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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー
誰にも私は縛られない。
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登庁指定されたその日の朝早くに私は、ルルの背中に乗って村から王都まで空を飛んできた。
普段であれば単身で転送術を使うが、今日に限ってはルルも同行する必要があった。そのため空での移動になったが、天気も良くて楽しい空の旅であった。
目的地に到着すると、そこにはもうすでに魔法庁の役人と王太子殿下が待ち構えていた。
彼らは私とルルの姿を見て緊張した顔をしていた。彼女は絶滅危惧種のドラゴンである。緊張するのも当然のことであろう。私はルルの背中から飛び降りて着地すると、深々と礼をしてみせた。
「お久しぶりです。今日はお時間を作って頂きありがとうございます。こちらが例の保護したドラゴンになります。それで早速ですが報告をさせていただきたいのですが…」
「…どうぞ、こちらへ」
挨拶もそこそこに、早速本題に入ろうと別室に案内されると、机の上に証拠品を取り出してみせる。血のついた武器類、襲撃者が身につけていたマント、防具類、ハルベリオンの魔術師のペンダント、そして人の腕。
ごろん、と肩からちぎれた腕を取り出したときには周りにいた人間が一斉に引いたが、私は訳もなく腕を持って帰ってきたわけじゃない。
「この腕には誓約術の紋様が残っています」
防腐の術を掛けているので、死臭はすれど、腐敗臭まではしないだろう。警備兵に守られながらそれを見ていた王太子殿下は布の手袋をつけると、そっと証拠品に触れた。それは老ドラゴンに刺さっていたナイフの残骸だね。根本からポッキリ折れてるけど。
「…君が居合わせたときには襲撃者すべてが絶命していたと聞いたが」
「老ドラゴンが完膚なきまでに叩き潰してました。私の記憶を投影いたします。それをご覧頂きながら説明させていただこうと思います」
質問はそれが終わった後にしてくれと前置きすると、私は自分の記憶を呼び戻し、正面の壁に向かって投影術を放った。
パッと映ったのは還らずの森の風景だ。
ロバに乗っているときであろう。私の視界は揺れている。途中ロバが怯えたことから、自由気ままな一人旅が急展開する。
死にかけの老ドラゴン、辺りに散らばった人間であろう遺体の一部、老ドラゴンに守られていた幼体のドラゴンの姿。老ドラゴンの落命、流れで一緒に旅をすることになった私とルル。
この術に音声は入らないが、なんとなく状況は判断してもらえるだろう。
「──以上が私の報告になります」
自分の記憶を投影して詳細を説明していた私は一通りの報告を終えたのでそこで話を切った。
「……間違いなく、ハルベリオンの魔術師のペンダントですね」
「この誓約術もそうです。誓約不成立の呪いが発動しています」
証拠品を調べていた役人たちが結論づけると、先程から厳しい表情を浮かべていた王太子殿下が口を開いた。
「…マックさん、こんなにも恐ろしいことに巻き込まれたんだ。悪いことは言わないからしばらく旅を延期したらどうかな?」
藪から棒になんだ。
私は報告に来ただけであって、忠告を聞きに来たわけじゃないんだぞ。
私は遊びで旅をしているんじゃない。目的があって旅をしていたんだ。それがひと月足らずで終わるとかあんまりじゃないか?
「…私はまだ全然世界を見ていない。旅はやめません」
「でもね」
「有事の際は必ず駆けつけるとお約束します。ですから今は私の自由にさせてください」
私は王侯貴族じゃない。ただの村娘だ。
法律違反でもないのに縛られる理由はないぞ。それが殿下の心配や不安ごとだとしても、彼には何の関係もないことである。
私は魔法庁の職員でもなんでもない。ただの自営業の魔術師。誰にも私を縛れないのだ。
「旅をすると決めた時から危険は承知の上ですよ。今はルルが側にいます。大丈夫ですよ」
森の中を見て回るのもいいけど、私としては今度は他国へお邪魔してみたい。手始めにお隣のシュバルツに行ってみるのもいいかも。シュバルツ侵攻のあとは荒れた時期もあったそうだが、ここ最近は以前のように豊かになってきているそうだ。違う文化に触れるのも悪くないと思うのだ。
「ご心配いただきありがとうございます。ですが、私はすぐに旅を再開します」
もう次の旅の準備は完了しているのだ。一刻も早く旅に出たい。
説得しようとする殿下の言葉をサラッと流した。私は用件は終わりましたね、とその場を辞してとんぼ返りしたのである。
■□■
「もう行くの?」
「旅を一時中断しただけだからね」
保存食を収納術で納めている私の背中に向けて心配そうに声を掛けてきたのはお母さんだ。彼女は眉をひそめ、そして何か言いたそうな素振りを見せると、難しい顔をして口を開いた。
「……本当に、ルルの保護を知らせるためだけに帰ってきたのかい?」
お母さんの心配性はいつものことだ。獣人故に警戒心も強い。
やっぱり何かを感じ取ってしまったんだろうな。普通に生きていればドラゴンと関わり合いになること自体ないもの。私もまさかこんなことになるとは思っていなかった。
「──還らずの森での採集活動が終わったら、今度は隣国にも行ってみようと思う」
私は否定も肯定もしなかった。ここで嘘ついてもきっとお母さんにはバレバレだからだ。
誤魔化すようにお母さんから目をそらして旅の行き先を話すと、背後でお母さんが諦めたようにため息を吐き出す音が聞こえた。
私の静かな反抗を察して、これ以上の追及はしないでいてくれた。
「……もしもなにかあったら、すぐに戻ってくるんだよ」
「うん」
心配してくれているのはわかっていた。それでも彼女が無理に旅を止めたりしないのは、私の意思を尊重してくれているのだろう。
心配しないで欲しい。私は魔術師だ。そして今は相棒のドラゴンがいる。なんとでもなるはずだ。
家族は皆、また帰ってくるんだよと心配しつつもお見送りしてくれた。ぐずるハロルドに引き止められながらも、再会を約束して私は再出発した。
ルルの背中に乗って空に浮かぶと、先程まで一緒にいた皆が小さく見えた。そのまま上昇していき、空の旅を楽しみながら還らずの森へ戻り、収集・散策を続行した。
森の中では完全なる自給自足だ。ドラゴン姿に戻ったルルは素手で獲物を捕まえてくれた。私は即席の釣り竿を作ると小川で魚を釣った。食べられる野草を取って、持ってきた保存食を合わせればお腹いっぱい食べられた。
ルルがいると魔獣や獣も襲ってこない。野生の勘がきくルルがいたら事前に危険を回避できる。
当初は一人旅なんて気楽だ、楽勝だ、と思っていたが、実際に体験すると孤独に苛まれた。なので人外ではあるものの、そばにいてくれるルルの存在をありがたいと思っている。
「主、次はどこにいくんだ?」
「うん、目的の材料の採集は終わったし、そろそろ隣国に入国してみようと思う」
保存食を買い足ししたいし、ドラゴンの妙薬の一部を薬屋で売って路銀も作りたい。また材料が必要になればその時は還らずの森に戻ればいい。なのでここで一旦隣国シュバルツに足を踏み入れることに決めた。
シュバルツの入国審査に入ると、他国からやってきたであろう旅人や商人が列に並んでいた。
いざ自分の番になったので、エスメラルダ王国の上級魔術師の証となるペンダントと、通行証を見せると職員から3度見位された。
偽造ではないぞ。ペンダント中央の翠石は輝いているし、ちゃんと国の魔術師名簿にも私の名前がのってるはずだぞ。
身分を疑われ、入国審査に少々もたついたがなんとか入国できた。人型ルルはとっくの昔にエスメラルダが特別発行した通行証で入場済みである。
私が訪れたのはシュバルツ王国南部にあるビルケンシュトック領だ。ここは工業が盛んな町で様々な職人がいる。技術を学ぶために外から修行に来る人もいるそうだ。うちの村の工場の親方も若い頃ここで技術を学んだらしい。
観光地というわけでもなく、飾り気のない工業地帯って雰囲気だ。女性も工場で働いており、あちこちで男性に混じって作業をする女工の姿が散見された。
私はルルを連れて町を散策する。並ぶ店は武器屋だったり家財用具だったり、貴金属の工業品ばかり。華やかさはないが、勢いのある町だ。
目についた店の中を覗き込むと、鋭く光るナイフ達が飾られてあった。ここで刃物研ぎしてくれるだろうか。旅の間にナイフの刃がガタガタになってしまったんだ。
お店の中に入ると刃物の他にも頑丈そうな防具に手袋や革袋、紐などの小物が陳列されていた。
それを眺めていた私は思い出した。なめしてもらったドラゴンの皮でブーツを作ってもらおうと思っていたんだった。工業地帯であるこの辺の防具屋さんで作ってもらうのがいいかもしれない。店の奥から出てきた店主にナイフの研ぎを依頼ついでに尋ねた。
「この辺で靴を作るのに適しているお店はありますか? 頑丈なものを作りたいんです」
森の中散策していたら靴がぼろぼろになったので、ドラゴンの皮で丈夫なブーツでも作って欲しい。いい職人さんがいたら紹介してほしいな。
「旅用かい? それなら3軒隣のベルちゃんの所が良いよ」
ベルちゃんの親父はいい防具職人でね。旅用の靴も手掛けている。娘のベルちゃんはその跡を継いで修行中なんだよ。と教えてくれた。
私は言われたとおりに3軒隣の店に行くと、なるほど確かに防具が沢山飾られていた。材料の特質上、獣臭い匂いが工房内に広がっていた。
「いらっしゃい、お嬢さん。なにかお求めですか?」
出迎えてくれたのは私よりも少し歳上であろう若い女性だ。おそらく元は白い肌だったのだろうが、その肌は日焼けして焦げているようにも覚えた。しかし快活なその笑顔はとても愛嬌にあふれており、印象は良い。
「今履いているブーツが壊れかけなので、新しくブーツを作って欲しいんです」
「出来上がりまでに1ヶ月半くらいかかるけど大丈夫?」
「この町に滞在予定なので問題ありません」
椅子に座るようにすすめられると、早速どのような材質でどういう形状がいいかとか予算はいくらかとか色々質問された。
私は収納術でしまい込んでいたドラゴンの皮の一部を取り出すと、それを差し出した。
「素材はこれで。今履いている靴と似た形状でお願いします。予算はだいたい3万リラ前後で」
通貨はエスメラルダと共通だ。物価は少しばかり異なるが、そこまで貧富の差があるわけじゃないので多分大丈夫かな。
「珍しい材質だねぇ」
「使えますかね?」
村の工場で皮をなめしてもらっている時に職人さんから、年が行っているドラゴンのものなので期待するような防御力はないかもって言われてたんだよね。それでも靴程度なら作れるだろう。
ちなみにルルは服や靴を身につけることを嫌がるので、人化している時は服を身に着けているように見える術を施している。よって今回彼女の分はない。
「ん、頑丈そうだしイケるでしょ」
足の採寸などを済ませた後は、出来上がりを待つだけだ。それまでの期間は宿屋に宿泊することにした。ルルが宿だと人の気配がうるさいから嫌だと渋っていたが、術で結界を張ると提案したらそれで納得してくれたのだ。
店の人におすすめの宿を紹介してもらい、チェックインするとその日は早々に眠りについたのであった。
普段であれば単身で転送術を使うが、今日に限ってはルルも同行する必要があった。そのため空での移動になったが、天気も良くて楽しい空の旅であった。
目的地に到着すると、そこにはもうすでに魔法庁の役人と王太子殿下が待ち構えていた。
彼らは私とルルの姿を見て緊張した顔をしていた。彼女は絶滅危惧種のドラゴンである。緊張するのも当然のことであろう。私はルルの背中から飛び降りて着地すると、深々と礼をしてみせた。
「お久しぶりです。今日はお時間を作って頂きありがとうございます。こちらが例の保護したドラゴンになります。それで早速ですが報告をさせていただきたいのですが…」
「…どうぞ、こちらへ」
挨拶もそこそこに、早速本題に入ろうと別室に案内されると、机の上に証拠品を取り出してみせる。血のついた武器類、襲撃者が身につけていたマント、防具類、ハルベリオンの魔術師のペンダント、そして人の腕。
ごろん、と肩からちぎれた腕を取り出したときには周りにいた人間が一斉に引いたが、私は訳もなく腕を持って帰ってきたわけじゃない。
「この腕には誓約術の紋様が残っています」
防腐の術を掛けているので、死臭はすれど、腐敗臭まではしないだろう。警備兵に守られながらそれを見ていた王太子殿下は布の手袋をつけると、そっと証拠品に触れた。それは老ドラゴンに刺さっていたナイフの残骸だね。根本からポッキリ折れてるけど。
「…君が居合わせたときには襲撃者すべてが絶命していたと聞いたが」
「老ドラゴンが完膚なきまでに叩き潰してました。私の記憶を投影いたします。それをご覧頂きながら説明させていただこうと思います」
質問はそれが終わった後にしてくれと前置きすると、私は自分の記憶を呼び戻し、正面の壁に向かって投影術を放った。
パッと映ったのは還らずの森の風景だ。
ロバに乗っているときであろう。私の視界は揺れている。途中ロバが怯えたことから、自由気ままな一人旅が急展開する。
死にかけの老ドラゴン、辺りに散らばった人間であろう遺体の一部、老ドラゴンに守られていた幼体のドラゴンの姿。老ドラゴンの落命、流れで一緒に旅をすることになった私とルル。
この術に音声は入らないが、なんとなく状況は判断してもらえるだろう。
「──以上が私の報告になります」
自分の記憶を投影して詳細を説明していた私は一通りの報告を終えたのでそこで話を切った。
「……間違いなく、ハルベリオンの魔術師のペンダントですね」
「この誓約術もそうです。誓約不成立の呪いが発動しています」
証拠品を調べていた役人たちが結論づけると、先程から厳しい表情を浮かべていた王太子殿下が口を開いた。
「…マックさん、こんなにも恐ろしいことに巻き込まれたんだ。悪いことは言わないからしばらく旅を延期したらどうかな?」
藪から棒になんだ。
私は報告に来ただけであって、忠告を聞きに来たわけじゃないんだぞ。
私は遊びで旅をしているんじゃない。目的があって旅をしていたんだ。それがひと月足らずで終わるとかあんまりじゃないか?
「…私はまだ全然世界を見ていない。旅はやめません」
「でもね」
「有事の際は必ず駆けつけるとお約束します。ですから今は私の自由にさせてください」
私は王侯貴族じゃない。ただの村娘だ。
法律違反でもないのに縛られる理由はないぞ。それが殿下の心配や不安ごとだとしても、彼には何の関係もないことである。
私は魔法庁の職員でもなんでもない。ただの自営業の魔術師。誰にも私を縛れないのだ。
「旅をすると決めた時から危険は承知の上ですよ。今はルルが側にいます。大丈夫ですよ」
森の中を見て回るのもいいけど、私としては今度は他国へお邪魔してみたい。手始めにお隣のシュバルツに行ってみるのもいいかも。シュバルツ侵攻のあとは荒れた時期もあったそうだが、ここ最近は以前のように豊かになってきているそうだ。違う文化に触れるのも悪くないと思うのだ。
「ご心配いただきありがとうございます。ですが、私はすぐに旅を再開します」
もう次の旅の準備は完了しているのだ。一刻も早く旅に出たい。
説得しようとする殿下の言葉をサラッと流した。私は用件は終わりましたね、とその場を辞してとんぼ返りしたのである。
■□■
「もう行くの?」
「旅を一時中断しただけだからね」
保存食を収納術で納めている私の背中に向けて心配そうに声を掛けてきたのはお母さんだ。彼女は眉をひそめ、そして何か言いたそうな素振りを見せると、難しい顔をして口を開いた。
「……本当に、ルルの保護を知らせるためだけに帰ってきたのかい?」
お母さんの心配性はいつものことだ。獣人故に警戒心も強い。
やっぱり何かを感じ取ってしまったんだろうな。普通に生きていればドラゴンと関わり合いになること自体ないもの。私もまさかこんなことになるとは思っていなかった。
「──還らずの森での採集活動が終わったら、今度は隣国にも行ってみようと思う」
私は否定も肯定もしなかった。ここで嘘ついてもきっとお母さんにはバレバレだからだ。
誤魔化すようにお母さんから目をそらして旅の行き先を話すと、背後でお母さんが諦めたようにため息を吐き出す音が聞こえた。
私の静かな反抗を察して、これ以上の追及はしないでいてくれた。
「……もしもなにかあったら、すぐに戻ってくるんだよ」
「うん」
心配してくれているのはわかっていた。それでも彼女が無理に旅を止めたりしないのは、私の意思を尊重してくれているのだろう。
心配しないで欲しい。私は魔術師だ。そして今は相棒のドラゴンがいる。なんとでもなるはずだ。
家族は皆、また帰ってくるんだよと心配しつつもお見送りしてくれた。ぐずるハロルドに引き止められながらも、再会を約束して私は再出発した。
ルルの背中に乗って空に浮かぶと、先程まで一緒にいた皆が小さく見えた。そのまま上昇していき、空の旅を楽しみながら還らずの森へ戻り、収集・散策を続行した。
森の中では完全なる自給自足だ。ドラゴン姿に戻ったルルは素手で獲物を捕まえてくれた。私は即席の釣り竿を作ると小川で魚を釣った。食べられる野草を取って、持ってきた保存食を合わせればお腹いっぱい食べられた。
ルルがいると魔獣や獣も襲ってこない。野生の勘がきくルルがいたら事前に危険を回避できる。
当初は一人旅なんて気楽だ、楽勝だ、と思っていたが、実際に体験すると孤独に苛まれた。なので人外ではあるものの、そばにいてくれるルルの存在をありがたいと思っている。
「主、次はどこにいくんだ?」
「うん、目的の材料の採集は終わったし、そろそろ隣国に入国してみようと思う」
保存食を買い足ししたいし、ドラゴンの妙薬の一部を薬屋で売って路銀も作りたい。また材料が必要になればその時は還らずの森に戻ればいい。なのでここで一旦隣国シュバルツに足を踏み入れることに決めた。
シュバルツの入国審査に入ると、他国からやってきたであろう旅人や商人が列に並んでいた。
いざ自分の番になったので、エスメラルダ王国の上級魔術師の証となるペンダントと、通行証を見せると職員から3度見位された。
偽造ではないぞ。ペンダント中央の翠石は輝いているし、ちゃんと国の魔術師名簿にも私の名前がのってるはずだぞ。
身分を疑われ、入国審査に少々もたついたがなんとか入国できた。人型ルルはとっくの昔にエスメラルダが特別発行した通行証で入場済みである。
私が訪れたのはシュバルツ王国南部にあるビルケンシュトック領だ。ここは工業が盛んな町で様々な職人がいる。技術を学ぶために外から修行に来る人もいるそうだ。うちの村の工場の親方も若い頃ここで技術を学んだらしい。
観光地というわけでもなく、飾り気のない工業地帯って雰囲気だ。女性も工場で働いており、あちこちで男性に混じって作業をする女工の姿が散見された。
私はルルを連れて町を散策する。並ぶ店は武器屋だったり家財用具だったり、貴金属の工業品ばかり。華やかさはないが、勢いのある町だ。
目についた店の中を覗き込むと、鋭く光るナイフ達が飾られてあった。ここで刃物研ぎしてくれるだろうか。旅の間にナイフの刃がガタガタになってしまったんだ。
お店の中に入ると刃物の他にも頑丈そうな防具に手袋や革袋、紐などの小物が陳列されていた。
それを眺めていた私は思い出した。なめしてもらったドラゴンの皮でブーツを作ってもらおうと思っていたんだった。工業地帯であるこの辺の防具屋さんで作ってもらうのがいいかもしれない。店の奥から出てきた店主にナイフの研ぎを依頼ついでに尋ねた。
「この辺で靴を作るのに適しているお店はありますか? 頑丈なものを作りたいんです」
森の中散策していたら靴がぼろぼろになったので、ドラゴンの皮で丈夫なブーツでも作って欲しい。いい職人さんがいたら紹介してほしいな。
「旅用かい? それなら3軒隣のベルちゃんの所が良いよ」
ベルちゃんの親父はいい防具職人でね。旅用の靴も手掛けている。娘のベルちゃんはその跡を継いで修行中なんだよ。と教えてくれた。
私は言われたとおりに3軒隣の店に行くと、なるほど確かに防具が沢山飾られていた。材料の特質上、獣臭い匂いが工房内に広がっていた。
「いらっしゃい、お嬢さん。なにかお求めですか?」
出迎えてくれたのは私よりも少し歳上であろう若い女性だ。おそらく元は白い肌だったのだろうが、その肌は日焼けして焦げているようにも覚えた。しかし快活なその笑顔はとても愛嬌にあふれており、印象は良い。
「今履いているブーツが壊れかけなので、新しくブーツを作って欲しいんです」
「出来上がりまでに1ヶ月半くらいかかるけど大丈夫?」
「この町に滞在予定なので問題ありません」
椅子に座るようにすすめられると、早速どのような材質でどういう形状がいいかとか予算はいくらかとか色々質問された。
私は収納術でしまい込んでいたドラゴンの皮の一部を取り出すと、それを差し出した。
「素材はこれで。今履いている靴と似た形状でお願いします。予算はだいたい3万リラ前後で」
通貨はエスメラルダと共通だ。物価は少しばかり異なるが、そこまで貧富の差があるわけじゃないので多分大丈夫かな。
「珍しい材質だねぇ」
「使えますかね?」
村の工場で皮をなめしてもらっている時に職人さんから、年が行っているドラゴンのものなので期待するような防御力はないかもって言われてたんだよね。それでも靴程度なら作れるだろう。
ちなみにルルは服や靴を身につけることを嫌がるので、人化している時は服を身に着けているように見える術を施している。よって今回彼女の分はない。
「ん、頑丈そうだしイケるでしょ」
足の採寸などを済ませた後は、出来上がりを待つだけだ。それまでの期間は宿屋に宿泊することにした。ルルが宿だと人の気配がうるさいから嫌だと渋っていたが、術で結界を張ると提案したらそれで納得してくれたのだ。
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12/11追記
書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。
たくさんお読みいただきありがとうございました!
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