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Day's Eye 森に捨てられたデイジー

力のさじ加減が難しい。

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「これは2年生の教科書だ」
「…ありがとうございます、フレッカー卿」
「今年の教科書と少し装丁が異なるが、内容は大して変わらない」

 ちょっといい気になってあんなこと言ったのかな? と思っていたけど、翌日にフレッカー卿はわざわざ一般塔まで出向いてきて、私に去年の2年生が使っていたという教科書を手渡してくれた。…あれ、本気で言っていたのか。ちょっとびっくり。
 腕に乗せられた教科書はずっしり重い……そして去年ほんとに使用したのか? と問いかけたくなるほど綺麗であった。そんでもって、これ貴族様が使っていた教科書だから庶民が学習する範囲より、少しレベルが高くなるような気もしないでもない……

「して…マック君は辺境の獣人の村出身と聞いたが…」
「…? はい。私、赤ん坊の頃に村近くで捨てられていて。乳児院送りになる前に親切な熊獣人の養両親が引き取って育ててくれたんです」
「…ふむ」

 なぜそんな質問をするのか。
 差別とかそんな空気は感じないが、何故かフレッカー卿は私の顔をまじまじと見て、首をひねっていた。

「…いや、私の考えすぎかな。なんでもない、今のは忘れてくれたまえ」

 そんな事言われると気になるんですけど。すごく気になることを言っておいて、なんでもないはあんまりだろう。
 フレッカー卿がサッと踵を返すとファッとマントがひるがえった。魔術師が身につけるマント。…それ一枚だけでどのくらいのパンが買えるんだろう……。一般塔の生徒たちは知らない先生の姿に緊張して少し離れた場所でぴしっと固まっている。カツカツと彼が鳴らす靴の音がやけに大きく響いた。

「デイジーってば正気? もう2年生の勉強するのぉ? この間入学したばかりじゃないの!」

 フレッカー卿がいなくなったとわかると、カンナがにじり寄ってきた。彼女は教科書をみて渋い顔をしている。

「この6年間が勝負だからね。私は絶対に高給取りになりたい」
「デイジーのその欲に忠実な所すごく素敵だと思うけど、年頃の娘の発言とは思えないわ」

 なんでよ。お金は大事だぞ。お金がなければ人の心は荒む。満足に食事もできないんだぞ。お金はあればあるだけいいと私は考えている。

「デイジーはすごく綺麗な子なのに、全然おしゃれに興味ないんだもの! 洗いざらしの地味なワンピースに、おさげ髪! ほんっともったいない!」

 そんな事言われてもなぁ。うちの村にもおしゃれな女の子いたけど、所詮村だ。みんな似たような格好をしていたよ。

「このワンピース布地、村の特産品ですごく丈夫なんだよ」

 村の女性達が染め作業から織り作業までこなして作ってるんだ。頑丈なのが売りで、外の村や街から発注が来るほどなんだ。庶民にとってはおしゃれよりもまずは頑丈さが大事だと思うんだ。お金持ちのように何枚も服にお金かけられないし。

「故郷の特産品をアピールするのはとてもいいと思う! でもねデイジーほどの美人なら、玉の輿に乗るって可能性もあるのに、どうしてそこまで頑張るの?」

 カンナの問いに私は困ってしまった。
 逆に、なぜ玉の輿に乗るって発想になるのかって。結婚で必ずしも幸せになれる保証はないんだぞって。女子がなぜそこまで結婚に夢を見られるのか、私は不思議でたまらないのだが……。
 私のそういう考え方がもう既に年頃の娘らしくないんだろうけどさ。

「最後に自分を守れるのは自分だよ。男に頼って生きるのは私の生き方ではないの」

 私がその生き方に興味ないってだけだ。
 美貌で男を引っ掛けるのはいいけど、いつか容色は衰えるものだ。なにかが残るものでもない。結局は手に職をつけておいたほうが堅実に生きられると私は思うのだ。
 話は以上で終わりだな。私は勉強をする。と机の上に置きっぱなしになっていた教科書に目を向けると、ガバァッと後ろから抱きつかれた。誰にって、今しがた話していたカンナにだ。

「えぇぇぇ…もっとおしゃべりしようよぉ、デイジーいつも教科書ばかりみて、私に興味なさそう…」
「ごめんね」
「そこは『そんなことないよ』って否定してよぉ!」

 私は勉強したいと常日頃から伝えているはずだが、カンナはかまってくれない私に大層不満をいだいている様子。興味というかなんというか、話し相手をしても私じゃ楽しくないと思うんだけど。
 …こんなウザ絡みする同級生は……あのバカ犬くらいだっただろうか。あいつのは嫌がらせも含んでたけど、教室にいるとこうしてウザ絡みしてきたよなぁ。だから人のいないところに身を隠して読書するようになったんだけど。それでもかくれんぼみたいに探し当てられたんだけどね……ほら、犬や狼って嗅覚が優れてるから、獣人のあいつも同様みたいでね…

 後ろでかまってよぉ。さみしいよぉと騒ぐカンナをハイハイとあしらっていると、教室の扉が開いた。実技魔法教科担当の先生がひょこっと顔を出す。

「みんなおはようさん。今日は実技するから外の実技場で授業するぞ」

 やっとか。
 入学してからずっと座学の連続で、いつになったら魔法魔術の扱い方を教わるのかと思っていたが、ようやく、のようである。私は教科書を閉じると、カバンに押し込んで席を立ち上がった。

 先生に誘導されてたどり着いた先は、屋外の実技場だ。てっきり、私達だけなのだと思ったが、そこには先客がいた。
 この実技場は共用なのだという。それすなわち、貴族様方と遭遇することも稀にあるというわけで……

「きゃあ! あれ殿下じゃない!?」

 カンナからバシィっと背中を叩かれた。痛い。

「不敬だよ、カンナ」

 じんじんと痛む背中を擦りながら、先客の王族貴族様方を観察した。確か彼らは現在3年生だったか? 田舎から出てきた私達と違って垢抜けして洗練された雰囲気を持つ。生きる世界がまるで違う人達に見えた。縁が遠すぎてあんまり親近感ないし、興味も湧いてこないなぁ。
 私はフッと目をそらして、実技担当の先生に視線を向けた。その脇で同じクラスの女子がキャイキャイ騒いでいてうるさいが、彼女らは先生に一喝されていた。

 基本的に特別塔の生徒とは会わないと聞いていたが、偶然被ることもあるんだな。
 この実技場は円状のドームとなっており、天井が空いており青空が覗いている。魔法魔術による事故が起きてもこの範囲で衝撃を抑えられるように設計、そして防壁の役割を果たす魔術をかけられているそうだ。

「あちらの方々に迷惑がかからぬよう、ここの区割りから出ていかないように!」

 先生のその言葉に残念そうな声を上げる女子たち。まさか狙ってるとでも言うわけじゃないだろうな。
 …王太子殿下には婚約者がいたはずだ。同じ学年の貴族のお姫様。なのにお近づきになりたいと思うのか彼女らは……と呆れかけたが、周りの男子を見て思い直した。なるほど、目の保養目的かもなって。


■□■


「座学で色々基本を教えたかと思うが、私達が扱う魔法・魔術は私達の周りに存在する元素を操ることによって成立する」

 魔力のある人は元素と相性が良く、元素たちに気に入られているということなのだ。
 それらを操る力の大きさは個人差があるが、魔力を持たない人からしてみたらどの魔力持ちも畏敬の対象なのである。

「周りに満ちる元素の気配を探せ。そして呼びかけるんだ。力を貸してくれと」

 先生の言葉に私は首を傾げた。私がテオを治癒魔法で治したのは完全に無意識である。呼びかけずとも、元素が私を手助けしてくれたけどな。私の想像では、元素に力を借りるのではなく、元素が進んで手助けしてくれるって感じだったのだが、それは違ったのだろうか。

「まずは手慣らし感覚で各自やってみろ」

 その指示に従ってみんなが実戦に移った。私の隣りにいたカンナがブツブツと呟く声を聞きながら、私は空を見上げる。私の適性は雷と水。周りにいる元素を探せと言われても目に見えないしどうしろと。
 実技場の拓けた天井から見える青空。白い雲が幾つか浮かんでいるが、急に雨になるほどの空模様ではない。なんだろう、生活魔法みたいに水を出せばいいのか。

 周りにいる元素に問いかけて……
 私は目を閉じて周りの気配を探った。

「我に従う元素たちよ…我に力を貸し給え…」

 ボソリと呪文を唱える。初等魔術の呪文である。周りの人みんなが同じ文言を呟いている。誰かが魔法を発生させたのか、辺りでは空気の揺れを感じる。火や土、草木や水、金属に風……見えないはずなのに、目をつぶった私には元素たちが周りに集まってきている気がした。

 ──ピカッ
 突然空を覆う強い光が発生した。
 ものすごい力の渦を察知した私は閉じていたまぶたをパチっと開く。
 その直後。
 ──ピシャァァァン!

 私の鼻先をかすめるように、目の前に稲妻が落ちてきた。それには呆然とする他ない。
 ポツポツ、と雨が地面を濡らし、そしてドザァとバケツを引っくり返したような雨が私達を襲う。
 ザバザバザバザバと降りしきる雨。私はこの雨を知っているような気がした。
 どこかでこの感覚を……

 私が空を見上げると、先程の青空が嘘のように曇天に変わり、空では雷が踊っていた。
 この空を私はどこかで見た。轟く雷鳴、滝のような雨を。視界が遮られ、辺りの音も気配も雨でかき消される。そんな感覚をどこかで──…

 ──雨が降ったのは数分間だけだった。雨がピタリと止むと、雲が消えて元の青空に戻っていた。

「ま、マック大丈夫か!」

 呆然と空を見上げる私の元へ先生が慌てた様子で駆け寄ってきた。…今のって私の仕業…?
 ずぶ濡れになっているのは私だけでなく、先生、クラスメイト、区割りの外で実技の授業をしていた特別塔の生徒たちもだ。
 ……やらかした…水を発生させるつもりが……
 生徒たちの視線が私に突き刺さる。

「すみません…力加減がわからなくて……」

 言い訳したら、みんなが呆けた顔をしていた。
 わざとじゃないんです。力のさじ加減が難しかったんです。
 だって私新入生だもの。
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