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Day‘s Eye 魔術師になったデイジー

牙のペンダント

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 獣人村の村長のお宅にお邪魔して、ここだけの話として旅の最中起きたことを状況説明していると、そのタイミングで伝書鳩が飛んできた。
 私は同席していた村長と副村長にここで開封してもいいか確かめてからその封印を解いた。王太子殿下からの返事である。ここに戻ってくるまでに数回伝書鳩での文通をしているのだが、今回の内容は私の相棒になったルルの話についてだった。

『──ここだけの話だが、ハルベリオン王が不治の病という噂が密かに流れているんだ。それも治療方法のない奇病でね、身体の端からじわじわと腐り落ちるというものなんだ。……以前、君が摘発に協力した事件を覚えているかい? 君の村近くの町に住んでいたあの男のことだよ』

 あの成金のことか。ミアを誘拐して弄ぼうとしたあの男……今は苦役を課せられているはずである。

『彼は違法転売の罪でも裁かれていただろう。薬草を不正に転売流通させていた先が、ハルベリオン宛だったことが判明したんだよ』

 伝書鳩越しの殿下の言葉に、私の元々あった胸騒ぎが更に大きくなった気がした。伝書鳩から流れる声に驚いていた村長たちも神妙な顔をして考え込んでいる。あの事件は村民の記憶に未だ残っているからな…

『それでね、マックさん。これから魔法庁へ向かうって話だったけど、しばらく村で待機しておいてくれるかな』

 お願いに似た命令に私は眉をひそめた。
 待機、だと?

『私も時間を作って君の話と提出する証拠品を確認しに行こうと考えているんだ。来庁日時を指定するから少し待っててほしい』

 そんな、さっさと証拠品提出したら再度旅を続けるつもりだったのに。

『君のことだからさっさと旅に出たいと考えているかもだけどね、もしかしたらハルベリオンの残党がうろついているかもしれないだろう? 少し時間を置くのも大事だと思うよ』

 私の考えなどお見通しとばかりに殿下は見事言い当ててみせた。私はムッとする。私の旅を阻止しようなんて……話なら職員から又聞きすりゃいいのに。


■□■


 思わぬ待機を命じられた私は、村でおとなしく滞在していた。
 暇な時間はもっぱら勉強だ。高等魔術師試験のね。国内の王立図書館に行くくらいなら何も言われないだろう。なにか言われたら流石に怒るぞ。私は赤子じゃないんだ、上級魔術師なんだぞって。
 
 勉強の息抜きがてら、私はとある工場にお邪魔していた。そこは家財用品や武器などを製造加工して、あちこちへ卸している工場である。
 ちなみにここはテオの職場だったりする。私はそこの親方にお伺いを立てて、老ドラゴンの解体と素材の加工をお願いした。

「こりゃあ…見事なドラゴン様だな…」
「1200歳を優に超えてるそうです」
「すげぇ長生きだな」

 広い場所で収納術を解くとでーんと現れた老ドラゴンの亡骸。彼は亡くなったあの時とそう変わらない状態で眠っているように見えた。
 尚、ルルはこの場にはいない。おじいさんの遺体を引き渡す決意はしたと言うが、解体する場面を見たくはないだろう。彼女には甥っ子ハロルドの面倒をみてもらっている。
 老ドラゴンの身体ははじめ、一人で解体するつもりであった。──しかし、無理だった。硬すぎるのだ。お陰で持ってたナイフが折れてしまった。魔法を使うと損壊してしまう恐れもあるので、力自慢の彼らに助けを求めることにしたのである。ここなら解体するための道具もあるはずだから。

「…矢じりか剣による怪我か? こんなんじゃ絶命するまで時間がかかったろうに…」

 中々お目にかかれない立派なドラゴンの亡骸を物珍しそうにペタペタ触っていた親方はドラゴンの身体に残る傷跡をみて同情していた。
 でもな、老ドラゴンも暴れまくって襲撃者すごい死に方してたぞ。自分を害した人間には死を持って贖わせたからその辺りは満足してると思う。

「皮は別にとっておいてもらってもいいですか? 防具に作り変えようと思うんです。牙は一つ立派なのをとっておいてもらって、他は売ってお金にします。それと肉は食用には向かないので、すべてドラゴンの妙薬にします」

 自分の希望を伝えると、親方並びに工員たちは快く依頼を引き受けてくれた。手間賃の基準がわからなかったが、素材の一部を買い取る形で手間賃はなしでいいと言われた。いいのだろうか。実質タダである。
 親方は早速作業に取り掛かろうと、周りにいた工員に指示して大きな…ノコギリ? 2人で使うノコギリみたいな大きな刃物を研がせていた。あれで切るのか…切れるのであろうか。

「ついこの間旅立ったばかりなのに、エライ拾いもんしたな」

 そう言われて私は肩をすくめる。
 私もこんな早く帰ってくる予定はなかったんだ。ルルたちに出会わなければきっと先に進んでいたはずなんだよねぇ…

「お前さんの家族はもちろんだけど、テオの野郎も喜んでるだろうよ。若い娘の一人旅ってんでひどく心配していたからな」
「…えぇ?」

 彼の言葉に私は疑問を抱いてしまった。家族はわかるが、なんでテオ?
 
「お前さんに会いたくて向こうでウズウズしているだろうな。まぁ仕事サボったら居残りにさせるって言ったから、大丈夫だろうけど」

 私に会いたくてウズウズとは……子分が帰ってきて嬉しいのだろうか。
 なんだあいつはサボりの常習犯となっているのか。何歳になっても落ち着きのないやつだな。

「群れの一員と認められたんですかね」

 半笑いで返すと、親方から変な顔をされた。
 おい、何だその顔は。残念なものを見るかのようなその瞳をやめてくれないか。

「……お前さん、賢いのに鈍感だなぁ…」

 鈍感だと?
 そんな事ない。私が鈍感なら今頃森の中で野垂れ死んでいるに違いない。
 ムッとしたが、今から作業をするとのことだったので私は後ろに下がってそれを見学することにした。
 巨体だった老ドラゴンが解体され、肉片へと変わっていく姿を見るとなんともいえない気分になるが、自分も旅中に鹿を捕まえて同じように解体したのでしていることはあんまり変わんないか。元を辿れば同じ生き物だもんね。


 ドラゴンの皮はなめしてもらうことにした。出来上がった後にブーツや防具に加工してもらう予定だ。
 肉部分は私が妙薬に加工する。全部となると大変なので、徐々に作ることとして、使わない分は保存魔法をかけて収納しておく。

 老ドラゴンの爪や牙は一部を手間賃代わりに工場に引き渡し、残りは町にある正規の武器屋に売って路銀にするつもりである。牙ひとつだけでも結構な金額するらしく、買い叩かれないようにと工場の親方が相場を教えてくれた。
 絶滅危惧種だからそりゃあ高いよね…ちょっと引くくらい高価な金額だった。



「ルル、ちょっと」

 庭でチョウチョを追いかけている甥っ子を観察……面倒見ているつもりらしいルルに声をかけると、ヒト型の彼女の首に作ってきたそれを掛けてあげた。
 老ドラゴンの立派な牙1つを加工して、それに頑丈な革紐を通したものだ。ドラゴンに戻っても平気なように紐は長めにしている。ドラゴンにこの風習があるのかは知らないけど、大切なおじいさんの牙だ。喜んでくれると思う。

「……これは」
「牙は魔除けになるんだって。おじいさんがきっとルルを守ってくれるよ」

 ルルは物珍しそうにそれを観察していた。老ドラゴンは長生きしただけあって、使い古された牙を持っていた。ルルのおじいさんはもうこの世にいないけど、牙だけでも彼女の側に、と思って作ったんだけど…
 ルルは牙を手にとってまじまじ見ていたが、ふと何かを思い出した風に顔を上げた。

「…主が身につけているものと同じだな」

 その言葉に私はドキッとする。
 …そうなのだ。管理に困ったテオの乳歯をペンダントにして引っさげてるのだ。別に他意はない。なんとなくである。
 普段は人目につかぬよう、服の下に隠しているが、着替えている時にそれを見られたのであろう。

「主……ありがとう」

 私が視線をさまよわせて動揺しているとは気づいていないのか、ルルは老ドラゴンの牙を握りしめて、泣きそうな顔で笑っていた。
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