307 / 312
番外編
逆ハーレムを形成する恐ろしい柴犬。【林道寿々奈視点】
しおりを挟む私には前世の記憶がある。この世界は乙女ゲーム。そして私はその他大勢。だけど私は攻略対象に恋をしてしまった。
ヒロインに彼を渡したくはなかった。
私はどうすれば不良系攻略対象の彼を攻略できるか知っていた。ゲームの選択通りにいけば彼はきっと私に振り向くはず。ヒロインではなく、私が彼を射止めるのだ。
そう、思っていたのになぜか彼を攻略できない。
その原因となってるのはおそらく……
「ホラッよしこい、コロ!」
攻略最難関のあの眞田先生がやに下がった顔でもふもふしている……柴犬である。
まだまだ子犬の月齢であるその柴犬は短い前足を伸ばしてお手とお代わりをしている。自信満々にふんすと鼻を鳴らすその愛嬌たっぷりのモフモフはあろうことか、別の攻略対象に飼われているのだという。
柴犬は眞田先生の膝に手を乗っけて何かを探るように匂いを嗅いでいた。
「橘には内緒だぞ?」
先生がそう言って白衣のポケットに隠し持っていたジャーキーを差し出すと、疑いなくもちゃもちゃと食べるその姿はどこからどう見てもただの犬である。
眞田先生はデレデレした顔で柴犬を愛でていた。攻略最難関の眞田先生を柴犬堕ちにさせるなんて、この柴犬はただ者じゃない。
この犬は和真くんにも意識されている。間違いなく、私よりも関心を持たれているのだ。どうして和真くんはこの犬に興味を持つのか、私には理解できなかった。
しばらくこの柴犬を観察していてわかったのは、攻略対象を無差別に魅了しているかと思えば柴犬には好き嫌いがあるということ。生徒会役員の攻略対象は軒並み嫌われている。
その代わり、彼らの婚約者であるライバル令嬢らには愛想を振りまいているのだ。ヒロインにも当然懐いている。
それに加えてモブのギャルにも愛想よく尻尾をふるのに、私のことは未だに警戒しており、撫でようと手を伸ばせば怖がって和真くんの足元に隠れるの! 和真くんに抱っこされて羨ましい! 私も抱っこされたい!
それはそうと……先日和真くんが札付きの不良に拉致されたって時も、あの柴犬が橘先輩たち風紀委員会の面々を誘導して、誘拐先に突入したって話だ。
危険を顧みず救助活動をした柴犬は賢くて勇敢だと評判をよんだ。それから和真くんはあの柴犬をよく可愛がるようになった。
あの犬は何も考えてなさそうなのんきな顔しつつ、和真くんの心の隙間に入り込んでガッチリハートキャッチしている。今ではヒロインよりも油断ならない相手なの!
「キャワワン!」
どこからか飛び込んできた吠え声に、柴犬の三角形の耳がピクリと動いた。
「きゃん!」
柴犬は嬉しそうに尻尾を揺らして正門の外に出ていく。そこには一人の女性と一匹の成犬柴犬がいた。
私は既視感を覚えた。
その女性が生徒会長の婚約者だってことは知ってるからわかるんだけど、既視感はそっちじゃなくて成犬柴犬の方だ。
成犬柴犬はシャツを着ていた。そのシャツの背面にはプリントが施されており、その写真はのんきに笑ってる件の柴犬が…!
……この間、学校の外で眞田先生を見かけたけど、あの柴犬の写真のTシャツ姿でコンビニにいたの。イケメンが柴犬Tシャツ姿よ? 色んな意味で衝撃だった。
あと、和真くんのおうちに行くと、柴犬プリントTシャツのおじさんが出てきたの。あの人和真くんのお父さんなんだって。思わずかわいいシャツですねとヨイショしたけど。
なんでみんな宗教みたいに柴犬Tシャツ着てるんだろう。怖い……
私が恐怖に震えているとは知らないライバル令嬢は柴犬の前で膝を折ると、にっこり笑顔でなにかの服を着せていた。
「あやめちゃん、今度マロンちゃんと一緒にお泊りしにいきましょうね」
柴犬は自分の写真がプリントされたシャツを着せられていた。そして成犬柴犬と並べてペアルック写真撮影をしている。あのシャツの出どころはあのライバル令嬢か……!
その熱量に私は引いた。
柴犬はわかっていますと言わんばかりのキメ顔決めポーズをとっている。
……やっぱりこれは何かの新興宗教なのだろうか。柴犬は教祖様……
「わぁ! あやめちゃんTシャツ! かわいい!」
そこにヒロインがやってきたらもうカオスだ。私の知ってる乙女ゲームはこんなんじゃない。あの柴犬のせいでわんわん物語になりつつある。
ヒロインに懐いている柴犬はちっちゃなしっぽを動かして喜んでいる。それを攻略対象とライバル令嬢が微笑ましく眺めていた。
こんなのまるで柴犬の逆ハーレムじゃない……! なんなのあの柴犬! 怖いんだけど!
犬好きのヒロイン、ライバル令嬢、攻略対象三人が集まって情報交換もとい立ち話を始めた。
柴犬は成犬柴犬となにやら意思疎通をしていたようだが、なにかに反応して校舎を見上げていた。
鼻をひくひく動かしながら、期待の眼差しで正門前におすわりする。柴犬が人の輪から離れた瞬間だ。
──私はこれを狙っていた。
カバンに忍ばせていたわんチュールを取り出すと、ペリッと開け口を開く。そしてゆっくりしゃがむと、にじり寄るように柴犬に近づく。
「こーいこいこい…」
柴犬は私を警戒した様子を見せたが、食欲には敵わないのだろう。わんチュールにジリジリと近づいてくる。
…あなたには私に懐いてもらって、和真くんとの愛の架け橋になってもらうからね……! 和真くんとの恋のためなら、柴犬だって利用してやるんだから…!
柴犬がへっぴり腰でわんチュールに舌を伸ばす。しめた…!
私は勝利を確信してニヤリと笑った。
「──こら、あやめっ!」
その怒鳴り声にビビったのは柴犬だけじゃなく、私もだ。びっくりしてわんチュールを地面に落としてしまった。
柴犬の脇腹に手を差し込んで軽々と持ち上げた人物は、自分の目の高さまで柴犬を持ち上げ、叱りつけていた。
「知らない人に食べ物を貰うんじゃない! 危ないものが入ってたらどうするんだ!」
まるで私が柴犬を害そうとしているみたいな言い方である。流石にひどくないか。
「キャウ、キャヒーン!」
柴犬はなにか言い訳をしているみたいだが、犬なので何言ってるかわからない。
「あ、あの」
「全くもう……帰るぞ」
「キャウキャウ!」
柴犬は飼い主の青年(攻略対象)に俵抱きされた。
私は恐る恐る声をかけたが、スルーされたようである。
彼には柴犬しか目に入らないらしい。近くにヒロインがいるのに、目もくれずに柴犬を抱きかかえてまっすぐ家に帰る攻略対象。柴犬は悲しそうな鳴き声で遠吠えをしている。
ねぇ、その柴犬、魅了の術でも使ってるの?
──全くもって恐ろしい柴犬である。
0
お気に入りに追加
474
あなたにおすすめの小説
異世界転生したら、なんか詰んでた 精霊に愛されて幸せをつかみます!
もきち
ファンタジー
旧題:50代で異世界転生~現状はあまりかわりませんが…
第14回ファンタジー小説大賞順位7位&奨励賞
ありがとうございました(^^♪
書籍化に伴い、題名が一新しました。どうぞよろしくお願い致します。
50代で異世界転生してしまったが、現状は前世とあまり変わらない?
でも今世は容姿端麗で精霊という味方もいるからこれから幸せになる予定。
52歳までの前世記憶持ちだが、飯テロも政治テロもなにもありません。
【完結】閑話有り
※書籍化させていただくことになりました( *´艸`)
アルファポリスにて24年5月末頃に発売予定だそうです。
『異世界転生したら、なんか詰んでた ~精霊に愛されて幸せをつかみます!~』
題名が変更して発売です。
よろしくお願いいたします(^^♪
その辺の事を私の近況ボードで詳しくお知らせをしたいと思います(^_-)-☆
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる