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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

ほどけた糸の先

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 がやがやと賑わう王宮の大広間内では、貴族たちが歓談していた。お高く留まってお互い自慢話に興じているその姿に憧れる庶民は多いだろうが、私の目からしてみたら薄ら寒いものを覚える。

 こういったパーティでは身分の低いものから入場するそうだ。──ただし、ここでは国賓扱いの私は最後に入場することになると言われた。私はそういう派手な入場は好まないので、事前に入場している。
 招待状を提示した時に係の人と入場に関してひと悶着あったけど、どうせこの中で身分が一番低いし問題ないだろう。

 続々と集まってくる貴族たちを尻目に、会場の隅っこでお食事を頂いていた。早く帰りたいなぁ。
 エスメラルダ王国民である私をこんなパーティに呼んで何になるというのか。わざわざ足を運んであげた国賓なのに、周りの貴族からはちくちくと侮蔑の眼差しを向けられるし、これ最悪国際問題になるんじゃないか。

 そもそも私を呼んだというシュバルツの王太子はどこだ。確か白金色の髪を持つ線の細そうな美男だったな。

「ラウル殿下よ!」
「ファーストダンスはどなたと踊るのかしら!?」
「こちらを見てくださらないかしら!」

 キャアキャアと黄色い声があちこちの貴族の娘から飛んできたことで、この国の王太子が入場してきたのがわかった。人影に隠れて見えないが私をパーティに招待した根源があの中心にいるのだろう、多分。
 社交界デビューの娘は王族の男性と一曲、みんなの前で踊るしきたりとかどうとか。もうそんなんどうでもいいよ。私には全く関係ない。
 豪華な装飾も、おしゃれな料理も、華やかな人々も私にとっては何の足しにもならない。カンナだったらはしゃいで喜ぶだろうが、私はそうでない。
 むしろ王立図書館を見たほうがはしゃぐ自信がある。そこで寝泊まりしていいよって言われたら飛び上がって喜ぶ自信があるね。

 ボーッと人ゴミを眺めていると左右に人が捌けて、その間から一人の青年が現れた。
 白金色の髪を持つ人形のようにきれいな顔立ちをしたその男はこの国の王太子、ラウル・シュバルツ。町で見かけた絵姿通りの美男子である。
 私とその男の視線がぱっちり合う。恐らく彼は私を見つけて挨拶に来たのであろう。腐っても招待者だ。他国の魔術師を招待しておいて放置はしないか。
 私は手に持っていたお皿とフォークをそばにあるテーブルに置くと、すっと魔術師の礼をしてみせた。

「貴殿がデイジー・マックか」

 あちらから声を掛けられたので下げていた頭をゆっくり上げて口を開いた。

「…お招き頂きありがとうございます。エスメラルダ王国高等魔術師デイジー・マックでございます」

 何度やっても挨拶に慣れないな。堅苦しくて肩が凝りそうである。

「先に入場したと聞いたが」
「…無遠慮な視線を浴びながら入場する趣味はございませんので。いけませんでしたか?」

 別にこの国の貴族に紹介されたいわけでもなし。無駄に関わりたくないのだ。私の返答に王太子は「そうか」と興味なさそうに返して来た。
 私の元に真っ先にやって来た王太子。彼に声を掛けられるのを待っていた女性陣から刺さるような視線が向けられる。
 向こうからやってきたし、甘い雰囲気なんて1滴たりともないのに、理不尽である。

「エスメラルダのクリフォードとは昔から個人的に交流していて、彼から君の噂は聞いている。学生時代様々な伝説を残したそうだな」
「いえとんでもない」

 どんな話をしたんだ、うちの国の王太子殿下は。やめて? 本人を無視して噂流すの。

「3年で学校を卒業し、卒業から1年程度で高等魔術師に登り詰めたと。…実に優秀。それなのに国からの魔法庁入り打診を断ったとは何故だ? 条件が不満だったのか」

 下世話な問いかけに私は眉をひそめた。

「…他国の王太子殿下に理由をお話する必要がありますか?」

 あんたには関係ないだろうと遠回しに言ってみる。
 私が警戒してみせると、相手は肩をすくめて小さく笑っていた。

「手厳しいな」
「我が国の益にならないことですから」

 国が違うと王太子も違う……違う人間だから仕方ないかな。
 うちの国のクリフォード殿下はどっちかといえば素直な人なので、それと比べるとラウル殿下は随分と癖のある人のようだ…

「ふむ、私の国に移籍したらどうだ? 賃金は弾むぞ?」
「魅力を感じませんのでお断り申し上げます」

 組織に縛られたくないので、どの国であっても属さない。どうせどこも同じだろう。庶民を使い潰すだけの貴族が上に存在するだけだ。
 私の反応が面白いのか先程から笑うラウル殿下。なんかむかつくな。腹の底を読まれている感じがしてなんか嫌な感じがする。

「そういえば貴殿は17歳だったな、デビュタントがてら私と一曲どうだ?」
「身に余る光栄ですが、謹んで辞退申し上げます」

 なんで私があんたと踊らねばならんのだ。
 庶民にデビュタントという概念はないのでどうでもいいよそんなの。
 もう挨拶はいいからどっか別の令嬢捕まえて踊ってきて。視線が鬱陶しいの。場違い過ぎてものすごく居心地が悪いんだよ。相手は他国の王太子だから言葉に気を遣わなきゃいけないし疲れる。帰りたい。早く帰らせてくれ。

「──アステリアッ!」

 私が胡乱にラウル殿下を見上げていると、誰かが女性の名前を叫んでいた。
 アステリア? 誰だ…
 怪訝な顔をして視線を動かすと、こちらに向かって腕を伸ばしてくる貴族夫人がいた。

「…!?」

 狙いは私か!?
 前触れもなく飛びつかれそうだったので、私は無言で防御呪文をかけた。

「あ…っ!」

 バチッと弾かれるその手。弾かれたことに驚いたその貴族夫人は手を抑えて呆然とした顔でこちらを見ていた。
 ……誰だ。このおばさん。
 私はいつでも反撃できるように身構える。

「何者だ、私に何するつもりだ」

 警戒を解かずに睨みつけると、貴族夫人は唇を震えさせ、その不思議な色をした紫の瞳に涙を浮かべていた。
 もしや私を人質にとってエスメラルダに宣戦布告……いや高等魔術師舐めすぎだろ。返り討ちにしちゃうよ?
 辺りを睨みつけて次に襲いかかってきそうな刺客を探る。どこからでもかかってこい……高等魔術師の実力見せてやる…。私は体中の魔力をブワッと放出させて相手を威嚇してみせた。

「待った。マック嬢、一旦抑えてくれ」

 そこに割って入ったのはラウル殿下だ。彼は先程までのふざけたからかいの表情から一変して真顔で貴族夫人を見下ろしていた。
 …普段からずっとそうしていればいいのに、何故私には態度が悪かったのか。私、一応他国の高等魔術師だからな?

「フォルクヴァルツ夫人、一体どうしたんだ」

 間に入ったラウル殿下の問いかけに貴族夫人は慌てて礼を取る。そして涙を浮かべてこう叫んだのだ。

「殿下! この子はわたくしのアステリアです! ひと目見てわかりました。間違いありませんとも」

 話が見えない。
 わたくしのアステリアって…誰と間違えているんだ。

「…アステリア…? しかし、彼女は」
「娘はわたくしと同じ色を持っています。それにこの子は我が城に飾っている肖像画そっくりなんです。ハルベリオンが侵攻してきたあの日に行方不明になったわたくしの娘に間違いありません!」

 彼女は涙ながらに訴えている。
 そしてラウル殿下は冷静を取り繕っているが少しばかり混乱している様子だ。
 彼女の娘がどうのハルベリオンがどうのと不穏な単語が並べられるが、私には無縁の言葉ばかり。

「人違いじゃないですか?」

 私の声は自分の声ながら冷たく聞こえた。
 ──捨てられた直後に私は国に迷い子として届けられた。だけど誰も名乗り出てこなかったと役所にもその記録が残っているのだ。
 私の生みの親は私を必要としていないから名乗り出てこなかった、これが真実じゃないのか。

「…最近多いんですよね、私が高等魔術師になったことで自分が生みの親だって言ってくる人」

 名誉でも欲しいんですか? それとも、魔力を持つ血が欲しいんですか?

 このおばさんも同じ人種なのだろう。私が軽蔑の眼差しを向けると、夫人は目を大きく見開いていた。
 今まで散々捨て子だとバカにしてきたくせに私が立派な地位についた途端、知らない人が声を掛けてくることが増えた。その中には自分が親戚だ、生き別れた親を知っていると薄っぺらい嘘をついて金を巻き上げようとしてくる人間と何人も出会ってきた。
 もちろん、すべて流して無視して差し上げたけど、いい加減食傷気味なのだ。

「捨て子だからってバカにしないでもらえます?」

 私が冷たく吐き捨てると、彼女はカッとなった様子で怒鳴り返してきた。

「捨て子!? そんなわけ無いでしょう! ずっと、ずっと探していたのよ、アステリアあなたどこにいたの!」

 貴族夫人にしては感情的な人だな。涙まで流して…一芝居打って自分が母親だと信じ込ませたいのであろうか。

「探していた…? じゃあなんで私は森の中に雷雨の中置き去りにされていたんですか? …邪魔だから殺すためだったんですか?」

 私は自分のルーツを探していた。自分が何者かを知りたかったから探していたけど、生みの親との感動の再会までは望んでいない。
 仮に探していたと言うなら、何故。私が迷い子として役所に登録されていた期間中に名乗りあげなかったのか。探し出さなかったのか。

「私はエスメラルダ王国の役所で迷い子登録されていました。親が見つからなければ乳児院送りになるところだったんです」
「そんな、エスメラルダにいるなんて…盲点だったわ…」

 『ごめんなさい、アステリア』と謝られた。しかし、おばさんがどんなに涙ながらに訴えようと私の心は冷えていくのみ。

「アステリアだかなんだか知りませんが、私はエスメラルダ王国領内の森に捨てられていたデイジー・マック」

 捨て子と謗られ、よそ者と言われて育ってきた雑草のような私はあくまで私でしか無い。私の家族は熊獣人のマック一家だ。
 
「仮にあなたが私を産んだ母親であろうと、私には両親と慕う存在がいます。優しい兄さん達にも恵まれました」

 養ってくれた家族に私は愛されて育ってきた。庶民ながらに努力して、高等魔術師になれた。
 私を生み出したのはエスメラルダ王国。与えられた可能性をフル活用して、努力して得たそれが私の全てなのだ。
 どんな事があってもその真実はブレやしないのだ。
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