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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー
がら空きの背後
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私の怒りに共鳴した雷と水の元素たち。
次から次に落雷が敵を襲う。地鳴りが相次いて響き渡った。ドッとバケツを引っくり返したような大雨に視界が悪くなったが、私の視線はフェアラートだけに注がれている。
にやり、と不敵に笑うその男。
「戦うか、フォルクヴァルツの娘よ」
「我に従う雷の元素たちよ、この愚か者に雷の鉄槌を下せ!!」
私は絶対に負けてなるものかと攻撃を放った。特大の鉄槌を落としてくれ!
生まれてはじめて、人に殺意を抱いた瞬間である。
──しかし、私の放った攻撃はバシッと弾かれてしまった。それを目にした私は呆然とする。
特大の雷だったのに、そんな簡単に……
フェアラートは肩を持ち上げて首をグルンと回すと、首を傾けたまま小馬鹿にした様子で私を見下ろしていた。
「我らの目的は竜人だ。それと若い娘を数人拝借させてもらえば去るとしよう。それとも無謀に戦い、負けたあとには女日照りの男どもの慰み者になるか? 別にそちらでも構わんぞ」
「どちらもお断りだ…!」
そんなの両方突っぱねてやる。
私は地面を蹴りつけてフェアラートに向かって駆け出した。しかしドレスのせいで動きは鈍い。あぁもうこんな時ドレスは動きにくいから嫌いなんだ!
「お前たちは竜人を探せ! どこかに隠れているはずだ! なにこの辺の獣人はただの村人、恐るるに足らん!」
バシンといともたやすく結界が破かれた。破いたのは目の前の男である。
フェアラートが指示すると、背後にいたハルベリオン軍がザッと進んできた。私がフェアラートの相手で手一杯な隙に攻め入ろうとするのか…! そうはさせない!
「我が眷属たちよ、我の声に応えよ!」
私は声を張り上げて彼らを呼んだ。こんな時のために契約したわけじゃないけど、私一人じゃ手に負えない。
私の呼びかけに応えた巨大な若々しい狼姉弟が出現すると相手は引いた。森の中でたくましく成長した彼らは私を守るように目の前に立つと、ハルベリオンの軍勢を前のめりになって睨みつけていた。
「メイ! ジーン! 村に入ってこようとするアイツらを阻止して! 咬み殺しても構わない!」
私が命令すると、彼らは素早い動きで敵兵へ飛びついた。その素早さは目では追うには一瞬のことである。
「ぎゃああああ!」
誰かが早速噛まれたようで、そこから悲鳴が上がり、相手の陣形が崩れた。全員仕留められるとは思わないが、軍の動きを乱すことには成功しただろう。
「他の敵兵の相手をお願いします!」
本当はひとりで戦うつもりだったが、村の男衆の力を借りなくてはどうにもならなそうだ。
「任せとけ!」
「返り討ちにしてくれる!」
血を見たからか獣人の彼らはちょっと好戦的になっていた。ランランとした目で敵兵を睨みつけている。
崩れた陣形を整えながら村に入ってきた奴らを村の男たちが力でゴリ押しする。
「俺たちの村に入るな!」
「獣人共め、邪魔をするなぁ! 竜人を出せぇ!」
「うわぁっ」
血気盛んな猪獣人のおじさんが敵兵を止めようとして腕を斬りつけられた。
犯罪者の寄せ集めだったハルベリオンだが、軍事などに詳しい人間がひとりやふたりいたのかもしれない。その動きは烏合の衆というわけでもない。奴らは村人たちの妨害をかいくぐって村へ入り込んできた。
奴らの武器で怪我をする人も出てきたが、そこはやはり獣人だ。団結して負傷者を守っていた。
私はフェアラートの相手するのに手一杯だった。
この男がシュバルツ王国で魔術師として在籍していた頃、どの程度の階級だったかはわからないが……間違いなく強い。しかも相手は実戦を積んでいる。黒呪術も使いこなすからどんな攻撃が飛んでくるか想定できない。
一方の私は、高等魔術師ではあるが、魔術師になってまだ日が浅いのでその時点で不利だ。
どんどん日が落ちて空が暗くなっていく。明かりもなく真っ暗に変わっていく村。獣人の村人らは夜目が利くので有利に働くかもしれないが、戦闘には慣れていない。長期戦となるとどんどん不利に変わっていくであろう。
どこまで私の魔力がもつか。
どこまで守れるか。
攻撃を放っても放ってもいなされる。相手の攻撃を避けて避けて私はこのやり取りがいつまで続くのかと不安になり始めていた。
『私の力は必要か?』
その声に私はピクリと肩を揺らした。
動きが止まったのは目の前のフェアラートやハルベリオン兵士もである。空から舞い降りたドラゴンに息を呑んで固まる人間もいた。
『急に主の気配が遠ざかったからなにかと思って気配を探せば…何やら面倒なことになってるな』
私とルルを結ぶ意志疎通の術が何らかの形で異変を伝えてきたので、追いかけてきたのだという。彼女は宙に浮遊したまま、戦場と化した村を見下ろしていた。
私は藁にもすがる思いでルルにお願いする。
「ルル、力を貸して! ハルベリオン軍が村を襲っているの!」
私の必死な形相に驚いたルルは金色の瞳を丸くしていた。そして一拍置いて、何かを考え込む。
『ハルベリオン、』
…と飲み込むように呟いた彼女の周りをまとう空気は一気にがらりと変わり、殺気を放っていた。
目を細めてハルベリオンの軍勢を睨みつけると、口を歪めて鋭い牙を見せつけた。
『爺様を屠った人間の仲間なら容赦しなくてもいいな』
そうだった。ハルベリオンの人間はルルのお祖父さんを死に追いやった敵でもあった。
目の前の彼らが実際に手を下した人間じゃないとしても、ルルにとっては同じ事である。
「ドラゴンだ…!」
「あのお方が望んでいる妙薬だぞ!」
ルルから敵と認定されているとも知らないハルベリオン軍は歓声を上げていた。
まるで勝負に勝ったみたいに喜んでいるが、戦いはまだ終わってない。…なのに。
「とんだ拾い物をした! フォルクヴァルツの娘とドラゴンを持ち帰るぞ!」
フェアラートまでふざけたことをいう。
私はまだ負けてない。冗談じゃないぞ…!
『小僧が…この私を持ち帰るだ…? 馬鹿なことを抜かすな!』
地響きが起きそうな唸り声を上げたルルは容赦なくハルベリオン軍に鋭い爪の足を振り下ろした。ルルの足蹴り攻撃を受けた敵兵が赤い血を振りまきながら、数名まとめて地面に倒れ込む。
うめき声を漏らす敵に構わず、止めを刺そうとルルは羽根を広げた。情け容赦なく屠るルルに対して、敵兵たちは矢を射たり、剣を刺そうとしたりするが、ドラゴンの皮膚は硬い。そして動きが素早いルルには全く効いていない。
「小娘を捕まえろーっ!」
「!」
フェアラートとの睨み合いをしていた私は背後のことを全く考えていなかった。
私は一対一のつもりだが、相手はそうとも限らない。どんな汚い手だって使うであろう。
奴から放たれた攻撃を防御している私に伸ばされた敵兵の手。腕を掴まれたと思えば、加減の文字を知らない強さで私の身体を引っ張ってきた。
「しまっ…」
自分の甘さが生んだ一つの失敗でこの村の運命が決まる。私は自分の失敗を憎んだ。
殺される。みんなみんな、予言のとおりに殺されてしまう。
「…っ、雷の元素たちよ…!」
諦めるな。最後の最後まで、たとえ魔力が枯渇しても戦い続ける…!
私が空に向かって叫ぶと、後ろの気配が消えてなくなった。
「…?」
まだ雷落としてないけど…と不思議に思って振り返ると、そこにはスコップを振り上げた後の姿勢で止まるテオの後ろ姿があった。
……消えたのではない。テオが吹っ飛ばしたのだ。
「そのきったねぇ手で触んじゃねーよ…」
テオは殺気ダダ漏れにしていた。顔は見えないけど、多分怖い顔してるんだろうな。
先程まで背後にいた敵兵はテオによって吹っ飛ばされて建物の壁に体を打ちつけてそのまま気絶していた。
テオは見覚えのあるスコップを握りしめ、警戒するように周りを睨みつけている。
「テオ!? …それ、うちのロバの糞掃除用のスコップじゃ…」
今そんな事突っ込む場合じゃないのはわかってるんだけど、なんで家のスコップ持ってるのかが気になって、私は問いかける。
「ぼさっとすんな! 今は目の前のおっさんに集中しろ! お前の背後は守ってやる!」
しかしテオは背を向けたまま怒鳴り返してきた。
いつもならそれにムッとするところだが、今はテオのその言葉が心強く感じた。私は黙って頷く。
私の力を信じて力を貸してくれるというのだ。ならば、背後を守ってもらおうじゃないか。
私が守る、この村も、村人も。
たとえ私の祖国がシュバルツであったとしても、私を育んでくれたこの村が、エスメラルダが母国なのだ。
命に代えても守ってみせる…!
次から次に落雷が敵を襲う。地鳴りが相次いて響き渡った。ドッとバケツを引っくり返したような大雨に視界が悪くなったが、私の視線はフェアラートだけに注がれている。
にやり、と不敵に笑うその男。
「戦うか、フォルクヴァルツの娘よ」
「我に従う雷の元素たちよ、この愚か者に雷の鉄槌を下せ!!」
私は絶対に負けてなるものかと攻撃を放った。特大の鉄槌を落としてくれ!
生まれてはじめて、人に殺意を抱いた瞬間である。
──しかし、私の放った攻撃はバシッと弾かれてしまった。それを目にした私は呆然とする。
特大の雷だったのに、そんな簡単に……
フェアラートは肩を持ち上げて首をグルンと回すと、首を傾けたまま小馬鹿にした様子で私を見下ろしていた。
「我らの目的は竜人だ。それと若い娘を数人拝借させてもらえば去るとしよう。それとも無謀に戦い、負けたあとには女日照りの男どもの慰み者になるか? 別にそちらでも構わんぞ」
「どちらもお断りだ…!」
そんなの両方突っぱねてやる。
私は地面を蹴りつけてフェアラートに向かって駆け出した。しかしドレスのせいで動きは鈍い。あぁもうこんな時ドレスは動きにくいから嫌いなんだ!
「お前たちは竜人を探せ! どこかに隠れているはずだ! なにこの辺の獣人はただの村人、恐るるに足らん!」
バシンといともたやすく結界が破かれた。破いたのは目の前の男である。
フェアラートが指示すると、背後にいたハルベリオン軍がザッと進んできた。私がフェアラートの相手で手一杯な隙に攻め入ろうとするのか…! そうはさせない!
「我が眷属たちよ、我の声に応えよ!」
私は声を張り上げて彼らを呼んだ。こんな時のために契約したわけじゃないけど、私一人じゃ手に負えない。
私の呼びかけに応えた巨大な若々しい狼姉弟が出現すると相手は引いた。森の中でたくましく成長した彼らは私を守るように目の前に立つと、ハルベリオンの軍勢を前のめりになって睨みつけていた。
「メイ! ジーン! 村に入ってこようとするアイツらを阻止して! 咬み殺しても構わない!」
私が命令すると、彼らは素早い動きで敵兵へ飛びついた。その素早さは目では追うには一瞬のことである。
「ぎゃああああ!」
誰かが早速噛まれたようで、そこから悲鳴が上がり、相手の陣形が崩れた。全員仕留められるとは思わないが、軍の動きを乱すことには成功しただろう。
「他の敵兵の相手をお願いします!」
本当はひとりで戦うつもりだったが、村の男衆の力を借りなくてはどうにもならなそうだ。
「任せとけ!」
「返り討ちにしてくれる!」
血を見たからか獣人の彼らはちょっと好戦的になっていた。ランランとした目で敵兵を睨みつけている。
崩れた陣形を整えながら村に入ってきた奴らを村の男たちが力でゴリ押しする。
「俺たちの村に入るな!」
「獣人共め、邪魔をするなぁ! 竜人を出せぇ!」
「うわぁっ」
血気盛んな猪獣人のおじさんが敵兵を止めようとして腕を斬りつけられた。
犯罪者の寄せ集めだったハルベリオンだが、軍事などに詳しい人間がひとりやふたりいたのかもしれない。その動きは烏合の衆というわけでもない。奴らは村人たちの妨害をかいくぐって村へ入り込んできた。
奴らの武器で怪我をする人も出てきたが、そこはやはり獣人だ。団結して負傷者を守っていた。
私はフェアラートの相手するのに手一杯だった。
この男がシュバルツ王国で魔術師として在籍していた頃、どの程度の階級だったかはわからないが……間違いなく強い。しかも相手は実戦を積んでいる。黒呪術も使いこなすからどんな攻撃が飛んでくるか想定できない。
一方の私は、高等魔術師ではあるが、魔術師になってまだ日が浅いのでその時点で不利だ。
どんどん日が落ちて空が暗くなっていく。明かりもなく真っ暗に変わっていく村。獣人の村人らは夜目が利くので有利に働くかもしれないが、戦闘には慣れていない。長期戦となるとどんどん不利に変わっていくであろう。
どこまで私の魔力がもつか。
どこまで守れるか。
攻撃を放っても放ってもいなされる。相手の攻撃を避けて避けて私はこのやり取りがいつまで続くのかと不安になり始めていた。
『私の力は必要か?』
その声に私はピクリと肩を揺らした。
動きが止まったのは目の前のフェアラートやハルベリオン兵士もである。空から舞い降りたドラゴンに息を呑んで固まる人間もいた。
『急に主の気配が遠ざかったからなにかと思って気配を探せば…何やら面倒なことになってるな』
私とルルを結ぶ意志疎通の術が何らかの形で異変を伝えてきたので、追いかけてきたのだという。彼女は宙に浮遊したまま、戦場と化した村を見下ろしていた。
私は藁にもすがる思いでルルにお願いする。
「ルル、力を貸して! ハルベリオン軍が村を襲っているの!」
私の必死な形相に驚いたルルは金色の瞳を丸くしていた。そして一拍置いて、何かを考え込む。
『ハルベリオン、』
…と飲み込むように呟いた彼女の周りをまとう空気は一気にがらりと変わり、殺気を放っていた。
目を細めてハルベリオンの軍勢を睨みつけると、口を歪めて鋭い牙を見せつけた。
『爺様を屠った人間の仲間なら容赦しなくてもいいな』
そうだった。ハルベリオンの人間はルルのお祖父さんを死に追いやった敵でもあった。
目の前の彼らが実際に手を下した人間じゃないとしても、ルルにとっては同じ事である。
「ドラゴンだ…!」
「あのお方が望んでいる妙薬だぞ!」
ルルから敵と認定されているとも知らないハルベリオン軍は歓声を上げていた。
まるで勝負に勝ったみたいに喜んでいるが、戦いはまだ終わってない。…なのに。
「とんだ拾い物をした! フォルクヴァルツの娘とドラゴンを持ち帰るぞ!」
フェアラートまでふざけたことをいう。
私はまだ負けてない。冗談じゃないぞ…!
『小僧が…この私を持ち帰るだ…? 馬鹿なことを抜かすな!』
地響きが起きそうな唸り声を上げたルルは容赦なくハルベリオン軍に鋭い爪の足を振り下ろした。ルルの足蹴り攻撃を受けた敵兵が赤い血を振りまきながら、数名まとめて地面に倒れ込む。
うめき声を漏らす敵に構わず、止めを刺そうとルルは羽根を広げた。情け容赦なく屠るルルに対して、敵兵たちは矢を射たり、剣を刺そうとしたりするが、ドラゴンの皮膚は硬い。そして動きが素早いルルには全く効いていない。
「小娘を捕まえろーっ!」
「!」
フェアラートとの睨み合いをしていた私は背後のことを全く考えていなかった。
私は一対一のつもりだが、相手はそうとも限らない。どんな汚い手だって使うであろう。
奴から放たれた攻撃を防御している私に伸ばされた敵兵の手。腕を掴まれたと思えば、加減の文字を知らない強さで私の身体を引っ張ってきた。
「しまっ…」
自分の甘さが生んだ一つの失敗でこの村の運命が決まる。私は自分の失敗を憎んだ。
殺される。みんなみんな、予言のとおりに殺されてしまう。
「…っ、雷の元素たちよ…!」
諦めるな。最後の最後まで、たとえ魔力が枯渇しても戦い続ける…!
私が空に向かって叫ぶと、後ろの気配が消えてなくなった。
「…?」
まだ雷落としてないけど…と不思議に思って振り返ると、そこにはスコップを振り上げた後の姿勢で止まるテオの後ろ姿があった。
……消えたのではない。テオが吹っ飛ばしたのだ。
「そのきったねぇ手で触んじゃねーよ…」
テオは殺気ダダ漏れにしていた。顔は見えないけど、多分怖い顔してるんだろうな。
先程まで背後にいた敵兵はテオによって吹っ飛ばされて建物の壁に体を打ちつけてそのまま気絶していた。
テオは見覚えのあるスコップを握りしめ、警戒するように周りを睨みつけている。
「テオ!? …それ、うちのロバの糞掃除用のスコップじゃ…」
今そんな事突っ込む場合じゃないのはわかってるんだけど、なんで家のスコップ持ってるのかが気になって、私は問いかける。
「ぼさっとすんな! 今は目の前のおっさんに集中しろ! お前の背後は守ってやる!」
しかしテオは背を向けたまま怒鳴り返してきた。
いつもならそれにムッとするところだが、今はテオのその言葉が心強く感じた。私は黙って頷く。
私の力を信じて力を貸してくれるというのだ。ならば、背後を守ってもらおうじゃないか。
私が守る、この村も、村人も。
たとえ私の祖国がシュバルツであったとしても、私を育んでくれたこの村が、エスメラルダが母国なのだ。
命に代えても守ってみせる…!
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