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Day's Eye 森に捨てられたデイジー
花より本なデイジー【三人称視点】
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獣人が住まう村唯一の人間、捨てられていた赤子だった少女は複雑な生い立ちながらもすくすくと育った。
彼女は村の誰よりも勉強家だった。三度の飯よりも本が好きなんじゃないかと問われるくらい読書家だった。村の学校のこじんまりとした図書室だけじゃ飽き足らず、町の図書館に通い詰め、そこの本はほぼ全部読んだという噂である。
獣人と違って成長はゆっくりで、同い年の子たちと比べると小さな子どもだったが、彼女はずば抜けて賢かった。入学したときからずっと学年トップを維持しており、周りの同級生を圧倒していたという。
初等学校在学中であった彼女の活動場所はもっぱら図書室で、あまり外で遊ばないものだからその肌は白雪のように真っ白で病的にも見えた。
彼女をなにかと気にかけている狼の獣人である少年が人の輪に連れ込むことも多かったが、彼女からしてみればそれは戸惑い以外の何物でもない。
何度も言うが彼女は人間だ。過去の歴史から人間に対していい印象を持たない獣人たちのいる村に住む、無邪気な子どもが何を言うかなんて想像できるであろう。そういったこともあり、彼女は同じ村の獣人との関わりをなるべく避けて一人、本の世界へと閉じこもるようになったのだ。
彼女は家族と本さえあれば平気だった。自分の大切な人が自分を愛してくれるからそれだけで良かった。それ以上は望まなかった。
それに知識は少女を裏切らない。傷つけたりしない。本を読んで知識を身に着けていると自分が強くなる気がしたから勉強が大好きだった。
彼女は知識を身に着けながら、いつの日か夢を抱くようになった。
自分の生まれのルーツを辿りたい。
自分の力で生きていきたい。
…もっと、知識がほしい。
勉強するために進学したい、と。
彼女の野望を叶えるための手段とはいえ、その勢いは他の追随を許さなかった。なぜここまで彼女が勉強熱心なのかは、生来の彼女の気質がそうさせるのかもしれない。
彼女は自分の夢や目標のためにがむしゃらだった。彼女の性格を理解している彼女の家族はわかっていたはずだ。『王立図書館に行く』という内容の手紙を受け取った時点でもうすでに察していたに違いない。
この休暇、彼女は帰ってこないだろうな、と。
「あいつが帰ってこないってなんでだよ!」
白銀色の尻尾をピッと立ち上げ、鋭い犬歯を噛み締めてグルグルと唸ってみせる狼獣人の少年・テオを見下ろした熊獣人の青年・リックは肩をすくめた。
「いやー…俺らも手紙で簡単にしか知らされてないから詳しくは知らんけど…まぁなんていうか、縁あって公爵令嬢と知り合いになったその流れで王立図書館に連れて行ってもらったのはいいが、読みたい本が多すぎるからこのまま王都に滞在するってさ」
最初は遅れて帰ってくるって内容だったけど、その後やっぱり帰れないという手紙が送られてきたのだ。本の魅力に取り憑かれた妹がこうなるのは仕方ないことなのだろうとリックは苦笑いしていた。
しかし目の前の少年は腹に溜まった不満が噴出しそうに苛立っており、今にも爆発してしまいそうである。
「なんだよ…それ……!」
「高貴な方と何かあったのか、デイジーの口から直接話を聞かせてほしい、とは返事しておいたから次の休みには必ず帰るだろ。心配すんな」
リックの宥める言葉にテオは納得できなさそうに苛立っている。図体ばかり大きくなったが、少年は妹のデイジーと同じ年。まだまだ子供だ。不満を押し込めようとはしているが、感情のコントロールが完全には出来ないのであろう。
リックは苦笑いを浮かべ、小さくため息を吐き出すと静かに言った。
「…でもな、テオ。デイジーにもデイジーの人生があるんだよ、そう縛ってやるな」
「……」
昔から妹にちょっかい掛けては泣かしてきた悪ガキだが、リックにとって少年も弟のようなものだ。好きな子の気を引こうとしていじめてしまうやんちゃな子ども。
…テオの場合それだけではないが。
獣人の執着心は凄まじい。
それこそ、狼といえば一度伴侶と決めたら最後まで愛し抜くという一途な生き物。リックの可哀想な妹ははじめて会った瞬間から目をつけられていた。ただ、人間であるデイジーにはその気持ちが全く伝わっておらず、彼の想いは未だに一方通行だが。
「お前には悪いがな、テオ。俺はデイジーが可愛い。あいつの人生はあいつの好きにさせてやりたいんだ。もしもお前が妨害するなら力づくで止めるからな?」
リックの吐き捨てた言葉にテオの口元は不満で歪んだ。リックはデイジーの兄だ。村外れの森の中で捨てられていた赤子のデイジーを拾った本人。彼はデイジーを守る最後の砦のようなものだ。彼の気に障れば最後だ。ここで反抗的な態度を取れば自分の立場が悪くなるとわかっていたのだろう。テオは反発したい気持ちを抑え込んで、押し殺した声を出す。
「…リックは嫌じゃねーのかよ。あいつ、村から出ていくつもりだぜ」
「まぁ、この村はデイジーにとって居心地がいいものとは言えないからなぁ、仕方ないっちゃ仕方ねーだろ」
その言葉に少年は黙りこくってしまった。
デイジーが村を出て他所に住んだとしても止めない。デイジーが幸せであることがリックの願いなのだ。
リックが無鉄砲な悪ガキだった頃、あの雷雨の夜見つけた、衰弱した小さな赤子。あの時見つけたのは奇跡だ。下手したらデイジーは冷たい雨に打たれ続けてあの場で息絶えていた可能性もある。
その無力な赤子だった彼女は今や魔術師の才能に恵まれ、自分の人生を歩もうと必死に頑張っている。それを応援しない理由はないし、背中を押してやりたい兄心なのだ。
目の前では泣きそうな、怒り出しそうな複雑な表情を浮かべた少年が拳を握りしめている。
同じ獣人としては長年の片思いを応援してやりたいけど、兄としては妹の相手としてはまだまだ認められないんだよなぁ、とリックは生暖かい視線を送っていた。
「ていうか、どっちにしろお前はいじめっ子のまんまで、男として全く意識されてないから、そこから頑張れ?」
「うっうるせぇよ!」
テオが顔を真っ赤にしてキャンキャン騒ぐのを聞きながら、リックは空を見上げた。空を見て思い出すのは、兄・カールが結婚した日にデイジーがお披露目した祝福の魔法。
彼女はその魔法を「失敗した…」と落ち込んでいたが、どこが失敗なのだろう。あの時リックはあんなに美しい魔法をはじめて目にしたのだ。
デイジーを拾ったその日から空を見上げるとあの雷雨の日を思い出してきたが、あの日から変わった。透き通るような青空に彩る虹、雪のように舞う小さな光、そして輝く太陽──…空は、こんなにも綺麗だったのかとあの時ほど感動したことはなかった。
小さくて弱くて、守らなくてはならない存在だった妹は、いつの間にか大きくなっていたんだなという寂しさと、ここまで成長したのかっていう驚きにリックは妹が一人遠くへ旅立とうとしているのを感じていた。
きっとデイジーは夢を自力で叶えるだろう。いつの日か自分の出自の謎を突き止めることになるだろう。
だけどリックはそれがだいぶ先だといいと願っていた。まだしばらくはリックの妹のままでいてほしいと願っているのだ。
彼女は村の誰よりも勉強家だった。三度の飯よりも本が好きなんじゃないかと問われるくらい読書家だった。村の学校のこじんまりとした図書室だけじゃ飽き足らず、町の図書館に通い詰め、そこの本はほぼ全部読んだという噂である。
獣人と違って成長はゆっくりで、同い年の子たちと比べると小さな子どもだったが、彼女はずば抜けて賢かった。入学したときからずっと学年トップを維持しており、周りの同級生を圧倒していたという。
初等学校在学中であった彼女の活動場所はもっぱら図書室で、あまり外で遊ばないものだからその肌は白雪のように真っ白で病的にも見えた。
彼女をなにかと気にかけている狼の獣人である少年が人の輪に連れ込むことも多かったが、彼女からしてみればそれは戸惑い以外の何物でもない。
何度も言うが彼女は人間だ。過去の歴史から人間に対していい印象を持たない獣人たちのいる村に住む、無邪気な子どもが何を言うかなんて想像できるであろう。そういったこともあり、彼女は同じ村の獣人との関わりをなるべく避けて一人、本の世界へと閉じこもるようになったのだ。
彼女は家族と本さえあれば平気だった。自分の大切な人が自分を愛してくれるからそれだけで良かった。それ以上は望まなかった。
それに知識は少女を裏切らない。傷つけたりしない。本を読んで知識を身に着けていると自分が強くなる気がしたから勉強が大好きだった。
彼女は知識を身に着けながら、いつの日か夢を抱くようになった。
自分の生まれのルーツを辿りたい。
自分の力で生きていきたい。
…もっと、知識がほしい。
勉強するために進学したい、と。
彼女の野望を叶えるための手段とはいえ、その勢いは他の追随を許さなかった。なぜここまで彼女が勉強熱心なのかは、生来の彼女の気質がそうさせるのかもしれない。
彼女は自分の夢や目標のためにがむしゃらだった。彼女の性格を理解している彼女の家族はわかっていたはずだ。『王立図書館に行く』という内容の手紙を受け取った時点でもうすでに察していたに違いない。
この休暇、彼女は帰ってこないだろうな、と。
「あいつが帰ってこないってなんでだよ!」
白銀色の尻尾をピッと立ち上げ、鋭い犬歯を噛み締めてグルグルと唸ってみせる狼獣人の少年・テオを見下ろした熊獣人の青年・リックは肩をすくめた。
「いやー…俺らも手紙で簡単にしか知らされてないから詳しくは知らんけど…まぁなんていうか、縁あって公爵令嬢と知り合いになったその流れで王立図書館に連れて行ってもらったのはいいが、読みたい本が多すぎるからこのまま王都に滞在するってさ」
最初は遅れて帰ってくるって内容だったけど、その後やっぱり帰れないという手紙が送られてきたのだ。本の魅力に取り憑かれた妹がこうなるのは仕方ないことなのだろうとリックは苦笑いしていた。
しかし目の前の少年は腹に溜まった不満が噴出しそうに苛立っており、今にも爆発してしまいそうである。
「なんだよ…それ……!」
「高貴な方と何かあったのか、デイジーの口から直接話を聞かせてほしい、とは返事しておいたから次の休みには必ず帰るだろ。心配すんな」
リックの宥める言葉にテオは納得できなさそうに苛立っている。図体ばかり大きくなったが、少年は妹のデイジーと同じ年。まだまだ子供だ。不満を押し込めようとはしているが、感情のコントロールが完全には出来ないのであろう。
リックは苦笑いを浮かべ、小さくため息を吐き出すと静かに言った。
「…でもな、テオ。デイジーにもデイジーの人生があるんだよ、そう縛ってやるな」
「……」
昔から妹にちょっかい掛けては泣かしてきた悪ガキだが、リックにとって少年も弟のようなものだ。好きな子の気を引こうとしていじめてしまうやんちゃな子ども。
…テオの場合それだけではないが。
獣人の執着心は凄まじい。
それこそ、狼といえば一度伴侶と決めたら最後まで愛し抜くという一途な生き物。リックの可哀想な妹ははじめて会った瞬間から目をつけられていた。ただ、人間であるデイジーにはその気持ちが全く伝わっておらず、彼の想いは未だに一方通行だが。
「お前には悪いがな、テオ。俺はデイジーが可愛い。あいつの人生はあいつの好きにさせてやりたいんだ。もしもお前が妨害するなら力づくで止めるからな?」
リックの吐き捨てた言葉にテオの口元は不満で歪んだ。リックはデイジーの兄だ。村外れの森の中で捨てられていた赤子のデイジーを拾った本人。彼はデイジーを守る最後の砦のようなものだ。彼の気に障れば最後だ。ここで反抗的な態度を取れば自分の立場が悪くなるとわかっていたのだろう。テオは反発したい気持ちを抑え込んで、押し殺した声を出す。
「…リックは嫌じゃねーのかよ。あいつ、村から出ていくつもりだぜ」
「まぁ、この村はデイジーにとって居心地がいいものとは言えないからなぁ、仕方ないっちゃ仕方ねーだろ」
その言葉に少年は黙りこくってしまった。
デイジーが村を出て他所に住んだとしても止めない。デイジーが幸せであることがリックの願いなのだ。
リックが無鉄砲な悪ガキだった頃、あの雷雨の夜見つけた、衰弱した小さな赤子。あの時見つけたのは奇跡だ。下手したらデイジーは冷たい雨に打たれ続けてあの場で息絶えていた可能性もある。
その無力な赤子だった彼女は今や魔術師の才能に恵まれ、自分の人生を歩もうと必死に頑張っている。それを応援しない理由はないし、背中を押してやりたい兄心なのだ。
目の前では泣きそうな、怒り出しそうな複雑な表情を浮かべた少年が拳を握りしめている。
同じ獣人としては長年の片思いを応援してやりたいけど、兄としては妹の相手としてはまだまだ認められないんだよなぁ、とリックは生暖かい視線を送っていた。
「ていうか、どっちにしろお前はいじめっ子のまんまで、男として全く意識されてないから、そこから頑張れ?」
「うっうるせぇよ!」
テオが顔を真っ赤にしてキャンキャン騒ぐのを聞きながら、リックは空を見上げた。空を見て思い出すのは、兄・カールが結婚した日にデイジーがお披露目した祝福の魔法。
彼女はその魔法を「失敗した…」と落ち込んでいたが、どこが失敗なのだろう。あの時リックはあんなに美しい魔法をはじめて目にしたのだ。
デイジーを拾ったその日から空を見上げるとあの雷雨の日を思い出してきたが、あの日から変わった。透き通るような青空に彩る虹、雪のように舞う小さな光、そして輝く太陽──…空は、こんなにも綺麗だったのかとあの時ほど感動したことはなかった。
小さくて弱くて、守らなくてはならない存在だった妹は、いつの間にか大きくなっていたんだなという寂しさと、ここまで成長したのかっていう驚きにリックは妹が一人遠くへ旅立とうとしているのを感じていた。
きっとデイジーは夢を自力で叶えるだろう。いつの日か自分の出自の謎を突き止めることになるだろう。
だけどリックはそれがだいぶ先だといいと願っていた。まだしばらくはリックの妹のままでいてほしいと願っているのだ。
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