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Day's Eye 森に捨てられたデイジー
薬問屋と熊の毛と謎の予言
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4年のクラスに途中編入した私は、年上の同級生たちに脅威の目を向けられていた。
どこかで私が天才だとぼそぼそ噂されているらしいが、それは大いなる誤解だ。私はガリ勉クイーン。努力で上り詰めているだけなので決して天才ではないぞ。勉強しなきゃ、努力しなきゃここまで出来ない。出来るはずがないのだ。
学年が変わっても、クラスメイトが変わっても、私の学校スタイルは変わらない。積極的に授業を受け、わからないところがあれば先生をとっ捕まえて質問攻めにする。
私の目標は今も昔も変わらないのだ。
「飛び級試験合格おめでとう、マック君」
「ありがとうございます、フレッカー卿」
5学年への飛び級許可状をいただき、4年へ途中編入した私のもとへ、わざわざフレッカー卿がお祝いに来てくれた。
つい先日、特別塔の生徒とは関わらないことに決めた私であるが、貴族出身であるフレッカー卿との関わり方もどうするべきかも考えていた。
まぁ、フレッカー卿は私がおらずとも用事で一般塔に出入りすることも多いみたいだし、なんと言っても教師だし、彼がこちらに来る分には関わっても問題ないと判断した。
「ファーナム嬢がマック君は元気かと心配していたよ、それと飛び級試験合格おめでとうと伝言を預かってる」
「…ありがとうございます」
色々気にかけてくれた彼女には申し訳ないが、今の状態が一番平和に過ごせるのだと思う。でないとまた新たな妨害が起きる可能性も出てくるし…
私の夢への障害になりそうなのでそれはなんとしてでも避けたい。
「最近は王立図書館に出入りしているんだってね」
「そうです。図書館にはちょっと調べ物をしに行っていて…作ってみたい薬があるんです」
「ほう、それはそれは。研究熱心だな」
薬は時として毒にもなるため、製造禁止とされる薬もあるが、私が作ろうとしている変化薬は禁忌でもなんでもない。
私はノートを広げてその薬の作り方をフレッカー卿に見せた。興味津々そうな彼も変化薬を作ったことは一度もないらしい。
「古の薬か。面白そうな本だな、私も今度借りてみよう」
「学校では習わないような薬がたくさんあって面白かったですし、今とは工程が違う薬もありましたよ。図書館で知り合った人が、品揃えのいい問屋さんを教えてくれたので今度の休みは買い出しに行こうと思ってます」
ちなみに今度の長期休暇は帰省するつもりだ。家族からも念押しの手紙が何度も来ているし、私もお祝い品を兄夫婦とまだ会ったことのない甥っ子に渡したいと考えているので、真っ直ぐ帰省すると決めている。
そんでまた薬を量産して、町でお小遣い稼ぎをする予定だ。前回の休暇で私が帰省すると思っていたらしい、町の警らのジムおじさんが残念がっていたそうだ。関節痛用の薬の効きめが良かったそうで、また利用したいとの伝言を受け取った。実にありがたいことである。
そんなわけで来たる長期休暇では、勉強と並行しながら薬製造を頑張る予定である。
その薬問屋は大通りから少し外れた裏路地に存在した。古びて立て付けの悪くなった扉を開けると、ぎぎぃと嫌な音を立てる。扉を開けた瞬間飛び込んできたのは細かく区分けされた商品の数々と薬草特有の香り。
人間の私で鼻を押さえてしまうんだ。これは嗅覚に鋭い獣人だと匂いで気絶するかもな、ってくらいの匂いであった。
「はい、いらっしゃい」
奥の席でごりごりとすり鉢で何かをすりつぶしているおじさんがここの店主であろう。私は軽く会釈して、目的の品を目で探した。
資金は限られているので、目的のものだけを購入していくつもりだ。鎮痛剤、関節薬、怪我薬…そして変化薬の材料をお店のカゴにポイポイ入れながら金額を頭の中で計算していく。
余計なものは買わない、そう決めていても、店の売り物にはやはり興味がある。天井に吊るされた動物の干物、瓶詰めされたなにかの目玉、息絶えたマンドラゴラなど、普通の店じゃ絶対にお目にかからないものばかりだ。
普通の人は絶対に嫌がるだろうが、これ全て薬の元になるのだ。不気味だが、これらが助けてくれるのだから不思議なものである。
へぇ、鹿の角も生薬になるんだ。今度野生の鹿捕まえて売ろうかな……ん?
動物由来の生薬が並んだ棚を観察していると、その手前に「大特価」と書かれた札を見つけた。瓶の中には黒い毛。ひと束5リラと書かれている。
毛、だよね? 動物の毛か何か…
「あのー…この黒い毛って動物の毛ですか? 体に入れても大丈夫なやつですか?」
私がその瓶を掴んで、作業中のおじさんに話しかけると、おじさんは作業を一旦止め、目を眇めて瓶を睨みつけていた。
「あぁ、そりゃあ野生の熊の毛だ。加工時に余ったから売れるかなと思って置いといたんだが…お嬢ちゃん、こんなのが欲しいのか」
「ちょっと変化薬に挑戦したくて」
「変わったもんに挑戦するんだな」
おじさんは肩をすくめていた。変化薬は普通に生きている分では使い道ないもんね。
熊の毛だが、使用の前にアルコール度数の高い酒で消毒するか、煮沸消毒した上で薬に入れたほうがいいと言われた。
これを使った変化薬を飲めば、私は熊になれるのか…熊獣人ではなく獣の熊に……実験目的なのだが、なんだかワクワクしてきた。
お会計してもらおうとカゴを渡すと、いっぱい購入してくれたからと、いくつかおまけしてもらった。商品を梱包してもらっているのを待っていると、店の奥から一人の老婦人が杖をつきながらヨタヨタと歩いてきた。ここの店主のお母さんであろうか?
彼女はカウンター前にいる私の頭から爪先までまじまじと見つめ、目を丸くさせた。
「ほう、お嬢さん…あなたは奇妙な星回りのもとに生まれたね」
ため息交じりに言われたそれに私は訝しんだ。
「奇妙なそれは絡みあった糸のよう。時が来れば解けて一本の線となる。…近いうちに出会うよ」
「…はぁ…」
何と出会うというのか。
魔術師の才に恵まれた人の中には、予見が得意な人もいると聞くが、おばあさんの言葉は過去までも見えているような口ぶりだ。私が捨て子で、その前に起きたことまでも見えているかのような…
「道を間違えちゃいけないよ。信じていればきっと道は拓ける。…早まってはいけない」
「はぁ…わかりました」
警告されているんだろうが、抽象的な内容で意味がわからなかった。とりあえず頷いておいたけども。
予言してくれるならもっと詳しく教えてほしいところだが、未来を教えたら色々と問題が起きるから言えない決まりなのかもしれない。
■□■
「今回の学年末試験の首席はデイジー・マックだ。おめでとう」
「ありがとうございます」
1年間の総復習である学期末テスト。私は4学年の中で首席となった。
いや、そうでないと飛び級試験合格した意味ないからできて当然なんだけどね。先生から成績表を渡された私は胸を張って席に戻るのだが、4年生たちは私を畏怖の眼差しで見つめてくる。
彼らの態度を見ていると、いつまでも私にウザ絡みするカンナが変わっているんだろうなと思った。学期末試験直前にまた私に泣きついてきて、私は自分の勉強を妨害された。一度面倒を見てしまったからそれから毎度泣きついて来るようになったが、彼女も自分で学習する癖をつけたほうがいいな。
自分の今年の目標は大体達成した。来年度の目標も変わらない。ただひたすら前を見続けるのみである。
色々あって濃厚過ぎた学園生活2年目はこうして終わりを告げ、長期休暇に入った。
「東方面に向かう生徒さーん、こっちの馬車に詰めて乗ってねー」
久々に馭者のおじさんの顔を見ると少しホッとした。今回も終点までよろしく頼む。
正門前で迎えに来た乗合馬車に乗る時、偶然ファーナム嬢と目が合った。彼女は自宅の馬車を待っていたのであろう。私は軽く会釈した。彼女は寂しそうにほほえみ、軽く手を振り返していた。
私はそのまま馬車に乗り込み、隣に座ってる世話焼きカンナからお菓子を配られた。今回はマドレーヌに似た焼き菓子だった。それを齧りながらカンナのおしゃべりの聞き役に徹していると、ギィ…と馬車が動き始めた。それによって体が大きく揺れる。
うーん乗り心地が正に乗合馬車って感じ。
私は1年ぶりの帰省にいつになくワクワクしていた。試験前に届いた家族からの手紙にも、絶対にぜーったいに帰ってこいと念押しされていたので、この間王都の店で赤子用のオモチャを購入しておいた。
甥っ子のハロルドはもう四つ足でハイハイするようになったそうだ。獣人の赤子は獣の姿で生まれ、物心がつく前辺りに人化できるようになる。すなわち今は子熊姿なのだ。間違いなく可愛い。
私を叔母さんと慕ってくれるだろうか?
待ってて。今帰るよ、お祝い品持って。
馬車の窓から見える青空を見上げ、ワクワクしながら長い馬車の旅を過ごしたのである。
どこかで私が天才だとぼそぼそ噂されているらしいが、それは大いなる誤解だ。私はガリ勉クイーン。努力で上り詰めているだけなので決して天才ではないぞ。勉強しなきゃ、努力しなきゃここまで出来ない。出来るはずがないのだ。
学年が変わっても、クラスメイトが変わっても、私の学校スタイルは変わらない。積極的に授業を受け、わからないところがあれば先生をとっ捕まえて質問攻めにする。
私の目標は今も昔も変わらないのだ。
「飛び級試験合格おめでとう、マック君」
「ありがとうございます、フレッカー卿」
5学年への飛び級許可状をいただき、4年へ途中編入した私のもとへ、わざわざフレッカー卿がお祝いに来てくれた。
つい先日、特別塔の生徒とは関わらないことに決めた私であるが、貴族出身であるフレッカー卿との関わり方もどうするべきかも考えていた。
まぁ、フレッカー卿は私がおらずとも用事で一般塔に出入りすることも多いみたいだし、なんと言っても教師だし、彼がこちらに来る分には関わっても問題ないと判断した。
「ファーナム嬢がマック君は元気かと心配していたよ、それと飛び級試験合格おめでとうと伝言を預かってる」
「…ありがとうございます」
色々気にかけてくれた彼女には申し訳ないが、今の状態が一番平和に過ごせるのだと思う。でないとまた新たな妨害が起きる可能性も出てくるし…
私の夢への障害になりそうなのでそれはなんとしてでも避けたい。
「最近は王立図書館に出入りしているんだってね」
「そうです。図書館にはちょっと調べ物をしに行っていて…作ってみたい薬があるんです」
「ほう、それはそれは。研究熱心だな」
薬は時として毒にもなるため、製造禁止とされる薬もあるが、私が作ろうとしている変化薬は禁忌でもなんでもない。
私はノートを広げてその薬の作り方をフレッカー卿に見せた。興味津々そうな彼も変化薬を作ったことは一度もないらしい。
「古の薬か。面白そうな本だな、私も今度借りてみよう」
「学校では習わないような薬がたくさんあって面白かったですし、今とは工程が違う薬もありましたよ。図書館で知り合った人が、品揃えのいい問屋さんを教えてくれたので今度の休みは買い出しに行こうと思ってます」
ちなみに今度の長期休暇は帰省するつもりだ。家族からも念押しの手紙が何度も来ているし、私もお祝い品を兄夫婦とまだ会ったことのない甥っ子に渡したいと考えているので、真っ直ぐ帰省すると決めている。
そんでまた薬を量産して、町でお小遣い稼ぎをする予定だ。前回の休暇で私が帰省すると思っていたらしい、町の警らのジムおじさんが残念がっていたそうだ。関節痛用の薬の効きめが良かったそうで、また利用したいとの伝言を受け取った。実にありがたいことである。
そんなわけで来たる長期休暇では、勉強と並行しながら薬製造を頑張る予定である。
その薬問屋は大通りから少し外れた裏路地に存在した。古びて立て付けの悪くなった扉を開けると、ぎぎぃと嫌な音を立てる。扉を開けた瞬間飛び込んできたのは細かく区分けされた商品の数々と薬草特有の香り。
人間の私で鼻を押さえてしまうんだ。これは嗅覚に鋭い獣人だと匂いで気絶するかもな、ってくらいの匂いであった。
「はい、いらっしゃい」
奥の席でごりごりとすり鉢で何かをすりつぶしているおじさんがここの店主であろう。私は軽く会釈して、目的の品を目で探した。
資金は限られているので、目的のものだけを購入していくつもりだ。鎮痛剤、関節薬、怪我薬…そして変化薬の材料をお店のカゴにポイポイ入れながら金額を頭の中で計算していく。
余計なものは買わない、そう決めていても、店の売り物にはやはり興味がある。天井に吊るされた動物の干物、瓶詰めされたなにかの目玉、息絶えたマンドラゴラなど、普通の店じゃ絶対にお目にかからないものばかりだ。
普通の人は絶対に嫌がるだろうが、これ全て薬の元になるのだ。不気味だが、これらが助けてくれるのだから不思議なものである。
へぇ、鹿の角も生薬になるんだ。今度野生の鹿捕まえて売ろうかな……ん?
動物由来の生薬が並んだ棚を観察していると、その手前に「大特価」と書かれた札を見つけた。瓶の中には黒い毛。ひと束5リラと書かれている。
毛、だよね? 動物の毛か何か…
「あのー…この黒い毛って動物の毛ですか? 体に入れても大丈夫なやつですか?」
私がその瓶を掴んで、作業中のおじさんに話しかけると、おじさんは作業を一旦止め、目を眇めて瓶を睨みつけていた。
「あぁ、そりゃあ野生の熊の毛だ。加工時に余ったから売れるかなと思って置いといたんだが…お嬢ちゃん、こんなのが欲しいのか」
「ちょっと変化薬に挑戦したくて」
「変わったもんに挑戦するんだな」
おじさんは肩をすくめていた。変化薬は普通に生きている分では使い道ないもんね。
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これを使った変化薬を飲めば、私は熊になれるのか…熊獣人ではなく獣の熊に……実験目的なのだが、なんだかワクワクしてきた。
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「ほう、お嬢さん…あなたは奇妙な星回りのもとに生まれたね」
ため息交じりに言われたそれに私は訝しんだ。
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魔術師の才に恵まれた人の中には、予見が得意な人もいると聞くが、おばあさんの言葉は過去までも見えているような口ぶりだ。私が捨て子で、その前に起きたことまでも見えているかのような…
「道を間違えちゃいけないよ。信じていればきっと道は拓ける。…早まってはいけない」
「はぁ…わかりました」
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予言してくれるならもっと詳しく教えてほしいところだが、未来を教えたら色々と問題が起きるから言えない決まりなのかもしれない。
■□■
「今回の学年末試験の首席はデイジー・マックだ。おめでとう」
「ありがとうございます」
1年間の総復習である学期末テスト。私は4学年の中で首席となった。
いや、そうでないと飛び級試験合格した意味ないからできて当然なんだけどね。先生から成績表を渡された私は胸を張って席に戻るのだが、4年生たちは私を畏怖の眼差しで見つめてくる。
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自分の今年の目標は大体達成した。来年度の目標も変わらない。ただひたすら前を見続けるのみである。
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「東方面に向かう生徒さーん、こっちの馬車に詰めて乗ってねー」
久々に馭者のおじさんの顔を見ると少しホッとした。今回も終点までよろしく頼む。
正門前で迎えに来た乗合馬車に乗る時、偶然ファーナム嬢と目が合った。彼女は自宅の馬車を待っていたのであろう。私は軽く会釈した。彼女は寂しそうにほほえみ、軽く手を振り返していた。
私はそのまま馬車に乗り込み、隣に座ってる世話焼きカンナからお菓子を配られた。今回はマドレーヌに似た焼き菓子だった。それを齧りながらカンナのおしゃべりの聞き役に徹していると、ギィ…と馬車が動き始めた。それによって体が大きく揺れる。
うーん乗り心地が正に乗合馬車って感じ。
私は1年ぶりの帰省にいつになくワクワクしていた。試験前に届いた家族からの手紙にも、絶対にぜーったいに帰ってこいと念押しされていたので、この間王都の店で赤子用のオモチャを購入しておいた。
甥っ子のハロルドはもう四つ足でハイハイするようになったそうだ。獣人の赤子は獣の姿で生まれ、物心がつく前辺りに人化できるようになる。すなわち今は子熊姿なのだ。間違いなく可愛い。
私を叔母さんと慕ってくれるだろうか?
待ってて。今帰るよ、お祝い品持って。
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