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Day's Eye 森に捨てられたデイジー

ともだち

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 怪我を負って、大量出血したカンナは医務室に運ばれるとすぐさま造血剤投与と精密検査を受けることになった。私は付添いとしてカンナの世話を買って出た。
 検査後、カンナの状態は良好であると結果が出た。すぐに治癒魔法をかけたのが良かったらしい。傷らしい傷もなく、臓器や骨などへの影響もないとのことで私はほっと胸をなでおろした。

 時間が経過するにつれ、私は申し訳無さに襲われていた。
 あのときの私は怒りが制御できずに自己中な考えに陥っていた。妨害してきたカンナに腹を立て、めちゃくちゃ失礼な発言をしてしまった気すらする。
 それなのに、カンナは私を責めなかった。

 しかし、カンナの友人たち…私が1年生のときの元クラスメイトは違った。彼女たちは一斉にお見舞いにやってきてカンナの無事を確認するとホッとして、カンナに付き添っていた私の姿を視界に入れると刺々しい視線を送ってきたのだ。

「よくもカンナを巻き込んだわね?」

 その言葉に私は何も返せなかった。
 そのとおりである。私のせいでカンナは怪我をしたのだ。

「お貴族様と付き合ったりするからこうなるのよ。カンナを巻き込まないでよ。迷惑なのよ」
「自分は特別なのよ、ってスカしてて気に入らなかったのよ、あんたのこと。…大体、勉強できるくせにやっていい事と悪い事の区別もつかないの?」

 口々に文句をつけられた。
 友達を傷つけられたら怒るのが普通だよね。私は友達らしい友達がいなかったのでそこら辺よくわからないが……それでもわかる。彼女たちはカンナを傷つけられて怒っている。
 私は責めを受けるべきなのだ。

「二度とカンナに近づかないでよ。ねぇカンナ、寮母さんに言って部屋を変えてもらいましょ」
「カンナったらこんな子を気にかけて…こんな無愛想なガリ勉女、放っておけばいいのに」

 ……その方がいいのかもしれない。
 明るいカンナは沢山の友達がいる。私みたいな勉強ばかりの人間のそばにいても何も得することはない。
 私と関わらない、それが正しい形なのかもしれない。…だって、私の目的は勉強を頑張って、優秀な成績を収めていずれは高等魔術師になることだもの。

 その為なら友情とかいらない。恋愛もいらない。おしゃれもおしゃべりもいらない。全部不要だ。私に必要なのは知識と経験のみ。
 ただ元通りになるだけ。私はいつだって異物で、ひとりぼっちなのだから。

「やめて」

 その声はらしくもなく低い声だった。
 揃って私を詰っていた彼女たちは一斉に黙り込み、ベッドに腰掛けているカンナを見下ろした。
 カンナはいつもの呑気な笑顔でなく、真顔で全員の顔を見比べて、口を開いた。

「…あれは私が勝手に行動を起こしたことよ。これは私自身の責任なの。…それとごめんね。心配かけたのは悪いけど、これは私とデイジーの問題なの。私が付き合う相手は私が決めるから口を挟まないで?」

 カンナの突き放すような言葉に彼女たちは眉をひそめてムッとした顔をしていた。庇ってあげていたのに、って気持ちが表情に現れている。
 私は先程から食いしばった唇から血が滲んでしまいそうになっていた。そうでもしないと、目から液体が流れ出しそうだったから。

「…泣かなくていいんだよ、デイジー。私はこうして無事なんだしさ。そもそも悪いのは貴族様たちじゃない」

 握りしめた私の手をそっと掴んできたカンナはまるで小さな子どもに問いかけるように優しく言った。

「…ごめん…カンナ……」

 喉から出そうで出なかったごめんの一言がようやく吐き出せた。
 それとともに私の両目から熱い涙が溢れ出してきた。口から漏れ出すのは嗚咽。私は肩を震えさせてボロボロと涙を流して泣きじゃくっていた。棒立ちになって子どもみたいに泣いて、14歳になって情けない。なのに涙が止まらなかった。

「ほらほら、もう泣かないの」

 ふわりと包み込んだ腕からは医務室特有の薬草の香りが香ってきた。

「デイジーは家族を守りたかっただけだもんね。ムカつくよね、こっちが弱い立場なのわかって偉そうに言われて…攻撃してきて」

 私の頭を撫でながら宥めるようにカンナは語りかけてきた。

「デイジーが怒る理由はわかるよ。でもね。それで自分の立場が悪くなったら、家族が悲しむことになるんだよ。デイジーが傷つくのは私だって嫌なんだから…」
「ごめん…」
「いいの、もう謝らないで」

 私はカンナの肩に顔をうずめた。泣き止んでと言われたけど止まらない。
 いつもはやかましいカンナが今日に限っては私よりもお姉さんみたいだった。


■□■


 中庭での魔法使用、及び破壊活動の罰として、私は数日間の謹慎処分を受けていた。それを利用してカンナの看病をしたので都合は良かったけど。

 やっぱり私の行動はまずかったみたいで先生方に注意された。
 ただし、相手方のほうに非があるというのは明確で、相手は立場を盾に嫌がらせして害そうとしていた上に差別問題のデリケートな部分をつついた事もあったので、厳重処分を受けているらしい。まともなお貴族様からは恥さらしと白い目でみられているとか。
 四人対一人の対決だったもんね。しかも私よりも年上だったし、普通に考えてあっちのほうが卑怯だよね。

 ビーモント先生からは反省文を書くように指示され、「魔法を使うなら、その扱いには注意するように」と説教受けた。
 私はとても不服だが黙って頷く。カンナに諭されたからである。私の短気ひとつで私の道は閉ざされる。時には我慢も必要なのだと今回学ばされた。
 もしも何かあった時に悲しむのが誰か。
 私はもう少しだけ周りにも目を配ったほうがいいのかもしれないと思った。



 謹慎明けに誘われたお茶会。誘ってくれたファーナム嬢と王太子殿下は私に謝罪してきた。

「今回のことは貴族としてのあり方を問いかける機会になった。未だ根深い獣人差別や庶民に対する目に余る態度など、こちらとしてもお詫びのしようがない」
「私の管理が行き届かなかったわ。本当にごめんなさい」

 高貴な方々に頭を下げられ、私は困った。駄目なんだよ、高貴な人がそんな簡単に庶民に頭下げちゃ。ていうか謝られてもあの貴族共のことは許してあげないから無駄です。そこんところ話は別ですよ。
 私は慌ててふたりに「顔を上げてください」とお願いした。

「私は庶民なのに、お二人とちょっと距離が近すぎたなと思います。今まで良くしていただいてありがとうございました」

 私は深々と頭を下げ返した。私の発言に対し、2人は戸惑っている様子を見せていた。

「で、デイジー、そんな、今回のことはこちらの監督不行き届きで…」
「いいえ、やっぱり貴族様と私のような村娘は親しくするべきではないと思います」

 あくまで自分の統率が取れていなかったと言うファーナム嬢の言葉を遮り、私は首を横に振った。
 そしてポケットに入れていたとあるものを取り出し、王太子殿下にお返しする。

「これお返しします。私が特別塔の図書館に出入りすることでそちらの生徒さんの迷惑になっていましたし、今度からは転送術で王立図書館に行くのでもう必要ありません」

 彼の目の前にそれを置いてペコリと頭を下げる。折角取ってもらった許可状なのにこんなに早く無駄にしてしまってごめんなさい。
 私は以降特別塔には立ち寄らない。今後の交流は遠慮させてくれと言うと、ファーナム嬢が悲しそうな顔をしていた。少し罪悪感があったが、仕方のないことだ。身分が違うのだから。

「お貴族様に目をつけられたら、またカンナが…私の友達が間に入って庇ってきそうなので。…私にはお貴族様との交流よりも、カンナのほうが大事なんです」

 私の真の目的は上流階級の人とお近づきになることではない。
 彼らとの交流は学ぶことも多く、学問に関する意見のやり取りは面白かった。これで最後となると色々と寂しいものだが、私達は所詮相容れぬ存在なのだ。

 私は席を立つと、2人に対して深々と頭を下げた。

「今までありがとうございました」

 私のお別れの言葉に彼らは言葉をなくして固まっていた。庶民から言われるのは少しばかり失礼だったかな。ごめんね、だけどこれ以上の交流は避けたほうがお互いのためだと思うの。

 挨拶を終えると、私はくるっと踵を返す。
 さて、飛び級試験の勉強しなきゃ。切り替えは大事! 勉強が私を待ってる…!


 その半月後に私は2度目の飛び級試験を受験し、見事合格。
 新年度では5年へ飛び級が決まり、去年と同様、4年のクラスへと途中編入することに決まったのであった。
 為せば成る。目標に向かって突き進むのみである。
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