上 下
13 / 209
Day's Eye 森に捨てられたデイジー

ミアと私

しおりを挟む

 今日は清々しい天気で日中も心地よかった。外で勉強したら気持ちよさそうなので、私は村の外れの丘の上に登った。
 樹齢200年と言われる大樹の根元に腰を下ろすと、教科書とノートを開いた。これは借り物の教科書なので書き込むのは憚れる。なのでノートに書き写しているのだが……教科書だけでは限界があるな。学校であれば図書室に資料集や学術書があるんだけど…。一応休み明けになったらまた先生に質問しに行こうと思ってるけどさ。

 そよそよと風が吹いて頬を撫でる。気持ちのいい風だ。油断したら寝落ちしてしまいそうなので頭を振ると、教科書の文字に目を落とした。

「デイジー」

 名前を呼ばれて顔を上げると、そこにはキラキラの金色の髪が輝く少女の姿。風の音に反応しているのか、彼女のキジトラ柄の耳がピコピコと動く。スラリと長い手足、スリムでとてもスタイルのいい彼女は村の男子たちの憧れ。

「ミア」
「こんなところでも勉強? 本当に勉強家ね」

 人懐っこい笑みを浮かべると、私の隣に腰掛けてきた猫獣人ミア。悪ガキ共だけでなく、彼女も大人っぽくなったなぁ。ますます美人さんになっている。これは縁談が山のように降ってきているんじゃなかろうか。

「魔法学校は楽しい? カールの結婚式で使っていた魔法すごかったから、他にもいろんなことができるんでしょう?」
「入学してしばらくは座学が続いたから、魔法を本格的に使うのはこれから…今は初歩中の初歩の魔法しか使えないよ」

 話しかけられているのに勉強続行は失礼だな。私は勉強していた手を止めてノートを閉じた。ここなら人が来ないと思っていたのだが失敗である。

「魔術師になるの?」
「うん。できれば資格とって、高等魔術師になりたいって考えてる」

 魔法魔術学校を卒業したら、中級魔術師の資格を得られる。その後は任意で昇格試験を受けられるのだが…最高魔術師とは言わん、2番目に地位の高い高等魔術師にはなりたい。
 …自分はもうちょっと魔力の扱いがうまくなりたい。めちゃくちゃ勉強頑張ってるけど、まだまだ道は遠いな。私が目を細めて遠くを眺めていると、隣でミアが私から目をそらしていた。

「…デイジーってさ、いつもなにか遠慮しているみたいで、楽しくなさそうだったよね」

 その言葉に私は首を傾げた。
 否定はしない。私だけ種族が違うからよそ者扱いするひとはいたし、居心地が良かったかと聞かれると、うーん…である。大体それに悲しんでいる暇などなかった。とにかく勉強して勉強して、少しでも良い学校に行きたいから勉強しまくっていた。
 知識を身につけるのは嫌いじゃない。いつかそれが私の血肉に変わるのだ。役に立つものだから。

「どうしてそんなに勉強頑張るの?」

 それこそ愚問である。だが、ミアと私では立場が違いすぎて、話してもぼんやりとしか理解できないだろうな。

 この村の収入源となる仕事はどうだ?
 ほぼ、獣人向きの力仕事なんだよ。人間の私には限界が来る。私はこの村では生活できないであろう。足手まといになる未来しか見えない。

「家族に恩返しがしたい、自力で身を立てたい…からかな」
「…遠慮してるの?」

 家族に? 村人に?
 私は苦笑いを浮かべる。それもあるけど、他にも目的はあるんだよ、一応。

「──自分の生まれのルーツを探りたいの」

 3つ目の理由を述べると、ミアはその大きな目を丸くしていた。
 ミアは私が捨てられていた状況を朧げにしか聞かされていないであろう。……私は捨てられた、要らなくなったから捨てられた。それは変わらない事実だろう。
 だけどそれでも知りたいのだ。私の出生の謎を。

「……学校で魔術を使ったとき、何かを思い出せそうな気がした」

 私は空を見上げる。今日は清々しい天気、遠くまで青空が広がっている。……それなのに私の脳裏に蘇ったのは、雷雨の記憶。
 降り注ぐ雨、空を縦横無尽に動き回る雷。私はあれをどこかで見たはずなのだ。──もしかしたら、赤子だった私の記憶かもしれない。

「私はどこからやってきたのか、どうしてここに辿りついたのか…ずっと気になっていたの」

 別に実の両親に会いたいとか愛されたいとか、そんな健気なことを考えたりはしてないけど、ただ、自分がどこで生まれたのか…それが知りたいだけなのだ。
 ミアは沈黙していた。
 おっと、普通の女の子には少々重い話だったかな。失敬。

「ミアに話しても仕方ないよね。今の忘れて」

 なんか一気に場の空気が重くなってしまったので、私はそれを誤魔化すように立ち上がった。もう家で勉強しよう。この調子だとまた私の匂いをたどってアホ犬が寄ってきそうだから……ていうかミアも私の匂いを辿ってきた口なんじゃ…
 ちゃんとお風呂入ってるし服も洗ってるんだけどなぁ…最近体臭に敏感になった私は少しばかり気分が落ち込んだ。

「じゃあ私帰るね」
「デイジー!」

 家に帰ると告げると、ミアから呼び止められた。それにつられて振り返ると、眉を八の字にさせたミアが心配そうな目をしてこちらを見ていた。

「…デイジーは村の人に遠慮してるけど、今ではほぼ皆、デイジーのこと認めてるからね!」

 私は間の抜けた表情を浮かべていたのだろう。それを見たミアは慌てて更に言い募った。

「テオも……デイジーのこと気にかけて、それが空回っているだけ」

 なぜここでアホ犬の名前が出てくるのだろう。
 私は不思議に思った。

「あのね、テオは粗暴な部分があるけど、本当に優しいのよ」
「はぁ…」
「本当よ? 重いもの代わりに持ってくれるし、別の村から荒くれ者が来たら率先して女の子を守ってくれるの!」

 私は生温かい目をした。
 あいつ、私以外の女子には優しいもんね。私はずっとボコボコにされていた記憶しかない。暴れ馬から庇われたことは感謝してるけど、残念ながらその他の記憶がいじめっ子しかない。
 よって、そんな事言われても印象回復なぞしない。

「白銀の髪も、切れ長の灰銀色の瞳も素敵だし、最近また身体が大きくなってカッコよくなって…女の子たちにすごく人気なんだから…」

 ミアの頬はほのかに赤らんでいる。色ごとに鈍感な私でもわかるぞ。あれでしょ、年頃の女子特有の…
 ははーん。テオのことが気になってる女子たちとおんなじだな。

「ウンウン、ワカッタ」
「信じてないでしょ!? 本当なのよ!」
「ヨカッタネー」

 私は笑顔で頷いてあげた。
 こうしておけば、ウザ絡みカンナは満足するので、ミアにも通用するかなと思ったんだけど、ミアはそこまで単純じゃなかったみたいである。

 まさかここでノロケにも似た何かを聞かされるとは思わなんだ。
 それがいじめっ子テオの話題だと、ちょっと微妙な心境になるんですけどね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

しの
恋愛
『身分を問わず、魔力の相性が良い相手と婚姻すべし』  少子高齢化の進む魔術社会でそんな法律が出来る。それは『相性結婚』と俗世では呼称された。  これは法律に巻き込まれた、薬術が得意な少女の物語—— —— —— —— —— ×以下 中身のあらすじ× ××  王家を中心に複数の貴族家で構成されたこの国は、魔獣の襲来などはあるものの隣国と比べ平和が続いていた。  特出した育児制度も無く労働力は魔術や魔道具で補えるので子を増やす必要が少なく、独り身を好む者が増え緩やかに出生率が下がり少子高齢化が進んでいた。  それを危惧した政府は『相性結婚』なる制度を作り上げる。  また、強い魔力を血筋に取り込むような婚姻を繰り返す事により、魔力の質が低下する懸念があった。その為、強い血のかけあわせよりも相性という概念での組み合わせの方が、より質の高い魔力を持つ子供の出生に繋がると考えられたのだ。  しかし、魔力の相性がいいと性格の相性が良くない事が多く、出生率は対して上がらずに離婚率をあげる結果となり、法律の撤廃が行われようとしている間際であった。  薬作りが得意な少女、通称『薬術の魔女』は、エリート学校『魔術アカデミー』の薬学コース生。  第四学年になった秋に、15歳になると検討が始まる『相性結婚』の通知が届き、宮廷で魔術師をしているらしい男と婚約する事になった。  顔合わせで会ったその日に、向こうは「鞍替えしても良い」「制度は虫よけ程度にしか使うつもりがない」と言い、あまり乗り気じゃない上に、なんだかただの宮廷魔術師でもなさそうだ。  他にも途中で転入してきた3人もなんだか変なやつばっかりで。  こんな感じだし、制度はそろそろ撤廃されそうだし。アカデミーを卒業したら制度の通りに結婚するのだろうか。  これは、薬術の魔女と呼ばれる薬以外にほとんど興味のない(無自覚)少女と、何でもできるが周囲から認められず性格が歪んでしまった魔術師の男が制度によって出会い、互いの関係が変化するまでのお話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...