太陽のデイジー 〜私、組織に縛られない魔術師を目指してるので。〜

スズキアカネ

文字の大きさ
上 下
92 / 209
Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

不同意の誓いと運命の番

しおりを挟む
 『テオに告白する、番にしてもらう』と宣言したミアは私をじっと見つめた後、静かに踵を返していた。──テオを探しに行くのだろう。
 私には見送るしか出来ない。頑張ってくれと心の中で応援する。

 しかし……どうにも胸がムカムカする。
 テオとミアが番になる。幼馴染たちがそうなれば、おめでたいこと。私はあたたかく見守るだけのこと。
 それなのに私の中では制御出来ない感情が渦巻いて心をギリギリ締め付ける。その複雑な感情の意味がわからない私は、地面に転がった石を蹴り飛ばして誤魔化すしか出来なかったのだ。

 ……場の空気に酔ったのだろうか。気分が悪い。
 私は新鮮な空気を吸おうと広場から離れた。人のいないところへ行きたい。それで少し冷静になりたいと思ったのだ。
 しかし、私はどこからか伸びてきた腕によって暗がりに引っ張り込まれた。

「!?」

 何事だ、事と次第によっては魔法で倒す……と思って相手の顔を見上げると、そこにいたのは先程から姿の見えなかったテオがいた。
 祭りに参加せずにこんな暗がりで何をしているんだろうか。女の子にたくさんお誘いされてなかったか?

「テオ。こんなところで何して…さっき、ミアがあんたを探してたよ」

 私が声をかけると、テオは目を細めてこちらを睨みつけてきた。明かりもなく暗いのに、その目は的確に私をとらえている。獣人って人間よりも夜目が効くんだっけ?

「お前、あの貴族の優男と結婚するのか」

 テオの口から飛び出してきた言葉に私は目を丸くした。貴族の優男……結婚だから実兄ではないな。

「…エドヴァルドさんのこと? そんなバカな」
「じゃあ、王太子の嫁になるのか」

 私の腕を掴むテオの手に力がこもる。…痛い。
 ど、どうしたんだ一体。テオがものすごく怒っているように見える。テオはいつもやかましいけど、こんな殺気を飛ばすほどじゃないのに……

「ラウル殿下とは……シュバルツ侵攻で私がいなくなった時点で婚約白紙撤回になったけど…」
「けど、なんだよ」

 なんなの、怖いよ。そんな圧掛けなくてもいいじゃない。
 わかんないよ、私だって今は自由に身動き取れないんだ。未来のことも決められない状況にある。誰と結婚するかを自由に決められない立場なんだから仕方ないじゃん。
 千切れそうなほど腕を握られ、私は痛みに顔を歪める。

「ねぇ、テオ痛い…」
「…お前を他の男に渡さない」
「!?」

 身体を引き寄せされ、テオは私の首元に顔を寄せてきた。そして首元に息がかかったかと思えば、柔らかいものが当たる。

 ──怖い。
 いつものテオじゃない。逃げなくては。

 私は恐怖を感じて転送術でその場から移動した。座標指定する余裕がなかったので少し離れた位置に移動しただけだ。
 しかし、それだけじゃ欺けなかった。なんといってもテオは獣人で鼻がきくのだ。

「あっ!」

 私よりもテオのほうが早かった。両腕を絡みとられ、後ろから抱き込まれた。首の付け根にじくりと走った痛みに私は目を見開いて硬直していた。
 テオは私の項に歯を立てていたのだ。

 なんで私が噛まれるの? という疑問は置いておいて、私は一切同意をしていないのに何故こんな無理やりな行動をするのか。テオの気持ちが一切見えない身勝手な行動に私は衝撃を受けていた。

「──無理矢理とは感心しないな。捕縛せよ」
「!」

 そこに割って入ってきた声によってテオは動きを拘束された。テオの腕から解放された私はへなへなと地面に座り込んで噛まれた項を抑えていた。

「君とアステリアの関係は知らないが、妹は嫁入り前なんだ。…もう、ただの村娘じゃないんだよ」

 そんな私の手を引いて立ち上がらせたのはディーデリヒさんだ。いつからここに居たのだろうか。

「すまない、わかってくれ」

 自分の間合いに私を置いたディーデリヒさんはテオに掛けた捕縛術を解くと、私の背を押して、人のいる広場へと誘導していく。
 ──ドンッと後ろで硬い音が聞こえたので私がビクッとして後ろを振り返ると、テオがそこにあった建物を素手で殴りつけていた。
 その姿がなぜだか、血を流して傷ついて見えた。テオがとても辛そうに見えたのだ。
 それが気になって私は無意識に引き返そうとしたが、ディーデリヒさんが私の肩を痛いほど握ってきてそうはさせてくれなかった。

 まるで私に「立場をわきまえろ」と窘めているようで。……私は唇を噛み締めながら気持ちを押し殺した。


■□■


「あーでいじーだぁ、うへっ」

 カンナはヘラヘラした顔で私のお腹に抱きついてきた。短時間席を外していた間に何が起きたというのか。

「悪い、ジュースで割った果実酒ならいいだろと思ったらこうなった」
「……」

 広場に戻ると、へべれけになったカンナを私の幼馴染達が相手していた。この会場内に用意されているのはワインと果実酒とジュースだ。ジュースで薄めた果実酒ならそこまで度数強くないだろうと油断して飲ませたらこうなったらしい。

「仕方ないからもう帰ろうか」
「えーやーだーぁ」

 カンナはやだぁと言って抵抗してくるが、まともに立てないくせに何を言っているんだ。生まれたてのロバみたいになってるじゃないか。

「…え? お前テオは?」

 幼馴染の男子その1に言われた言葉に私はビクリと肩を揺らしてしまった。

「…なんで?」
「いや…それはほら…」

 ゴニョゴニョといいにくそうに口ごもる相手。私は先程のことを思い出すと噛まれた項がじくりと痛んだ気がした。

「もっとおどろーよぉ」
「…もう帰るの」

 わがままを言うカンナを宥めていると、その様子を見ていた幼馴染その2が物珍しそうにこちらをみてきた。

「…お前友達作れるんだな」
「カンナは別格なの」

 その言葉に私は苦笑いを浮かべた。
 昔はテオと一緒になって私に意地悪をしてきた悪ガキトリオも婚活パーティに参加するようになったのかと思うと不思議な気持ちになる。
 彼らと会えるのもこれが最後なのかなと思うと少し寂しくなった。


「──テオッ」

 パーティに賑わう会場でその声はよく響いた。周りでおしゃべりしていた獣人たちは黙り込み、その声の主に注目する。
 私は渦中の人物に目をやった。
 ミアが告白するんだ。……そしたらアイツはどう答えるんだろう。
 私の同意も得ずに項に噛み付いてきたテオは、ミアの手を取るのだろうか……

「私、テオが好きなの! お願い、私を番にしてっ」

 緊張した様子のミアの告白。その必死な様子はいじらしい。彼女の一世一代の告白に固唾を呑んで見守る人々。
 私も目立たぬよう静かに観察した。痛む胸を無視して。

 テオはぼんやりした顔をしてミアを見ていた。彼はしばし考え込み、ゆっくりと口を開いた。私は息を呑んでそれを見守っていた。
 テオがミアの告白へ返事しようとしたその瞬間だった。

「見つけたッ!」

 ミアとテオの間に乱入してきたのは見たことのない女の子だった。テオと同じ耳と尻尾を持った……狼獣人であろうか。彼女はテオを見上げて目を輝かせていた。
 誰だろう、他所の村の子…?
 驚いたテオとミアは尻尾の毛を逆立たせて固まっている。

「…おいおいおいおい嘘だろ」

 幼馴染その3が私の横で呆然とした顔でブツブツ呟いていた。
 先程までミアの告白シーンだったのに、今では乱入してきた女の子とテオが注目されていた。私にもこの空気が異様だと感じ取れた。

 それになんと言っても、テオの反応が気になる。テオはその女の子をひと目見た瞬間から雷に打たれたような顔をしていたのだ。
 カッと目を見開き、その女の子に穴が空くほど見つめている。

「……運命の番…」

 そう呟いたのは一体誰か。

「この会場内にいるって思ってずっと探していたの! あたしはレイラ・バーンズ! …あなたのお名前は? 私の運命の番さん」
「…テオ・タルコット」

 背がスラリと高い、健康的な体つきの女の子だ。褐色の毛並みを持つ、快活そうな美人。……同じ狼獣人同士、並ぶととてもお似合いに見えた。
 テオは困惑しているように思えた。だけどレイラさんから目が離せないようで…落ち着かない様子でソワソワしている。
 “運命の番”と出会える確率は極めて低い。それと出会えた獣人は幸運だと言われている。ある意味おとぎ話のようなものだと思っていたのに。

 レイラさんは嬉しそうにテオに抱きつくと、呆然としているテオの首に腕を回して口づけをした。
 会場内にどよめきが走った。
 
 ズキリ、と私の胸の奥がひび割れて、そこから血がにじみ出てきたように痛んだ。
 周りの音が何も聞こえない。
 ただただよくわからない感情が胸の中で渦巻いていて……一つだけわかったのは私はテオの運命の番の存在を面白くないと感じているのだけは理解できた。


 数年に1度のお祭りで引き寄せられたように出会った2人は獣人間で話題になった。
 ミアの告白はなかったこととされ、テオが私の項に噛み付いて一方的な番の誓いをした事実も消えてなくなってしまった。

 運命の番はそれだけの存在なのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...