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Day's Eye 森に捨てられたデイジー
私という存在
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涙に滲んだ目でテオを睨むと、あいつはぎくりとして固まった。
「痛いって言ってるでしょう…! 離してよ……!」
「や、やだね、お前が進学することを撤回するってなら考えてやる」
…こいつは馬鹿か。否、馬鹿だ。
「なら好きなだけ髪の毛引っこ抜けば」
誰が思い通りになるか。私は涙目のままテオを睨み続けた。こんないじめっ子に跪くなんて私の矜持が許さない。だいたいこの村に残って何しろってんだ。
狼獣人のテオ……白銀に輝く尻尾とか、切れ長の灰色に輝く瞳が素敵だどうのこうのと同じ初等学校に通う同級生女子に人気みたいだけど、私にはただの性格悪い、図体のでかいガキにしか見えない。獣人は力がすべてな部分もあるし、ヒエラルキー上位の獣人が人気なのはわかるんだけど、いかんせんこいつは性格に難がありすぎだ。
……人間である私の前だけなのかもしれんが。
「おい! テオお前なに馬鹿なことしてんだ! やめねぇか!」
店の奥に引っ込んでいたおじさんがぎょっとした顔で店先に出てくると、テオの首根っこを掴んで引き剥がした。……できればもう少し早く気づいてほしかった。
テオと私は同じ年のはずなのだが、獣人の方が体の発達が早いようで、力では負ける。幼い頃は拳で語り合おうとしたけど、私はこてんぱんに叩きつけられて、いつも泣いて帰っていた。
そもそも獣人の身体能力の高さと対抗しようと考えるほうがおかしいんだけどさ。
「この悪ガキ! またうちの妹いじめやがって!」
怒りの咆哮を上げるようなその声に私だけでなく、テオ、店のおじさんが萎縮したようにぎくりと身を縮こめた。人間の私でこうなんだ。獣人はその倍も耳がいいから余計にビビっているであろう。
青年獣人であるその人は父親譲りの筋肉質な身体でのしのしと近づいてくると、私の頭にそっとその大きな手を乗っけてきた。私を傷つけないように加減してくれているその手。
「うちのデイジーをいじめんなって何度いえばわかる! 文句あるなら赤子だったデイジーを拾った俺に言えといつも言ってるだろうが!」
彼は私を傷つけたりしない、いつだって表立って私を守ってくれる。私を妹と呼ぶこの人は熊獣人のリック兄さんだ。彼が私を拾って保護してくれたから今の私がいるのである。
テオはリック兄さんの登場に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。いつもこうして叱責を受けるのに忘れた頃に私にケンカを売りに来るだもんな。私はリック兄さんの後ろに隠れてテオを睨みつけた。
人の髪の毛を何だと思っているんだ。こんなのが女にモテるとか…獣人女子は趣味が悪いんじゃないの? 見た目や力の強さが全てだっていいたいの?
「デイジー、帰りが遅いから心配したぞ。兄さんと帰ろう」
「うん」
私もお使いを済ませたらさっさと帰宅するつもりだったのだが、目の前の悪ガキがそうさせてくれなくて困っていたんだ。いつもありがとう兄さん。
テオのアホを放置して、兄さんと一緒に家に帰ろうと踵を返すと、アホのテオは私に向かってこう叫んだ。
「外の街になんか行けっこねぇ!お前はこの村の人間なんだぞ! お前みたいなガリ勉で地味な色した女、男ウケしないんだ!」
それには私も呆れるしかない。
さっき出ていけって行ったのに…言ってることがさっきと違うけど…
こいつの言いたいことがよくわかんない…
「よいしょ」
両脇に手を差し込まれてふわっと抱き上げられると、私は軽々とリック兄さんのガッチリした肩に乗せられた。急に抱き上げられて驚いた私が目をパチクリさせていると、兄さんは満面の笑みで私を見上げていた。
「お前の黒髪は隣のシュバルツの貴色だ。混じりけのない何にも染まらないその髪色はデイジーにぴったりだ。その珍しいすみれ色の瞳は宝石みたいにキレイだぞ。お前はどこぞのお姫様みたいに美人さんなんだ、自信持て!」
大声で私の容姿を褒め称えるリック兄さん。少しばかり身内の贔屓目で見ている気もするが、私は笑ってしまった。
基本的にこのエスメラルダ国では茶褐色や赤毛、金髪の人間が多く、私の黒髪は少しばかり浮いて見えるが、私はこの髪の毛が好きだった。お母さんが念入りにお手入れをしてくれているお陰でとても綺麗だし、お父さんに付いて人間の街へ出た時、流れの業者から私の髪を高く買取ると声を掛けられたこともあるのだ。お父さんが怒って「誰が売るか! 娘にさわるな!」と追い払っていたけど。
それに目だ。紫色の瞳は本当に希少で、なかなかこの色素にはならないらしい。絵画を趣味にしている長兄のカール兄さんは、よく私の似顔絵を描いてくれるのだが、私の瞳の色がうまく表現できないと首を捻っている。彼の目には私の紫の瞳が複雑な色に映っているのであろう。…そんなわけで珍しいとされるこの目のことも私は気に入っているのである。
それらを信頼している家族に褒められると、くすぐったいのと、照れくさいのと、嬉しい気持ちでいっぱいになる。私を認めてくれているってのがわかるから。
例えば、私の周りが敵だらけにになってしまったとする。それでもこのリック兄さんだけは最後まで私の味方でいてくれそうな気になる。それだけで心強く、私は胸を張れる気がするのだ。
私は捨て子だ。それは間違いない。
なにか理由があったにせよ、私は両親から捨てられたのだ。それは否定できない事実。
だけど私はこの村で生きている。
私をしっかり抱えてくれるリック兄さんが私を発見してくれなかったら。熊獣人のマック一家が養女として迎えてくれなかったら今よりももっと過酷な人生を歩んでいたかもしれない。
空を見上げるといつもよりも空が近い気がした。体の大きなリック兄さんは私よりも近くに空を感じているのだな。
この空はどこまでも広がって、つながった空の向こうに私の実の両親はいるのだろうか。…それとももうこの世にはいないのであろうか?
私をなぜあそこに捨てたのだろう。
私の両親はどんな人達だったのだろう。
私という存在はどういう風に生まれたのだろう……なぜ、生まれたのだろう…?
隣国シュバルツとハルベリオンの国境沿いにあるこの村。獣人たちの住まう村。
そこはエスメラルダ国のほんの一部でしかなく、外には人間の街があって、そこを所轄する領地があって、領地が集まった国があって、海の外にも国があって…人種も文化も言語も、歴史も違う世界が広がっているのだろう……。私の知らないことはまだまだたくさんある…
「世界は広いんだろうね」
考えていたことが思わず口から飛び出した。
リック兄さんが私を見上げて不思議そうな顔をしていた。
私は力のない子どもだ。獣人よりも力も身体も弱い、出自が謎すぎる人間の子ども。そんな私になにができるかって……勉強しかない。勉強して知識をつけて、少しでも稼げる仕事につかなきゃ。いつまでも養ってもらえるなんて思っちゃいけないんだ。
私が外に旅立とうとするのを家族は心配するけど、止めたりはしない。私のしたいようにしなさいって見守ってくれる。
「私がおとなになって、村の外で働くようになったら、私の生まれの謎って解けるかな?」
そんなことリック兄さんに聞いても彼にはわからないだろうに、私は馬鹿な質問をしてしまった。
私の質問に一瞬キョトンと無防備な表情を浮かべていた兄さんだったが、すぐに彼はニカッと笑ってその白い歯を輝かせた。
「デイジーが真実を知りたければ、いつか謎が解けるさ。でもな、どんなことがあってもお前が俺の妹に変わりはない」
ほらね。
やっぱり兄さんは私の一番の味方だ。
豪快なお父さんと優しいお母さん、寡黙なカール兄さんと元気なリック兄さん。私には家族がいるから、どこまでも強くなれるんだ。
彼らのために、何よりも自分のために、未来を切り開きたい。
それには知恵が必要だ、学歴も必要だ。
それならば限られた道の中から選び取って、利用するしかないのだ。
奨学生として中等学校へ進学するのが先決。そして卒業後は役所や銀行などのなるべく高給で安定性のある職について、家族を安心させるのだ。それが私の幸せへの近道だと確信している……!
そう思ったら俄然やる気が出てきた。
私の生まれの謎とかはその後だ。今大事なのは進学である。
奨学生選抜試験、なんとしてでもクリアしてやるぞ!
「痛いって言ってるでしょう…! 離してよ……!」
「や、やだね、お前が進学することを撤回するってなら考えてやる」
…こいつは馬鹿か。否、馬鹿だ。
「なら好きなだけ髪の毛引っこ抜けば」
誰が思い通りになるか。私は涙目のままテオを睨み続けた。こんないじめっ子に跪くなんて私の矜持が許さない。だいたいこの村に残って何しろってんだ。
狼獣人のテオ……白銀に輝く尻尾とか、切れ長の灰色に輝く瞳が素敵だどうのこうのと同じ初等学校に通う同級生女子に人気みたいだけど、私にはただの性格悪い、図体のでかいガキにしか見えない。獣人は力がすべてな部分もあるし、ヒエラルキー上位の獣人が人気なのはわかるんだけど、いかんせんこいつは性格に難がありすぎだ。
……人間である私の前だけなのかもしれんが。
「おい! テオお前なに馬鹿なことしてんだ! やめねぇか!」
店の奥に引っ込んでいたおじさんがぎょっとした顔で店先に出てくると、テオの首根っこを掴んで引き剥がした。……できればもう少し早く気づいてほしかった。
テオと私は同じ年のはずなのだが、獣人の方が体の発達が早いようで、力では負ける。幼い頃は拳で語り合おうとしたけど、私はこてんぱんに叩きつけられて、いつも泣いて帰っていた。
そもそも獣人の身体能力の高さと対抗しようと考えるほうがおかしいんだけどさ。
「この悪ガキ! またうちの妹いじめやがって!」
怒りの咆哮を上げるようなその声に私だけでなく、テオ、店のおじさんが萎縮したようにぎくりと身を縮こめた。人間の私でこうなんだ。獣人はその倍も耳がいいから余計にビビっているであろう。
青年獣人であるその人は父親譲りの筋肉質な身体でのしのしと近づいてくると、私の頭にそっとその大きな手を乗っけてきた。私を傷つけないように加減してくれているその手。
「うちのデイジーをいじめんなって何度いえばわかる! 文句あるなら赤子だったデイジーを拾った俺に言えといつも言ってるだろうが!」
彼は私を傷つけたりしない、いつだって表立って私を守ってくれる。私を妹と呼ぶこの人は熊獣人のリック兄さんだ。彼が私を拾って保護してくれたから今の私がいるのである。
テオはリック兄さんの登場に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。いつもこうして叱責を受けるのに忘れた頃に私にケンカを売りに来るだもんな。私はリック兄さんの後ろに隠れてテオを睨みつけた。
人の髪の毛を何だと思っているんだ。こんなのが女にモテるとか…獣人女子は趣味が悪いんじゃないの? 見た目や力の強さが全てだっていいたいの?
「デイジー、帰りが遅いから心配したぞ。兄さんと帰ろう」
「うん」
私もお使いを済ませたらさっさと帰宅するつもりだったのだが、目の前の悪ガキがそうさせてくれなくて困っていたんだ。いつもありがとう兄さん。
テオのアホを放置して、兄さんと一緒に家に帰ろうと踵を返すと、アホのテオは私に向かってこう叫んだ。
「外の街になんか行けっこねぇ!お前はこの村の人間なんだぞ! お前みたいなガリ勉で地味な色した女、男ウケしないんだ!」
それには私も呆れるしかない。
さっき出ていけって行ったのに…言ってることがさっきと違うけど…
こいつの言いたいことがよくわかんない…
「よいしょ」
両脇に手を差し込まれてふわっと抱き上げられると、私は軽々とリック兄さんのガッチリした肩に乗せられた。急に抱き上げられて驚いた私が目をパチクリさせていると、兄さんは満面の笑みで私を見上げていた。
「お前の黒髪は隣のシュバルツの貴色だ。混じりけのない何にも染まらないその髪色はデイジーにぴったりだ。その珍しいすみれ色の瞳は宝石みたいにキレイだぞ。お前はどこぞのお姫様みたいに美人さんなんだ、自信持て!」
大声で私の容姿を褒め称えるリック兄さん。少しばかり身内の贔屓目で見ている気もするが、私は笑ってしまった。
基本的にこのエスメラルダ国では茶褐色や赤毛、金髪の人間が多く、私の黒髪は少しばかり浮いて見えるが、私はこの髪の毛が好きだった。お母さんが念入りにお手入れをしてくれているお陰でとても綺麗だし、お父さんに付いて人間の街へ出た時、流れの業者から私の髪を高く買取ると声を掛けられたこともあるのだ。お父さんが怒って「誰が売るか! 娘にさわるな!」と追い払っていたけど。
それに目だ。紫色の瞳は本当に希少で、なかなかこの色素にはならないらしい。絵画を趣味にしている長兄のカール兄さんは、よく私の似顔絵を描いてくれるのだが、私の瞳の色がうまく表現できないと首を捻っている。彼の目には私の紫の瞳が複雑な色に映っているのであろう。…そんなわけで珍しいとされるこの目のことも私は気に入っているのである。
それらを信頼している家族に褒められると、くすぐったいのと、照れくさいのと、嬉しい気持ちでいっぱいになる。私を認めてくれているってのがわかるから。
例えば、私の周りが敵だらけにになってしまったとする。それでもこのリック兄さんだけは最後まで私の味方でいてくれそうな気になる。それだけで心強く、私は胸を張れる気がするのだ。
私は捨て子だ。それは間違いない。
なにか理由があったにせよ、私は両親から捨てられたのだ。それは否定できない事実。
だけど私はこの村で生きている。
私をしっかり抱えてくれるリック兄さんが私を発見してくれなかったら。熊獣人のマック一家が養女として迎えてくれなかったら今よりももっと過酷な人生を歩んでいたかもしれない。
空を見上げるといつもよりも空が近い気がした。体の大きなリック兄さんは私よりも近くに空を感じているのだな。
この空はどこまでも広がって、つながった空の向こうに私の実の両親はいるのだろうか。…それとももうこの世にはいないのであろうか?
私をなぜあそこに捨てたのだろう。
私の両親はどんな人達だったのだろう。
私という存在はどういう風に生まれたのだろう……なぜ、生まれたのだろう…?
隣国シュバルツとハルベリオンの国境沿いにあるこの村。獣人たちの住まう村。
そこはエスメラルダ国のほんの一部でしかなく、外には人間の街があって、そこを所轄する領地があって、領地が集まった国があって、海の外にも国があって…人種も文化も言語も、歴史も違う世界が広がっているのだろう……。私の知らないことはまだまだたくさんある…
「世界は広いんだろうね」
考えていたことが思わず口から飛び出した。
リック兄さんが私を見上げて不思議そうな顔をしていた。
私は力のない子どもだ。獣人よりも力も身体も弱い、出自が謎すぎる人間の子ども。そんな私になにができるかって……勉強しかない。勉強して知識をつけて、少しでも稼げる仕事につかなきゃ。いつまでも養ってもらえるなんて思っちゃいけないんだ。
私が外に旅立とうとするのを家族は心配するけど、止めたりはしない。私のしたいようにしなさいって見守ってくれる。
「私がおとなになって、村の外で働くようになったら、私の生まれの謎って解けるかな?」
そんなことリック兄さんに聞いても彼にはわからないだろうに、私は馬鹿な質問をしてしまった。
私の質問に一瞬キョトンと無防備な表情を浮かべていた兄さんだったが、すぐに彼はニカッと笑ってその白い歯を輝かせた。
「デイジーが真実を知りたければ、いつか謎が解けるさ。でもな、どんなことがあってもお前が俺の妹に変わりはない」
ほらね。
やっぱり兄さんは私の一番の味方だ。
豪快なお父さんと優しいお母さん、寡黙なカール兄さんと元気なリック兄さん。私には家族がいるから、どこまでも強くなれるんだ。
彼らのために、何よりも自分のために、未来を切り開きたい。
それには知恵が必要だ、学歴も必要だ。
それならば限られた道の中から選び取って、利用するしかないのだ。
奨学生として中等学校へ進学するのが先決。そして卒業後は役所や銀行などのなるべく高給で安定性のある職について、家族を安心させるのだ。それが私の幸せへの近道だと確信している……!
そう思ったら俄然やる気が出てきた。
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