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Day's Eye 森に捨てられたデイジー

変化薬と三つ編み

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 私の定位置となっている村の外れにある丘の上でもくもくと薬作りをしていた。別の生き物に擬態できるという“変化薬”。王立図書館の本に書いてた古の薬に今回私は挑戦してみた。
 本に書かれていた手順通り、決まった分量で作られた薬剤を作ると、煮沸消毒した熊の毛を入れる。ゴポゴポと音を立てて溶けて消えた熊の毛。私はその薬剤を見下ろす。少しだけ躊躇ったものの、意を決して呷った。

 ごくごくっと喉を鳴らして飲み込んだ変化薬。薬なので決して美味しくはない。口直しの水を続けて飲み干した。効果はすぐに現れると文献には書かれていたが。
 ……ムズムズッと頭の上に異変が現れたのはその直後であった。





 私は薬の失敗に凹んでトボトボと家に帰ってきた。手順通り分量守って作ったのに…変化薬の材料費高かったのになぁ…
 私が家にたどり着くと、ちょうど仕事から帰ってきたリック兄さんと遭遇したのだが、彼は私の頭の上を見て笑っていた。

「俺らとお揃いだな!」
「…間違ってないはずなのになぁ…予定では獣の熊になるはずだったのに…」

 私は頭上でピコピコ動く熊耳を撫でた。
 変化は現れた。だけど現れたのは熊獣人のような耳と、小さすぎて隠れて見えない尻尾である。
 熊になると思っていたのに、ただの獣人もどきになってしまった。

「人間の耳は消えたのか?」
「うん。今は熊耳に変わってる。聞こえ方は変わらないから問題はないけど…薬作り失敗した。はぁぁ…」
「いいじゃねーか。似合ってんぞ。髪色と合ってて」

 うん、別に兄さんたちとおそろいが嫌なわけじゃないの、ただ自分の期待と違ったのでがっかりしたと言うか…あの毛、熊獣人の毛をむしっただけだったんじゃ…じゃなきゃおかしいでしょ…
 こうして話している間にもピコピコと耳が動く。その感覚が人間である私には新鮮でどうにも落ち着かない。

「何、カチューシャ付けてんだよお前」

 クイッ、と軽く引っ張られた熊耳。ただそれだけなのに耳の付け根がまるで弱点のように感じて私は身震いしてしまった。

「ひゃん!」

 私は変な声を漏らしてしまった。頭を庇って後退りすると、そこにいたのは仕事帰りらしいテオの姿。
 いきなり何するんだこいつ。背後から急に人の耳触るなよ!

「…な、なんだよ、大げさな…これオモチャなにかだろ?」

 私の反応に戸惑いつつも疑っている様子のテオは私から熊耳を引っこ抜こうとする。やめろ、今は私の耳なんだ! もごうとするんじゃない!

「やっ! やめてよ、今は私から生えてる耳なんだからぁ…! ひぅっ…」

 ビリビリと脳天にしびれるような感覚が伝わってくる。耳は獣人の弱点でもあるって聞くけど、こんな風になるの!?
 私は自分で自分の反応が恥ずかしくなって、必死になってテオの手を振り払った。身体がじんじんしびれて、体中の熱が一気に上がった。
 なにこれ、こわい…! 私の身体は火照ってしまったかのようだ。

 おかしくなってしまった私を呆然と見下ろしていたテオは、一拍遅れた後になにかに反応したかのようにピクリと肩を揺らした。奴の頬にカッと赤みが差す。

「…お、前ぇ! このバカッ」
「!?」

 何をトチ狂ったのかテオは私を俵抱きにした。私は目をぎょっとさせて固まる。
 歯を食い縛っておっかない顔で私を睨みつけるもんだから、大人しくされるがまま抱え上げられると、何故かそのまま家の中に押し込められた。バタンと閉じられた扉の音が虚しく響く。私は今何をされたのか、一瞬理解が出来なくて呆然としていたが、そう時間を置かずに正気に戻った。

「ちょっと! なにすんのよ!」
「うるせぇ! お前はその耳治るまで出てくんな!」

 ドア越しに文句を言ったら、怒鳴り返された。

「なんで!? 獣人と同じものがついているだけでしょ!」
「他の男が見るだろ!」

 はぁぁ!? 獣人と同じもんがついているだけなのになんだそれ! 耳は恥ずかしいものじゃないでしょうが!
 ドアを開けようとするが、表から押さえつけられており外に出られない。テオめ、私を閉じ込めるつもりか…!

「余裕ねぇなお前」
「るせぇ!」

 一連の流れを観ていたリック兄さんが低く笑う声が漏れ聞こえてきた。それに対してテオが反発している。
 ちょっとリック兄さんどうにかしてよ、なんで私がこんな扱いを受けなきゃならないの!

 後で兄さんになぜテオを注意しないのかって言ったら、「まぁ雄の本能というか…気持ちはわからんでもないからなぁ」と意味深なことを返され、余計に納得できなかったのであった。


■□■


「デイジー・マックさんに郵便だよ、カンナ・サンドエッジさんから」

 カンナから届いた手紙には、毎日下の兄弟たちが暴れまくって大変だと書かれていた。カンナは5人兄弟の真ん中で、まだ幼い兄弟が2人いるのだそうだ。その兄弟もカンナのように魔法魔術学校に通いたいとわがままを言っているそうだ。カンナのマネをして呪文を唱えるが、魔法は何も起きずに癇癪を起こして困っているんだって。
 日々の日記を見せられている気分になるカンナの手紙だが、それが彼女らしいなと思える。

 その日は朝からずっと丘の上で読書をしていた。休憩がてらカンナからの手紙を読んでいたら肩の力が抜けたので、手紙の返事を書くことにした。
 本を下敷きに便箋を敷くと羽ペンを動かす。親愛なるカンナへ、のその後、何を書けばいいだろう。私も日々のことを書き連ねて近況報告でもしておけばいいのであろうか。
 この間薬作り失敗して獣人もどきになりました…ってか?

「誰から?」

 何を書くか考え込んでいると、フッと目の前が陰り、傍らにおいていた手紙を誰かに取られた。

「人の手紙読まないで」
「カンナ…って女か。学校の友達か?」

 差出人の名前を勝手に確認したテオは中身を読まずに元にあった場所に戻していた。
 なんだってこいつは私の居場所をすぐに特定するんだ……匂いか、やっぱり私は臭いのか…そういえば、自分の匂いを消す香水のレシピが王立図書館の薬学の本に書かれていた……今度それ試してみようか……

「…お前が友達と文通とか珍しい」

 その言葉に私は苦笑いしてしまった。
 村の学校では友達らしい友達のいなかった私のことだ。テオには奇妙に見えているに違いない。
 だけど私は今も昔もそう変わらない。ただカンナは特別枠なだけだ。

「カンナは特別なの。…勇気があって心優しい子なんだ」

 今から思えば、カンナは色々気にかけてくれた。
 始めはそれが鬱陶しかったけど、私が同級生から嫌がらせを受けていた時も自分のことのように憤ってくれたし、学年が変わっても気にせずあちこちで声を掛けてきた。
 変な風に目立ってしまった私のことを色眼鏡で見なかったのはカンナくらいだ。あんな事件に巻き込まれても以前と変わらずに接してくれる。
 友達がいなかった私は、友達って存在がよく分からなかった。だけどカンナと出会ってから、これが友達って存在なのかなってようやく理解できた気がする。

 今までは素っ気なくしてきたけど、少しくらいはその気持ちを返してあげなきゃね。
 デイジーデイジーと私を呼びながら笑顔で駆け寄ってくるカンナの姿を思い出すと、私は思い出し笑いを浮かべてしまった。──そんな私を、テオは眩しそうに目を細めて見つめてきた。

「…王都の学校、楽しそうだな」

 その声音はどこか安堵が含まれていた。
 しかし素直に頷くほど、学校が楽しいわけでもない私は肩をすくめる。

「そう見える? 結構面倒なことが多いよ。…私は勉強だけがしたいのに、事件や妨害が多くて」
「それで?」

 珍しいな。私が王都の学校に進学することあれだけ反対していたくせに。話を聞きたがるとか。学生が羨ましくなっちゃったか。
 だけど初等学校以上に勉強しなきゃいけない環境だから、勉強嫌いのテオには向いてないぞ。

「カンナは…今は私と学年が違うってのに試験前になると毎回私に泣きついて……私が先に卒業したら留年しちゃうって騒ぐの。自分で勉強する癖をつけろって言ってるのに、いつも私のベッドでゴロゴロして…」
「ふぅん」
「太っちゃうが口癖のくせに、世話焼きおばちゃんみたいにお菓子配ってくるし…」

 なんだかカンナの悪口になってしまっているが、本当のことを話しているだけなので大丈夫。
 それよりもテオだ。私の話なんか聞きたがって珍しいにもほどがあるだろう。

「…私おしゃべり苦手なんだけど、聞いていて楽しい?」

 話が聞きたいなら村の女の子のほうが面白おかしく話してくれるんじゃないかな。

「お前の声は聞いていて飽きない」
「…そうですか」

 声が飽きない…。まぁ、褒められているのだと受け取ろう。
 なんだか変な空気になったな。どうして声の話になったんだ…あぁそうだテオが学校での話をねだるから……
 クイッと後ろでひとつ結びにしていた髪の毛を一房引っ張られた。犯人は隣に座るテオだ。この年齢にもなってまた人の髪の毛引っ張って…私この間言ったよね、女子の髪の毛に触ったら痛い目見るよって。
 指先でぎこちなく梳いてくるその手は優しく、粗暴なテオらしくない。私はそれがムズムズして落ち着かない。

「引っ張んないで」
「痛くねーだろ」

 痛くはないけど、変な感じがするんだよ。
 私の戸惑いを無視して、テオは私の髪の毛で三つ編みを始めた。しかしその出来栄えは下手くそそのものである。飛び飛びになってるじゃないか。

「下手くそ。不器用か」
「しかたねーだろ」

 不器用加減に笑うと、テオはもう一度やり直しとばかりに一から三つ編みを始めた。
 あの、私の髪の毛はオモチャじゃないんですけど。

 真剣な眼差しで三つ編みするその姿は子どもみたいである。……どんなに大人っぽくなっても根っこの方が子どもだな。
 私はフッと鼻で笑ってやったのである。
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