上 下
25 / 209
Day's Eye 森に捨てられたデイジー

月とスッポンの交流会

しおりを挟む
「デイジー! 大変!」

 バターンと乱暴に開け放たれたドア。
 慌ただしいただいまをしたカンナが息を切らせたまま、机で勉強する私の元へ近寄ってきた。
 大変とは口では言っているけど、カンナのことである。どうせ小テストで過去最低点数を取ったとか、中庭で猫が出産していた、子猫かわいいとかそういう事件なのだろう。

「今年、特別塔と一般塔の生徒を交えた交流会が行われるんですって!」
「…なにそれ」

 耳慣れない単語に私は動かしていた羽ペンを浮かせて、カンナを見上げた。カンナは興奮を隠しきれない様子で鼻息も荒く、紅茶色の目をランランと輝かせている。

「身分の違うもの同士の理解を深める目的の交流会よ! 滅多に行われない集まりなんですって!」

 もしかしたら貴族様に見初められたりして…とカンナがお花畑みたいなことを言って胸をときめかせている。そんなバカな。
 しかし、交流会か……

「面倒くさそう」

 出世欲はあるが、貴族や王族に取り入る気は一切ない私はカンナとは正反対の反応をした。
 だって私はそこまで人付き合いが得意じゃない。媚びへつらうのは苦手なんだ。そもそも身分違いだから面倒が起きそうだと思うのに、学校側は何を考えているんだ。
 私は意図せずに何度かやらかしたので、お貴族様の誰かに顔を覚えられている気がする。生意気な一般塔の庶民だって嫌味を言われなきゃいいんだけど。


■□■


 フカフカの柔らかい絨毯。細かい彫刻の施された建物。お高そうなタペストリーにはエスメラルダ王国の紋章。
 隅っこに置かれた机いっぱいに広がったごちそうに、一本いくらかわからない高級ドリンク。わざわざ配膳してくれる使用人までいるみたいだ。こんな人たち、一般塔の食堂にはいない。

 ダンスフロアでは男女が手を取り合って楽しそうに踊る。その衣装ひとつ買うお金でどれだけ生活できるのだろうと私はぼんやり眺めながら、ごちそうをむしゃむしゃ頬張っていた。
 まるで王宮の社交界に参加している気分だが、全然ワクワクドキドキしない。こんなことなら勉強していたほうが何倍も有意義なんですけど。

 カンナの言う通り、普段会わない上流階級の子息子女と、一般庶民の交流を深めるという名目の交流会が行われた。今現在、普段庶民が立ち入れない特別塔内の講堂にお邪魔している。
 しかし、一般庶民生徒たちはまるで場違いの会場に気圧されて壁の花となっていた。私も同様で、とても退屈していた。特別塔の生徒とは関わるなと学校側が指導していたくせに、今更上流階級の人とどう接しろというのだ。あっちもこっちに話しかけてこないし、交流する気はサラサラないんだろう。
 手持ち無沙汰なのも何なので、ごちそうにありついていた。もぐもぐ口を動かしながらあちらの生徒たちを観察する。

 貴族のことはよくわからないが、親しいもの同士で固まっておしゃべりするのは庶民と同じだ。ただ、あちらは家の格があるので、平等というわけにはいかない。そこは私達とは少し違うのかもしれない。
 誰が誰だかわからないが、服装や態度、周りからの扱いによってあの中で一番身分が高いんだろうなぁって想像できる。私が観察した中でも一番立場が強そうな女性貴族は……王太子殿下の婚約者に内定している公爵令嬢だ。他の貴族はよくわからんが、あの人だけは覚えている。

 少し前に馬車ですれ違った時に見かけたことがあるけど相変わらず顔色が悪い。お化粧でごまかしているけど、その化粧が濃くなって余計に顔色がくすんで見えるのだ。年齢も私の2つ上くらいなのに、妙に老けて見えた。さすが貴族というべきか、現在は疲れた顔を一切見せていないけど、顔色の悪さは如実である。
 彼女は同じ貴族女性たちに囲まれてちやほやされていた。そりゃあそうだろうな、次期王妃になる人だもの。貴族にとっては権力争いは日常茶飯事。王妃となる公爵令嬢に気に入られたいと考えるのは普通のコトだ。
 蹴落とし蹴落とされる貴族の世界……庶民の中にもそういうのあるけどさ。主に好きな子を奪い合うとか、自分のほうが可愛いとか競い合うこととか……いや、私達庶民とは違う戦いがあるのだろう。
 とりあえず頑張れとしか。

「ねぇデイジー! あの人かっこいい! 貴族様って素敵よねぇ、洗練されていて物腰が優雅で」
「ソッカーヨカッタネー」

 横からドスッと体当りしてはしゃいでくるカンナをハイハイとあしらう。
 今は学年が異なるため、会場入りも別々だったはずなのに、わざわざ会場内で私を探し出して来たのか。体当りして言うことなのだろうか。

「精一杯おしゃれしてきたけど、やっぱり貴族のお姫様には負けるわ」

 貴族様に会うということで、カンナが朝からおめかしを頑張っていたのは知っていた。まぁ確かにあの豪勢なドレスの中に町娘村娘が入って行ったとしても、ただみすぼらしく見えるだけだもんね。
 私はあまり気にしない質だが、普通の一般的な年頃の女の子は気にしてしまうものなのだろう。

「カンナ、あそこにケーキがあるよ。普段絶対に食べられないからたくさん食べておこう」

 とはいっても、私は気の利く言葉を掛けるのがとても苦手だ。逆に傷つけてしまう恐れがある。
 なのでカンナの好きな甘味で気を引くことにした。

「太っちゃうよぉ」
「普段はそんなに食べられないから大丈夫。ごちそうは今日だけ。また体重なんか元通りよ」

 貴族は毎日ごちそうだろうが、私達庶民は粗食だ。肥満率は食事で現れている。今日一日の暴食くらいじゃ絶望的な結果にはならないから問題ないさ。
 私はカンナの手首を引っ張り、デザートコーナーに行く、そこにいた使用人の人に「たくさん盛ってください。多少お下品になっても構いませんから」とお願いして、お皿いっぱいに乗せられたデザートをカンナと一緒に頬張った。
 あっこれおいしい。家族にも食べさせたいなぁ。うちの家族は熊獣人というだけあって身体が大きくいかついのだが、見た目によらず甘いものが大好きなのだ。

「もうデイジーったら…太ったらデイジーのせいなんだからね」

 …と文句をつけてきたカンナだが、クリームたっぷり乗ったケーキを口に入れたらそれはもう幸せそうな、とろけそうな顔をしていた。私はそれを見てホッとする。

 私達は庶民だからお貴族様には勝てない。きらびやかなドレスなんか持っていないし、ドレスに腕を通す機会があったとしても絶対に衣装負けする。彼らとは生まれも育ちも違うのだ。一緒にしては駄目。比べても無駄だ。
 私達は魔法の勉強のためにこの学校にいるのだ。目的を履き違えては駄目。
 それに、庶民には庶民の良さがあると私は考えている。彼らのことは別の世界の人間だって思って鑑賞していたらいいんだよ。
 だいたいカンナはいつもうるさいくらいに元気なんだから、急に落ち込まれたら調子狂うじゃないの。

 私達がデザート特盛で食べている姿におびき寄せられたのか、そろそろと人が集まってきた。この会場の雰囲気にのまれて遠慮していたけど、遠慮せずに食べている私達に感化されて食事だけでも楽しもうと思ったのであろう。
 もうこれは交流会ではない。片やお貴族様の社交パーティ、もう片や庶民のお食事バイキングである。
 沢山用意されていたごちそうは庶民たちによって食い尽くされそうになっているが、お貴族様は興味がまるでない。
 庶民など路傍の石とばかりに見向きもしない。こちらも話しかける理由もないし、身分の高い人に話しかけるのははばかれるしで……何の目的で開かれたんだろう。

 どんどん上流階級と一般階級の間に溝が出来ていく気がする。
 うん。この交流会は失敗だな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...