310 / 312
番外編
執着は自分本位で相手に対する配慮を忘れていることである。
しおりを挟む花恋ちゃんのサークルの店にたどり着くと、店は大盛況だった。
早速ピザを注文すると待ち時間が発生すると言われた。丁度お昼時だったこともあり、商品提供に時間がかかっているのだという。ピザ焼き職人な蓮司兄ちゃんはとても忙しそうで声をかけられなかった。
先輩が「出来たら持っていくから外の噴水広場でふたりで待ってろ」と言ってくれたのでその言葉に甘えて私と花恋ちゃんは指定された噴水広場のベンチに腰掛けておしゃべりしていた。
「ピザ焼く蓮司さん見た? あぁ、すごくカッコよかった…」
頬を赤らめて悩ましげにため息をつくその姿に、通りすがりの男性がつられて顔を赤くしていた。花恋ちゃんはそれに気づくこともなく、私の従兄がピザを焼く姿を思い出してうっとりしていた。
「そっか…」
私には別に…従兄弟の兄ちゃんが汗流しながらピザ焼いてんな、という感想しかない。私と雰囲気似てるしね。
「もしも他の女の人に逆ナンとかされたらどうしよう…」
「いや、ないでしょ」
私と花恋ちゃんの間には温度差があった。自分の血縁のことだからだろうか。花恋ちゃんの言葉に何一つ頷けない。
不安に思う必要なんか無さそうに思えるんだけど。何をそんなに不安がるのか。
「あやめちゃん、真面目に聞いて。私本当に不安なんだよ!」
「あぁうん、ごめんね…」
私の返事がやる気がなさそうに聞こえたらしく、花恋ちゃんがムッと頬を膨らませていた。
ごめんごめん。でもあのフツメン顔じゃ、逆ナンとかされないと思うんだ。花恋ちゃんにとっては素敵な彼氏なんだろうけどね…
「この間も同じ学部の女の子に…」
「本橋? 本橋花恋?」
花恋ちゃんが何かを言おうとしたとき、会話を遮ってきた人物がいた。フルネームで呼ばれた花恋ちゃんは顔を動かした。私も一緒になって視線を向けると、そこには髪を茶色に染め、サイドに剃り込みを入れた男性が立っていた。サッカーやってます! って感じのスポーツマンっぽい雰囲気。こんがり焼けた肌が未だに夏気分を引きずっているように見えた。
…はて、誰だろう。花恋ちゃんの知り合い?
彼の側にはたくさんの友達が集まっており、なんかすごくパリピな空気を感じた。男性は嬉しそうに頬をほころばせると、馴れ馴れしく話しかけていた。
「うわ、マジかよ、お前ここの大学だったんだ?」
「……どなたですか?」
花恋ちゃんが怪訝な視線を送り返すと、相手は目を丸くして「マジかよ! 元カレの名前忘れちゃう!?」と大げさに騒いでいた。
元カレ。見覚えがないので私と同じ高校出身というわけでない。大学に入ってからは花恋ちゃんは蓮司兄ちゃんとしか付き合っていない。…つまり、転校してくる前の学校で付き合っていたという人か……
花恋ちゃんは初恋を忘れようと他の男性とお付き合いをしてみた経験があるそうだが、そのどれもうまく行かなかったのだと話してくれたことがあった。
「薄情だなー…でもま、そっか。お前ヤラせてくんなかったもんな!」
真っ昼間から公衆の面前で吐き出された言葉に花恋ちゃんの表情がこわばる。
…この男は何を言っているんだ。
仮にそうだとしてもその他大勢がいる場所で見せしめのようにして言う言葉ではないはずだ。
「ちょっとやめたげなよぉ」
「だってこいつキス一つにも躊躇うんだぜ?」
「身持ち固いな」
「それいつの話なの? 中学生の時?」
お仲間と一緒になって過去の暴露話をし始めた元カレ君(推定)。お仲間は花恋ちゃんを観察して、二人の過去の交際について根掘り葉掘り聞き出そうとしている。
花恋ちゃんは困惑と嫌悪が入り混じったそんな表情だった。そもそも相手が誰かわからないのは、元カレ君の姿形が変貌したせいじゃないのか。せめて名前を名乗ってくれたらすぐに思い出せただろうに…
「転校を理由にお前から振られた俺が、クラスでどんな目で見られてたか知ってるか?」
ずずいと無遠慮に顔近づけてきた元カレ君は、びくりと怯えた花恋ちゃんをじっとりした目で睨みつけると顔を歪めた。
「それなのに俺のことを忘れただぁ? …ぶってんじゃねーよ。この、」
「いきなりなんなの、あんたは! セクハラも大概にしなよ!」
これはまずいと思った私は花恋ちゃんの元カレ君が全てを言い終える前に2人の間に割って入った。
「…誰だお前」
誰だと言われたが、向こうから名乗られてないので私も名乗りません!
「振られたことを未だに根に持ってるあんたは未練たらたらなだけじゃない! 自分のプライドが傷つけられたから花恋ちゃんを謗って満足しようとしてるの!?」
振られたことを認めず、過去のことをズルズル引きずってるところはあの間先輩と同類の匂いがするぞ! 間先輩に至っては交際にもこぎつけてないけどね!!
この2人の間で実際に何が起きたかは知らないし、私は無関係だけど、このやり方はだめだ!
「進展しなかったのはあんたに魅力がなかっただけのことでしょ!」
「なっ…!」
「あんたはひとりよがり過ぎた! だから花恋ちゃんはついていけずに拒んだんだ!」
それの何が悪いんだ。そういう行為が出来ないから振った。それだけのことだろう。花恋ちゃんにだって感情があるんだ。交際しているのに心を殺して相手の思うままになるのは違うと思う。拒む権利だってあるはずなんだ!
もう済んでしまったことなのに、それを認めずに逆恨みなんかして誰が得をするというのか!
私は元カレ君を睨みつけた。花恋ちゃんに恥をかかせてただで済むと思うなよ…!
「うるっせぇ! 部外者がしゃしゃってんじゃねぇよ! そこどけよ!」
「わっ!」
カッとなった相手から肩を突き飛ばされた。力加減を無視したそれに身構えていなかった私はそのまま転倒して、どしゃっと地面に尻餅をついた。
「あやめちゃん!」
花恋ちゃんが叫んだ。
打ち付けたお尻はとても痛いけど、大丈夫。私には引けない理由があるのだ。花恋ちゃんを守らなければ。
すぐに立ち上がると、花恋ちゃんの元カレ君に再度立ちはだかった。
「元カノがいつまでも元カレのことを覚えていると思ったら大間違いだよ! 現在とこれから先の未来を見なさい!!」
女は上書き保存っていうでしょ! 残念ながら花恋ちゃんの中にはあんたの存在はもうないんだよ!
さっき伊達先輩が間先輩を宥めるために言った言葉に少し似ているのが癪だけど、目の前の男にはこれがぴったりだろう。過去だけを見つめたところでどうにもならない。振り返ってもいいけど囚われたら駄目だ!
あんたは花恋ちゃんの心ではなく、体が欲しかっただけ。
もしくは美少女で評判だった花恋ちゃんの彼氏という称号が欲しかっただけなんじゃないのか?
自分で思い通りになる愛は一方的で暴力的なものなだけだよ。
その考え方はすぐさま改めたほうがいい。
0
お気に入りに追加
480
あなたにおすすめの小説
生贄巫女はあやかし旦那様を溺愛します
桜桃-サクランボ-
恋愛
人身御供(ひとみごくう)は、人間を神への生贄とすること。
天魔神社の跡取り巫女の私、天魔華鈴(てんまかりん)は、今年の人身御供の生贄に選ばれた。
昔から続く儀式を、どうせ、いない神に対して行う。
私で最後、そうなるだろう。
親戚達も信じていない、神のために、私は命をささげる。
人身御供と言う口実で、厄介払いをされる。そのために。
親に捨てられ、親戚に捨てられて。
もう、誰も私を求めてはいない。
そう思っていたのに――……
『ぬし、一つ、我の願いを叶えてはくれぬか?』
『え、九尾の狐の、願い?』
『そうだ。ぬし、我の嫁となれ』
もう、全てを諦めた私目の前に現れたのは、顔を黒く、四角い布で顔を隠した、一人の九尾の狐でした。
※カクヨム・なろうでも公開中!
※表紙、挿絵:あニキさん
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

転生した世界のイケメンが怖い
祐月
恋愛
わたしの通う学院では、近頃毎日のように喜劇が繰り広げられている。
第二皇子殿下を含む学院で人気の美形子息達がこぞって一人の子爵令嬢に愛を囁き、殿下の婚約者の公爵令嬢が諌めては返り討ちにあうという、わたしにはどこかで見覚えのある光景だ。
わたし以外の皆が口を揃えて言う。彼らはものすごい美形だと。
でもわたしは彼らが怖い。
わたしの目には彼らは同じ人間には見えない。
彼らはどこからどう見ても、女児向けアニメキャラクターショーの着ぐるみだった。
2024/10/06 IF追加
小説を読もう!にも掲載しています。

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる