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Day's Eye 森に捨てられたデイジー
赤毛の変人
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「あなたって絶対、貴族の落胤だと思うな」
「…予見の能力でもお持ちなんですか?」
「そういうわけじゃないけど、そう確信したの」
私の机に肘をついて私の顔を凝視するのはクラスメイトの女子生徒。丸メガネにクリンクリンの赤毛を持つ、名前は確かマーシア・レインだったかな。先程から至近距離で人の顔を観察してきてなんだろうと思いつつ、無視してたら急にそんなこと言い出したのだ。
「この国じゃ少ない黒髪に、珍しい紫の瞳、人形のように整った顔立ちに恵まれた能力…間違いない」
「仮にそうだとしても、私が捨て子なのは間違いないので無駄ですよ」
「冷めてるねぇ」
この生まれでどうやって夢を抱けと言うのだ。仮に貴族の血を引いていたとして、捨てられてんだからそんなもの何の足しにもならんぞ。
私が胡乱な視線を送ってやると、マーシアさんは「下世話だったかな、ごめんなさい」と謝ってきた。
「魔法魔術学校きっての天才少女。捨て子で獣人に育てられた謎の出自となると気になっちゃうのが人ってもんでしょ?」
「…捨て子なんて、孤児院に腐るほどいますよ。私が生まれたとされる年はちょうど捨て子が多かったそうですから」
「あぁ、シュバルツ侵攻の年だったかなぁ? うぅーん、謎が謎を呼ぶ…」
人の出自を面白おかしく掘り返して何が楽しいのだろうか。私は不快なだけだが。私は彼女を無視して勉強を再開した。
しばらくの間マーシア・レインは私の前でぺらぺら喋っていた。そのうち飽きてどこかへと消えてくれるだろう。
たまにこういう人いるけど、何度遭遇しても慣れない。相手にしないのが一番。
私はこのクラスでも異物扱いで、面白おかしく話しかけてくるこの人以外は、恐れた目で私を見つめてくる人だけだ。
──なに、安心するといい。私は2学期には6学年へ飛び級している予定だ。
毎日学校と寮、たまに王立図書館へ通う生活を送っていた。以前と変わらないようでいて、それ以上に忙しい毎日を過ごしている。
先日行われた1学期中間試験では当然の首席。そんでもっていま現在私は6年生の範囲を勉強中だ。この調子で飛び級試験を受けるつもりだし、そのことをフレッカー卿やビーモント先生にも話してある。予定通りに進めば2学期に入った頃にでも進める予定だ。実技も座学も段違いに難しくなったが、私としてはそれがとても楽しい。
ツンツンツンと横から頬を突かれるけど無視。
三つ編みにしている私の髪の毛を持ち上げられて、鼻の下に持っていって「ヒゲー」と赤毛のメガネがヘラヘラ笑っているけど無視。
後ろから抱きつかれて頭の上で顎を乗っけて遊ばれているけど……
「何なんですかっ! 私は勉強中なんですっ!」
「だって無視するんだもーん!」
「他の人に相手にしてもらってください! 迷惑です!」
シッシッと手で追い払ってみせると、マーシアさんは唇を尖らせてブツブツ言いながらどこかへ向かったが、その後売店で買ってきたらしいお菓子を私の目の前でちらつかせながら食べるという嫌がらせ行為を働いていた。
なんなのこの人。
カンナも鬱陶しかったけど、それ以上に鬱陶しいんだけど。
■□■
「さっきの授業でさぁ、ミルカ先生に反省文を書けって言われたけど、私なんかやったかなぁ?」
「それ、マーシアさんが模擬戦闘で相手をぶちのめしたからでしょう」
マーシアさんは私につきまい続けていた。
それはもうカンナ2号なんじゃないかってくらいに。最初は悪意があるのかなと構えていたんだが、そうではなくただの興味本位だったらしいけど。
ほわほわしている割に戦闘実技が得意な、掴みどころのない人である。
「違うってぇ、あれは対戦相手がたまたま弱くてぇ」
「自分の力量を把握することも大事ですよ、魔力は時に人を傷つけてしまうものなんですから」
自分の力を自覚してない上にほわほわしているので始末に負えない。
マーシアさんはいまいち理解できていないようで顎の下に指を持っていくとうーんと首を傾げていた。
「それよりさぁ、アレ、出場する?」
彼女の指差した方向には掲示板。そこには大きな掲示物が貼られていた。書かれているのは一週間後に行われる全校生徒集めての大会のお知らせである。
「魔法魔術戦闘大会ですか? 出場資格が5年生以上でしたし、賞品が魅力的なので出場します」
「えぇー薬図鑑が欲しいの? 本当変わり者だねぇ」
「勤勉家と言ってください」
魔法魔術戦闘大会というのは文字通り、魔法魔術を駆使して対戦相手と競うものである。ここでは5年生以上の生徒に出場権利が与えられる。戦闘相手はくじで決められるのだが、全校一斉に行われる大会のため、特別塔の生徒との対戦になる可能性も秘めている。
そのため対戦相手に遠慮しなくてもいいよう規定には『大会中は身分による垣根を取り払い、真剣勝負を行うこと』が定められている。つまり相手が貴族でも遠慮なくやっちゃいなという大会なのだ。そんなわけで参加は自由。自分の腕に自信がある者のみ出場するものなのだ。
大会中に起きた事故は、死に瀕する恐れがある場合は審判が止めてすぐに治療してくれるそうなのだが…、そこまで戦うことがあるであろうか……。死ぬってことは…ないよね…
マーシアさんが参加用紙に記名しているのを眺めながら、私はぼんやり大会に思いを馳せたのである。
■□■
魔法魔術戦闘大会の対戦相手はくじ引きだ。トーナメント方式である。
……何の因果か、1回戦目の私の対戦相手は、前年度ドンパチやったひとりの貴族子息だった。親の爵位とか家名は覚えていないけど、あの憎たらしい顔だけは覚えている。
相手は私の顔を認めると、ニヤリと強気な笑みを浮かべた。決して友好的ではない、なにかあくどい事を考えている笑顔……
……これは、負けられない。
「これより、カミル・マクファーレン、及びデイジー・マックの試合を開始する。──お互いに握手を」
壇上に登ると、相手と握手するように促される。握手したくないけど、決まりなので我慢して握手した。
ひんやりする相手の手。軽く握ったその時、チクリ、と手のひらに何かが刺さった気がした。
「!?」
すぐさま手を振り払って、自分の手のひらを確認した。針が刺さった後のように手のひらから血がプクリと浮き上がっていた。
握手を振り払った相手は……私の様子を見て、ニヤリと口元を歪めていた。
「では、所定の位置についてください」
戦闘準備に入れと審判員が指示する。私は戸惑いながらも言われたとおりに移動した。
なに? 何を刺したの?
「デイジー! 頑張って!」
「いてまえー!」
観戦にやってきたカンナと、ふざけた応援をするマーシアさんの声が飛び込んできた。私ははっとして気を取り直した。
そうだ、負けていられない。見ていろ、今に……
「では、はじめ!」
ビリッとひどい痺れを感じたのはそれからすぐだ。
「我に従う火の元素たちよ! 焼き尽くせ!」
相手は初っ端から飛ばしてきた。
そっちが火ならこっちは水だ…!
「われ…っ…!?」
すぐに元素へ命じようとしたのだが、声が出なかった。…ちがう、喉奥が痺れてうまく声が出ないんだ。
──バシャンッ
あわや火だるまかと思ったが、水の元素が自主的に私を守ってくれた。
「あ…ぅ…?」
舌がもつれて声が出せない…。
もしかして先程の握手でなにか薬物を刺された? 呪文を発せないようにする…痺れ薬…? 迂闊だった。まさか相手がそんなものを用意してくるとは…!
「風の元素よ、竜巻を起こせ!」
「…っ!」
ここぞとばかりに攻撃呪文を放つ相手。私は声が出せずにただやられっぱなしだ。リタイヤしようにも声が出せない。動こうとすれば、攻撃で妨害される。
くっそ…私も根に持っていたけど、相手も同様だったようだ。こんな大勢の人前で私をボコボコに打ち負かせばスッキリするのだろうか。こんなの、試合じゃない。一方的な暴行じゃないか。
足を引っ張るような薬を使わなきゃ、私に勝てる気がしなかったのであろうか。年下の私に負けるのが怖かったのか!?
この、卑怯者…!
「…!」
ゴォッと発生した竜巻に巻き込まれ、私は勢いよく吹っ飛んだ。そのまま会場内の壁にドスンと背中を打ち付けて咽るが、喉が痺れてうまく咳を出せずにくぐもった声しか出ない。
ドサリと地面に落下した私はうずくまっていた。苦しい。痛い。しびれる。
涙が溢れてきそうだったがそれだけはこらえた。こんな奴の前で泣いてたまるか。
私は顔を上げて相手を睨みつけた。
声が出ないなら睨みつける。この卑怯者。薬を使った時点でこの勝負、お前の負けだ。私は絶対に負けを認めてやらんからな…!
「…生意気な! 我が眷属よ、締め上げよ…!」
私が睨みつけたことが気に入らなかったのか、相手は新しい呪文を唱えた。それは召喚呪文に似たもの。自分が契約した動物などを呼び出せるというものだが……現れたのは5メートルはあるであろう、大蛇であった。
鎌首をもたげ、獲物を見定めた大蛇は口を大きく開け、私に噛みつこうとした…!
私は素早くゴロゴロっと床を転がって回避する。
「小汚い小娘は地面に転がってるのがお似合いだよ。…どこまで逃げられるかな?」
貴族子息は上から見下し、どこまでも人を馬鹿にするような発言をする。
私は歯を食いしばる。どこまで人をコケにして……!
すぐさま立ち上がると、私は床を蹴り飛ばした。声が出ないなら本人に殴りかかろう!
なに、相手は人間だ。獣人に比べたら動きは遅い!!
「ぐふぁっ」
私の渾身のパンチは相手の腹に入った。
さすがお貴族様。か弱い小鳥のようだ。体を折り曲げてうめき声を漏らしている。
「マックさん!? 物理は駄目です! 魔法を使ってください!」
審判員が慌てて制止してきたので、私は身振り手振りで薬を盛られて声が出ないことを説明しようとした。私は戦えない。試合続行不能だ。
リタイヤの意を告げようとしたのだが、フッと私の視界は真っ暗に変わった。
「ぅぅっ…!?」
違う、大蛇に締められたのだ。もがいて、うめき声を漏らすが、大蛇の体が顔まで覆って息が出来ない。
「きゃああああ!! いやっデイジー!!」
どこからかカンナの悲鳴が聞こえた。
やばい、この薬全身に効くタイプだったのか。足の先まで痺れてきた…ぞ…
「そこまで! やりすぎですよ!」
バチーンと呪文を強制解除する音が耳近くで鳴り響いた。助かった…。私は力尽きて壇上でぶっ倒れた。
酸欠とか痛みとか痺れとかいろんな要素で……
「デイジー! しっかりして、ねぇなにかされたんでしょ! 握手の時様子おかしかったもん!」
「……」
駆け寄ってきたカンナが涙を浮かべてなにか騒いでいるけど、ごめん今声出ないんだわ。私はそのまま医務室へ緊急搬送された。
その後の試合のことは知らない。
「…予見の能力でもお持ちなんですか?」
「そういうわけじゃないけど、そう確信したの」
私の机に肘をついて私の顔を凝視するのはクラスメイトの女子生徒。丸メガネにクリンクリンの赤毛を持つ、名前は確かマーシア・レインだったかな。先程から至近距離で人の顔を観察してきてなんだろうと思いつつ、無視してたら急にそんなこと言い出したのだ。
「この国じゃ少ない黒髪に、珍しい紫の瞳、人形のように整った顔立ちに恵まれた能力…間違いない」
「仮にそうだとしても、私が捨て子なのは間違いないので無駄ですよ」
「冷めてるねぇ」
この生まれでどうやって夢を抱けと言うのだ。仮に貴族の血を引いていたとして、捨てられてんだからそんなもの何の足しにもならんぞ。
私が胡乱な視線を送ってやると、マーシアさんは「下世話だったかな、ごめんなさい」と謝ってきた。
「魔法魔術学校きっての天才少女。捨て子で獣人に育てられた謎の出自となると気になっちゃうのが人ってもんでしょ?」
「…捨て子なんて、孤児院に腐るほどいますよ。私が生まれたとされる年はちょうど捨て子が多かったそうですから」
「あぁ、シュバルツ侵攻の年だったかなぁ? うぅーん、謎が謎を呼ぶ…」
人の出自を面白おかしく掘り返して何が楽しいのだろうか。私は不快なだけだが。私は彼女を無視して勉強を再開した。
しばらくの間マーシア・レインは私の前でぺらぺら喋っていた。そのうち飽きてどこかへと消えてくれるだろう。
たまにこういう人いるけど、何度遭遇しても慣れない。相手にしないのが一番。
私はこのクラスでも異物扱いで、面白おかしく話しかけてくるこの人以外は、恐れた目で私を見つめてくる人だけだ。
──なに、安心するといい。私は2学期には6学年へ飛び級している予定だ。
毎日学校と寮、たまに王立図書館へ通う生活を送っていた。以前と変わらないようでいて、それ以上に忙しい毎日を過ごしている。
先日行われた1学期中間試験では当然の首席。そんでもっていま現在私は6年生の範囲を勉強中だ。この調子で飛び級試験を受けるつもりだし、そのことをフレッカー卿やビーモント先生にも話してある。予定通りに進めば2学期に入った頃にでも進める予定だ。実技も座学も段違いに難しくなったが、私としてはそれがとても楽しい。
ツンツンツンと横から頬を突かれるけど無視。
三つ編みにしている私の髪の毛を持ち上げられて、鼻の下に持っていって「ヒゲー」と赤毛のメガネがヘラヘラ笑っているけど無視。
後ろから抱きつかれて頭の上で顎を乗っけて遊ばれているけど……
「何なんですかっ! 私は勉強中なんですっ!」
「だって無視するんだもーん!」
「他の人に相手にしてもらってください! 迷惑です!」
シッシッと手で追い払ってみせると、マーシアさんは唇を尖らせてブツブツ言いながらどこかへ向かったが、その後売店で買ってきたらしいお菓子を私の目の前でちらつかせながら食べるという嫌がらせ行為を働いていた。
なんなのこの人。
カンナも鬱陶しかったけど、それ以上に鬱陶しいんだけど。
■□■
「さっきの授業でさぁ、ミルカ先生に反省文を書けって言われたけど、私なんかやったかなぁ?」
「それ、マーシアさんが模擬戦闘で相手をぶちのめしたからでしょう」
マーシアさんは私につきまい続けていた。
それはもうカンナ2号なんじゃないかってくらいに。最初は悪意があるのかなと構えていたんだが、そうではなくただの興味本位だったらしいけど。
ほわほわしている割に戦闘実技が得意な、掴みどころのない人である。
「違うってぇ、あれは対戦相手がたまたま弱くてぇ」
「自分の力量を把握することも大事ですよ、魔力は時に人を傷つけてしまうものなんですから」
自分の力を自覚してない上にほわほわしているので始末に負えない。
マーシアさんはいまいち理解できていないようで顎の下に指を持っていくとうーんと首を傾げていた。
「それよりさぁ、アレ、出場する?」
彼女の指差した方向には掲示板。そこには大きな掲示物が貼られていた。書かれているのは一週間後に行われる全校生徒集めての大会のお知らせである。
「魔法魔術戦闘大会ですか? 出場資格が5年生以上でしたし、賞品が魅力的なので出場します」
「えぇー薬図鑑が欲しいの? 本当変わり者だねぇ」
「勤勉家と言ってください」
魔法魔術戦闘大会というのは文字通り、魔法魔術を駆使して対戦相手と競うものである。ここでは5年生以上の生徒に出場権利が与えられる。戦闘相手はくじで決められるのだが、全校一斉に行われる大会のため、特別塔の生徒との対戦になる可能性も秘めている。
そのため対戦相手に遠慮しなくてもいいよう規定には『大会中は身分による垣根を取り払い、真剣勝負を行うこと』が定められている。つまり相手が貴族でも遠慮なくやっちゃいなという大会なのだ。そんなわけで参加は自由。自分の腕に自信がある者のみ出場するものなのだ。
大会中に起きた事故は、死に瀕する恐れがある場合は審判が止めてすぐに治療してくれるそうなのだが…、そこまで戦うことがあるであろうか……。死ぬってことは…ないよね…
マーシアさんが参加用紙に記名しているのを眺めながら、私はぼんやり大会に思いを馳せたのである。
■□■
魔法魔術戦闘大会の対戦相手はくじ引きだ。トーナメント方式である。
……何の因果か、1回戦目の私の対戦相手は、前年度ドンパチやったひとりの貴族子息だった。親の爵位とか家名は覚えていないけど、あの憎たらしい顔だけは覚えている。
相手は私の顔を認めると、ニヤリと強気な笑みを浮かべた。決して友好的ではない、なにかあくどい事を考えている笑顔……
……これは、負けられない。
「これより、カミル・マクファーレン、及びデイジー・マックの試合を開始する。──お互いに握手を」
壇上に登ると、相手と握手するように促される。握手したくないけど、決まりなので我慢して握手した。
ひんやりする相手の手。軽く握ったその時、チクリ、と手のひらに何かが刺さった気がした。
「!?」
すぐさま手を振り払って、自分の手のひらを確認した。針が刺さった後のように手のひらから血がプクリと浮き上がっていた。
握手を振り払った相手は……私の様子を見て、ニヤリと口元を歪めていた。
「では、所定の位置についてください」
戦闘準備に入れと審判員が指示する。私は戸惑いながらも言われたとおりに移動した。
なに? 何を刺したの?
「デイジー! 頑張って!」
「いてまえー!」
観戦にやってきたカンナと、ふざけた応援をするマーシアさんの声が飛び込んできた。私ははっとして気を取り直した。
そうだ、負けていられない。見ていろ、今に……
「では、はじめ!」
ビリッとひどい痺れを感じたのはそれからすぐだ。
「我に従う火の元素たちよ! 焼き尽くせ!」
相手は初っ端から飛ばしてきた。
そっちが火ならこっちは水だ…!
「われ…っ…!?」
すぐに元素へ命じようとしたのだが、声が出なかった。…ちがう、喉奥が痺れてうまく声が出ないんだ。
──バシャンッ
あわや火だるまかと思ったが、水の元素が自主的に私を守ってくれた。
「あ…ぅ…?」
舌がもつれて声が出せない…。
もしかして先程の握手でなにか薬物を刺された? 呪文を発せないようにする…痺れ薬…? 迂闊だった。まさか相手がそんなものを用意してくるとは…!
「風の元素よ、竜巻を起こせ!」
「…っ!」
ここぞとばかりに攻撃呪文を放つ相手。私は声が出せずにただやられっぱなしだ。リタイヤしようにも声が出せない。動こうとすれば、攻撃で妨害される。
くっそ…私も根に持っていたけど、相手も同様だったようだ。こんな大勢の人前で私をボコボコに打ち負かせばスッキリするのだろうか。こんなの、試合じゃない。一方的な暴行じゃないか。
足を引っ張るような薬を使わなきゃ、私に勝てる気がしなかったのであろうか。年下の私に負けるのが怖かったのか!?
この、卑怯者…!
「…!」
ゴォッと発生した竜巻に巻き込まれ、私は勢いよく吹っ飛んだ。そのまま会場内の壁にドスンと背中を打ち付けて咽るが、喉が痺れてうまく咳を出せずにくぐもった声しか出ない。
ドサリと地面に落下した私はうずくまっていた。苦しい。痛い。しびれる。
涙が溢れてきそうだったがそれだけはこらえた。こんな奴の前で泣いてたまるか。
私は顔を上げて相手を睨みつけた。
声が出ないなら睨みつける。この卑怯者。薬を使った時点でこの勝負、お前の負けだ。私は絶対に負けを認めてやらんからな…!
「…生意気な! 我が眷属よ、締め上げよ…!」
私が睨みつけたことが気に入らなかったのか、相手は新しい呪文を唱えた。それは召喚呪文に似たもの。自分が契約した動物などを呼び出せるというものだが……現れたのは5メートルはあるであろう、大蛇であった。
鎌首をもたげ、獲物を見定めた大蛇は口を大きく開け、私に噛みつこうとした…!
私は素早くゴロゴロっと床を転がって回避する。
「小汚い小娘は地面に転がってるのがお似合いだよ。…どこまで逃げられるかな?」
貴族子息は上から見下し、どこまでも人を馬鹿にするような発言をする。
私は歯を食いしばる。どこまで人をコケにして……!
すぐさま立ち上がると、私は床を蹴り飛ばした。声が出ないなら本人に殴りかかろう!
なに、相手は人間だ。獣人に比べたら動きは遅い!!
「ぐふぁっ」
私の渾身のパンチは相手の腹に入った。
さすがお貴族様。か弱い小鳥のようだ。体を折り曲げてうめき声を漏らしている。
「マックさん!? 物理は駄目です! 魔法を使ってください!」
審判員が慌てて制止してきたので、私は身振り手振りで薬を盛られて声が出ないことを説明しようとした。私は戦えない。試合続行不能だ。
リタイヤの意を告げようとしたのだが、フッと私の視界は真っ暗に変わった。
「ぅぅっ…!?」
違う、大蛇に締められたのだ。もがいて、うめき声を漏らすが、大蛇の体が顔まで覆って息が出来ない。
「きゃああああ!! いやっデイジー!!」
どこからかカンナの悲鳴が聞こえた。
やばい、この薬全身に効くタイプだったのか。足の先まで痺れてきた…ぞ…
「そこまで! やりすぎですよ!」
バチーンと呪文を強制解除する音が耳近くで鳴り響いた。助かった…。私は力尽きて壇上でぶっ倒れた。
酸欠とか痛みとか痺れとかいろんな要素で……
「デイジー! しっかりして、ねぇなにかされたんでしょ! 握手の時様子おかしかったもん!」
「……」
駆け寄ってきたカンナが涙を浮かべてなにか騒いでいるけど、ごめん今声出ないんだわ。私はそのまま医務室へ緊急搬送された。
その後の試合のことは知らない。
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