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Day's Eye 森に捨てられたデイジー

呪い返しと褒美

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 中央に連れてこられたのは険しい顔をしたリリス・グリーン。はじめて彼女を見たときの純情可憐な雰囲気がどこにもない。今の彼女は手負いの獣みたいな表情を浮かべていた。

「この者にはクリフォード・エスメラルダ王太子殿下、並びにエリーゼ・ファーナム公爵令嬢に対する黒呪術行使の疑いがかかっている。そこで証言者として呼ばれたのがそちらのデイジー・マック嬢である。ゆっくりでいい。君が見てきた真実を証言してほしい」

 私が怖がらないように、孫娘に問いかけるようにして話しかけられたが、あちこちから刺さってくる視線で足がプルプルですよ。
 こんなんなら一般的な取り調べのほうが良かった。しかし話さなければ私は解放されないので頑張るしかない。

「……私が始めに異変を感じたのは、先日行われた交流会でファーナム様にかかっていた呪いを見つけたときからでした」

 そこから私が見てきたこと、疑問に思ったことを順序を追って説明していた。それに時折、裁判長が問いかけてきたのでそれにも素直に答え、話の肝となる昨日のことを話しだした。

「あちらにいらっしゃるフレッカー卿にこのことを相談した際に、こちらの談話室にて彼女が何者かと話している声を聞いたのです」

 この辺はフレッカー卿からも話を聞いているだろう。同じ説明になるが、自分が見聞きしたものを洗いざらい話して、その後起きた修羅場についても説明した。

「ただ、殿下に降り掛かった呪いは精神の奥の方まで蝕んでおり、私一人の力では抑え込めない状況でした。そこで力を貸してくださったのがファーナム様です」

 私が行ったのは応急処置であり、ファーナム嬢の助力がなければ成せなかったことであるとはっきり言っておいた。

「犯人が私だって証拠はないでしょうがぁぁ! ウソを付くんじゃないよ、こんな村娘の言い分を信じるとか頭どうにかしてんじゃないのぉ!?」

 私の証言を妨害するかのように、髪を振り乱して怒鳴りつけてきたのはリリス嬢だ。今まで庶子出身の令嬢だと聞かされていたからそれを信じていたが、それにしても口が悪いな。もしかしたら彼女は最下層…スラム出身なのかもしれない。

「…一介の村娘である私が、嘘をついてなにか得しますか?」
「金さえちらつかせれば誰だって言うこと聞くでしょ!」

 私はそれに対して鼻で笑ってしまった。そうかも知れないが、一庶民に素直にお金を払うお貴族様なんているのかな。その後亡き者にされるだけのことだと思うなぁ。
 金をちらつかされたのは、彼女ではないのだろうか。あの時会話していた人物は彼女の何なのだろうか。

「…逆に聞きますけど、あなたが潔白であるという証言や証拠はありますか?」

 力技になってしまうが、殿下やファーナム嬢に残っている呪いの残滓を術者に呪い返ししてしまえば、術者が誰か明白になる。黒呪術をうまく扱える人間がやれば、なかなかバレない。だけどそれを本気で調べようと思えば出どころはすぐに見つかるのだ。
 ……彼女を庇うような声はどこからも聞こえてこない。これが答えなのだろう。

「私は嘘偽りは申し上げておりません。お疑いであれば、私の記憶を術で確認してくださって構いません」
「黙れ、黙れ黙れっ! 後もう少しだったのにっ! もう少しでこの国を潰せた! あの御方に満足いただける結果が出せたと言うのにこんな村娘ごときに…!」

 うるさいなぁ。思わず私の眉間にシワが寄る。
 リリス嬢を抑え込んでいる警備隊の人たちは引っかき傷を作りながら彼女を拘束している。身動きとれないように石化の術でも掛けたらどうかと思うけど、それじゃ公平な取り調べにはならないのか……警備隊も大変だな。

「お前は呪われるぞ! お前も、お前ら全員呪われ「おしゃべり女よ、口縛れよ」…グッ!?」

 やかましいリリス嬢の口元に指を向けて、一時的な口封じの呪文を唱えると、彼女の唇はピッタリとくっついて離れなくなった。

「この期に及んでガタガタうるさいですよ。周りの人巻き込んで呪いでもかけようとしてるんでしょうけど、あまりにも往生際が悪い…──我に従う光の元素たちよ。リリス・グリーンの放った呪いを、術者本人に還せ」

 習いたての呪い返しをお見舞いする。これは防衛術の一つであり、降りかかりそうになった呪いを術者本人にお返しする白呪術のひとつだ。
 あくまで私はキーキーやかましいリリス嬢が放った呪いをお返ししただけだ。

「ぎゃあああああ!!」
「!?」

 けたたましい悲鳴に私はぎょっとした。私だけでなく、この場に在席していた生徒や国の関係者も息を呑み、人によっては引きつった悲鳴を上げていた。

 なぜなら、中央にいたリリス・グリーンの顔がドロドロに溶けてしまったからである。
 彼女の顔の肉だけでなく、髪の毛、目玉、血液に耳や歯などがぼたぼたと崩れ落ちて地面に落下している。まるで獣の肉をまな板の上でミンチにしたみたいにぐちゃぐちゃになっていて……その様はおぞましく、目をそらしてしまう。

「わ、私は呪い返ししただけですよ!? ビーモント先生が教えてくれた反対呪術です! ですよね! 先生!」

 恐怖で声が裏返ってしまう。首ちょんぱーの未来がやってきた! と私は戦慄する。違う! 私は先生に教わったとおりにやっただけだ! 間違ったことは何一つしてないぞ!
 隣に待機していたビーモント先生をどついていると、先生はリリスから視線をそらさず、引きつった顔をしていた。

「…ありゃあ…今まであの娘が人に掛けてきた黒呪術がすべて一気に跳ね返ってきたんだろう」
「……すべて? …一気に?」

 つまり、つい先程かけられた呪いだけでなく、他の人にかけられた過去の黒呪術までもお返ししたということ…?
 えっ、そこまで意識しないでやったんですけど……私、魔法の使い方下手すぎないか…。

「マックは魔力の容量が多いなぁとはわかっていたけど、なかなかやるなぁ」
「ぎぇぇぇぇ!! おの、おのれぇぇぇ…!」

 リリス嬢の断末魔の叫びを聞きながら先生に褒められるってどんな状況だよ。

「返したい呪いを指定するなら、呪い返しの呪文にお前の名前を組み込むのがいいな」
「あっなるほど!」

 盲点だった。指定してなければそりゃ全体に効果が現れるよね。私がぽんと両手を打って納得していると、「全く…」と呆れた声が聞こえてきた。

「優秀だとは思っていたけど…マック君は想像もつかないことをやってくれたね」

 少し睡眠不足気味なのか疲れた表情のフレッカー卿が私を見て苦笑いを浮かべている。
 会場の中央では全身がじわじわ腐り落ちているリリス嬢を輸送しようとして四苦八苦する警備隊と寄ってきた魔術師たちが慌てていた。なんか色々と申し訳ない。自分の身を守るために行使していたんですけど、こんな事になってしまいました。
 
「すみません」
「こいつには後でがっつり説教しておきますんで…本当にすみません」

 私はビーモント先生に無理やり頭を下げさせられた。少々暴走してしまったのは違いないので、おとなしく謝罪しておこう。

「いいえ、マックさんは恩人ですから」
「彼女を叱らないであげてくださいな。マックさんはいい先生に恵まれたのね」

 その声にビーモント先生の背筋がピンとなった。彼はシュバッと膝をつくと深々と頭を下げていた。

「はっ…! ありがたきお言葉…!」

 私はここ最近のことで麻痺してしまっているが、上位階級の人に対する態度はビーモント先生の態度が正常なんだよな。私も習って膝をついておこう。

「デイジー・マック嬢、貴殿には大きな借りができた。貴殿にはなにかお返しがしたいのだが、なにか望みはあるか?」

 王太子殿下のその問いかけに私は思わず顔を上げた。
 えっ、ご褒美くれるんですか!? 私は相手が本気かどうか信じられなかったので、恐れ多くも殿下の顔を疑いの眼差しで見つめた。その視線を受けた彼は苦笑いして「出来ることなら何でも叶えよう」と鷹揚に頷いていた。

「……ならば、学習に使う本を貸してほしいです」
「……え?」
「一般塔の図書館は蔵書が豊富ではないので、そちらの特別塔の本を使って学習がしたいです。その権利をください」

 聞き返されたのではっきりした声で言ったのだけど、殿下は面食らった顔をしていた。

「やっぱり一般塔の人間が入ってはまずいですかね」
「あ、いやいや……そんなことでいいのかい? もっと他に…」

 むしろどんなことを言われると思っていたのか。
 私がここにいるのは勉強のため、魔術師になるため、高給取りになるためなのだ。権利があるならどんなことだって利用してやりたい。それが普通であろう。

「私は高給取りになりたいんです。お貴族様たちとはスタート地点が違いますから、もっと頑張らなければなりません。もっともっと知識がほしい、沢山の本が読みたい」

 だから、そっちの図書館の本を借りる権利をくれ。とおねがいしてみせる。
 殿下は目を白黒させながら「わ、わかった。そのように取り図ろう」と頷き、ファーナム嬢は口元を抑えて「貴女らしいわ」と笑っていた。

 私はぶれないぞ。
 目的は唯一つ。高等魔術師を目指して貪欲に知識を追い求めていくつもりである。
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