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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー
エスメラルダ王国・王太子と公爵令嬢の結婚
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その招待状は【アステリア・デイジー・フォルクヴァルツ】宛になっていた。
差出人はクリフォード・エスメラルダ王太子殿下とエリーゼ・ファーナム公爵令嬢のおふたり。彼らはこの度めでたく結婚式を挙げることとなったのだそうだ。
エスメラルダ王国の王太子と公爵令嬢の結婚の話題はシュバルツでも慶事として新聞に載せられていた。──そうなれば、同年代のシュバルツ王国のラウル殿下も……という話になり、白紙撤回になった元婚約者の私に視線が集まるものなのだが、私の実親である辺境伯夫妻は何も言ってこなかった。
彼らは私にお祝い品をもたせると「学生時代にお世話になった方々の結婚式だ、お祝いに行ってあげなさい」と快くお見送りしてくれた。私は実兄のディーデリヒさんと共にエスメラルダ王国へ向かい、馬車に揺られて王都に辿り着いたのだが……
同じくお祝いでエスメラルダ入りしたはずのラウル殿下が行方不明になったと侍従が慌てて飛び込んできた。
「どっかで道草でも食ってるんじゃないですか?」
「まぁ…殿下は自由なところがお有りだからね」
「そっそんなぁ…」
あの人のことだ、その辺で道草食ってるんだろう。そう、ロバのように。とあしらうが、侍従としては、殿下に何かがあればクビが飛ぶ一大事。あわあわしている侍従をディーデリヒさんと一緒に宥めていると、飄々した様子でラウル殿下は帰ってきた。
「どこに行かれていたんですか」
私が問うとラウル殿下は眉をひょこっと動かして「気になる?」と質問し返してきた。その仕草が妙に癇に障ったが、相手は仮にも王太子。私はぐっと我慢した。
「お立場を弁えた行動を取らなければ、下のもののクビが飛びますよ」
少し前の自分がよく言われていた言葉をまさか他の人に言う日が来るとは。
気に障るだろうかと思ったが、ラウル殿下はそれを言われ慣れているのか、「はいはい」と軽く流していた。
結婚式は大聖堂で行われた。大勢の招待客に見守られながら、エスメラルダ王国の大巫女が女神フローラにふたりの結婚の報告をする。
祭壇にはたくさんの供物が供えられており、目がチカチカする。さすが王族の挙式である。その規模の大きさに私は引いた。カール兄さんの時の結婚の報告とは段違いである。
彼らは祝福するために押し寄せてきた民衆からの祝福を受け取りながら馬車で移動していく。遅れて私達も移動して、王宮で婚姻お披露目式という名のパーティに参加した。
慶事ごとなだけあって、かなり豪華な会場になっていた。通常のパーティとは訳が違う。未来の国王と王妃の結婚なのだ。
国賓として呼ばれた私はディーデリヒさんと並ぶと、本日の主役であるおふたりの前で貴族式の礼をした。──貴族となって初めて彼らと対面することになる。
「デイ…アステリア様、お越しいただきありがとうございます」
「…ご結婚おめでとうございます」
エリーゼ様に名前を呼ばれて少し息が詰まった。
…ここでも私はアステリアと呼ばれるのか、私はバレないように小さく苦笑いする。
「フォルクヴァルツ辺境伯に代わって心よりお慶び申し上げます。心ばかりのお祝いの品です。どうぞお納めくださいませ」
「ありがとう…あなたにお祝いしてもらえるのが何よりも嬉しいわ」
そう言って微笑むエリーゼ様。晴れて王太子妃になった彼女は幸せそうだった。皆に祝福され、この会場の中で一番美しく笑うエリーゼ様がなんだかとても眩しく見えた。
そういえばリック兄さんの結婚はどうなったんだろう? 兄さんの結婚式、参加したかったな……。お祝いの場なのに、故郷を思い出して私はひとりしんみりしていた。
村の家族を思い出すと、付属的に憎たらしいアイツのことまで思い出してしまう。テオはあのレイラという運命の番と番ったのだろうか? 元気で、いるだろうか……
「──結婚したくなったかい?」
横からかけられた言葉に私は大げさに肩を揺らしてしまった。
いつの間にか隣にラウル殿下がやって来ていたようだ。彼は意地悪な笑みを浮かべてこちらを観察している。それを不快に感じた私は目を細めて相手を冷たく睨んでおいた。
「どうでもいい相手とはしたくないですね」
私の返答に対して、ラウル殿下はわざとらしく肩をすくめると「おぉ怖い」とふざけていた。
このくらいふざけてないと王太子という重責は背負えないのかな……市井での評判と現実の差が激しすぎるこの王太子……
■□■
「そこにいるのは…マック君かね?」
懐かしい声に私はぱっと顔を上げた。
あの頃と違って礼服を身に着けてかしこまった格好をしているが、愛用の片眼鏡は変わらない。
「フレッカー卿!」
魔法魔術学校卒業して以来の再会である。私の気持ちは学生時代に逆戻りして少しだけ楽しくなった。
「学生時代の恩師です。彼がいなくては私は高等魔術師になれていなかったかもしれません」
「そんなことはない。君の努力のおかげさ」
たまたま側にいたディーデリヒさんに恩師であると紹介すると、彼は「フレッカー…?」と小さく口の中で呟いて、すぐに最上級の礼をして見せていた。
私は驚いて固まる。挨拶なら普通の挨拶でも失礼に当たらないのに最上級…?
「フレッカー様……わが領の苦難の際には…大変お世話になりました」
「若君も立派になられて…お元気そうで安心しました」
何やらお互いに知っている風である。
隣国とはいえ、貴族ネットワークは狭いのかもしれない。
「お知り合いで…?」
「迫りくるハルベリオン軍から我が民を守ってくださった恩人だ。ひどい怪我をしながらも、体を張って守ってくださったんだ」
その言葉に私は目を丸くする。
フレッカー卿の左目の弱視はかのシュバルツ侵攻で戦闘したときに痛めたと聞いていたが、民を守るために命がけで戦った上での負傷だったのか…。
「そうだったんですか…知らなかった」
貴族の権力を使って、後方でふんぞりがえって指示しててもおかしくないだろうに、最も危険な前線に出て戦ってくれていた人が、これまでお世話になった恩師だと分かるとものすごく不思議な気持ちになった。
「ディーデリヒ! 久しぶりじゃないか!」
「…失礼、ちょっと挨拶に」
しばらく3人でおしゃべりを交わしていたのだが、ディーデリヒさんがが知人に呼ばれてこの場を離れる。
そのタイミングで私はバッとフレッカー卿を見上げて、貴族の令嬢からデイジー・マックに戻った。彼もその切り替えに気づいたのか、教師の表情に移り変わっていた。
「…最初に君を見たときにもしかして、とは思っていたけど……こんな奇妙なこともあるもんだね」
「気づいていらしたんですか?」
そんな最初から私がフォルクヴァルツの縁者かもしれないと気づいていたのか。フレッカー卿は予知能力でも使えるの?
私の目がそう訴えているように見えたのか、フレッカー卿は小さく笑いながら首を横に振っていた。
「いや、確証はなかったんだ。色彩や顔立ちが、夫人に似ているかな? って程度だったからはっきりは。魔力の強さや適性を見て確信には近づいていたけど」
だけど、それを表で口に出すことはしなかったのだという。
「君は養家族に恵まれていた。引き剥がすのは得策じゃないと思っていたんだ。なによりも君が望まないと思ったんだよ」
『君の実の家族が君の無事を願っているのは知っていたが、それがわかれば君は自由を縛られることになる。──君には夢があった。それを応援したいと思った教師心だよ』と言って彼は笑っていた。
結果的にこういった形に収まってしまったが、僅かな自由な時間は私にいろいろなものを見せてくれた。彼の気遣いに感謝しよう。
「今の君には迷いがあるね」
フレッカー卿の見透かすような言葉に私は自分が情けなく思えてきて苦笑いを浮かべる他なかった。うまく隠せていなかったみたいだ。
「…自分が選んだ道を、塞がれてしまいました」
以前の私は保証が無い代わりに自由だった。だから選んだ道を掴みに行けた。
今とは真逆だ。今は敷かれた安定の道だけを進む他に道がないのだ。
逃げたら家族に迷惑がかかるかもしれない。
村に戻ったところで迷惑にしかならない。私の居場所は無い。
実の家族は私の生存を心から喜んでいる。
領民も使用人も私のことを慕ってくれている。
どっちかを取ればなにか犠牲になる。
これが正しい道なのだと私は心を殺して貴族として生きるしか無いのだろうと諦めていた。
「……お互い、苦しいね」
貴族の道を捨てて学問の道へ進んだフレッカー卿は失うものの大きさを知っている。だから私の気持ちを理解しつつも何もおっしゃらなかった。
私もそれ以上何も言わずに、コクリと頷く。その時、口の中がしょっぱくなったのは、きっと気のせいだ。
差出人はクリフォード・エスメラルダ王太子殿下とエリーゼ・ファーナム公爵令嬢のおふたり。彼らはこの度めでたく結婚式を挙げることとなったのだそうだ。
エスメラルダ王国の王太子と公爵令嬢の結婚の話題はシュバルツでも慶事として新聞に載せられていた。──そうなれば、同年代のシュバルツ王国のラウル殿下も……という話になり、白紙撤回になった元婚約者の私に視線が集まるものなのだが、私の実親である辺境伯夫妻は何も言ってこなかった。
彼らは私にお祝い品をもたせると「学生時代にお世話になった方々の結婚式だ、お祝いに行ってあげなさい」と快くお見送りしてくれた。私は実兄のディーデリヒさんと共にエスメラルダ王国へ向かい、馬車に揺られて王都に辿り着いたのだが……
同じくお祝いでエスメラルダ入りしたはずのラウル殿下が行方不明になったと侍従が慌てて飛び込んできた。
「どっかで道草でも食ってるんじゃないですか?」
「まぁ…殿下は自由なところがお有りだからね」
「そっそんなぁ…」
あの人のことだ、その辺で道草食ってるんだろう。そう、ロバのように。とあしらうが、侍従としては、殿下に何かがあればクビが飛ぶ一大事。あわあわしている侍従をディーデリヒさんと一緒に宥めていると、飄々した様子でラウル殿下は帰ってきた。
「どこに行かれていたんですか」
私が問うとラウル殿下は眉をひょこっと動かして「気になる?」と質問し返してきた。その仕草が妙に癇に障ったが、相手は仮にも王太子。私はぐっと我慢した。
「お立場を弁えた行動を取らなければ、下のもののクビが飛びますよ」
少し前の自分がよく言われていた言葉をまさか他の人に言う日が来るとは。
気に障るだろうかと思ったが、ラウル殿下はそれを言われ慣れているのか、「はいはい」と軽く流していた。
結婚式は大聖堂で行われた。大勢の招待客に見守られながら、エスメラルダ王国の大巫女が女神フローラにふたりの結婚の報告をする。
祭壇にはたくさんの供物が供えられており、目がチカチカする。さすが王族の挙式である。その規模の大きさに私は引いた。カール兄さんの時の結婚の報告とは段違いである。
彼らは祝福するために押し寄せてきた民衆からの祝福を受け取りながら馬車で移動していく。遅れて私達も移動して、王宮で婚姻お披露目式という名のパーティに参加した。
慶事ごとなだけあって、かなり豪華な会場になっていた。通常のパーティとは訳が違う。未来の国王と王妃の結婚なのだ。
国賓として呼ばれた私はディーデリヒさんと並ぶと、本日の主役であるおふたりの前で貴族式の礼をした。──貴族となって初めて彼らと対面することになる。
「デイ…アステリア様、お越しいただきありがとうございます」
「…ご結婚おめでとうございます」
エリーゼ様に名前を呼ばれて少し息が詰まった。
…ここでも私はアステリアと呼ばれるのか、私はバレないように小さく苦笑いする。
「フォルクヴァルツ辺境伯に代わって心よりお慶び申し上げます。心ばかりのお祝いの品です。どうぞお納めくださいませ」
「ありがとう…あなたにお祝いしてもらえるのが何よりも嬉しいわ」
そう言って微笑むエリーゼ様。晴れて王太子妃になった彼女は幸せそうだった。皆に祝福され、この会場の中で一番美しく笑うエリーゼ様がなんだかとても眩しく見えた。
そういえばリック兄さんの結婚はどうなったんだろう? 兄さんの結婚式、参加したかったな……。お祝いの場なのに、故郷を思い出して私はひとりしんみりしていた。
村の家族を思い出すと、付属的に憎たらしいアイツのことまで思い出してしまう。テオはあのレイラという運命の番と番ったのだろうか? 元気で、いるだろうか……
「──結婚したくなったかい?」
横からかけられた言葉に私は大げさに肩を揺らしてしまった。
いつの間にか隣にラウル殿下がやって来ていたようだ。彼は意地悪な笑みを浮かべてこちらを観察している。それを不快に感じた私は目を細めて相手を冷たく睨んでおいた。
「どうでもいい相手とはしたくないですね」
私の返答に対して、ラウル殿下はわざとらしく肩をすくめると「おぉ怖い」とふざけていた。
このくらいふざけてないと王太子という重責は背負えないのかな……市井での評判と現実の差が激しすぎるこの王太子……
■□■
「そこにいるのは…マック君かね?」
懐かしい声に私はぱっと顔を上げた。
あの頃と違って礼服を身に着けてかしこまった格好をしているが、愛用の片眼鏡は変わらない。
「フレッカー卿!」
魔法魔術学校卒業して以来の再会である。私の気持ちは学生時代に逆戻りして少しだけ楽しくなった。
「学生時代の恩師です。彼がいなくては私は高等魔術師になれていなかったかもしれません」
「そんなことはない。君の努力のおかげさ」
たまたま側にいたディーデリヒさんに恩師であると紹介すると、彼は「フレッカー…?」と小さく口の中で呟いて、すぐに最上級の礼をして見せていた。
私は驚いて固まる。挨拶なら普通の挨拶でも失礼に当たらないのに最上級…?
「フレッカー様……わが領の苦難の際には…大変お世話になりました」
「若君も立派になられて…お元気そうで安心しました」
何やらお互いに知っている風である。
隣国とはいえ、貴族ネットワークは狭いのかもしれない。
「お知り合いで…?」
「迫りくるハルベリオン軍から我が民を守ってくださった恩人だ。ひどい怪我をしながらも、体を張って守ってくださったんだ」
その言葉に私は目を丸くする。
フレッカー卿の左目の弱視はかのシュバルツ侵攻で戦闘したときに痛めたと聞いていたが、民を守るために命がけで戦った上での負傷だったのか…。
「そうだったんですか…知らなかった」
貴族の権力を使って、後方でふんぞりがえって指示しててもおかしくないだろうに、最も危険な前線に出て戦ってくれていた人が、これまでお世話になった恩師だと分かるとものすごく不思議な気持ちになった。
「ディーデリヒ! 久しぶりじゃないか!」
「…失礼、ちょっと挨拶に」
しばらく3人でおしゃべりを交わしていたのだが、ディーデリヒさんがが知人に呼ばれてこの場を離れる。
そのタイミングで私はバッとフレッカー卿を見上げて、貴族の令嬢からデイジー・マックに戻った。彼もその切り替えに気づいたのか、教師の表情に移り変わっていた。
「…最初に君を見たときにもしかして、とは思っていたけど……こんな奇妙なこともあるもんだね」
「気づいていらしたんですか?」
そんな最初から私がフォルクヴァルツの縁者かもしれないと気づいていたのか。フレッカー卿は予知能力でも使えるの?
私の目がそう訴えているように見えたのか、フレッカー卿は小さく笑いながら首を横に振っていた。
「いや、確証はなかったんだ。色彩や顔立ちが、夫人に似ているかな? って程度だったからはっきりは。魔力の強さや適性を見て確信には近づいていたけど」
だけど、それを表で口に出すことはしなかったのだという。
「君は養家族に恵まれていた。引き剥がすのは得策じゃないと思っていたんだ。なによりも君が望まないと思ったんだよ」
『君の実の家族が君の無事を願っているのは知っていたが、それがわかれば君は自由を縛られることになる。──君には夢があった。それを応援したいと思った教師心だよ』と言って彼は笑っていた。
結果的にこういった形に収まってしまったが、僅かな自由な時間は私にいろいろなものを見せてくれた。彼の気遣いに感謝しよう。
「今の君には迷いがあるね」
フレッカー卿の見透かすような言葉に私は自分が情けなく思えてきて苦笑いを浮かべる他なかった。うまく隠せていなかったみたいだ。
「…自分が選んだ道を、塞がれてしまいました」
以前の私は保証が無い代わりに自由だった。だから選んだ道を掴みに行けた。
今とは真逆だ。今は敷かれた安定の道だけを進む他に道がないのだ。
逃げたら家族に迷惑がかかるかもしれない。
村に戻ったところで迷惑にしかならない。私の居場所は無い。
実の家族は私の生存を心から喜んでいる。
領民も使用人も私のことを慕ってくれている。
どっちかを取ればなにか犠牲になる。
これが正しい道なのだと私は心を殺して貴族として生きるしか無いのだろうと諦めていた。
「……お互い、苦しいね」
貴族の道を捨てて学問の道へ進んだフレッカー卿は失うものの大きさを知っている。だから私の気持ちを理解しつつも何もおっしゃらなかった。
私もそれ以上何も言わずに、コクリと頷く。その時、口の中がしょっぱくなったのは、きっと気のせいだ。
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