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Day's Eye 森に捨てられたデイジー
ミアと私
しおりを挟む今日は清々しい天気で日中も心地よかった。外で勉強したら気持ちよさそうなので、私は村の外れの丘の上に登った。
樹齢200年と言われる大樹の根元に腰を下ろすと、教科書とノートを開いた。これは借り物の教科書なので書き込むのは憚れる。なのでノートに書き写しているのだが……教科書だけでは限界があるな。学校であれば図書室に資料集や学術書があるんだけど…。一応休み明けになったらまた先生に質問しに行こうと思ってるけどさ。
そよそよと風が吹いて頬を撫でる。気持ちのいい風だ。油断したら寝落ちしてしまいそうなので頭を振ると、教科書の文字に目を落とした。
「デイジー」
名前を呼ばれて顔を上げると、そこにはキラキラの金色の髪が輝く少女の姿。風の音に反応しているのか、彼女のキジトラ柄の耳がピコピコと動く。スラリと長い手足、スリムでとてもスタイルのいい彼女は村の男子たちの憧れ。
「ミア」
「こんなところでも勉強? 本当に勉強家ね」
人懐っこい笑みを浮かべると、私の隣に腰掛けてきた猫獣人ミア。悪ガキ共だけでなく、彼女も大人っぽくなったなぁ。ますます美人さんになっている。これは縁談が山のように降ってきているんじゃなかろうか。
「魔法学校は楽しい? カールの結婚式で使っていた魔法すごかったから、他にもいろんなことができるんでしょう?」
「入学してしばらくは座学が続いたから、魔法を本格的に使うのはこれから…今は初歩中の初歩の魔法しか使えないよ」
話しかけられているのに勉強続行は失礼だな。私は勉強していた手を止めてノートを閉じた。ここなら人が来ないと思っていたのだが失敗である。
「魔術師になるの?」
「うん。できれば資格とって、高等魔術師になりたいって考えてる」
魔法魔術学校を卒業したら、中級魔術師の資格を得られる。その後は任意で昇格試験を受けられるのだが…最高魔術師とは言わん、2番目に地位の高い高等魔術師にはなりたい。
…自分はもうちょっと魔力の扱いがうまくなりたい。めちゃくちゃ勉強頑張ってるけど、まだまだ道は遠いな。私が目を細めて遠くを眺めていると、隣でミアが私から目をそらしていた。
「…デイジーってさ、いつもなにか遠慮しているみたいで、楽しくなさそうだったよね」
その言葉に私は首を傾げた。
否定はしない。私だけ種族が違うからよそ者扱いするひとはいたし、居心地が良かったかと聞かれると、うーん…である。大体それに悲しんでいる暇などなかった。とにかく勉強して勉強して、少しでも良い学校に行きたいから勉強しまくっていた。
知識を身につけるのは嫌いじゃない。いつかそれが私の血肉に変わるのだ。役に立つものだから。
「どうしてそんなに勉強頑張るの?」
それこそ愚問である。だが、ミアと私では立場が違いすぎて、話してもぼんやりとしか理解できないだろうな。
この村の収入源となる仕事はどうだ?
ほぼ、獣人向きの力仕事なんだよ。人間の私には限界が来る。私はこの村では生活できないであろう。足手まといになる未来しか見えない。
「家族に恩返しがしたい、自力で身を立てたい…からかな」
「…遠慮してるの?」
家族に? 村人に?
私は苦笑いを浮かべる。それもあるけど、他にも目的はあるんだよ、一応。
「──自分の生まれのルーツを探りたいの」
3つ目の理由を述べると、ミアはその大きな目を丸くしていた。
ミアは私が捨てられていた状況を朧げにしか聞かされていないであろう。……私は捨てられた、要らなくなったから捨てられた。それは変わらない事実だろう。
だけどそれでも知りたいのだ。私の出生の謎を。
「……学校で魔術を使ったとき、何かを思い出せそうな気がした」
私は空を見上げる。今日は清々しい天気、遠くまで青空が広がっている。……それなのに私の脳裏に蘇ったのは、雷雨の記憶。
降り注ぐ雨、空を縦横無尽に動き回る雷。私はあれをどこかで見たはずなのだ。──もしかしたら、赤子だった私の記憶かもしれない。
「私はどこからやってきたのか、どうしてここに辿りついたのか…ずっと気になっていたの」
別に実の両親に会いたいとか愛されたいとか、そんな健気なことを考えたりはしてないけど、ただ、自分がどこで生まれたのか…それが知りたいだけなのだ。
ミアは沈黙していた。
おっと、普通の女の子には少々重い話だったかな。失敬。
「ミアに話しても仕方ないよね。今の忘れて」
なんか一気に場の空気が重くなってしまったので、私はそれを誤魔化すように立ち上がった。もう家で勉強しよう。この調子だとまた私の匂いをたどってアホ犬が寄ってきそうだから……ていうかミアも私の匂いを辿ってきた口なんじゃ…
ちゃんとお風呂入ってるし服も洗ってるんだけどなぁ…最近体臭に敏感になった私は少しばかり気分が落ち込んだ。
「じゃあ私帰るね」
「デイジー!」
家に帰ると告げると、ミアから呼び止められた。それにつられて振り返ると、眉を八の字にさせたミアが心配そうな目をしてこちらを見ていた。
「…デイジーは村の人に遠慮してるけど、今ではほぼ皆、デイジーのこと認めてるからね!」
私は間の抜けた表情を浮かべていたのだろう。それを見たミアは慌てて更に言い募った。
「テオも……デイジーのこと気にかけて、それが空回っているだけ」
なぜここでアホ犬の名前が出てくるのだろう。
私は不思議に思った。
「あのね、テオは粗暴な部分があるけど、本当に優しいのよ」
「はぁ…」
「本当よ? 重いもの代わりに持ってくれるし、別の村から荒くれ者が来たら率先して女の子を守ってくれるの!」
私は生温かい目をした。
あいつ、私以外の女子には優しいもんね。私はずっとボコボコにされていた記憶しかない。暴れ馬から庇われたことは感謝してるけど、残念ながらその他の記憶がいじめっ子しかない。
よって、そんな事言われても印象回復なぞしない。
「白銀の髪も、切れ長の灰銀色の瞳も素敵だし、最近また身体が大きくなってカッコよくなって…女の子たちにすごく人気なんだから…」
ミアの頬はほのかに赤らんでいる。色ごとに鈍感な私でもわかるぞ。あれでしょ、年頃の女子特有の…
ははーん。テオのことが気になってる女子たちとおんなじだな。
「ウンウン、ワカッタ」
「信じてないでしょ!? 本当なのよ!」
「ヨカッタネー」
私は笑顔で頷いてあげた。
こうしておけば、ウザ絡みカンナは満足するので、ミアにも通用するかなと思ったんだけど、ミアはそこまで単純じゃなかったみたいである。
まさかここでノロケにも似た何かを聞かされるとは思わなんだ。
それがいじめっ子テオの話題だと、ちょっと微妙な心境になるんですけどね。
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