通信機能を使って他の部隊と連絡を取り合いながら、目的地に近づいて行った。
 あちこちにハルベリオンの兵士がいたが、やる気がないのか、私達がやって来てもあんまり抵抗しなかった。どっちかって言うと一般市民の追い剥ぎとか暴行目的で足止め食らう回数のほうが多い。それをうまいことすり抜けていく。

 ハルベリオンの中心、王の住まう城は無骨な石造りの城であった。目の前には城門があるが結界が張られているので、兵士の格好した部隊長達が敵を騙して城門突破する方法を選んだ。
 私達はいよいよ親玉の根城に辿り着いたのだと息を呑んだ。他の部隊も多方向から近づいていっているとのこと。
 すぐに仲間達と合流できるだろうと思っていたのだが、私は城を前にして愕然とした。

「なに、あれ…」

 城の城壁に何かがぶら下がっているな、と思ったらそれは人だったのだ。
 吊るされた人間を見てしまった私達は呆然と立ちすくんでいた。

「…今年の税が足りないからって見せしめにされたのよ…」

 なぜ、どうしてと疑問で頭いっぱいになっていた私の疑問に答えるかのように、隅っこでうずくまっていた女性が教えてくれた。
 この国は物乞いや家なしの人間が多すぎて、そこに人がいても違和感を持たなくなっていた。彼女を見下ろすと目が合った。その女性の瞳は疲れ切って、全てを諦めきった色をしていた。
 彼女が何かに気づいた様子でピクリと反応すると、のろのろと視線を動かした。

「隠れたほうがいいわ。アレが来た」
「…?」

 よくわからないが、私達は言われたとおりに物陰に隠れた。掘っ立て小屋にあった日差しを遮るための藁のカーテンに隠れた私は目を凝らして目の前の道を眺めた。
 ガラガラ…と粗末な荷馬車が前を通過する。それを物乞いの人たちはぼうっと見上げ、どこか憐れむような視線を投げかけていた。まるで自分たちのほうがマシだと言わんばかりに。

 檻のようなそこに入っていたのは妙齢の女性と少女達だった。見た目はみすぼらしいが、多分キレイにしたらそこそこ美しい人達なのだろう。
 だが、彼女たちの目は死んでいた。死んだ魚のような目をしていた。

「…性奴隷よ。色んな所で使いまわしされてるの……ウワサだと南の国からさらわれたのですって」

 その言葉にハッとする。
 私が魔法魔術学校1年生のときのこと。誘拐されかかった寸前で逃げてきたというグラナーダの女性と一緒にいたかもしれない女性たちなのかもしれない。
 檻の中にいた女性のひとりがぺたんこのお腹を撫でながら、子守唄を歌っていた。その目は遠くを見ているようで何も見ていないように見えた。
 その哀れな姿を見て、私は吐きそうになる。

 …今まで自分に言い聞かせるように言っていたけど、私は本当に運が良かったんだ。
 あの国のあの村近くに置かれたことが幸いだった。捨て子として侮蔑の言葉や視線を投げかけられたことはあっても、なんだかんだでどんな場所にいても、助けてくれる人がいたんだもの。

「あんた達、隣の国から来たんでしょ」
「……」

 助け舟を出してくれた女性の問いかけに私は黙って頷く。

「空腹に喘ぎながら、怯えて暮らす事なんてないんだろうね。羨ましい」

 彼女の呟きには別に深い意味はないのだろう。
 だけど私には鈍器で頭を殴られたくらいの衝撃があった。
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