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Day's Eye 森に捨てられたデイジー
人の優しさ
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「使われた薬の効果を抜くために、今日はここで入院ね」
「……」
大会会場にいた時よりも身体の痺れはひどくなり、体の感覚が鈍くなっている。
今では歩くことはおろか、指を自分の意志で動かすことすら出来ない状態だ。喉が動かないどころではない。体の感覚がないのだ。当然ながら水を飲むことも出来ない。
そのため、身体に管をつなげて脱水にならないように処置を施された。ぼんやりする意識の中、医務室の先生に目で問いかける。
「マックさんに使われた薬は、使用資格が必要な危険薬物なの。本来であれば外科手術などの医療行為をする時に使うものなんだけど……貴族のお坊ちゃんはどこでこんなものを入手したのかしらね」
分量を間違えれば呼吸困難に陥り、命を落とす恐れもある、と言われて微妙な心境に陥った。
貴族様にとっては、それで私が死んでも構わないってことか。死んだら金を積んでなかったことにするつもりだったのかな。……バレないとでも思ったんだろうか。
「いくらお貴族様だとしても、こんなこと許せません!」
「もちろんよ。殿下がすぐさま捕縛したそうだから、きっと罪に問われることでしょう」
先程から私の手を握ってピィピィ泣いていたカンナは自分のことのように憤っていた。
カンナは私の手をあたためるように擦り続けてくれているが、本当に感覚がないんだ。先生が保温魔法を私の周りに巡らせてくれているが、それすら感じない。おそらく薬の影響で体温が下がっているのだろうな…
このまま私に付き添っていると駄々をこねるカンナを先生が追い出し、私は病室で一人静かな夜を過ごした。薬の影響で私の意識は混濁していたので一人でも全く気にならなかった。深い深い沼の底に沈み込むように眠りについたのである。
■□■
「はい、これあげる」
若干身体の痺れは残っているが、翌日にはなんとか起き上がれるようになった私のお見舞いに来たマーシアさんがあるものを差し出してきた。
それは、昨日の大会の優勝賞品である、薬図鑑だ。
「これが欲しかったんでしょ?」
え、くれるの…?
ていうかマーシアさん、決勝まで進んで優勝したのか。確かにこの人は戦闘能力高いなぁとは前々から思っていたけど、優勝するとは……
「安心していいよ、デイジーの仇は私が取ってやったよぉ」
いつものほわほわした笑顔でなんて無いことのようにマーシアさんは言うが……そんなまさか、私のために優勝賞品を取ってきてくれたのか…
「ありがとう…ございます」
私は力なく本を両手で抱えると彼女にお礼を言った。マーシアさんに感化されて私の心までほわほわしてきた。
受け取った本はずっしり重い。この薬図鑑には幾多もの薬の作り方や、薬効のある材料の説明などがみっちり書かれている。薬学オタクにはたまらない一品だが、めちゃくちゃ高い。その上発行部数が少ないため中々入手できない品なのだ。そんな貴重な書物を私にくれるなんて…
なんだかまぶたが熱くなってきたのでこらえていると、ワシャワシャと頭を撫でられた感触がした。視線を上げると、マーシアさんが私の頭を撫でているではないか。
「なんかいつも気ぃ張ってるけどさ、たまには肩の力抜いていいんだよ」
私はデイジーの味方だからねぇと笑うマーシアさん。
変人だと思っていた。ヘラヘラしていて、どことなく苦手意識はあったけど、実はいい人なのかもしれない。
■□■
その翌日には退院許可が出たので5年の教室に向かった。そのまま普通に教室に入ると、クラスメイトが一斉にこちらを見てきた。視線の数にびっくりした私はギクリとして後退りしてしまった。
「あ、あの、おはよう、もう身体大丈夫なの?」
「ご心配おかけしました、もう大丈夫です」
恐る恐る声を掛けてきた女子生徒がいたので、私はペコリと頭を下げる。
「マックさんが休んでいた間の授業のノート…これよかったら」
「…ありがとうございます」
なんだか気を遣われているみたいだ。私はお礼を言って有り難くノートの写しを頂いた。
私はお世辞にも人当たりがいいタイプではない。愛想も良くないのに気を遣ってもらってなんか申し訳ないな。自分が使用している席に荷物をおいて腰掛けると、隣の席の男子生徒も声を掛けてきた。
「なぁなぁマック、あのパンチ、カッコよかったぜ!」
彼はぐっと拳を握って言った。第一声がそれってどういうことなのだろうか。
「あの瞬間のパンチは見ていてスッキリしちゃった!」
「君って動きが素早いよな」
「年下の女の子に拳で負けるってか弱すぎるよな……あの貴族の顔思い出すと笑えるよ」
他の人も口々に素直な感想を漏らしていた。思い出し笑いをしている人までいる。
貴族の悪口言っても大丈夫なの? 誰かに聞かれたらまずくないか? まぁ…ここ一般塔だから大丈夫だろうけどさ。
「…私は獣人の身体能力を見慣れてるから、そのお陰かと」
それがあったから、ためらわずに相手の懐に入っていけたのだ。獣人と比較すると人間の動きは鈍い。勝てると思ったから拳を叩き込んだのだ。
……もしも相手がテオだったら、あっという間に転がされてマウントを取られていたに違いない。
「やっぱり人間の動きって遅いの?」
「個人差はあるけど、そうですね…」
人間にも運動神経が飛び抜けている人はいるけど、やっぱり獣人には遠く及ばない。その差は中々埋められないよね。
「それにしても災難だったね」
「まぁあの貴族はマーシアがこてんぱんにやっつけてたし、元気出せよ」
クラスメイトたちは皆私を気にかけてくれていたようだ。あの大会で貴族子息が薬物を塗布した針を握手の時に仕込んで私の手に突き刺したその後、薬のせいで私が呪文を唱えられなくなったことは皆知っているようだ。
マーシアさんが文字通りボコボコにした後、殿下の命令で捕縛されたとか。大会の規約違反を数件、資格のない薬物を所持・使用、私に対する殺人未遂容疑など色々罪状がでてきて、以前にも前科があった子息をとうとう庇えなくなった学校側が退校処分に処したらしい。
そこまでするのか…と一瞬思ったが、いや退学処分にされて当然かと思い直した。
私としては自分の手でこてんぱんにやっつけてやりたかったが…もう二度と会わないほうがお互いのためなのであろう。
あぁ、でもなんかやっぱりムカつくな。
今回もいろいろあった一学期。
入院時期もあってブランクもあった。だが日頃からの積み重ねのお陰で期末テストでは学年トップを飾らせてもらった。勉強は前々から真面目にコツコツしてきたので、数日の授業の遅れなど恐るるに足らん。全く余裕である。
そんな私をやっぱりクラスメイトが畏怖の目で見ていたが、私の姿を見て「自分も頑張ろう」って気分になったようで、クラス全体の平均点は良かったようである。
その後しばらくして、1ヶ月の長期休暇に入ったので、私は前々からの宣言通り帰省しなかった。寮に残って王立図書館へ往復する生活を送っていた。
実技の練習は学校の実技塔の使用許可を取れば出来たし、薬の練習も問屋に出向いて材料を揃えればいつだって出来た。
休暇中は寮母さんもおらず、完全に自給自足状態なのだが、全然平気だ。自分で炊事洗濯掃除をする生活にもすぐ慣れた。
悠々自適な学校貸し切り生活を送っていた私に手紙が届いた。家族からのそれと一緒に届いた一通の手紙の差出人に私は目を丸くした。
封筒の中には、デイジーの花で作った栞が入っていた。むしろ栞しか入っていない。手紙が存在しなかった。
それ以前に手紙にしても栞にしてもあいつらしくない。今まで手紙なんか貰ったことがないので私は宛名を3度見した。
貰いっぱなしではあれなので、家族の手紙のついでにあいつにも手紙を書いてあげることにした。
試験では毎回学年首席を維持していること、2学期になったら飛び級試験を受けて最終学年に上がるのを目標としており、今は卒業試験と上級魔術師試験の勉強を並行して行っていると自分の近況を書き連ねた。
毎日勉強で忙しいから帰れないけど、私は元気にしています。卒業後には必ず村へ帰ります、で締めておいた。
栞を持ち上げてまじまじと見つめる。不器用なあいつが作ったにしてはきれいな押し花だ。
窓から入ってくる外の光にかざして見る。光に透ける台紙の中央に咲くデイジーの花。
「…きれい」
私の口からは自然とふふふ、と笑い声が漏れていた。
どんな顔してこの栞作ったんだろうあいつ。想像するとおかしくなっちゃった。
「……」
大会会場にいた時よりも身体の痺れはひどくなり、体の感覚が鈍くなっている。
今では歩くことはおろか、指を自分の意志で動かすことすら出来ない状態だ。喉が動かないどころではない。体の感覚がないのだ。当然ながら水を飲むことも出来ない。
そのため、身体に管をつなげて脱水にならないように処置を施された。ぼんやりする意識の中、医務室の先生に目で問いかける。
「マックさんに使われた薬は、使用資格が必要な危険薬物なの。本来であれば外科手術などの医療行為をする時に使うものなんだけど……貴族のお坊ちゃんはどこでこんなものを入手したのかしらね」
分量を間違えれば呼吸困難に陥り、命を落とす恐れもある、と言われて微妙な心境に陥った。
貴族様にとっては、それで私が死んでも構わないってことか。死んだら金を積んでなかったことにするつもりだったのかな。……バレないとでも思ったんだろうか。
「いくらお貴族様だとしても、こんなこと許せません!」
「もちろんよ。殿下がすぐさま捕縛したそうだから、きっと罪に問われることでしょう」
先程から私の手を握ってピィピィ泣いていたカンナは自分のことのように憤っていた。
カンナは私の手をあたためるように擦り続けてくれているが、本当に感覚がないんだ。先生が保温魔法を私の周りに巡らせてくれているが、それすら感じない。おそらく薬の影響で体温が下がっているのだろうな…
このまま私に付き添っていると駄々をこねるカンナを先生が追い出し、私は病室で一人静かな夜を過ごした。薬の影響で私の意識は混濁していたので一人でも全く気にならなかった。深い深い沼の底に沈み込むように眠りについたのである。
■□■
「はい、これあげる」
若干身体の痺れは残っているが、翌日にはなんとか起き上がれるようになった私のお見舞いに来たマーシアさんがあるものを差し出してきた。
それは、昨日の大会の優勝賞品である、薬図鑑だ。
「これが欲しかったんでしょ?」
え、くれるの…?
ていうかマーシアさん、決勝まで進んで優勝したのか。確かにこの人は戦闘能力高いなぁとは前々から思っていたけど、優勝するとは……
「安心していいよ、デイジーの仇は私が取ってやったよぉ」
いつものほわほわした笑顔でなんて無いことのようにマーシアさんは言うが……そんなまさか、私のために優勝賞品を取ってきてくれたのか…
「ありがとう…ございます」
私は力なく本を両手で抱えると彼女にお礼を言った。マーシアさんに感化されて私の心までほわほわしてきた。
受け取った本はずっしり重い。この薬図鑑には幾多もの薬の作り方や、薬効のある材料の説明などがみっちり書かれている。薬学オタクにはたまらない一品だが、めちゃくちゃ高い。その上発行部数が少ないため中々入手できない品なのだ。そんな貴重な書物を私にくれるなんて…
なんだかまぶたが熱くなってきたのでこらえていると、ワシャワシャと頭を撫でられた感触がした。視線を上げると、マーシアさんが私の頭を撫でているではないか。
「なんかいつも気ぃ張ってるけどさ、たまには肩の力抜いていいんだよ」
私はデイジーの味方だからねぇと笑うマーシアさん。
変人だと思っていた。ヘラヘラしていて、どことなく苦手意識はあったけど、実はいい人なのかもしれない。
■□■
その翌日には退院許可が出たので5年の教室に向かった。そのまま普通に教室に入ると、クラスメイトが一斉にこちらを見てきた。視線の数にびっくりした私はギクリとして後退りしてしまった。
「あ、あの、おはよう、もう身体大丈夫なの?」
「ご心配おかけしました、もう大丈夫です」
恐る恐る声を掛けてきた女子生徒がいたので、私はペコリと頭を下げる。
「マックさんが休んでいた間の授業のノート…これよかったら」
「…ありがとうございます」
なんだか気を遣われているみたいだ。私はお礼を言って有り難くノートの写しを頂いた。
私はお世辞にも人当たりがいいタイプではない。愛想も良くないのに気を遣ってもらってなんか申し訳ないな。自分が使用している席に荷物をおいて腰掛けると、隣の席の男子生徒も声を掛けてきた。
「なぁなぁマック、あのパンチ、カッコよかったぜ!」
彼はぐっと拳を握って言った。第一声がそれってどういうことなのだろうか。
「あの瞬間のパンチは見ていてスッキリしちゃった!」
「君って動きが素早いよな」
「年下の女の子に拳で負けるってか弱すぎるよな……あの貴族の顔思い出すと笑えるよ」
他の人も口々に素直な感想を漏らしていた。思い出し笑いをしている人までいる。
貴族の悪口言っても大丈夫なの? 誰かに聞かれたらまずくないか? まぁ…ここ一般塔だから大丈夫だろうけどさ。
「…私は獣人の身体能力を見慣れてるから、そのお陰かと」
それがあったから、ためらわずに相手の懐に入っていけたのだ。獣人と比較すると人間の動きは鈍い。勝てると思ったから拳を叩き込んだのだ。
……もしも相手がテオだったら、あっという間に転がされてマウントを取られていたに違いない。
「やっぱり人間の動きって遅いの?」
「個人差はあるけど、そうですね…」
人間にも運動神経が飛び抜けている人はいるけど、やっぱり獣人には遠く及ばない。その差は中々埋められないよね。
「それにしても災難だったね」
「まぁあの貴族はマーシアがこてんぱんにやっつけてたし、元気出せよ」
クラスメイトたちは皆私を気にかけてくれていたようだ。あの大会で貴族子息が薬物を塗布した針を握手の時に仕込んで私の手に突き刺したその後、薬のせいで私が呪文を唱えられなくなったことは皆知っているようだ。
マーシアさんが文字通りボコボコにした後、殿下の命令で捕縛されたとか。大会の規約違反を数件、資格のない薬物を所持・使用、私に対する殺人未遂容疑など色々罪状がでてきて、以前にも前科があった子息をとうとう庇えなくなった学校側が退校処分に処したらしい。
そこまでするのか…と一瞬思ったが、いや退学処分にされて当然かと思い直した。
私としては自分の手でこてんぱんにやっつけてやりたかったが…もう二度と会わないほうがお互いのためなのであろう。
あぁ、でもなんかやっぱりムカつくな。
今回もいろいろあった一学期。
入院時期もあってブランクもあった。だが日頃からの積み重ねのお陰で期末テストでは学年トップを飾らせてもらった。勉強は前々から真面目にコツコツしてきたので、数日の授業の遅れなど恐るるに足らん。全く余裕である。
そんな私をやっぱりクラスメイトが畏怖の目で見ていたが、私の姿を見て「自分も頑張ろう」って気分になったようで、クラス全体の平均点は良かったようである。
その後しばらくして、1ヶ月の長期休暇に入ったので、私は前々からの宣言通り帰省しなかった。寮に残って王立図書館へ往復する生活を送っていた。
実技の練習は学校の実技塔の使用許可を取れば出来たし、薬の練習も問屋に出向いて材料を揃えればいつだって出来た。
休暇中は寮母さんもおらず、完全に自給自足状態なのだが、全然平気だ。自分で炊事洗濯掃除をする生活にもすぐ慣れた。
悠々自適な学校貸し切り生活を送っていた私に手紙が届いた。家族からのそれと一緒に届いた一通の手紙の差出人に私は目を丸くした。
封筒の中には、デイジーの花で作った栞が入っていた。むしろ栞しか入っていない。手紙が存在しなかった。
それ以前に手紙にしても栞にしてもあいつらしくない。今まで手紙なんか貰ったことがないので私は宛名を3度見した。
貰いっぱなしではあれなので、家族の手紙のついでにあいつにも手紙を書いてあげることにした。
試験では毎回学年首席を維持していること、2学期になったら飛び級試験を受けて最終学年に上がるのを目標としており、今は卒業試験と上級魔術師試験の勉強を並行して行っていると自分の近況を書き連ねた。
毎日勉強で忙しいから帰れないけど、私は元気にしています。卒業後には必ず村へ帰ります、で締めておいた。
栞を持ち上げてまじまじと見つめる。不器用なあいつが作ったにしてはきれいな押し花だ。
窓から入ってくる外の光にかざして見る。光に透ける台紙の中央に咲くデイジーの花。
「…きれい」
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