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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー
私がデイジーで、デイジーが私で。後編【カンナ視点】
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私が村を散策していると、子連れのママさん達が集まっていた。私が元気よく「ごきげんよう!」と挨拶すると、彼女たちは面食らった様子で「ご、ごきげんよう…」と返してきた。
彼女たちに声を掛けたのには訳があった。私の目的は広場でコロコロ転がっている獣人の赤ちゃんたちにあった。
「はぁーん、かわいいねぇ君たちィィ」
私は挨拶もそこそこに毛玉たちに駆け寄った。可愛い可愛いと撫でまくっていると、無邪気な赤ちゃんたちはこちらへ寄ってくる。
なんなのここはパラダイスなの?
思う存分ショタロリ(獣姿)を吸えるじゃないか!
私は赤ちゃんをひとり捕まえると、そのポンポコお腹に顔をうずめた。はぁぁ…いい匂い…恍惚状態に陥ったまま、そのお腹を思う存分吸う。
くすぐったいのか、赤ちゃんはぴゃぴゃと可愛い鳴き声を上げている。
「…デイジーねぇちゃん、どうかしたの? なんかおかしいよ?」
「えっ!? そんな事無いよ!?」
熊耳を着けた幼い男の子が声を掛けてきた。大丈夫だよ、私は安全なただの子ども好きなお姉さんだからね!
「えぇと、君はなに君だったかな?」
「……ハロルドだよ、忘れちゃったの?」
「えへへごめんごめん。ハロルド君も可愛いねぇ」
私がごまかすようにヘラヘラ笑っていると、ハロルド君は不安そうな顔をしていた。
「なんか今日のデイジーねぇちゃん、いつもと違うね」
「なんでー? 今日もいつもどおり美人さんでしょぉ?」
いつもどおりだぞ、いつもデイジーは美人さんだぞ?
私はハロルド君を抱き込むと、彼の熊耳を吸った。ねぇねぇ獣化しないの? 可愛い可愛いと撫で回していると、最初戸惑っていたハロルド君もおとなしくなり、膝に頭を載せて甘える体制になった。あぁ可愛いねぇ。
「気でも触れたのですか、アステリアお嬢様」
その、鋭い声に広場に集まっていた獣人の皆さんはビビッと毛を逆立てていた。私でも分かった。彼らは警戒しているのだ……この、おばさんに。
シュバルツ王国のフォルクヴァルツ辺境伯令嬢だと判明したデイジーは貴族令嬢としての教育を受けることになった。
しかしその教師が曲者だった。彼女は初対面である私にも棘のある態度を取っていた。そうなればこの村の住民にも同じく、失礼な態度を取り続けていたのだろう。
デイジーはこのおばさんのことが嫌いみたいで、このおばさんに監視されて息苦しいみたいだった。デイジー付きのメイドはみんなこのおばさんの手先で、デイジーは随分肩身の狭い思いをしているようだ。
アステリア様、と呼ばれて私はキョトンとした。耳慣れない名前だ。私にとってデイジーはデイジーでしか無いので違和感しかない。
「ていうか、額に虫付いてますよ」
おでこにてんとう虫が付いているよ。ちょうど中央に。
私がおでこを指差して教えてあげると、ギルダは鬱陶しげにハンカチで虫を追い払っていた。てんとう虫さん、バイバイ。
「…話の腰を折らないでくださいまし」
「えー虫が付いてること教えてあげただけなんだけどなぁ? …ずっと思っていたんだけど、なんでギルダさんそんなに偉そうなの? 私貴族よ? 貴族のお姫様だよ?」
教師といえど、貴族のお姫様よりも偉そうってどういうことなの。雇い主のお嬢様に対する態度じゃないと思うな。
デイジーがもしもわがままなお嬢様なら、親にチクってクビにしちゃうこともできるのにすごいよねぇ。恐れないのかなぁ。
デイジーの中に私が入ってるとは知らないであろうおばさんは顔を真っ赤にして怒りに震えていた。
「おちょくらない! 今のあなたは貴族令嬢なんかではありません! 躾のなっていない山猿です!」
そこまで言う?
そうは言うけど、私の目から見たらデイジーは十分貴族のお姫様らしい振る舞いになっていたぞ。それが息苦しそうで辛そうだったけど。この人いつもそうやってデイジーを責め立て追い立ててるのかな。
周りではギルダの怒鳴り声に怯えて、ピエーピエーと泣き始めるちびっこたち。私はしがみついてきたハロルドくんを抱えて背中を撫でてやりながら、ギルダを見上げた。
「……なんでそんなにピリピリしてるんですかぁ? そもそも、お城の守りが緩いからデイ…私は行方不明になったんでしょぉ? その間親切な人に育ててもらえてたんだから、育ちのことを責めるのはお門違いだと思うなぁ」
たったひと月で行儀作法が身につくなら誰も苦労しないでしょ。そもそも、デイジーは乗り気じゃないのによくぞここまで頑張ってるよ。
大体、ここは雇い主の恩人の住まう村でしょ? それなのにこの人は態度悪すぎだと思う。躾がなってないのはどっちなの。
言い返したらこのおばさん烈火の如く怒っちゃうだろうなぁとわかっていたけど、私は敢えて反抗的な態度を取った。だって私もこのおばさん嫌いだもん。
「生意気な…教師に楯突くなどあってはならないことですよ!」
脅し文句みたいな言葉。そんなふうにデイジーのことを責め立てていたのかな。教師が言うことは絶対とでも言いたいのかな。たとえ理不尽なことも我慢して耐えなきゃいけないなんて…どうしてデイジーがそんな扱いを受けなきゃならないの。
「貴族令嬢をいじめてる人に言われたくないなぁ。普通は何もわからない令嬢には親身になって教えるものじゃないですか? お給金貰ってる立場でしょ? なんでそんなに偉そうなのおばさん」
デイジーが痩せて、元気がなくなっている理由がわかった。
急に貴族になったとか、周りがよそよそしくなったとか色んな理由が合わさった結果なんだろうけど、一番の原因はこのおばさんにある。
このおばさんはデイジーから光を奪ったんだ。1人で強く咲くデイジーを足蹴にして、都合のいい何も言わないお人形さんに育て上げようとしている。
「あなたにはマナー教本をはじめから復唱と書き取りを命じます! 明日までにやりなさい!」
「嫌ですぅ」
「なっ」
「私には必要ないもーん」
おばさんいわく、平民は躾のなってない山猿らしいし? デイジーに出来ないなら私にはとてもとても無理だなぁ。
デイジーは賢いんだよ? マナー教本なんてその気になれば暗記だってできる。だけどこのおばさんの指導下ではやる気も起きないだろう。責めるなら自分の行いを責めるべきだと思う!
私はいつもの癖でほっぺたを膨らませてぷーんとそっぽを向いていたが、冷静に考えてみればデイジーはこんなことしないな。
「あなたを矯正しようとこれまでやって来ましたが、それだけじゃ駄目なようですね…!」
なんか視界の端でプルプルしているなぁと思ったら、おばさんはそんなことを言い出した。矯正? 何を言っているんだこのおばさん。
「即日、帰国するよう旦那様に進言いたします! このような鄙びた獣人村なんかに行くから里心がついてしまうのです!」
今回の帰省は何度懇願しても許してもらえず、ようやく許可をもらえた帰省だったそうだ。
貴族にも色々あるんだなぁと静観していたが、一度デイジーから詳しく話を聞く必要があるかもしれない。
デイジーは1人で抱え込むところがあるから…まぁ、平民の私にはできることも限られてるだろうけどさ。
「ねぇねぇギルダさん」
私はできる限り友好的な声を出した。口から出てくるのはデイジーの声だけどね。
私の呼びかけに「今更謝罪されても遅いですよっ」と鼻息荒くおばさんが怒鳴ってくる。
謝罪? まさか。
私はニッコリと笑って言った。
「言ってなかったけど今の私、デイジーじゃないから」
今の今まで話していたのはデイジーじゃなくてカンナだから、それはナシだよ。デイジーが悲しんじゃうでしょ。
そう言おうと私は口を開いたのだが、ぐらりと強いめまいを感じて意識が遠のいた。
そしてそのまま、広場の芝生の上に倒れ込んでしまった。
■□■
「うぅ、頭いたぁい」
「……カンナ、私と入れ替わっていた間、なにかあった?」
お酒に悪酔いしたように頭痛がする。あの失敗作の気付け薬にはアルコール成分が含まれており、私はそれで酔っ払ってしまったのだ。
アルコールには強い性質らしいデイジーが青ざめた顔で私に酔い覚め薬を差し出してくる。私はそれを一気飲みして一息ついた。
「入れ替わっていた間…?」
「…自分の体に戻った時、私は芝生の上に転がっていたの。周りには赤子がたくさんいて、ハロルドが私の顔を覗き込んでた…」
あの時、広場には村の奥様方とちびっこたちがいた。だが、あのおばさんの怒鳴り声で他にも人が集まってきていたらしい。
「一体何したの!? 私、村人から可哀想なものを見る目を向けられていたんだよ!? ハロルドにはねぇちゃんおかしかったって言われるし!」
デイジーは自分の知らないところで起きていた出来事に恐怖を抱いているらしかった。だけど、大したことはしていない。ちょっとあのおばさんに文句を言っただけだし。
「大丈夫! 元気よく村の人に挨拶して、赤ちゃんの匂い嗅いでいただけだよぅ」
「十分奇行だよ!」
「あとちょっとあのおばさんにも文句言っちゃった。ごめんね」
私の返答にデイジーは頭を抱えていた。
先程からひっきりなしに、マック家の扉が叩かれている。村中の人が心配そうにお見舞いの品を持ってくるのだそうだ。
「デイジー、色々あって心病んでるんだろ?」
「あの陰険そうな女家庭教師の下じゃ、そりゃあ流石のデイジーも病むでしょう…」
「我慢しすぎて、あんなに痩せちまってなぁ」
「ごめんなぁ、気づいてやれずに…」
みんなみんなデイジーを心配して元気づけてくるのだそうだ。
お貴族様の娘とわかったことで遠慮していたのもあるが、一番は目を光らせるメイドとギルダが必ず側にいて、嫌味を飛ばしてくるので声を掛けづらかった、ごめんねと口々に言われていた。
「デイジーはいるかい」
そして村の最長寿であるというおばあさんがやって来て、彼女は孫に持ってこさせた捌きたての鶏肉を差し出させていた。
「心を病んでしまった人の中に別の人格が生まれるって現象があるらしい。…あれなら私からあんたの実の両親に話をつけよう、それがいい」
その言葉にデイジーの顔はひきつっていた。デイジーが「あれは私じゃないんだ」と説明しても、おばあさんは首を横に振って「いいんだ、もう何も言わなくていい」とデイジーの肩をそっと叩いていた。
ピチピチの鶏肉を渡されたデイジーの目は死んでいた。
「わぁ、今日はごちそうだね!」
デイジーは私をなんとも言えない目で見下ろしていた。
一応近くの町に宿を取っていて、滞在中はそこに宿泊予定だったのだが、その日に限ってはマック家のデイジーのお部屋でお泊りすることにした。
1人用のベッドなので寝にくいが、その日は元々寝る気はなかった。私はデイジーの口から詳しく、何があったのか… 彼女の本音を聞き出すつもりでいたのだ。
音封じの呪文かけて、邪魔が入らないようにした上で私はデイジーに詳しく話を聞いた。
最初は説明口調だったデイジーだったが、思い出しながら話していくうちにデイジーは本音を吐き出し始めた。
デイジーという名前が奪われ、別の名前で呼ばれる。そして貴族の娘という人生を押し付けられて、自分のこれまでの人生や努力を否定される。
それに加えて、ギルダとメイドのあの態度。今は人前だからまだマシな方なのだという。城の中では監視されて、身動きが取れなかったのだという。
「私は自由に魔術師として生きたいのに」
私はそのために努力してきたのに。
デイジーは泣いていた。声を押し殺して、涙を流していた。
私は黙って彼女を抱きしめて背中を撫でてあげた。デイジーが悲しんでると私も悲しいよ。泣かないでよ。
デイジーと実の家族の距離が縮まってないのはそういうことか。デイジーが複雑な気持ちで意地を張っているのも原因だけど、あのギルダという老女とメイド達が結託して、デイジーをいじめているんだ。
何故いじめているのかは知らないけど、デイジーの心を弱らせて、自分の優位な方に操ろうとしているのか……
辺境伯一家は敵なのか味方なのか。
……まぁこの際どっちでもいい。
デイジーを傷つけるなら、私にとって敵である。
彼女たちに声を掛けたのには訳があった。私の目的は広場でコロコロ転がっている獣人の赤ちゃんたちにあった。
「はぁーん、かわいいねぇ君たちィィ」
私は挨拶もそこそこに毛玉たちに駆け寄った。可愛い可愛いと撫でまくっていると、無邪気な赤ちゃんたちはこちらへ寄ってくる。
なんなのここはパラダイスなの?
思う存分ショタロリ(獣姿)を吸えるじゃないか!
私は赤ちゃんをひとり捕まえると、そのポンポコお腹に顔をうずめた。はぁぁ…いい匂い…恍惚状態に陥ったまま、そのお腹を思う存分吸う。
くすぐったいのか、赤ちゃんはぴゃぴゃと可愛い鳴き声を上げている。
「…デイジーねぇちゃん、どうかしたの? なんかおかしいよ?」
「えっ!? そんな事無いよ!?」
熊耳を着けた幼い男の子が声を掛けてきた。大丈夫だよ、私は安全なただの子ども好きなお姉さんだからね!
「えぇと、君はなに君だったかな?」
「……ハロルドだよ、忘れちゃったの?」
「えへへごめんごめん。ハロルド君も可愛いねぇ」
私がごまかすようにヘラヘラ笑っていると、ハロルド君は不安そうな顔をしていた。
「なんか今日のデイジーねぇちゃん、いつもと違うね」
「なんでー? 今日もいつもどおり美人さんでしょぉ?」
いつもどおりだぞ、いつもデイジーは美人さんだぞ?
私はハロルド君を抱き込むと、彼の熊耳を吸った。ねぇねぇ獣化しないの? 可愛い可愛いと撫で回していると、最初戸惑っていたハロルド君もおとなしくなり、膝に頭を載せて甘える体制になった。あぁ可愛いねぇ。
「気でも触れたのですか、アステリアお嬢様」
その、鋭い声に広場に集まっていた獣人の皆さんはビビッと毛を逆立てていた。私でも分かった。彼らは警戒しているのだ……この、おばさんに。
シュバルツ王国のフォルクヴァルツ辺境伯令嬢だと判明したデイジーは貴族令嬢としての教育を受けることになった。
しかしその教師が曲者だった。彼女は初対面である私にも棘のある態度を取っていた。そうなればこの村の住民にも同じく、失礼な態度を取り続けていたのだろう。
デイジーはこのおばさんのことが嫌いみたいで、このおばさんに監視されて息苦しいみたいだった。デイジー付きのメイドはみんなこのおばさんの手先で、デイジーは随分肩身の狭い思いをしているようだ。
アステリア様、と呼ばれて私はキョトンとした。耳慣れない名前だ。私にとってデイジーはデイジーでしか無いので違和感しかない。
「ていうか、額に虫付いてますよ」
おでこにてんとう虫が付いているよ。ちょうど中央に。
私がおでこを指差して教えてあげると、ギルダは鬱陶しげにハンカチで虫を追い払っていた。てんとう虫さん、バイバイ。
「…話の腰を折らないでくださいまし」
「えー虫が付いてること教えてあげただけなんだけどなぁ? …ずっと思っていたんだけど、なんでギルダさんそんなに偉そうなの? 私貴族よ? 貴族のお姫様だよ?」
教師といえど、貴族のお姫様よりも偉そうってどういうことなの。雇い主のお嬢様に対する態度じゃないと思うな。
デイジーがもしもわがままなお嬢様なら、親にチクってクビにしちゃうこともできるのにすごいよねぇ。恐れないのかなぁ。
デイジーの中に私が入ってるとは知らないであろうおばさんは顔を真っ赤にして怒りに震えていた。
「おちょくらない! 今のあなたは貴族令嬢なんかではありません! 躾のなっていない山猿です!」
そこまで言う?
そうは言うけど、私の目から見たらデイジーは十分貴族のお姫様らしい振る舞いになっていたぞ。それが息苦しそうで辛そうだったけど。この人いつもそうやってデイジーを責め立て追い立ててるのかな。
周りではギルダの怒鳴り声に怯えて、ピエーピエーと泣き始めるちびっこたち。私はしがみついてきたハロルドくんを抱えて背中を撫でてやりながら、ギルダを見上げた。
「……なんでそんなにピリピリしてるんですかぁ? そもそも、お城の守りが緩いからデイ…私は行方不明になったんでしょぉ? その間親切な人に育ててもらえてたんだから、育ちのことを責めるのはお門違いだと思うなぁ」
たったひと月で行儀作法が身につくなら誰も苦労しないでしょ。そもそも、デイジーは乗り気じゃないのによくぞここまで頑張ってるよ。
大体、ここは雇い主の恩人の住まう村でしょ? それなのにこの人は態度悪すぎだと思う。躾がなってないのはどっちなの。
言い返したらこのおばさん烈火の如く怒っちゃうだろうなぁとわかっていたけど、私は敢えて反抗的な態度を取った。だって私もこのおばさん嫌いだもん。
「生意気な…教師に楯突くなどあってはならないことですよ!」
脅し文句みたいな言葉。そんなふうにデイジーのことを責め立てていたのかな。教師が言うことは絶対とでも言いたいのかな。たとえ理不尽なことも我慢して耐えなきゃいけないなんて…どうしてデイジーがそんな扱いを受けなきゃならないの。
「貴族令嬢をいじめてる人に言われたくないなぁ。普通は何もわからない令嬢には親身になって教えるものじゃないですか? お給金貰ってる立場でしょ? なんでそんなに偉そうなのおばさん」
デイジーが痩せて、元気がなくなっている理由がわかった。
急に貴族になったとか、周りがよそよそしくなったとか色んな理由が合わさった結果なんだろうけど、一番の原因はこのおばさんにある。
このおばさんはデイジーから光を奪ったんだ。1人で強く咲くデイジーを足蹴にして、都合のいい何も言わないお人形さんに育て上げようとしている。
「あなたにはマナー教本をはじめから復唱と書き取りを命じます! 明日までにやりなさい!」
「嫌ですぅ」
「なっ」
「私には必要ないもーん」
おばさんいわく、平民は躾のなってない山猿らしいし? デイジーに出来ないなら私にはとてもとても無理だなぁ。
デイジーは賢いんだよ? マナー教本なんてその気になれば暗記だってできる。だけどこのおばさんの指導下ではやる気も起きないだろう。責めるなら自分の行いを責めるべきだと思う!
私はいつもの癖でほっぺたを膨らませてぷーんとそっぽを向いていたが、冷静に考えてみればデイジーはこんなことしないな。
「あなたを矯正しようとこれまでやって来ましたが、それだけじゃ駄目なようですね…!」
なんか視界の端でプルプルしているなぁと思ったら、おばさんはそんなことを言い出した。矯正? 何を言っているんだこのおばさん。
「即日、帰国するよう旦那様に進言いたします! このような鄙びた獣人村なんかに行くから里心がついてしまうのです!」
今回の帰省は何度懇願しても許してもらえず、ようやく許可をもらえた帰省だったそうだ。
貴族にも色々あるんだなぁと静観していたが、一度デイジーから詳しく話を聞く必要があるかもしれない。
デイジーは1人で抱え込むところがあるから…まぁ、平民の私にはできることも限られてるだろうけどさ。
「ねぇねぇギルダさん」
私はできる限り友好的な声を出した。口から出てくるのはデイジーの声だけどね。
私の呼びかけに「今更謝罪されても遅いですよっ」と鼻息荒くおばさんが怒鳴ってくる。
謝罪? まさか。
私はニッコリと笑って言った。
「言ってなかったけど今の私、デイジーじゃないから」
今の今まで話していたのはデイジーじゃなくてカンナだから、それはナシだよ。デイジーが悲しんじゃうでしょ。
そう言おうと私は口を開いたのだが、ぐらりと強いめまいを感じて意識が遠のいた。
そしてそのまま、広場の芝生の上に倒れ込んでしまった。
■□■
「うぅ、頭いたぁい」
「……カンナ、私と入れ替わっていた間、なにかあった?」
お酒に悪酔いしたように頭痛がする。あの失敗作の気付け薬にはアルコール成分が含まれており、私はそれで酔っ払ってしまったのだ。
アルコールには強い性質らしいデイジーが青ざめた顔で私に酔い覚め薬を差し出してくる。私はそれを一気飲みして一息ついた。
「入れ替わっていた間…?」
「…自分の体に戻った時、私は芝生の上に転がっていたの。周りには赤子がたくさんいて、ハロルドが私の顔を覗き込んでた…」
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「一体何したの!? 私、村人から可哀想なものを見る目を向けられていたんだよ!? ハロルドにはねぇちゃんおかしかったって言われるし!」
デイジーは自分の知らないところで起きていた出来事に恐怖を抱いているらしかった。だけど、大したことはしていない。ちょっとあのおばさんに文句を言っただけだし。
「大丈夫! 元気よく村の人に挨拶して、赤ちゃんの匂い嗅いでいただけだよぅ」
「十分奇行だよ!」
「あとちょっとあのおばさんにも文句言っちゃった。ごめんね」
私の返答にデイジーは頭を抱えていた。
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「デイジー、色々あって心病んでるんだろ?」
「あの陰険そうな女家庭教師の下じゃ、そりゃあ流石のデイジーも病むでしょう…」
「我慢しすぎて、あんなに痩せちまってなぁ」
「ごめんなぁ、気づいてやれずに…」
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お貴族様の娘とわかったことで遠慮していたのもあるが、一番は目を光らせるメイドとギルダが必ず側にいて、嫌味を飛ばしてくるので声を掛けづらかった、ごめんねと口々に言われていた。
「デイジーはいるかい」
そして村の最長寿であるというおばあさんがやって来て、彼女は孫に持ってこさせた捌きたての鶏肉を差し出させていた。
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ピチピチの鶏肉を渡されたデイジーの目は死んでいた。
「わぁ、今日はごちそうだね!」
デイジーは私をなんとも言えない目で見下ろしていた。
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1人用のベッドなので寝にくいが、その日は元々寝る気はなかった。私はデイジーの口から詳しく、何があったのか… 彼女の本音を聞き出すつもりでいたのだ。
音封じの呪文かけて、邪魔が入らないようにした上で私はデイジーに詳しく話を聞いた。
最初は説明口調だったデイジーだったが、思い出しながら話していくうちにデイジーは本音を吐き出し始めた。
デイジーという名前が奪われ、別の名前で呼ばれる。そして貴族の娘という人生を押し付けられて、自分のこれまでの人生や努力を否定される。
それに加えて、ギルダとメイドのあの態度。今は人前だからまだマシな方なのだという。城の中では監視されて、身動きが取れなかったのだという。
「私は自由に魔術師として生きたいのに」
私はそのために努力してきたのに。
デイジーは泣いていた。声を押し殺して、涙を流していた。
私は黙って彼女を抱きしめて背中を撫でてあげた。デイジーが悲しんでると私も悲しいよ。泣かないでよ。
デイジーと実の家族の距離が縮まってないのはそういうことか。デイジーが複雑な気持ちで意地を張っているのも原因だけど、あのギルダという老女とメイド達が結託して、デイジーをいじめているんだ。
何故いじめているのかは知らないけど、デイジーの心を弱らせて、自分の優位な方に操ろうとしているのか……
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