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Day's Eye 森に捨てられたデイジー
突然始まった愛の劇場
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私は絨毯の床を蹴りつけた。ふかふか過ぎて勢いが消えたが、そんなことはどうでもいい。むしろ足音が消えたことであちらは私の存在に気がついていないようである。
婚約者の令嬢の頬を張った王太子殿下は冷たく彼女を見下ろしていた。令嬢は抑えきれない涙をホロホロこぼしている。
……相手は村娘がお関わり合いになることのない天上人だ。あちらもこの特別塔に私のような庶民がいるとは思わないだろう。もしかしたら不敬だと罰せられるかもしれない。
もともと私は平和を望むタイプだ。静かな場所で地道に頑張るのが好きなのだ。王族やお貴族様と関わってしまったらそれから遠ざかってしまうのは道理である。
しかし、目の前のそれはいかん。
操られているとはいえ、看過できない。
正直なことを申すと、国が荒れて割を食うのは私達庶民なわけだ。つまり私の家族や村の人が苦しむことになる。それは見逃せない。私が困るんだな!
フレッカー卿はこれ以上関わるなと遠回しに言っていたけど、ほんとごめん。私は、私の意思に従って行動させてもらう…!
「我に従う光の元素たちよ! 闇に囚われた哀れなこの者を光の下へ導き給え!!」
──バチーン!
「っ!?」
ちょっと勢い余って殿下の背中を力いっぱい叩いちゃったけど、年下の女子に叩かれて吹っ飛ぶまではいかないだろう。不敬とか言わないで、緊急だから許してね。
私の大声にビクッと肩を揺らしたファーナム嬢の姿が視界に映ったが、私は王太子殿下に憑いている呪いの正体に目を凝らす。光の元素の働きによって、一瞬ブワッとどす黒いモヤが身体から滲み出た。が、再び体内へ潜り込んでしまう。
「人を堕落に導き、心を操る悪しき呪いよ、この者から離れよ…!」
殿下の背中にくっつけた手のひらから私の力を流し込む。ファーナム嬢に掛けられた呪いを解くときよりも時間がかかった。多分、あのリリスという女は黒呪術が得意なのだろう。周りの人が気づかないようにじわじわ呪いにかけてきたのだ。
……その為、殿下の魂にまで呪いが侵食していてなかなか祓えない。殿下の中で光の元素と呪いの素が戦っている感覚がする。
…まずいな、力負けするかもしれない…
「…私の力を貸すわ…」
スッと横から香ってきた匂い。それは隣から香ってきた。私は視線をそらさずに「ですが」と返す。
まだ彼女は闇に侵食されていない。だけど彼女自身もなるべく早く呪いから解放したほうがいいのは確かである。そのためには無駄に体力を使わないほうが望ましいのであるが…
「殿下はこの国の王となられる尊い身分の御方。彼を救うためなら犠牲になっても構いません」
そうですか。私は犠牲になりたくありません。
不敬になるから敢えて口にはしないけども。
「…我に従う光の元素たちよ、エリーゼ・ファーナムが命ずる。この者に光の力を分け与え給え」
その呪文が唱えられた直後、押され気味だった光の元素たちの威力が増した。黒いモヤを光で打ち消し、殿下の身体をあたたかい光が包み込む。暴れていた黒いモヤの勢いは徐々に衰えていく。
ファーナム嬢の助力もあり、なんとか黒呪術の素を押し止めることが出来た。だがこれは応急処置だ。また暴れだす可能性もあるので、専門の魔術師に根っこを叩いてもらったほうがいいであろう。
「……エリーゼ…? 私は、一体何を……」
毒気が抜かれたような顔をした殿下はファーナム嬢と私を見比べて、ハッとした顔を浮かべていた。
「その頬……エリーゼ、私は君になんてことを…!」
どうやら正気に戻ったみたいだ。
彼は今まで自分がしてきたことを記憶しているみたい。なるほど、人を操る黒呪術で操られていても過ごしてきた期間の記憶はしっかり残っているのか。
ファーナム嬢の赤くなった頬に触れようとして、ためらいを見せた後ゆっくり手をおろした殿下は、「すまない…」と小さく謝罪をしていた。それに対してファーナム嬢は彼の手を両手で握って、涙が浮かんだ瞳で嬉しそうに笑っていた。
「元の殿下に戻られてよろしゅうございました…」
「エリーゼ……あぁエリィ!」
先程までの修羅場はどこへ行ったのか。殿下はファーナム嬢を愛称で呼ぶと力いっぱい抱きしめていた。
私は何を見せつけられているのであろうか。彼らには私の存在が見えているのだろうか。
「私はどうかしていた。君という大切な存在がいるのに、なぜリリスに愛を囁いたりしていたのだろうか…!」
殿下はタガが外れたかのようにファーナム嬢の顔にキスを落としている。
本当に私は一体何を見せつけられているのか。まさか私が人間なのは錯覚で、この周りに飾られた石膏の彫刻だった…? そんなバカな。
「おかしくなってしまわれた殿下を危険視した陛下が廃嫡を考えてるとおっしゃっておられたので…本当に良かった」
「それを阻止しようと君は頑張ってくれていたんだね、本当に済まなかった。ありがとう。愛しているよ、エリィ」
「殿下…クリフォード様…」
うっとりとお互いを見つめ合う二人。お姫様の愛の力によって呪いが解けた王子様って感じでいいんじゃないでしょうか。
主に呪いを解いたの私ですけどね。
2人は情熱的な口づけを交わしていた。まるで下世話なロマンス小説みたいである。
殿下のことを同盟相手って言ってたのはただの強がりで、ファーナム嬢も殿下のことが大好きだったんですね、成程わかりました。
「あのー」
これ以上ここに居ても私は役に立たないなと思った私は声を掛けた。
私の存在に今気づきましたとばかりに殿下がハッとして彼女にキスをするのをやめていた。どうせなら抱き合うのもやめてくれたら目のやり場に困らないんですけど。
「とても言いにくいのですが、お二方共黒呪術にかかっているので、専門の魔術師に診てもらったほうがいいです。私のかけた白呪術は応急処置なので…」
ここまで呪いが侵食していたのは時間を掛けてゆっくり、周りに気取られないように呪いを掛けられていたのであろう。
今は一旦白呪術によって呪いを抑えているが、新たに呪われたらドクダミの葉のように一気に呪いが精神を蝕むであろう。そうなればまた逆戻りである。
「黒呪術!?」
それにぎょっとするのは当然のことだろう。私は2人にはじめてそのことを話したし、禁術にかかっていたなんて思いもよらなかっただろうから。
「フレッカー卿には先程このことを相談しました。そして誰がその呪いをかけたのか目星もついてます。恐らく犯人として捕まることでしょう。後はご自分で防衛術をかけるなりして自衛なさって下さい」
それじゃ、と手を軽く上げて踵を返した私に「待ってくれ、君は…」と殿下が呼び止めてきた。
そういえば自己紹介していなかったな。
「一般塔3年のデイジー・マックと申します。私は自分のために白呪術を行使しただけなのでお気にならさず」
「3年…マックとは飛び級した生徒か…」
その通りだったので軽く頷き、頭を下げると今度こそその場を立ち去った。
力を使いすぎてお腹が減ったな。少し早いけど寮の食堂に直行しよう。その日は食事を終えた後、すぐにお風呂に入って早々に就寝した。ミアを救出したときの転送術の時よりもマシだけど、やっぱりそれなりに魔力体力を持っていかれるみたい。
勉強が進まなかったから明日からもっと頑張らなくては。
■□■
「おいマック、お前一体何をしていたんだ……特別塔からお呼び出しがかかっているぞ」
朝からげっそりした顔をしたビーモント先生に呼び止められた私は「あぁ」と声を出した。そういえば昨日の今日だものね、犯人が捕まったから事情聴取されるのかも。
「大丈夫です。私はいいことをしただけなので」
「…いいことをしただけで呼び出されるのか…? 先生は朝から腹が痛いよ」
放課後になったら特別塔の指定された場所まで来るようにとのことだったので、付添いのビーモント先生とともに特別塔へと出向くと、そこはまるで魔女裁判みたいな光景が広がっていた。
そこは講堂だ。入学式などの式典で使われる講堂。先日の交流会でも使われた場所には多くの貴族の子息子女が集まっており、私が入場すると一気に視線が集まった。
その視線は好奇だったり、庶民に対する侮蔑だったり…まぁ、あまり気持ちの良い視線ではないのは確かであった。
「デイジー・マックさんですね、こちらへどうぞ」
私を待ち受けていた人は学園の警備隊の人だ。国直轄のその人に誘導されて立たされたのはいわゆる証言台だ。
裁判長席らしき場所に座るのは……恐らく、国の裁判所から派遣された人であろう。学校の関係者ではない大人たちがあちこちにいて、ただ事じゃないのがすぐに分かった。学校で裁判とかしちゃうんですか。驚きだ。
「皆のもの、静粛に!」
ザワザワざわめいていた講堂内に声が響き渡った。
「これより、黒呪術行使容疑、国家転覆未遂罪のかかっているリリス・グリーンの公開取り調べを行うこととする!」
公平な立場から取り調べをすることを目的とした公開取り調べらしいが。私の目には魔女裁判にしか見えないんですけど。
いや、明らかに彼女はクロなので庇う理由はないんだけどね。
婚約者の令嬢の頬を張った王太子殿下は冷たく彼女を見下ろしていた。令嬢は抑えきれない涙をホロホロこぼしている。
……相手は村娘がお関わり合いになることのない天上人だ。あちらもこの特別塔に私のような庶民がいるとは思わないだろう。もしかしたら不敬だと罰せられるかもしれない。
もともと私は平和を望むタイプだ。静かな場所で地道に頑張るのが好きなのだ。王族やお貴族様と関わってしまったらそれから遠ざかってしまうのは道理である。
しかし、目の前のそれはいかん。
操られているとはいえ、看過できない。
正直なことを申すと、国が荒れて割を食うのは私達庶民なわけだ。つまり私の家族や村の人が苦しむことになる。それは見逃せない。私が困るんだな!
フレッカー卿はこれ以上関わるなと遠回しに言っていたけど、ほんとごめん。私は、私の意思に従って行動させてもらう…!
「我に従う光の元素たちよ! 闇に囚われた哀れなこの者を光の下へ導き給え!!」
──バチーン!
「っ!?」
ちょっと勢い余って殿下の背中を力いっぱい叩いちゃったけど、年下の女子に叩かれて吹っ飛ぶまではいかないだろう。不敬とか言わないで、緊急だから許してね。
私の大声にビクッと肩を揺らしたファーナム嬢の姿が視界に映ったが、私は王太子殿下に憑いている呪いの正体に目を凝らす。光の元素の働きによって、一瞬ブワッとどす黒いモヤが身体から滲み出た。が、再び体内へ潜り込んでしまう。
「人を堕落に導き、心を操る悪しき呪いよ、この者から離れよ…!」
殿下の背中にくっつけた手のひらから私の力を流し込む。ファーナム嬢に掛けられた呪いを解くときよりも時間がかかった。多分、あのリリスという女は黒呪術が得意なのだろう。周りの人が気づかないようにじわじわ呪いにかけてきたのだ。
……その為、殿下の魂にまで呪いが侵食していてなかなか祓えない。殿下の中で光の元素と呪いの素が戦っている感覚がする。
…まずいな、力負けするかもしれない…
「…私の力を貸すわ…」
スッと横から香ってきた匂い。それは隣から香ってきた。私は視線をそらさずに「ですが」と返す。
まだ彼女は闇に侵食されていない。だけど彼女自身もなるべく早く呪いから解放したほうがいいのは確かである。そのためには無駄に体力を使わないほうが望ましいのであるが…
「殿下はこの国の王となられる尊い身分の御方。彼を救うためなら犠牲になっても構いません」
そうですか。私は犠牲になりたくありません。
不敬になるから敢えて口にはしないけども。
「…我に従う光の元素たちよ、エリーゼ・ファーナムが命ずる。この者に光の力を分け与え給え」
その呪文が唱えられた直後、押され気味だった光の元素たちの威力が増した。黒いモヤを光で打ち消し、殿下の身体をあたたかい光が包み込む。暴れていた黒いモヤの勢いは徐々に衰えていく。
ファーナム嬢の助力もあり、なんとか黒呪術の素を押し止めることが出来た。だがこれは応急処置だ。また暴れだす可能性もあるので、専門の魔術師に根っこを叩いてもらったほうがいいであろう。
「……エリーゼ…? 私は、一体何を……」
毒気が抜かれたような顔をした殿下はファーナム嬢と私を見比べて、ハッとした顔を浮かべていた。
「その頬……エリーゼ、私は君になんてことを…!」
どうやら正気に戻ったみたいだ。
彼は今まで自分がしてきたことを記憶しているみたい。なるほど、人を操る黒呪術で操られていても過ごしてきた期間の記憶はしっかり残っているのか。
ファーナム嬢の赤くなった頬に触れようとして、ためらいを見せた後ゆっくり手をおろした殿下は、「すまない…」と小さく謝罪をしていた。それに対してファーナム嬢は彼の手を両手で握って、涙が浮かんだ瞳で嬉しそうに笑っていた。
「元の殿下に戻られてよろしゅうございました…」
「エリーゼ……あぁエリィ!」
先程までの修羅場はどこへ行ったのか。殿下はファーナム嬢を愛称で呼ぶと力いっぱい抱きしめていた。
私は何を見せつけられているのであろうか。彼らには私の存在が見えているのだろうか。
「私はどうかしていた。君という大切な存在がいるのに、なぜリリスに愛を囁いたりしていたのだろうか…!」
殿下はタガが外れたかのようにファーナム嬢の顔にキスを落としている。
本当に私は一体何を見せつけられているのか。まさか私が人間なのは錯覚で、この周りに飾られた石膏の彫刻だった…? そんなバカな。
「おかしくなってしまわれた殿下を危険視した陛下が廃嫡を考えてるとおっしゃっておられたので…本当に良かった」
「それを阻止しようと君は頑張ってくれていたんだね、本当に済まなかった。ありがとう。愛しているよ、エリィ」
「殿下…クリフォード様…」
うっとりとお互いを見つめ合う二人。お姫様の愛の力によって呪いが解けた王子様って感じでいいんじゃないでしょうか。
主に呪いを解いたの私ですけどね。
2人は情熱的な口づけを交わしていた。まるで下世話なロマンス小説みたいである。
殿下のことを同盟相手って言ってたのはただの強がりで、ファーナム嬢も殿下のことが大好きだったんですね、成程わかりました。
「あのー」
これ以上ここに居ても私は役に立たないなと思った私は声を掛けた。
私の存在に今気づきましたとばかりに殿下がハッとして彼女にキスをするのをやめていた。どうせなら抱き合うのもやめてくれたら目のやり場に困らないんですけど。
「とても言いにくいのですが、お二方共黒呪術にかかっているので、専門の魔術師に診てもらったほうがいいです。私のかけた白呪術は応急処置なので…」
ここまで呪いが侵食していたのは時間を掛けてゆっくり、周りに気取られないように呪いを掛けられていたのであろう。
今は一旦白呪術によって呪いを抑えているが、新たに呪われたらドクダミの葉のように一気に呪いが精神を蝕むであろう。そうなればまた逆戻りである。
「黒呪術!?」
それにぎょっとするのは当然のことだろう。私は2人にはじめてそのことを話したし、禁術にかかっていたなんて思いもよらなかっただろうから。
「フレッカー卿には先程このことを相談しました。そして誰がその呪いをかけたのか目星もついてます。恐らく犯人として捕まることでしょう。後はご自分で防衛術をかけるなりして自衛なさって下さい」
それじゃ、と手を軽く上げて踵を返した私に「待ってくれ、君は…」と殿下が呼び止めてきた。
そういえば自己紹介していなかったな。
「一般塔3年のデイジー・マックと申します。私は自分のために白呪術を行使しただけなのでお気にならさず」
「3年…マックとは飛び級した生徒か…」
その通りだったので軽く頷き、頭を下げると今度こそその場を立ち去った。
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■□■
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「大丈夫です。私はいいことをしただけなので」
「…いいことをしただけで呼び出されるのか…? 先生は朝から腹が痛いよ」
放課後になったら特別塔の指定された場所まで来るようにとのことだったので、付添いのビーモント先生とともに特別塔へと出向くと、そこはまるで魔女裁判みたいな光景が広がっていた。
そこは講堂だ。入学式などの式典で使われる講堂。先日の交流会でも使われた場所には多くの貴族の子息子女が集まっており、私が入場すると一気に視線が集まった。
その視線は好奇だったり、庶民に対する侮蔑だったり…まぁ、あまり気持ちの良い視線ではないのは確かであった。
「デイジー・マックさんですね、こちらへどうぞ」
私を待ち受けていた人は学園の警備隊の人だ。国直轄のその人に誘導されて立たされたのはいわゆる証言台だ。
裁判長席らしき場所に座るのは……恐らく、国の裁判所から派遣された人であろう。学校の関係者ではない大人たちがあちこちにいて、ただ事じゃないのがすぐに分かった。学校で裁判とかしちゃうんですか。驚きだ。
「皆のもの、静粛に!」
ザワザワざわめいていた講堂内に声が響き渡った。
「これより、黒呪術行使容疑、国家転覆未遂罪のかかっているリリス・グリーンの公開取り調べを行うこととする!」
公平な立場から取り調べをすることを目的とした公開取り調べらしいが。私の目には魔女裁判にしか見えないんですけど。
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